296 馬場内の戦い その1
本番ゴーレムに『原初の火』を移して契約をする直前、一人のドワーフが駆け付け、馬場の一部から迷いの森の魔物が雪崩れ込んでいると報告を受けた。
クロとシロが心配の私たちは、リディーを先頭に馬場に向かう。ロックンも私たちに遅れないよう必死にキャタピラーを動かして付いてくる。
食堂を通り過ぎ、村の入口手前を曲がると馬場内で飼われていたロバやヤギが逃げるように私たちを通り過ぎていった。
その中にヴェンデルたち青銅等級冒険者が乗ってきた馬の姿も見えるが、肝心のクロとシロの姿はない。
「クロー、シロー!」
リディーは口に指を沿えると、ピィーと指笛を鳴らしてクロたちを呼ぶが、姿はもちろん嘶きすらしない。
逆に馬場に近づくにつれ気味の悪い鳴き声と金属が当たる音が聞こえてきた。
「うわぁー、これは酷いねぇー」
「足の踏み場もないな」
馬場に辿り着いた私たちは、足を止めると眉を顰めた。
広々とした馬場内は魔物で溢れかえっている。
ゴブリン、コボルト、ワーウルフ、ドモヴォーイと魔物の集落で遭った魔物で埋め尽くされていた。さらに少し離れた場所にはピッグオーガーとボアオーガーの中型の魔物までいる。
まるで過剰繁殖させた魔物牧場である。
「お前たち、手伝ってくれ! 数が多すぎて、すぐに村の中に入ってしまう!」
「ドワーフたち全員を呼んでくれ。俺たちだけじゃすぐに押し返される!」
馬場内に入って魔物を倒しているヴェンデルとサシャが私たちを見るなり叫ぶ。
ヴェンデルたちの周りに数人のドワーフたちもいて、道作りをしていた道具で魔物を倒している。
私たちを含めても数十人。
今も尚、迷いの森から魔物が入り込んでいる状況で、私たちだけで全ての魔物を相手にするのは無理がある。
「ドワーフたちは装備を整えてから駆けつけてくる。彼らが来るまで引き留めなければいけない」
「長くは持たんぞ!」
ゴブリンの首を切断したサシャが叫ぶ。
「彼らが来ても結界を直さない限り、魔物の侵攻は止まらないわ」
「分かっている。今、白銀等級の兄弟がドワーフを連れて、壊れた結界を直しに行っている」
マリアンネの指摘にヴェンデルは馬場の奥にある森を小剣で指した。
この場に脳筋のアーロンとアーベルがいれば、雑多の魔物など蹴散らしてくれた事だろう。だが、結界を直す為に魔物の群れを強引に切り開いて進んでいるので、この場は私たちだけで何とかしなければいけない。連れて行かれたドワーフには同情をするが、必要な処置なので頑張ってもらう。
「クロとシロの姿を見ていないか?」
「見てない。こんな状況だ。確認している余裕はない……おっと!」
リディーの問いにヴェンデルが答えるが、すぐにゴブリンが襲ってきて会話は中断される。
「リディアねえさん、クロたちは心配ですが、まずは魔物の数を減らした方がいいです」
「そうよぉー、これではゆっくりと探している暇もないよぉー」
魔術具を装着したエーリカと土斧を作ったフィーリンが柵を越えて馬場内に入っていった。
「リディー、クロたちはただの馬じゃない。筋力も体力も高いスレイプニルだ。頭も良いしどこかで避難しているはずだよ」
鞘からレイピアを抜いた私がリディーを安心させるように言うと、「……分かった」と短剣を抜いて、一緒に柵を越えた。
魔物は人やドワーフを優先的に襲う習性があるようで、私たちを無視して柵を越える事はせず、ゾロゾロと私たちに向かってくる。
その為、近づいてくる魔物を息つく暇もなく片づけていかなればいけない。
「補助魔法を掛けるわ! みんな、私の方へ寄って!」
私たちは急いで杖を掲げたマリアンネの近くに集まる。
「慈愛なる女神フォラ様。悪しきものに立ち向かう勇気を、困難に打ち勝つ力を、何事にも耐える体を……弱き私たちに聖なる祝福を授けたまえ」
言葉を紡ぐマリアンネの杖から無数の光が飛び出すと、近くに寄っている私たちに降り注いでいく。
その光に当たると体の中心が暖かくなり、何だがやる気が出てきた。緊張も和らぎ、落ち着いた気持ちにもなった。そして、筋肉が膨張したように力が漲り、背筋がピンと立つように体中が張っていった。
これがプリーストによる補助魔法。たぶん腕力や防御力アップの魔法なのだろう。始めての体験に感動する。速攻性抜群の栄養ドリンクだ。癖になりそうで、朝起きた時や嫌な事があった時に掛けてほしい。ただ、危ない薬を使ったみたいで少し怖い。
なぜかロックンにも光が注ぎ、目をチカチカとさせて、両腕を上下させている。鉱石の塊なのに効果があるのだろうか?
祝福を受けたヴェンデルとサシャとドワーフたちは、「うおー!」と元気良く近づいてくる魔物たちに向けて駆けて行った。
「僕たちには、ほとんど効果はないな」
エーリカとリディーとフィーリンは、手の平を握ったり開いたりして補助魔法の効果を確認するとヴェンデルたちの後ろに陣取る。
私も! とレイピアに魔力を流すと、体中に広がっていた暖かいものが一瞬で消えてしまい、いつもの状況に戻ってしまった。
あー、もしかして……。
体中に魔力を流した事でマリアンネの魔法がレジストされてしまったようだ。
私の体質では、補助魔法は役に立たないみたい。これでは毎朝、補助魔法でハイになる未来が潰れてしまった。
がっかりした私はマリアンネの横に並び、後方から支援する事に専念する。
基礎体力も経験もない私だ。邪魔にならないように努める。
前衛はヴェンデルとサシャ、それとドワーフたちだ。
ヴェンデルとサシャは、目の前のゴブリンを易々と切り伏せていく。ただ、安っぽい剣を使うワーウルフに関しては、二人で対処していた。ヴェンデルがワーウルフの攻撃を盾で防ぎ、その隙にサシャが死角から切り伏せていく安全策を取っている。
自分たちの力量を把握し、無茶をしないスタイルであった。
ドワーフたちは武器を持っておらず、土木作業で使っていた道具で攻撃をしている。
一人のドワーフはゴブリンの首根っこを掴むとノミで滅多刺しにする。また別のドワーフは土を均す道具を振り回してぶつけていた。
あるドワーフは、ワーウルフの剣を避けると、そのまま低い体勢で体当たりして地面に倒す。そして、馬乗りになりながらワーウルフの頭をハンマーで叩き割っていた。
ドワーフたちは武器が無くても、強靭の肉体とドワーフ製の道具で何とかなっている。
「エーリカ、フィーリン、敵の数は多い。魔力弾や手斧を爆発させていたら、すぐに魔力切れになる。温存して戦え」
一歩下がった場所にエーリカとフィーリンが待機し、前衛のヴェンデルたちが斬り漏らした魔物を倒していく。その際、リディーの指示通り、エーリカはチェンソーのような魔術具でぶつ切りにし、フィーリンは手斧で叩き斬っていった。
リディーはさらに一歩下がり、魔術を使うドモヴォーイを弓矢で片づけていく。
わざとゴブリンの集団に突っ込んでいったロックンは、錆びたナイフで滅多刺しにされている。だが、鉱石で出来たロックンの体に傷一つ付く事はない。
それを良い事にロックンは、ゆっくりと片腕を持ち上げると魔力弾を放ち、ゴブリンの貧弱な体に穴を空けた。
魔力弾は連発出来ないので、魔力が溜まるまで柱形態になり防御に徹する。そして、再度魔力弾でゴブリンを屠っていった。
防御力の高いロックンは他っておいても良さそうだ。
私はと言うと、マリアンネを守るように後方で待機している。マリアンネは、怪我をした者の治療をする重要な役割がある。そんな彼女を守らなければいけない。そういう体でレイピアを握っていた。
当のマリアンネは、いつでも怪我人の元へ駆け付けられるよう杖を握り、黙って戦況を見ている。一応、自衛の為に杖と一緒にナイフも握られているので、私の出番はないかもしれない。
「ご主人さま、コボルトの何体が姿を消しました。地下を進んでいるかもしれません。気を付けてください」
エーリカから注意を聞いた私とマリアンネは、キョロキョロと注意深く地面を観察する。
コボルトは地下に住む穴掘り名人だ。だが、今さっき辿り着いたばかりのこの場所で、地下道を掘れるものだろうか? そう疑問に思っていると……。
「クズノハさん、あそこ!」
マリアンネが指差した場所は、私とリディーの間の地面。その地面がもこもこと盛り上がると、土で汚れたコボルトがひょっこりと現れた。
私はすぐさま「『光刃』!」とレイピアを振って、コボルトの顔を輪切りにする。
その後も「あっち」「こっちにも」「あそこも」と目敏くマリアンネがコボルトの出現場所を見つけると、私はレイピアを振って、光刃で輪切りにしていった。
「雑魚ばかりとはいえ、次から次へと押し寄せてきやがって、切りがない」
「泣き言を言うな。数日間の魔石集めと大して変わらんだろ」
「……違いねー」
サシャとヴェンデルが軽口を言っている。まだ余裕がある証拠だ。
それもその筈で、私たちを襲ってくるのは、私でも倒せるゴブリンが殆ど。機敏に動くワーウルフや魔術を使うドモヴォーイもいるが、私とマリアンネ以外の者なら対処できている。
数は多いがまだ余裕があった。
だがそれも今現在の話。
少し離れた場所にはピッグオーガーとボアオーガーが待機している。
この豚と猪が動いたら、戦況は変わるだろう。
だが、嬉しい事にまだ動く気配はない。
その豚の肩にはワーラビットが座って戦況を見ていた。
魔物からしたら弱いゴブリンどもをけしかけて、私たちの体力を奪う算段なのだろう。
それならそれで良い。装備を整えたドワーフたちが来るまで時間を稼ぐまでだ。
「クズノハさん、クズノハさん! 穴、穴!」
後方から状況を確認していた私にマリアンネが穴を指差して、「ひぃー!」とさらに後ろへ下がっていく。
何事か!? と思い、穴に視線を向けると私の数あるトラウマの一つである蟻の魔物がワラワラと出て来ていた。
コボルトが掘った地下道に蟻の巣でもあったのだろうか? いや、デカいムカデやデカいネズミも穴から出て来ている。さらに豚や猪の背後からデカいカマキリやデカいカラスも飛んで来ていた。
「痛い、痛い、痛い……くそ、これでも喰らえ!」
足元から登ってきた蟻をバンバンと叩いて潰していたサシャは、小物入れに手を突っ込むと乾燥させた草の束を取り出した。
「エーリカの嬢ちゃん、火をくれ」
サシャはエーリカの火の魔術で草を燃やすと辺り一面にバラ撒いた。すると蟻たちは煙を嫌って遠ざかっていく。どうやら虫除けの草だったようだ。
「カラスは僕が片づける。エーリカ、矢をくれ」
あらかたドモヴォーイを片づけたリディーは、エーリカから追加の矢を受け取ると柵の上に立ち、急降下してくるカラスの魔物を弓矢で撃ち抜いていった。
カマキリの魔物はヴェンデルとドワーフで対処している。
カマキリの前に立ったヴェンデルが盾を構え、わざとカマキリの攻撃を受け止め続ける。その隙にドワーフが真後ろから背中に飛び乗り、カマキリの細い胴体をハンマーで叩き切っていた。
そして私とマリアンネはというと、地面に倒れて「ひぃー!」と情けない叫び声を上げていた。
デカいムカデとデカいネズミに襲われている私たちは、防御壁である光のカーテンを覆って中で縮こまる。光のカーテンを囲むようにデカいムカデが絡みつき、その隙間をネズミが埋まる。
光のカーテン越しにムカデの長い触覚がパシパシと当たり、カサカサと沢山の足が蠢いている。そして、牙なのか足なのか口なのか分からない部位で私たちを噛みつこうとしていた。
ネズミの方も光のカーテンから滑り落ちないよう前足でしがみつき、長い前歯でガシガシと齧っている。
ムカデは毒持ち、ネズミは病原菌持ち。どちらも噛まれたら大変な事になる。
「クズノハさん、クズノハさん、何とかして!」
「無理無理無理! 光の壁を維持するので一杯一杯!」
虫嫌いのマリアンネは私の体にしがみつくように身を縮こまして叫ぶ。私も虫嫌いなので、まったく余裕がない。
「旦那さま、魔力を込めていてぇー」
ムカデとネズミ越しに間の抜けた声が聞こえるとすぐにガスッと光のカーテンに衝撃が走った。胴体の長いムカデが半分に別れて、ずり落ちていく。
光のカーテンに手斧が刺さっている。どうやらフィーリンが助けてくれたみたいだ。
ただフィーリンの手斧と言う事はすなわち……。
私は急いでレイピアに魔力を流し、光のカーテンを強化すると手斧がピカッと光り、爆発した。
押し潰されそうな衝撃と共に纏わりついていたネズミが吹き飛んだ。
モクモクと土煙を上げる中、半分に斬られたムカデの下半身が未だにビチビチと跳ね、上半身はネズミの死骸を縫うように逃げ去っていった。
「た、助かった……フィーリン、ありがとう」
土煙に塗れながら一応感謝の言葉を伝える。
「ご主人さま、光の玉を地面に付けてください。わたしがまとめて吹き飛ばします」
いつの間にか左手にグレネードランチャーのような魔術具を装着したエーリカが、そこら中にいる蟻を指差した。
私は言われるまま右手に魔力を集め、空いている地面に粘着魔力弾をくっ付けた。
理由は分からないが、私の粘着魔力弾は虫が集まる。案の定、粘着魔力弾に蟻とカマキリの魔物が集まり、小山のようになっていった。
そこをエーリカがグレネードランチャーで一掃する。
その後も何個か粘着魔力弾をくっ付けては、エーリカのグレネードランチャーとフィーリンの手斧で爆破させて、数を減らした。
馬場内は散々たる有様。
ゴブリンやワーウルフ、ドモヴォーイなどの死体、カマキリや蟻などの虫の死骸で埋め尽くされ、血と肉片で汚れている。地面も爆発とコボルトの穴でボコボコである。
今の所、私たちには被害はない。精々蟻に嚙まれたぐらいの軽傷で、マリアンネが治療する程でもない。
そんな中、ピッグオーガーの肩に乗っているワーラビットが「キュー」と一鳴きすると、ボアオーガーがノシノシと近づいてきた。
まだ戦闘は続くようだ。




