295 みんなで楽しくゴーレム作り その2
ゴーレム作り五日目。
一部を除いた殆どの部位が完成している。
上手く動いてくれれば、今日でフィーリンとドワーフとの約束は果たせる。そうなれば、完成祝いにドワーフたちが数日掛けて宴会をしない限り、明日にでもお暇できるだろう。そして、南方アルトナに戻り男爵の依頼を終わらせれば、ティアとアナが待っているダムルブールの街へ帰れる。
炭鉱から戻ってから数日後に今回の依頼だ。出発してから三週間近く経っている。慣れない長旅で疲れた。いい加減、早く帰ってゆっくりと休みたい。
だからこそ、今日中にゴーレムを完成させよう。……そう決心した私だが、私自身、特にやる事がないんだよね。
本番ゴーレムについて変更があった。
サイズが大きい事から動作に必要な魔力量が多くなっている。さらに私が思い付きで案を出したサブ核を搭載する事が決まり、余計に魔力供給が必要になってしまった。
その為、当初予定していた攻撃方法である魔力弾は却下された。さらに爆発する豆を使ったミサイルのような武器もちょっとした衝撃で誘爆する恐れがあるので無くなった。
つまり、ゴーレムの武器は己の体と専用のハンマーとスコップだけになった。
それ以外はロックンと同じ。サイズが違うだけで、顔立ちも体つきも同じである。
以上の事を朝一番に来たエギルから報告された。
私自身、特に拘りのある個所でないので異論はない。みんなも同意見だった。
エギルと一緒に朝食を摂り、エール作りを終えると、早速昨日の続きである。
広場には沢山のドワーフたちが集まっている。ただアーロンとアーベルの兄弟、ヴェンデルとサシャ、それと数人のドワーフは迷いの森で道作りをしているのでいない。つまり、それ以外の村人が集まっているので異様な光景になっていた。
村人たちは、ゴーレムを囲むように数日前に作ったエールの樽を持ってきて、動くのを今か今かと待ちながら酒を飲んでは騒いでいる。
私の近くにもエーリカ、リディー、マリアンネ、ロックンが待機していた。
最終作業はフィーリン、エギル、村長の三人。
ただ私にも一つだけ作業がある。
「旦那さまぁー、用意が出来たよぉー。よろしくぅー」
フィーリンに呼ばれた私は、鞘からレイピアを抜くとゴーレムの横に置いてある二つの魔石に近づいた。
直径一メートルほどの魔石と直径三十センチほどの魔石。リディーたちが頑張って集めた魔石を一つにまとめ物だ。
この魔石の塊は、まだ魔力が残った状態なので、一度空にしなければいけない。
つまり、私の作業は魔力抜きである。
レイピアに魔力を流し、刀身にスパークを走らせる。バチバチと弾ける刀身を魔石にコツンと当てると、刀身を通してスパークが魔石に走り出した。
黒く濁っていた魔石が水で洗い流したかのように徐々に透明になっていく。
「おおー、凄ぇー!」
「見る見る内に魔力が無くなっていくぞー!」
宴会をしているドワーフたちから歓声があがる。
なぜかエーリカが眠たそうな目をしながら、うんうんと自慢そうに頷いていた。
大小二つの魔石を透明にした私は、ドワーフたちの注目を浴びる中、元の場所に戻る。
「おっさん、エギルだけでなく他のドワーフからも誘われそうだな」
「そうなる前にさっさと帰るから。置いていかれないように注意してね」
からかうようにリディーが言うが、何人かのドワーフは本気の目をしている。ただ魔力を抜いただけなのに……それほど鍛冶には魔力抜きが必要なのだろう。
エギルが魔法陣の描かれた石版を用意すると、魔力を抜いた二つの魔石を置いて、『原初の火』で接着させた。
「あれで主要の核と補助の核を連結させるんだね。短い間に良く間に合ったものだ」
「ご主人さまの案です。わたしも手伝いました」
連結の魔法陣は、エーリカとエギルの合同の作らしい。頼もしい二人だ。
二つの魔石が完全にくっ付くとエギルと村長で石板を担ぎ、ゴーレムの胸の中に入れて、『原初の火』で固定させた。
その後、石材でない鉱石の塊で空いている胸を覆う。この鉱石はフィーリンが壊したゴーレムの骨格から作られたもので、石よりも強固で大事な核を守るのに適していた。
「おい、酒ばかり飲んでいないで、何人かこっちに来い!」
村長が怒鳴るように呼びかけると、ゾロゾロと楽しそうにドワーフたちが集まる。そして、上向きに倒れているゴーレムの側面に並ぶと、「力を込めろ、てめーら!」と村長の掛け声と共にゴーレムを横向きに持ち上げ、そのままドスンとうつ伏せに倒した。
「人間の嬢ちゃん、こっちに来て、手伝ってくれ。声を出す魔術具をはめる」
土埃を巻き上げるゴーレムによじ登ったエギルがエーリカを呼ぶ。
エーリカはゴーレムの腕から胴体へと軽快に飛び乗り、エギルと一緒に声音機能の魔術具を取り付け始めた。
「ロックン、もうすぐで君の弟が出来るよ。楽しみだね」
私の横で私たちと一緒に見ているロックンにマリアンネが嬉しそうに言う。
ロックンは、体をマリアンネの方へ向けると目をチカチカとさせ、両腕を上げ下げした。
見る限りロックンが嬉しそうに反応しているように見えるのだが、いかんせん、ロックンは鉱石の塊だ。頭の中まで石なので、本当に嬉しいのか、ただの条件反射なのか分からない。そもそも脳みそが無いのに、どうやって人の言葉を理解しているのだろうか? ……不思議だ。
それにしても弟って……まぁ、試作として先に生まれたのが兄のロックンとするなら、今作っている本番ゴーレムは弟になる。
姿形はそっくりそのままであるが、いかんせん、サイズが違い過ぎて兄弟に見えない。
立ち上がって歩いたら、小さなロックンが踏み潰されないか心配になる程だ。
「よぉ、エギル。頼んだものを作ってきたぞ」
「これから魔力を込めて、起動させる所だ。一緒に調整したかったし、間に合って良かったぜ」
エーリカとエギルが声音機能の魔術具を取り付けている時、鍛冶場から数人のドワーフが荷車を使って丸太と鉄板を広場まで持ってきた。
「えーと、これは?」
私が尋ねると「踏み鍬だ」と持ってきたドワーフが胸を張って答えた。
踏み鍬って、確かスコップだよね。と思い出していると、ドワーフたちは持ってきた丸太と鉄板をカンカンとボトルような物を噛ませながら組み立てていく。
若干反りのあるスプーン状の鉄板に三メートル近い丸太。大きくていまいち分かりにくいがスコップだ。いや足を乗せる部分があるのでシャベルだろう。
これはゴーレムが使う武器兼土木作業用道具になる。
良くもまぁ、こんな大きな鉄板を用意できたものである。
「ハンマーは素材が足りなくて、まだ出来ていない。今をこれで我慢してくれ」
そう言うなりドワーフたちはゴーレムの横に巨大シャベルを置いて、「一仕事の後の一杯は格別だ!」と村長たちと一緒にガバガバと酒を飲み始めた。
作業を終えたエーリカも戻ってきて、私の横にちょこんと座る。
今はエギルと村長が首元を塞いでいる。
後は核に魔力を流し、『原初の火』を移してお終いだ。
再度ゴーレムを上向きに転がすと、エギルと村長がゴーレムの胸に手を当てて、魔力を注いでいく。
だが、すぐに「駄目だ。魔力が全然足りん」と倒れてしまう。
ここで大きく作り過ぎた弊害が出てしまった。
「お前らも魔力を注げ! 酒を飲んで元気だろ!」
今日何度目かの村長の掛け声でドワーフたちが喜々としながらゴーレムの体をよじ登る。そして、手をついてはすぐに倒れていった。
バタバタと倒れては酒樽の横に運び込まれるドワーフを見て、「私たちも魔力を注いだ方が良いかな?」と提案してみた。
「いや、この村を守るゴーレムだ。最後までドワーフどもに任せた方か良い。それにほら、すぐに回復しているぞ。どうなってやがる?」
呆れた顔をするリディーの言う通り、魔力切れを起こしたドワーフはガバガバと酒を飲むと、再度、魔力を注ぎに行った。ドワーフに取って酒は、血と汗と魔力の源らしい。
沢山のゾンビドワーフのおかげで、ようやく核に魔力が溜まった。
「あとは『原初の火』を移すだけだけど、それをやるとゴーレムと契約する事になるんだよねぇー。誰が契約者になるのぉー?」
フィーリンは村から出る前提なので、村を守るゴーレムとは契約する事はしない。やはり、ここは村長のガンドールが契約するべきだろう、とみんなが村長に視線を向けるが……。
「いや、俺は契約しない」
村長は首を横に振る。そして、「お前がやれ」とエギルに視線を向けた。
「僕が?」
「ああ、このゴーレムはフィーリンさんとお前が率先して作った物だ。フィーリンさんは、ゴーレムが完成したら村から出ていってしまうので、お前が責任を持って契約し、最後までゴーレムを管理しろ」
これまで先代と現代の村長がゴーレムを管理してきた。つまり、ゴーレムの管理は村の代表が務めるのと同義になっている。その為、今回、新しく作ったゴーレムをエギルが管理すると言う事は、次期村長はお前だ、と遠回しに言っているようなものだった。
そんなエギルはドワーフたちに視線を向ける。
他のドワーフたちから反対の意見は出ない。
しばらく静寂が流れると、エギルは「分かった」と一言呟き、フィーリンから『原初の火』を受け取った。
「僕が責任を持って、このゴーレムと村を守ろう」
決意したエギルはゴーレムに近づき『原初の火』を灯す。
すると……。
「大変だ、大変だ!」
村の入口の方から一人のドワーフが大声を上げながら駆けつけてきた。
「馬鹿野郎! 今、良い所だったんだ! 台無しにするんじゃねー!」
村長が怒鳴ると、「そんな事言っている場合か!」と駆けつけてきたドワーフが怒鳴り返した。
「一体、何があったんだ!」
「魔物が村に入り込んでいるんだ!」
「魔物が入り込んだぐらいで騒ぐな! 斧で頭を叩き割れば良いだけの話だろ!」
「それが出来れば、走ってこないわ!」
村長とドワーフが唾を飛ばしながら怒鳴り合っていて近づきたくないが、あまりにも不穏な報告の為、間に入る事にした。
「えーと……切羽詰まった雰囲気からして一匹や二匹の魔物が入ってきた訳じゃないんだよね。一体、どのぐらいの魔物が村に入って来ているの?」
「わんさか」
ドワーフの言葉を聞いた私たちは、一瞬理解できず首を傾げた。
「馬場の一部から迷いの森の魔物が雪崩のように入り込んでいる。今、道を作っている連中が足止めしているが、あまりにも多くて、すぐにこっちにまで来るだろう」
「それを早く言え!」
「言っているだろが!」
また村長とドワーフが怒鳴り合う。
突然の魔物襲来。
一瞬で緊張が広がる。
「馬場って、確か結界が張ってあるんだよね。どうして魔物が入ってくるの?」
「それは知らん。数日前にお前らと会った後、結界の状態を見て回った。その時は異常はなかったぞ」
目の前のドワーフは、視察中に馬場で会ったドワーフらしい。同じ顔なので分からなかった。
「おい、ドワーフ! 馬場に魔物が入り込んでいるって事は、クロとシロは無事なのか!?」
リディーが詰め寄ると、「分からん」とドワーフが答えた。
「馬場の入口は開けてきた。ヤギどもが逃げていくのは見たが、お前らのスレイプニルが馬場から出て行ったかまでは分からん」
「ちっ……おっさん、僕たちも行こう」
エーリカの収納魔術から弓矢を受け取ったリディーは、素早く弓の状態を確認する。
私も腰に差してあるレイピアを触って感触を確かめる。
「おめーら、女子供は地下壕に避難させろ。男どもは装備を整え、馬場に向かえ! 魔物どもを蹴散らすぞ!」
村長とエギル、他のドワーフたちが、武器と防具を取りに自分たちの家に走り去っていった。
私たちも馬場に向けて走りだした。




