290 みんなで楽しく素材集め その3
ドワーフの村に来て何度目かの朝を迎える。
昨日は、昼過ぎに村長を含め村人のドワーフたちにゴーレム作りの協力を要請した。その後、再度魔女の廃村に行き、ヘビのゴーレムから二個目となる『原初の火』を貰った。そして、村の近くまで戻って来た時には夕方近くになってしまったので、その日は終わった。
魔石集めをしていたリディーたちも大して集める事は出来ていない。さらにドワーフの村と魔女の廃村を繋ぐ道作りも魔物除けの魔術具が足りないとの事でまったく進んでいなかった。
他の石材集めの班と星光石を集める班は現場を見ていないので分からないが、私たちと大して変わらないだろう。
そういう事で本格的にゴーレムの素材集めは、今日から始まるのだが、午前中はエール作りと普段の鍛冶作業をするとの事で、本日の午後から始まる。
朝食を終えた私たちも二度寝する訳にもいかず、ドワーフたちの手伝いに向かう。
フィーリンとエギルは、エールを保管する樽の金具を作る手伝いに鍛冶場へ行った。
リディーとマリアンネは、樽の素材である木材を集める班に加わり、迷いの森の大木を切る間、近寄ってくる魔物を狩るとの事。魔石も集まって一石二鳥らしい。
エーリカは、フィーリンの工房で音声機能の魔術具を調べるらしく一人で残っている。
そして、私とロックンはドワーフに混ざりながら出来立ての樽を磨いたり、綺麗に洗ったり、水を溜めたりと雑務に精を出していた。
炭鉱帰りの私は、無駄口も酒を飲む事もなく、黙々を指示された事をする。
ロックンも私を介してドワーフの指示通り、右へ左へと荷物を運んでいる。
一緒に働いて分かったが、基本ドワーフたちは真面目で働くのが好きな人種だ。
ちょくちょくと仕事の合間に酒は飲んでいるが、それ以外はサボる事も愚痴を言う事もなく、みんな常に体を動かしている。その為か、黙々と作業をする私とロックンに対して、嫌味を言われたり毛嫌いされる事もなく親切に接してくれた。
黙々と作業をすること数時間、水とパンを入れた大量の樽が食堂の一角に積み上げられた。これが数日するとエールとなり、ドワーフの血肉となるのだ。
これでようやく午前の作業は終わった。この後、休憩を挟んでからゴーレム作りの素材集めである。
昨日決めた通り、私とフィーリンとエギルの三人は監督役で各班を回る予定。
リディーとマリアンネは魔物狩りで魔石集め。エーリカは道作りである。
ちなみにエーリカは私と一緒に行きたがっていたので、私の代わりにロックンをエーリカに付けておいた。
まず向かったのは、エーリカたちがいる迷いの森。
ドワーフの村から出て少し進んだ先で道作りを始めている。
すでにアーロンとアーベルが大剣と戦斧で邪魔な大木や草木を刈ってあり、手前から順番に道を均していた。
「おいーす、エーリカ、ロックン。道作りは順調かなぁー?」
「はい、フィーリンねえさん。廃村まで距離はありますが、道幅はありませんので、そこまで苦労する事はないでしょう」
土や埃で汚れてもいいようにエーリカには白色の雨具を着させている。
そのエーリカが言う通り、道幅は三メートルほどに刈られた道を数人のドワーフとロックンが刈り残した草木や石を退かしていた。
「大木の根っこはどうするの? 大きいから大変そうだね」
一刀の元で斬り倒されている大木が根本に残っている。掘り起こすには相当な労力がいる事だろう。
「後輩の家の道を整備した時は、それなりに手間が掛かりました。だけど、今はドワーフたちがいますので、簡単に除去できます。実践しましょう」
エーリカがドワーフに指示を出すと、四人のドワーフが切り株を囲い地面に手を付いた。そして、ブツブツと呪文を唱えると根本の土がモコモコと盛り上がり、切り株の根っ子が地表へ姿を現す。
それをエーリカが魔術具で切っていき、ロックンを含め、全員で引き抜いた。
土魔法が使えるドワーフ、何でも切れるエーリカの魔術具、力自慢のドワーフとロックンがいれば、道作りは問題なさそうだ。
「魔物除けの魔術具は、用意できているのか?」
エギルが近くにいるドワーフに聞くと「今日の分は用意してある」と答えた。
邪魔な草木や石、切り株が無くなると一定間隔に穴を掘って、手の平サイズの石版を埋めていった。これが魔物除けの魔術具なのだろう。
「ねぇ、灯籠……えーと、村から森を突っ切る道には左右に柱みたいなのが設置してあるけど、それは使わないの?」
「魔物除けの結界石の事か? あれは特殊な石に魔法陣を刻み、特殊な魔石を埋めなければいけない。方位なども関係するから今の段階では設置しない。時間がある時にゆっくりとするつもりで、今は魔術具で対処する」
結界石と魔術具の違いがさっぱり分からない私は、「ふーん、そうなんだ」と適当に相槌を打ちながら、道作りを見守る。
魔物除けの魔術具を埋めたドワーフたちは、棒の先に石の塊にくっ付けたような道具を使ってドスドスと地面を叩き、固めていく。
そして、最後に皮袋に入っている酒を口に含めると固めた地面に向けて吹きかけていった。
「あれは何? 呪いか何か?」
「あれも魔物除けだ。魔物が嫌う酒を振りかけている。魔力を込めているから新しく草木が生えたりもしない」
ちなみに味が不味すぎて、ドワーフも好んで飲まないそうだ。
それ、お酒じゃないんじゃないの?
こうして一区画の整備が終わると、奥へ進み、同じ要領で道を作っていく。
特に問題なさそうなので、私たちは労いの言葉を掛けてから、さらに奥へ入って行った。
アーロン、アーベル兄弟が雑に刈った道を進んだ先にリディーたちが魔物狩りをしているとの事で、しばらく歩くと円形に刈られた広場に出た。
そこにリディー、マリアンネ、数人のドワーフがいる。そして、広場の中央には山のように積み重なって置かれているゴブリンとヒヒの死骸があった。どれも腹を引き裂けれていて、地面を真っ赤に染めている。
ゴーレムの核を作る為に魔石が欲しいとはいえ、この光景はさすがに引いてしまう。
「みんな沢山狩ったねぇー。ご苦労さぁーん」
フィーリンが労いの言葉を吐くと、ドワーフたちは嬉しそうに「姫さま、良く来てくれました」と集まってくる。
そんなフィーリンを眺めながら私はリディーとマリアンネの元へ向かった。
「ゴブリンばかりだね」
「あいつらはネズミみたいに何処にでもいるし、大量に湧く。魔物寄せの声を出していなくても、わらわらと集まってくるんだ」
「弱いから倒すのは楽だけど、魔石が小さいからどんなに倒しても、あまり意味が無いんだよね」
手についたゴブリンの血を皮袋の水で洗っているマリアンネが、地面に置かれている樽を指差した。
樽の中には小石のような魔石が入っている。数はそれなりにあるが、サイズが小さいので死体の山に比べて、まったく溜まっていなかった。
「そういう事で、今、大物を誘い出しているのを待っているんだ」
弓の手入れをしているリディーが森の中に視線を向ける。
「ああ、だから、ここにアーロンとアーベルが居ないんだね」
「ヴェンデルとサシャも引きずられるように行っているわよ」
同情めいた表情でマリアンネが言うが、どこか楽しそうだ。
「噂をすれば、戻って来たぞ」
長い耳をピクピクとさせたリディーは、器用に大木の枝に飛び乗ると弓矢を構えた。他のドワーフたちも散開し、斧を構える。なぜか様子を見に来たフィーリンもドワーフの中央に移動して土斧を作っている。
邪魔にならないよう私とマリアンネとエギルは距離を開けて、大木の影に隠れた。
「でかいのが来るぞ」
木の上から様子を見ているリディーが忠告すると、前方の森からバキバキと木が倒れる音が近づいてくる。
どんな魔物が来るのか、息を止めて様子を見ていると、茂みから躍り出るようにヴェンデルとサシャが飛び出してきた。
いつでも攻撃できるように斧を構えていた数人のドワーフが、危うくヴェンデルとサシャを攻撃しそうになる。
「ひぃー、まずい、まずい!」
「お前たち、もう少し下がれ! 巻き込まれるぞ!」
息も絶え絶えにサシャとヴェンデルがドワーフたちを下がらせる。そのすぐ後に魔物が現れた。
全身緑色の筋骨隆々の魔物。頭髪はなく代わりに角のようなものが生えている。口から鋭い牙が飛び出し、潰れた鼻まで伸びている。そんな凶悪な顔の魔物は目が一つしかなかった。
「森の巨人だ!」
ドワーフの言う通り、その魔物は身長五メートルほどもある巨人で、俗に言うサイクロプスである。
途中で引っこ抜いたのだろうサイクロプスの右手には、根っ子の付いた大木が握られていた。
「目を潰せば何とかなる」
リディーの矢がサイクロプスの目に当たるが、刺さる事はなく弾かれてしまった。
「どんな目をしているんだ!?」
リディーはしつように目に矢を当てていくが刺さる事はなかった。ただ痛みはあるようで、矢を嫌がるサイクロプスは握っている大木を振って、リディーが乗っている大木を粉砕した。
サルのように別の木に移動したリディーは再度弓矢で攻撃する。
それを合図にドワーフたちもサイクロプスに攻撃を仕掛けた。
斧で攻撃する者、土魔法を放つ者、爆発する魔術具を放り投げる者。負けじとフィーリンも土斧を投げては爆発させる。ヴェンデルとサシャも様子を見ながら攻撃に参加していた。
だが、まったくと言っていいほど、傷をつける事が出来ない。
サイクロプスも攻撃をするが大振りな為、距離を開けていれば躱す事は用意である。だが、一発が致命傷レベルの攻撃の為、油断は出来ない。
そんな中、サイクロプスの拳を大盾で防ごうとしたヴェンデルが私の近くまで吹き飛んできた。すかさずマリアンネが駆けつけ、回復魔法を唱える。
屈強なドワーフたちも次々と吹き飛ばされていき、その都度、マリアンネが回復魔法に追われていた。
「おお、おお、頑張っているな」
「このぐらい大きくなければ面白くないってもんだ」
いつの間にか、アーロンとアーベルが戻ってきて、サイクロプスの戦いを見守っていた。
「戻って来たのなら手伝ってよ」
「俺たちが手を貸したら面白くないだろ」
「それに俺たちにも客がいてな」
私が「客?」と眉を寄せると、バキバキと大木を倒しながら別のサイクロプスが現れた。
「ひっ、もう一体来た!?」
「こいつは俺と兄貴で仕留める」
「そっちの巨人はお前たちで何とかしろ」
そう言うなり脳筋兄弟は、喜々としながら新しく現れたサイクロプスの元へ駆け出した。
「ああん、もう! エギル、私たちも行くよ!」
「くそ、僕は戦闘が苦手なんだ!」
大木の影に避難していた私とエギルも飛び出し、遠距離から光の刃と土の魔法で戦闘に参加した。
………………
…………
……
何とか退治する事が出来た。
私の光の魔力弾で視力を奪い、その隙にフィーリンがサイクロプスの体をよじ登る。そして、大きな目を開いた瞬間、フィーリンが土斧をぶっ刺し、爆発させて終わらせた。
戦闘に参加したリディー、マリアンネ、ヴェンデル、サシャ、そしてドワーフたちはやり切った感で地面に座って休憩している。
「見ろ、ゴブリンと違って、大きな魔石だぞ」
もう一体のサイクロプスを倒したアーロンとアーベルが緑色の魔石を見せて回っている。大きさは拳大ほど。サイクロプスの体躯に比べると小さい気がするが、空気を読んで言わないでおく。
「この調子ならすぐに魔石が集まるだろう」
「もう一匹、連れてくる。休憩したら戦闘の用意をしておけ」
脳筋兄弟は「行くぞ」と、再度ヴェンデルとサシャを引きづりながら森の中に入って行く。
みんなから溜息が零れるのを聞きながら、私とフィーリンとエギルは逃げるように元来た道を戻って行った。




