289 みんなで楽しく素材集め その2
話がまとまり、外の風も収まったので、さっそくゴーレム作りに必要な素材集めが始まる。
ゴーレムの核を作る為にアーロン、アーベルの脳筋兄弟を中心に魔物狩り兼道路作りの班が一つ。
外装の石材を集める石切り班が一つ。
骨格の素材である星光石を集める班が一つ。
以上三つの班に別れたドワーフたちは、血気盛んに外へと出て行った。
残った私たちもバラバラに別れて、各班でお手伝いをする予定。だが今は別にやる事があるので、再度フィーリンの工房へ戻ってきた。
私たちのやる事は、壊れて朽ち果てている汚いマシュマロマンのようなゴーレムを解体する事である。
エーリカ、フィーリン、エギルの三人でゴーレムの外装を破壊していく。
骨格から剥がれた廃石を私、リディー、マリアンネ、ロックンで外へと捨てていった。
ガシガシと破壊しては、えっちらおっちらと廃石を捨てていく事しばし、「おっ、見つけたぞ」と頭を破壊していたエギルから声がかかった。
「後頭部にくっ付いていた。これが声音機能の魔術具だろう」
エギルの手には、手のひらサイズの石板が乗せられている。
石板の表面には魔法陣や魔石が埋め込まれているので、エギルの言う通り魔術具なのだろう。ただ、まったく知識のない私では、どういった魔術具なのかは分からない。
「これ、使えるの?」
「分からん。僕も見た事のない魔法陣だ。解析する必要がある」
「いや、それ以前に割れているんだけど?」
「頭を壊した衝撃で割れた。まったく同じに新しく作れば何とかなるだろう」
本当かなぁー。
「骨格にも魔法陣が描かれています。魔術具だけを作り直しても無駄でしょう」
骨だらけになったゴーレムの頭蓋骨をちょこんと座って観察しているエーリカから注意が飛んだ。
エーリカが指差す部分も魔法陣らしきものが描かれている。ただ先にも言った通り、私は魔法陣に関して無知で、石板の魔術具と骨格の魔法陣が関係しているのかは分からない。
「エーリカは、この魔法陣や魔術具を見て、どんな機能でどうやって動いているのか分かる?」
「いえ、一目では分かりません。ただドワーフの作ったものなので、少し調べれば分かると思います」
ドワーフ程度の魔法陣など私に掛かれば大した事はない、とさらりとドワーフの悪口を言うエーリカ。悪意は無いんだろうけどね。
「いや、前の村長は頭が悪かったと聞く。僕も見た事がなく、ドワーフが使うような魔法陣ではない。これは初めから備わっていた物だろう」
「ああ、そう言えばこのゴーレム、遠くの親戚から無理矢理送って来たんだったね。一から作った訳じゃなかったね」
借金の返済に無理矢理壊れたゴーレムを送りつけたんだった。そんな壊れたゴーレムを直す為に前村長は迷いの森に入り、魔女の廃村へ行き、ヘビのゴーレムに直し方を教えてもらったんだった。
「もしかしたら、ヘビのゴーレムなら知っているかもね。エギル、今度廃村に行ったら尋ねてみたら」
「いや、その必要はない。僕自ら調べて、作り直す」
「何で?」
「面白そうだからだ」
どうもエギルの知的好奇心が刺激されたみたいである。
「いえ、わたしがやります。なかなか興味深いです」
エーリカの知的好奇心も刺激されたみたいで、エギルとエーリカが「僕が」「わたしが」と言い合っている。
お互い譲らないので、チラリとフィーリンに視線を送ると「エーリカに任せようかぁー」と決定してくれた。
「そ、そんなー、フィーリンさん……」
「魔法陣はエーリカが得意だからね。それにエギルは他にも色々とやる事があるから、そちらに専念して貰いたい。頑張ってねぇー」
情けない表情をするエギルにフィーリンが説明する。どことなく「アタシの仕事を手伝って楽させてねぇー」と含まれている気がした。
そんなフィーリンの言葉にエギルは「分かりました!」と潔くエーリカに託した。
エーリカはエーリカで「ご主人さま、わたしに任せて下さい」とやる気になっている。正直、私のゴーレムじゃないから声音機能はあっても無くてもいいだけどね。
そういう事で外装が全て剥がされ、ホネホネの状態になったゴーレム。
魔法陣が描かれている頭部はエーリカが保存し、それ以外は再利用する事になった。ただ場所によって素材が違うみたいである。
ロックンで使用した左足と右足、それと右腕が星光石が含まれた素材で、それ以外はエギルでも分からない謎素材であった。
その事から前村長に送られた時は、両足と右腕が無かった状態だと推測できた。
「謎素材の骨格は鉱石に詳しい奴に調べてもらうとして、他は精錬し直して、ロックンのように外装に使う。量が少ないから核を守る胸元や壊れやすい関節部分に使おう」
私たちは鍛冶場に運びやすいようホネホネになったゴーレムの骨格をボキボキと壊し、荷車に乗せる。そして、エギルとフィーリンの二人が鍛冶場まで運んでいった。
二人が戻ってくる間、残った私たちは工房内に散らばっている破片などを片づけていく。ただエーリカだけは先ほどの魔法陣とゴーレムの後頭部に描かれている魔法陣を観察していた。
「眺めているだけ分かるものなの? 魔力とか流さないの?」
「今は魔力回路が途絶えていますので、魔力を流しても意味はありません。最終的には魔力を流して調べますが、その前にどのような構造になっているのかを知る必要があります」
「それで、どう? 何とかなりそう?」
「今のところは何とも言えません。ただ、とても美しい魔法陣です」
「う、美しい? どういう事?」
文字が綺麗とか、完璧な円が描かれているとかだろうか?
「複雑で高度な魔法陣です。普通なら幾つかに分けて描かれるのを一つにまとめてあります。それも余裕を持たせるように遊び部分も用意されています。これを用意した人物は相当な人物でしょう」
エーリカがべた褒めしている。
それにしても私が思っている以上に声音機能という技術は高度な物だったみたいだ。
以前エーリカが作った言葉を記憶させて、垂れ流す魔術具の上位版だと思っていたが、そうではないようだ。もしかしたら、その場その場で状況を判断し、適した言葉を自動で話すAIみたいな性能があったのだろうか?
まぁ、魔法陣についてまったく分からないので、これ以上エーリカから詳しく聞く事はせず、掃除の続きを始める。
掃除も終わり何もやる事が無くなり、のんびりと時間を潰していると、ようやくフィーリンとエギルが戻ってきた。
二人の体から酒の匂いが漂っている事から鍛冶場で骨格を下した後、ドワーフたちと一緒に飲んできたのだろう。
「おお、部屋が綺麗になったねぇー。ずっと一緒にいたゴーレムが居なくなって、何だか変な感じぃー」
フィーリンがこの村に来てから一緒にいたゴーレムだ。机や椅子代わりにしていたし、いつも使っていた愛用の家具が無くなったみたいで落ち着かないのだろう。
「それで、これからどうするの? 村人全員が手伝ってくれるとはいえ、私たちが率先して作業をしなければいけないよね」
「材料を集めるだけで数日は掛かる。早く材料を集めたければ、手伝った方がいいだろう」
今は三つの班に分かれている。
魔石を集めて核を作る班。外装の石材を加工する班。骨格となる星光石を集める班。
私はどこを手伝った方が良いかな? まぁ、どこもやりたくないけど……。
「僕は魔石集めでもやるか。石を切ったりするよりも魔物を狩った方がいい。マリアンネ、お前も来い」
リディーが弓の調子を見ながらマリアンネを誘う。だが、当のマリアンネは青い顔をして、ブルブルと頭を振った。
「魔物狩りって、あの白銀等級の二人がいるんでしょ。嫌よ。私はここから外へ出ないからね」
「お前はプリーストだろ。怪我人が出たら魔法で治療する回復担当だ。他のドワーフたちもいるんだ。後ろで待機していればいい」
引きこもり一歩手前のマリアンネをリディーが外へ引っ張りだす。
「エーリカはどうする?」
「わたしはご主人さまに合わせます」
「エーリカも僕と一緒に森の中だ」
常に私のそばにいるエーリカをリディーが親離れさせる。
「魔石集めのついでに道を作っている。エーリカは道作りだ。得意だろ」
「道作りはエギルの要求で、ゴーレム作りとは関係ありません」
「うぐっ」とエギルが顔を逸らす。
「それなら僕と一緒に魔物狩りをしよう」
「それならここに残って、声音機能の魔術具を調べます」
「なら森の切り株に座って、調べればいい」
どうやらリディーは、エーリカと一緒に居たいだけみたいだ。
「あんな落ち着きのない場所で調べられる訳ないです」
「そうよ、そうよ。私もエーリカちゃんと一緒にここで魔術具を調べているわ。リディー一人でゴブリン狩りを楽しんできて」
「お前らは、もぉー!」とリディーが必死に居残ろうとする二人を説得し始める。
「私はどうしようかな?」
やんややんやと騒いでいる三人を眺めながら、ぽつりと呟くと、「お前は監督役だ」とエギルに言われた。
「僕がロックンの体を作り、お前が魔力を流した。それだけでなく、図案もお前が考えた。僕とお前は各現場を見て回る役だ。ちなみにフィーリンさんは最高責任者です。僕と一緒に怠けている奴を叱りましょう」
私と違い低姿勢でエギルが言うと、フィーリンは「あいよぉー」と軽く同意した。
リディーがしつこく説得した事で、これからエーリカとリディーとマリアンネは迷いの森で魔石集めと道作りをする事が決まった。
そして、私とフィーリンとエギルが監督役で各現場を回り、状況を把握する事になった。ただ、その前にこれから再度魔女の廃村に行くはめになってしまった。
「なぜ!」
「何度も言わせるな。ヘビのゴーレムから『原初の火』を貰ってこなくてはいけないと言っているだろ」
「貰ってくるだけならエギル一人で大丈夫なんじゃないの?」
「『原初の火』を何個も貰えない可能性がある。だから、ロックンをヘビのゴーレムに見せて、使い切った事を説明するんだ」
「一応、エギルの指示で動くようにしてあるんだから、エギルとロックンだけで行けば良いんじゃないの?」
「途中で言う事を聞かなくなったらどうする? 森の中でロックンを捨てていく事になるぞ。飼い主なんだから責任を持って付いてこい」
マリアンネではないが、嫌々する私をエギルがあーだこーだと説得する。
そんな私とエギルのやり取りを見ていたフィーリンがロックンに「仲が良いねぇー」と話しかけていた。
全然、仲良くない! 酔いで視力が低下しているんじゃないの?
おい、ロックン! 目をチカチカさせて同意しない!
そんなこんなで良いように言い包められた私は迷いの森の手前まで来てしまう。
ドワーフ村の入口を出てすぐの場所でアーロン、アーベル兄弟、ヴェンデルとサシャ、数人のドワーフが魔物狩りを始めようとしていた。
「アーロンとアーベル、どちらか一人、僕たちと付いてきてくれ。また魔女の廃村に行きたい」
エギルが二人に言うと、弟のアーベルが付いてくる事が決まった。
アーベルを先頭に私、フィーリン、エギル、ロックンが森の中に入っていく。
ちなみにエーリカとリディーとマリアンネは魔物狩り兼道作りで別れた。
アーベルが大きな戦斧を振って道無き道を切り開いていく。一直線に魔女の廃村に向かうので、大した時間は掛からないだろう。
「今朝も廃村へ行って来たばかりだというのに、すぐに道が無くなって森へと戻っている。元気の良い森だぜ」
わっはっはっと豪快に笑いながら、アーベルは目の前のエントを叩き斬っている。
「アーベルたちはいつまで村に居るつもり? ずっと居座るつもりなの?」
アーベルがいるおかげで特にやるべき事もないので、暇つぶしに聞いてみた。
「ゴーレム作りだっけ? 面白い事をしているから、それを見届けたら出ていくつもりだ」
「ダムルブールの街に帰るんだよね」
「ああ、そろそろ仲間たちも戻っている頃合いだからな。伯爵も痺れを切らせていると思うし、また街で冒険者稼業だ」
「フィーリンも私たちと行くんだよね?」
「うん、久しぶりにティアねぇーにも会いたいしね。ゴーレムが完成したら旦那さまと一緒に何とかっていう街に行くよぉー」
フィーリンが村から出ていく宣言をすると、エギルは難しい顔をしながら俯いてしまった。エギルとしては、フィーリンの手伝いはしたいが、村からは出て行ってほしくない。だが表立って引き留める事もしたくない。遣る瀬無い気分なのだろう。
「ロックンはどうする?」
試しに「村に残る?」と聞くと、チカッと一回だけ両目を点滅させた。これは否定の意味だ。
「じゃあ、一緒に行く?」と聞くと、チカチカと二回点滅させた。肯定という意味で、やはり私から離れないようだ。
「おい、魔物が来たぜ」
アーベルの忠告通り、前方から四匹のゴブリンが駆け出してきた。
「ふん!」とアーベルが戦斧を一振りすると二匹のゴブリンを粉砕する。さらに「ふん!」と返す勢いで戦斧を振って残りの二匹も粉々にする。
激弱ゴブリンとはいえ、チートのようなアーベルがいれば、道中の魔物は問題なさそうだ。前回、前々回の迷いの森とは大違いである。
「魔石が欲しいんだろ。腹の中に入っているから忘れずに取れよ」
そう言うなり戦斧でゴブリンの死骸を指すが、肉片も内臓も広範囲にバラバラに散らばっているので小指サイズの魔石を探すのは時間が掛かりそうだ。
「うむ、今度は頭だけ破壊しよう」
「それはそうと、死骸はどうする? 昨日は逃げてばかりいたから他っていたけど、基本、魔物を退治したら死体は燃やして埋めるんだよね」
死骸をそのままほったらかしにしたら、匂いや疫病蔓延などとは別にアンデッドが発生するとアナから聞いた事がある。
「本来はな。だが、ここは森の中だ。他っておけばいい」
アーベルは胸から下が無くなったゴブリンの死骸を掴むと茂みの中に放り投げた。
しばらくすると、どこからかツタや枝がニュルニュルと伸びてきて、ゴブリンの死骸に絡みつき、引きづって行ってしまった。
「ほらな。森が処分してくれる。だから、気にせず殺しまくれるってもんだ」
脳筋ではあるが、やはり上級の先輩冒険者だ。疑問に思ったことはしっかりと教えてくれて、少しだけ関心した。うん、少しだけね。
その後、ゴブリンやヒヒ、さらに巨大なカマキリやムカデの魔物が現れるが、アーベルとフィーリンのおかげで危なげなく退治される。そして、昨日の苦労が嘘のように魔女の廃村へ無事に辿り着いた。
罠だらけの地下道を通る教会跡地からは入らず、崩れた廃墟の階段から地下へ降りていく。
「俺は向こうで遊んでくる。終わったら呼んでくれ」
地下の工房へ着くなり、アーベルは奥の通路へ行ってしまった。
アーベルについて心配する事なく、私たちは工房の中に入り、ナーガ姿のゴーレムと対峙した。
「良く来た、人の子よ」
昨日と同じ場所、同じ姿勢で来客した私たちにヘビのゴーレムが声をかける。
「ゴーレムが完成した。見て、感想をくれないか?」
エギルが「ロックン、前へ」と言うと、私の横にいたロックンがヘビのゴーレムの前まで移動する。
お互い視力はないのだが、なぜかヘビのゴーレムとロックンが視線を合わせて見つめ合う。
「え、えーと……どうかな?」
私が尋ねるとヘビのゴーレムは私に顔を向けて、「悪くない」と言った。
「『原初の火』は問題なく稼働している。魔力の循環も申し分なし。動きも良し。面構えも凛々しい。立派なゴーレムだ」
ヘビのゴーレムから太鼓判を押された埴輪顔のロックンは、両手を上げ下げしながら両目をチカチカとさせて喜んでいる。
所有者の私もほっと一安心である。
「それで『原初の火』を何個か貰いたいんだけど、良いかな?」
私が本題に入るとヘビのゴーレムは「駄目だ」と断られた。
「えっ、駄目なの?」
「『原初の火』はゴーレム一体に付き一個。量産はしない」
「もう一体、新しくゴーレムを作る予定なんだけど。その分だけでも駄目かな?」
「一体につき一個。それなら良い」
そう言うとヘビのゴーレムは作業台へ向かった。
「なぁ、もっと火力が強いのを作れないのか?」
エギルが注文すると「無理だ」と返ってきた。
その後、「沢山火が出るように出来ないか?」とか、「広範囲に火が出るように出来ないか?」と注文をするが、どれも「無理」と返ってきた。
「ねぇ、契約って、どの段階で完了するの? 核……『息吹の根源』に魔力を流した時? それとも『原初の火』を吸収した時?」
「『原初の火』を取り込んだ時だ」
どのタイミングで契約したのか分かった。
それならと私はフィーリンに向き直る。
「今回はフィーリンが率先してゴーレムを作るんだよね」
「うん、そのつもりだよぉー」
「ゴーレムが完成したらフィーリンは村から出るよね」
「うん、そうだねぇー」
「それならフィーリンがゴーレムの契約をしちゃわないように気をつけてね」
「うん、最後の作業は村長かエギルに任せるよぉー」
フィーリンは、皮袋に入っている酒をチビチビと飲みながら気の抜けた返事をするので、本当に理解をしているのか心配になる。
エギルはというと「フィーリンさんと僕の間に生まれたゴーレム。僕が契約しますぞ」と鼻息を荒れている。こっちも大丈夫だろうか?
「『原初の火』だ。持っていけ」
ヘビのゴーレムが新しく作った『原初の火』を私に渡すと、使い古された箒を持って床を掃き出した。
用が済んだならさっさと帰れの合図なので、一言お礼を言って、地下の工房を後にした。
ちなみに通路の奥へ行ったアーベルは天井に潰されそうになっていたので、急いで助け出した。
さすがのアーベルも一人では支えきれなかったみたいである。




