291 みんなで楽しく素材集め その4
急いで迷いの森から出てきた私たちは、息を整えるついでにクロとシロの様子を見に行く。
クロたちはヴェンデルたちの馬と一緒に馬場内を駆けたり、地面の草を食べたりと特に問題なく生活をしていた。
私が柵に近づくとクロとシロもゆっくりと近づいてくる。顔を覚えていてくれて嬉しい限りだ。
残念ながらリンゴは持参していないので、代わりに首筋を撫ぜると、カプリと私の禿げ頭を甘噛みしてきた。
うーん、やはりリンゴを持ってくるべきだった。
「姫さま、良く来てくれました。ゆっくりとしていってください」
井戸で頭を洗っていると一人のドワーフが近づいてきた。
以前、この馬場で会ったドワーフか、または別のドワーフかは分からないが、家畜を管理しているドワーフなのは分かった。
そのドワーフは「馬とロバから作った乳酒だ」と皮袋を私たちに向けるが、誰も手を出そうとしない。
家畜の乳から作る酒があるのは知っている。その味は個性的で、癖が強いと聞く。お酒が苦手な私が手を出さないのはもちろんの事、体内の水分が酒になっていそうなフィーリンとエギルも手を出さないのは、相当な代物なのだろう。
「ドワーフの中でも数人しか飲まない酒だ。慣れれば旨いんだがな」
ドワーフは残念がることもなく、旨そうにグビグビと乳酒を飲む。
「客人、お前の馬の様子はどうだ? 異変はないか?」
髭についた白い汁をゴシゴシと袖で拭うと、ドワーフはクロたちを見ながら尋ねてきた。
「クロたちの体調って事? 特に問題ないと思うけど」
リンゴ欲しさに私の頭を噛んできたけど、エサが足りなくて痩せているとかはなく、今も元気良く走り回っている。
「落ち着きがないとか、ビクついているとか、いつもと違う行動をしているとかはないか?」
クロとシロの世話はアナとティアがしているので、私がクロたちに接するのは遠出する時ぐらいだ。その為、ちょっとした変化は分からない。
そもそも、どうしてそんな質問をするのだろうか? と思い、「どういう事?」と尋ねてみた。
「俺たちが飼っている馬やロバどもが神経質になっているんだ。お前たちの馬は、そうでもなさそうだがな」
「クロたちが来た所為とか?」
「そうかもしれんな」
今現在、クロたちは我が物顔で馬場内で遊んでいる。その為、先住の馬たちが嫌な気分になっているのかもしれない。
「あっ、もしかしたら、強い魔物が近くにいるんじゃないかな?」
大ミミズに襲われた日を思い出した。
あの日も村で飼っている家畜が変な行動をしていると村人が言っていた。その後で大ミミズに襲われたんだった。
馬場は迷いの森と隣接している。つい先ほども森の中で巨人のミノタウロスを退治したばかりだし、戦闘を感じて怖がっているのかもしれない。
「魔物か……その可能性もあるな。結界石を確認しながら魔物除けの酒でも撒いておくか」
グビリと乳酒を飲んだドワーフは、「酒、酒……」と言いながら行ってしまった。
気になる案件であるが、私たちも次の現場に行かなければいけないので、クロたちと別れる事にした。
次に向かったのは採石場である。
ここでゴーレムの外装である石材を採取している。
「石切り場があるのは聞いていたけど、石材も風吹き山から取っているの?」
「ああ、この山は鉱石だけでなく、質の良い石も眠っている。殆どは村の建物に使っているが、たまに近くの村や町から石材の購入依頼が入る。これも酒代の収入源だ」
ドワーフの村は、迷いの森と風吹き山で成り立っているね。
「採石場は見応えあるよぉー。きっと驚くよぉー」
「フィーリンも石を切ったり、加工したり出来るの?」
フィーリンの鍛冶スキルは高いと聞いているが、酒を飲んでいる姿しか見ていないので、どうもイメージが沸かない。私の中では、ただの飲んだくれ中学生なのだ。
そんなフィーリンは、手をふりふり、三つ編みもふりふりさせながら「駄目だねぇー」と言った。
「力加減が難しくて、つい壊しちゃうんだよぉー。石割りもそう。ゆっくりと均一に楔を打たなければいけないんだけど、つい力一杯に打っちゃうんだよねぇー」
「たははぁー」と笑うフィーリン。酔っていて力加減が出来ないのだろう。
石切り場については、非常に興味がある。
思い出したくない炭鉱生活で、何回か楔で岩を砕いた。是非ともプロの技をまじかで見てみたい。
逸る気持ちを抑えつつ、風吹き山に向けて村を進む。
幾つかの鍛冶場を横目で見ながら通り過ぎると風吹き山の入口に辿り着く。そこには門番のように二人のドワーフが立ち番をしていた。
風吹き山にも多数の魔物が生息しているので、村に入って来ない用に監視をしているとの事。
風吹き山の入口には入らず、横に逸れ、裾野を沿うように進むと小さな林に辿り着いた。
「この先が採石場だ。落ちるなよ」
「どういう事?」
「以前、フィーリンさんが落ちかけた。行けば分かる」
「そんな事もあったねぇー」
「あははぁー」とフィーリンの笑い声を聞きながら林を抜けると息を飲む光景が広がった。
すぐ目の前の地面が抉られていて、崖になっていた。エギルの言う通り、景色に気を取られていたら崖から落ちていた事だろう。
恐る恐る崖に近づき下を覗くと、綺麗な垂直の壁になっていた。底まで三十メートルほど。反対側も垂直の崖になっている。
「これ全部、削り取ったの?」
「ああ、この辺一帯、上質な岩石が埋まっていて、何代にも渡って掘り進めている」
長寿のドワーフが何代にも渡って削っただけあり、もう人工の渓谷である。
「ちょうど石割りをしているな。見に行くか?」
「見たいのは山々だけど、さすがに底まで行くのは辛いかな」
私が渋ると「まぁ、そうだろうな」とエギルも同意した。
三十メートルほどの垂直の壁には、階段が掘られているが手摺りがないので凄く怖い。縄梯子も掛かっているが、それも怖すぎる。一応、山から離れるように崖を進んでいけば、坂道になっていて底に交わるのだが、距離があるので悩みどころ。
まじかで見学したいが、疲れるのは嫌なので諦める事にした。
「今は石割りの状況だから、細かく監督するのは後日でいいだろう」
エギルも降りる気がないらしく、今いる崖の上から説明してくれた。
風吹き山に近い地面ほど上質な岩石があり、そこで大まかに楔とハンマーで剥がす。
剥がれた巨大な岩石は、何本もの丸太を下に並べて、縄を使って原石置き場まで転がしていく。
そして、運びやすい大きさになるよう石割りをするようだ。
「まず岩石の状態を見て、一定の間隔で穴を開ける。そこに楔を入れて、順番にハンマーを打っていけば割れる」
ドワーフとはいえ、石割りの方法は普通であった。
「指示を出しているのはレギンかなぁー?」
崖から身を乗り出して覗いているフィーリンが指差す。
同じ顔ばかりのドワーフなので何とも言えないが、石割りの指示を出しているのは守備隊長のレギンであった。本職の守備はしなくていいのだろうか?
岩石の上には二人のドワーフがいて、ハンマーを片手に楔を順番にカンカンと打っている。
ある程度楔が入り込むと、レギンが上から横からと岩石を観察しながら、ドワーフに指示を出す。
その指示通りに打つと、楔に沿って亀裂が入り、そしてパカッと岩石が綺麗に割れた。
「ある程度の大きさに割ったら、村の中にある加工場まで運ぶ。そこで必要な大きさ、形に調整するんだ」
「運ぶってどうやって? 小さくするとはいえ、凄く重いよね。そりとか、荷車を使うの?」
炭鉱の事を思い出したので尋ねてみる。そうしたら「棒と紐があれな事足りる」と言われた。
つまり、砕いた岩を紐で括り、棒に繋げて、数人で担ぐように運ぶそうだ。また、滑車を使って崖から紐を引っ張る事もする。どれも力仕事である。
力が有り余っているアーロンとアーベルは、石運びをさせた方が良いのではなかろうか?
石材班の状況を見た私たちは、とぼとぼと元来た道を戻る。
残りの視察は、星光石を集める班だ。
「ねぇー、星光石班は、山に登っているのかなぁー?」
魔力伝達の高い星光石の原石は、風吹き山で採れると以前聞いた。その原石を加工して、三つある月の光を浴びせて作るらしい。
「いえ、フィーリンさん。今日は山に登っていません」
「ん? そうなの? どうしてぇー?」
「風が安定していないみたいです」
風吹き山は、名前の通り強い風が吹いている。それは麓にあるドワーフ村を砂塗れにする程である。
「今、僕たちの村に風は吹いていませんが、山の上は違います。登っても鉱石がある場所まで辿りつけません。下手をすれば負傷者がでるでしょう。姫さまの為に早く鉱石を集めたいのですが、無理は出来ません、と村長が昨日言っていました」
「うん、うん。無理は駄目だねぇー。のんびりやっていこうか」
無理強いしないフィーリンを見て、エギルは「助かります」と安堵した表情になる。
「ただ、他の班に遅れたくないらしく、今は家を解体しています」
「えっ、解体? どういう事?」
意味が分からず私が尋ねると、「僕がロックンにやった事だ」とエギルは答えた。
「村長の家に使われている星光石を抜き取っている」
「えーと……それ、大丈夫なの? 崩れたりしない?」
村長の家は崖をくり抜いた山の中にある。
壁や床や天井に使われている星光石を引っこ抜いたら、圧力が崩れて、崩落しないだろうか?
「全部取る訳じゃない。使われていない部屋や廊下の星光石を使う。また、明る過ぎる所を調整がてら抜いていくと言っていた。若干、家の中が暗くなる程度しか取らん」
「そうなんだ」
「ただ、それだけではまったく足りないから、いつかは山に登らなければ行けないがな」
私は天高く聳える風吹き山を眺める。
こんな高い山を登って、鉱石を掘って、持って帰らなければいけない。非常に大変な作業である。
「今更だけど、アタシ、とても面倒な事を押し付けちゃったみたいだねぇー。申し訳なく思えてきたぁー」
私と同じ思いに至ったフィーリンが、ちょっとだけしょんぼりとエギルに謝る。
「フィーリンさんは悪くないです。むしろ不出来なゴーレムを壊し、性能の良い新しいゴーレムを作って、村を守ってくれるのです。感謝こそすれ非難する者はいません。一緒に立派なゴーレムを作りましょう」
エギルがフィーリンを全肯定すると、反省が消し飛んだフィーリンはヒマワリのような笑顔になって「そうだよねぇー」と言った。
うーん、それでいいのだろうか?
村長の家に辿り着くと、入口から続々とレンガのような星光石が運び込まれ、積み重ねていた。
そして、星光石は荷車に積まれ、各鍛冶場へ運ばれていく。
「壁から剥がした星光石は、もう一度、炉に入れて、鍛え直す。見に行くか?」
エギルに誘われたので、「ぜひ見たい」と近くの鍛冶場を見学させてもらう事にした。
鍛冶場に入ると、顔が焼けるほどの熱気が襲う。
鍛冶のプロであるドワーフであるが、鍛冶の方法は人間と変わらないらしい。
鍛冶場も絵に描いたような場所で、レンガを組んだ炉はドーム型の窯で、すでに真っ赤な火が燃えている。
鍛錬するドワーフは二人。
一人は燃え盛る炉に入れた星光石を引っかき棒で位置を調整している。もう一人は炉の横に設置してある羽口からふいごのような装置を掴み、取っ手を押したり引いたりして空気を送りこんでいた。
二人のドワーフは、酒も飲まず、黙々と作業をしている。私たちも邪魔をしないように、遠くから眺める。
しばらくすると、真っ赤に染まった星光石を炉から取り出し金床に乗せると、二人のドワーフがハンマーで叩きだした。
軽快なリズムでハンマーを落とし、火花を飛び散らせる。
うん、テレビで見た鍛冶作業である。
この後、何度も何度も炉に入れては、ハンマーで叩くそうだ。
大変な作業である。
「ここに居ましたか、姫さま」
汗だくで見学していると声を掛けられた。
振り向くと入口に村長のガンドールが手招きしている。
「やぁ、村長ぉー。どうしたのぉー?」
「お誘いに来たのです」
「誘い?」と私たちは首を傾げた。
「ご存じだと思いますが、我が家に使われている星光石はゴーレムの骨格に使います。ただ、全ての星光石を使う訳にもいかず、せいぜいゴーレムの両足分ぐらいにしかありません」
「うん、知っている。残りは山で取るんだよねぇー」
「そうです。風吹き山に登って、残りの材料分を取ってくるつもりです」
現在、風吹き山は強風注意報発令の為、登る事が出来ない。その繋ぎで、村長の家を解体しているのだ。
「その風吹き山の風が安定してきたと、先程、様子を見に行った村人から報告が来ました。明日には登れるそうです」
「そうなんだぁー、良かったねぇー」
「明日、姫さまたちも山に登って、一緒に鉱石掘りをしませんか? 良い景色ですし、楽しいですよ」
村長から山登りに誘われてしまった。
正直言って、行きたくない。
あんな雲を突き抜ける高い山など、大変以外の何物でもない。
それなのにフィーリンは、「いいねぇー、行く行く」と何も考えていなさそうな軽い気持ちで答えてしまった。
こうして、明日の予定に山登りが入ってしまったのである。




