294 みんなで楽しくゴーレム作り その1
ふっと気が付けば、ボロボロの地面の上に立っていた。
幅十メートル、長さ二十メートルほどの小さな地面。
そんな地面を囲むように、霧のような小雨が降り続け、壁のようになっている。
上を見上げれば、雲一つない漆黒の闇。星すら見えない完全なる黒。
ああ、またこの夢か……。
普段、私はあまり夢を見ない。
異世界に来てからは、殆どと言っていいほどに見なくなった。
だけど、この夢だけは違う。
定期的に見るこの夢は、体がないにも関わらず、意識だけははっきりとしている。
時たま風が吹き、存在しない体を撫ぜる。
宇宙空間のような場所に、何で地面があるのか? 何で雨が降っているのか? 何で風が吹くのか? 疑問に思う事はあるが、所詮、夢の中の出来事。疑問に思う事自体、無意味。
「ふぁー……」
こんな何もない場所の夢など、早く覚めてほしい。
そう思っていると……
「祈りを……魔力を……」
地面の中から声が聞こえた。
男か女かも分からない無機質な声。どことなく『啓示』の声に似ている。
はいはい、祈りね、魔力ね。
適当に返事をしていると、ある事に気が付いた。
そう言えば、この夢を見る時は教会にお祈りをしたり、魔石に魔力を流した時に見る。
もしかしたら、女神信仰や魔石信仰に関わる事かな?
私を熱心な信者にさせたい誰かの毒電波かもしれない。
だが生憎と私は無神論者。クリスマスはチキンレッグを食べたり、正月は神社で初詣に行ったり、葬儀はお寺さんに頼んだりするが、神も仏も信じていない節操無し。
そんな私を勧誘した所で、膨大なお布施を寄付したり、新しい信者を勧誘したりはしないよ。
そう言った事を口の無い体で伝えても、「祈りを……魔力を……」と繰り返してくる。
壊れたテープレコーダーみたいだ。
はいはい、祈りと魔力ね。機会があったらやりますよ。
面倒臭くなった私が適当に同意すると、満足したように謎の声が聞こえなくなった。
そして……
………………
…………
……
見慣れた天井が目に入る。
胸の上には涎を垂らしエーリカが寝ていた。
いつもの朝である。
すでに先程まで見ていた夢の内容が思い出せないので、やはりただの夢だったようだ。
昨日は風吹き山登山で疲れたので、夕飯を食べたら早々に寝てしまった。
そのおかげで寝覚めはバッチリ。二度寝の欲求もなし。
朝食の準備をするにはまだ早いので、暇潰しにエーリカの柔らかい頬や小さな鼻をプニプニと触る。まったく起きる気配はない。
しばらくエーリカの枝毛探しで時間を潰してから起き上がった。
さて、新しい一日の始まりである。
ゴーレムの素材は予定の半分以上が集まっている。
まだ必要数には達していないが、今日から正式にゴーレム作りを始める。
朝食を食べた後、エール作りを済ませ、さっそくゴーレム作りである。
場所はエール作りをしていた食堂前の広場。それなりに大きいゴーレムなので、広い場所が必要との事で、最終的にここでゴーレムを完成させる。
明日以降のエール作りがやり難くなるが、我慢してもらおう。
今居るのは私、フィーリン、エギル、そして村長のガンドールの四人だ。
他の者は、残りの素材を集めたり、魔女の廃村までの道作りをしている。
ちなみに村長は村の代表と言う事で見守り役らしい。やる事がないようだ。
ロックンの時は私とエギルの二人で作った。だが今回はフィーリンとエギルの二人がメインで作る。
私と村長は邪魔をしないよう酒樽に座って見ているだけ。村長の事、言えないね。
まず始めたのは、『聖者の息吹』であるゴーレムの核作り。
骨格や外装部位に比べ、手間と時間が掛からないのが理由。
早速、リディーたちが集めた大小様々な魔石を一つに丸めていく。
フィーリンはズボッと皮袋に手を突っ込み、適当に掴んだ魔石をエギルが灯した『原初の火』に手ごと当てた。
それを見た村長は「火傷しますぞ!」と驚くが、「大丈夫、大丈夫」と軽い口調でフィーリンが言う。初見なんだから説明してあげようよ。
私が代わりに説明している横で、フィーリンはおにぎりを握るように、柔らかくなった魔石を一つにくっ付けていく。
圧縮されたのか、『原初の火』に当てながらギュッギュッと握っていくと、最初の魔石の量よりも小さな塊へと変わっていった。
それを泥団子を作るように手の平でコロコロと転がし、綺麗な球体にしてから地面に置いた。
「一個、完成。次々と丸めていくよぉー」
再度、フィーリンは沢山の魔石を掴んでは、『原初の火』に当てて握り、丸めていく。
そんな姿に村長は「便利な物ですなー」と酒を飲みながら感心していた。
村長の言葉に頷くと、私はある案を思い浮かんだ。
「ねぇ、エギル。丸めた魔石は、最終的に一つの大きな魔石にするんだよね?」
「ああ、ロックンの時と同じだ。一つの塊にして、魔力抜きをしたら本体に埋め込む」
「ゴーレムの核って、一つしか駄目なのかな?」
「はぁー? そりゃあ、核は一つだろ。スライムだって一つだ」
「大事な部分なんだから、予備の核を用意したらどうかな?」
もしもの話、どこか遠くで転倒して、その衝撃で核が壊れたら、重たいゴーレムを頑張って回収しなければいけない。そこでメインの核とは別に、サブの小さな核を事前に用意していれば、僅かな魔力を使い自力で村まで戻ってこないかと思った。
それは戦闘中でも当て嵌り、しぶとく最後まで戦ってくれる事だろう。
いっその事、予備の核でなく、メインの核を沢山入れてしまおう。そうすれば「俺の命は九個ある」と相手を絶望させられる。
そうエギルに伝えたら、「うーむ……」と考えてくれた。
私の思い付きを頭ごなしに否定をせず、試案してくれるので有難い。
「言いたい事は分かる。核が壊れても最低限の動作が出来るなら、あった方が良いだろう。ただ、最終的に『原初の火』を核に吸収させなければいけないから、沢山の主要核は作れない。考えるとしたら、小さな核だ。主要核と補助核を並列に連動させればいけると思う。その辺は、人形のような嬢ちゃんと相談だな。ただし、それをやるとなると、余分に魔石を集めてこなければいけなくなるぞ」
「大丈夫。リディーたちが頑張ってくれるよ」
余計な仕事を増やしてしまったが、村の為のゴーレムだ。みんな前向きに作業をしてくれるさ。
小さく丸めた魔石をさらにくっ付けて、一つの魔石する。今の段階では、ロックンの核サイズ。明日、明後日とどんどんくっ付けて大きくしていく。
と言う事で、本日の核作りは終了。
続いて、『魔力鉱石』である骨格作りに入る。
昨日採ってきた星光石の原石は、まだ精錬中なので本日は使えない。
代わりに村長の家にあった星光石……精錬済みの鉱石を各鍛冶場から回収してきて、広場に戻ってきた。
「星光石って、特殊な液体に漬けた後、月の光に当てなければいけないんだよね?」
以前、フィーリンからそんな説明を聞いた。星光石が完成するまで非常に時間が掛かるらしい。
「光を発する石にするなら月の光を浴びせなければいけない。だが、今回は魔力の伝達が高い鉱石を使うだけなので、光を発生させる必要はない。精錬させて終わりだ」
そう言われると、ロックンを作った際、骨格が光っていなかったのを思い出す。
もし骨格が光っていたら、お土産屋などで売っているガイコツのキーホルダーみたいになっていた事だろう。
今回は交代して、フィーリンが『原初の火』に魔力を注ぎ、エギルが星光石の原石を捏ねていった。
サイズの小さいロックンの時と違い、本番ゴーレムは大きいので、捏ねて成形するだけで時間が掛かる。
村長から「本当に便利だな」と目を見開いて関心していた。
確かに、炉の中で真っ赤に熱してから金床に乗せて、ハンマーで形を作っていく鍛冶作業を思えば、『原初の火』はチート道具である。
火に当てるだけで、どんな固い鉱石でもフニャフニャになるし、一か所に集中して当て続ければ、簡単に千切れる。鍛冶泣かせの魔術具であった。
興味を持った村長も骨格作りに参加し始める。その所為で、女子中学生の見た目のフィーリンを挟んで、髭面のおっさんが粘土遊びをしている図が出来てしまった。ここで私まで参加したら、相当やばい光景になるだろう。だから、私は見ているだけにする。
骨格作りは、材料が足りない事から頭部、鎖骨、背骨を作った所で終わった。
次に外装に取り掛かる。
採石場で採取した石材は、加工場に運ばれ、図案通りに成形する。
数人のドワーフを借りて、加工場から重たい外装用石材を広場まで運んで貰った。
さすがドワーフと言うべきか、ほとんどの石材が図案通りの大きさ、形になっていて、すでにこのまま骨格にくっ付けてもよい段階であった。
とはいえ、土台である骨格が完成していないので接着する事はせず、ゴーレムの形に沿って、各パーツを地面に置いていった。
「なかなか壮観だね」
まだ両足部分が出来ておらず、上半身だけの外装パーツが置いてあるだけだが、それだけでもゴーレムの大きさに圧倒してしまった。
ちょっと、大きく作り過ぎたかな?
そう思いつつ、本日の作業は終了。
夕飯を食べ、サウナに入って、眠りについた。
おはようございます。
宇宙空間に漂う夢を見る事なく、新しい一日が始まった。
本日もゴーレム作り。
朝食を食べ、エール作りをして、さっそく昨日の続き。
ゴーレムの核である魔石を丸めて、一つの塊にする。
鉱石を捏ねて千切って、骨格を作る。
残りの外装パーツを地面に並べる。
昨日とまったく同じ流れでゴーレムを作り、何事もなくこの日も終わった。
本番ゴーレムを作り始めて三日目の午後。
エール作りを終わらせた私の元にエーリカから音声機能の魔術具を完成させたと報告が届いた。
「上手くいったんだね」
「いえ、正確に言えば、上手く作動するかどうか分からない状態です」
「えーと……どういう事?」
いつもの眠たそうな顔で魔術具を持ってきたエーリカに、私は首を傾げる。
「動作確認をするには、『原初の火』を取り込んだ核が必要です。その為、ゴーレムが完成しなければ上手くいったかどうか判断できません」
音声機能の魔術具は、ただ魔力を流しただけでは動かないらしい。
エーリカは魔術具を解読し、まったく同じ物を新しく作ったはいいが、テストする事すら出来ずにいると語った。
「すでに完成しているロックンで動作確認は出来ないかな?」
「体の大きさが違いますので、ロックンに使うとなると、彼に合わせて新しく作らなければいけません。それにロックンの体も少し壊す必要が出てきます。相当な時間と手間が掛かるでしょう」
面倒そうなので、ロックン案は却下。
「まぁ、ゴーレムが完成した後の微調整の時に動作確認すれば良いかな。一応、取り付けるだけしよう」
「分かりました」と石板で作った魔術具と骨格に描き込む魔法陣の図案が描かれた木札を渡して、エーリカは道作り班の方へ行ってしまった。
本番ゴーレムを作り始めてから三日目と言う事で、外装の石材と骨格になる鉱石の素材が全て揃った。
まだ集まっていないのは、核となる魔石だけ。これは私が余計な仕事を増やしたのが原因だが、それも今日中には集まると疲れ切っているヴェンデルが教えてくれた。
魔石以外の素材が集まった事で、これまで素材集めをしていたドワーフが暇になってしまった。
そこで魔石集め班、道作り班、日常作業班、ゴーレム作り班に分かれてもらった。
そう言う事で、今は沢山のドワーフたちがゴーレムの骨格を組み立てている。
エギルを中心に指示を出しているので、フィーリンは終始『原初の火』を灯す係になっている。その為、フィーリンと関わる事が出来るドワーフたちが喜々としながら、「姫さま、肋骨部分を柔らかくしてください」とか、「姫さま、球体関節を丸くしますので火をください」とか、「股と関節をくっ付けますので、火を当ててください」と、「姫さま」「姫さま」と引っ切り無しに呼んだり、近寄ったりしていた。
「フィーリン、魔力は大丈夫? 足りなくなりそうなら私が代ろうか?」
「ほんの少しの魔力で火が灯るから大丈夫だよぉー。それよりもお酒が飲めないのが辛いぃー」
フィーリンは、少し離れた場所でゴーレム作りを肴に宴会をしている村長とその他ドワーフたちを恨めしそうに見つめた。
うん、フィーリンは大丈夫そうだね。
こうして、着々とゴーレムの骨格が出来上がり、夕方には骨格標本のような立派な物が完成した。
四日目。
魔石集めが終わり、エーリカ、リディー、マリアンネ、ロックンがゴーレム作りに合流した。沢山のドワーフたちも集まり、賑やかである。ただ集まった全員が作業できるほどやる事がないので、私を含め、殆どの者が見物しているだけだった。
ちなみにアーロン・アーベル兄弟とヴェンデルとサシャは、魔女の廃村に繋がる道作り班に加わっているので、この場にはいない。この村に来てから肉体労働をしているヴェンデルとサシャは、村を出る時にはムキムキになっている事だろう。いや、囚人みたいに痩せ細ってしまうかもしれないな。
昨日、骨格が完成したので、本日は石材の外装パーツを接着していく。
数人のドワーフが骨格と外装パーツを持ち上げ、フィーリンが接着部分に火を当て柔らかくすると、ブチュと押し当てて接着させた。
一個一個のサイズが大きいので時間は掛かるが、すでに図案通りに加工されているので、面白いように嵌っていく。
そして、夕方になる頃には、一部の箇所を除いた外装パーツがくっ付いた。
核が入る胸と音声機能の魔術具を埋める首元が空いているだけで、ほぼ完成。
見た目、特大サイズのロックンである。
こんな大きなゴーレムを四日で組み立ててしまうなんて、さすがドワーフだ。
何事もなければ、明日には完成するだろう。
そう、何事もなければ……。




