286 試作ゴーレム作り その3
試作品のゴーレムが完成した。
全長八十センチほど。
外装は星光石五割、鉄三割、その他二割の混合石。ただの石に比べ、硬度や魔力循環が高い。
形は四角形タイプ。
首は無く、両手は長く、両足は太くて短い。
無骨な感じではあるが、顔の中央にまん丸の目と横一線の口が空けられているので、どことなく埴輪っぽく、愛嬌がある。
「愛嬌? どこが?」
「ちょっと不気味かも……」
「ただの岩の塊にしか見えないね」
「小さいけど、強そぉーだよ」
「ご主人さまに似て、良いと思います」
あまり賛同は得られなかったので、ただの自画自賛、自己満足であった。
「形が出来ただけで満足するな。ちゃんと動かなければ、全部溶かして、鍋にしてしまうぞ」
「核に魔力を流せば良いんだよね」
私はフィーリンに顔を向ける。
このゴーレム作りはフィーリンとドワーフの約束から始まっている。殆ど私とエギルが作り上げたのだが、最終作業の魔力注入はフィーリンがするべきだろう。
その事を伝えると、「アタシは何にもしていないから、魔力を注入する資格はないよぉー」と辞退した。干し肉を齧りながら酒を飲んでいるので、立ち上がるのが面倒臭い訳ではないと信じたい。
「なら、お前が注入しろ。『原初の火』に魔力を込めたのもお前だ。ゴーレムの核もお前の魔力に馴染むだろう」
「そう言うなら……」
魔力を流すだけなら問題ない。
私は特に気にする事なく、チビゴーレムの胸に指先を当てた。
そして、指先から魔力を流していくと、ゴーレムの胸から薄っすらと光が漏れだした。私の魔力が骨格に描かれた魔法陣と核が反応しているのだろう。
「一気に魔力を流すなよ。一つにまとめてあるからって、使っているのはクズ魔石だ。壊れる可能性がある」
エギルの忠告を聞き入れつつ、ゆっくりと魔力を流し続けているとゴーレムの胸の光が無くなっていった。
完全に光が消えると、「もう良いだろう」とエギルからストップがかかる。
「それで、これからどうすれば良いの? 他って置けば勝手に起動するのかな?」
「後は契約しろって言っていたな」
「契約? どうやるの?」
エーリカ、ティア、リディーの自動人形は胸元の魔石に魔力を流し込んだら、自動で契約をしてしまう。
このゴーレムも魔力を流し終えているので、すでに契約済みなのだろうか?
それにしても反応がまったくないのだが……。
「少し時間が掛かるのかな?」
「そうかもな」
「もしかして、失敗しているとか?」
「その可能性もある」
長い髭をモサモサと触るだけでエギルは黙ってチビゴーレムを眺めている。
他の女性陣も遠くから様子を見ていた。
―――― 力不足だよー ――――
黙ってチビゴーレムの様子を眺めていると、聞き慣れた声が頭に流れてきた。
えーと、『啓示』さん。力不足って、どういう事かな? 魔力が足りないのかな? もっと流せって事かな?
―――― 『原初の火』 ――――
いつも一方通行の会話しか成り立たないのに、今日は私の疑問に答えてくれた。
ただ言葉足らずで意味不明。
この後、色々と『啓示』に問いかけてみたが返事はない。
仕方が無いので、『啓示』の言った『原初の火』の石板を掴んでチビゴーレムに近づけてみた。
「何をしている?」
「ちょっと知り合いから助言を授かってね」
細かく説明する事はせず、私は石板に魔力を流して、魔法陣から火を点す。すると、火は魔法陣から離れ、ユラユラと揺れながらチビゴーレムへ飛んで行った。
「おおっ!?」とエギルの感嘆が漏れる中、火はチビゴーレムの胸元へ辿り着くと吸い込まれるように消えていった。
「目が光り出したぞ」
「指先も動き出したよぉー」
「さすがご主人さまです。無事に起動しました」
「生命の誕生を見ているみたいで感動しますね」
女性陣が集まり、今にも動きそうなチビゴーレムを見守る。
穴が空いているだけのチビゴーレムの両目から黄色の光がチカチカと点滅する。指先がピクピクと動き出し、ついに両手を使って、ズズズッと重たく上体を持ち上げた。
ふぅー、上手くいって良かった。
それにしてもヘビのゴーレムは、『啓示』と同じで言葉が足りていない。もし『啓示』の助言がなかったら、失敗作として、炉で溶かされ、包丁や鍋に再利用されていただろう。
膝を曲げた状態のチビゴーレムは、立ち上がる事に専念している。
長い両手をグググッと地面を押すようにして立ち上がる。
プルプルとバランスを保っている様子は、生まれたての動物のようである。
「頑張れぇー」「もう少しだ」「背筋を伸ばせば問題ありません」と女性陣から声援が飛ぶ。
だが、ようやく立ち上がったチビゴーレムはバランスを崩して、地面に倒れてしまった。
「足首の固定が緩いな。少し固めるか」
原因を見つけたエギルは、地面に倒れたままのチビゴーレムに近づき、『原初の火』で問題の個所を柔らかくして、コネコネと直していった。
「こいつ、僕の言葉では言う事を聞かない。座った状態にするよう命令してくれ」
「えーと、私で良いのかな?」
「契約をしたのはお前だろ。順番に調整するから早く指示を出せ」
どうも魔力を注いだ私が契約者になってしまったみたいで、他の者がチビゴーレムに命令しても動いてくれない。
エーリカたちだけでなく、ゴーレムまで契約してしまうとは……もっと考えて魔力を注ぐべきだった。
仕方なく私がチビゴーレムに命令をすると、チカチカと目を光らせながら命令通りに上体を起こしてくれた。
「まずは頭部だ。左右に頭を動かすように指示を出せ」
言われた通りに指示を出すとチビゴーレムは素直に動いてくれた。
エギルはチビゴーレムの動作を見ては、外装を削ったり、付け加えたり、形を変えたりと調整していく。
頭部、肩、肘、手首、腰、膝、足首と上から順番に見終わると、「もう一度、立たせろ」と言う。
私が指示を出すと、今度は危なげなく立ってくれた。
「今度は簡単な動作確認だ」
無事に立ち上がったチビゴーレムを歩かせる。
短足胴長の為、ドスドスと重たそうに歩く。
次は駆け足を指示したら、バランスを崩して倒れてしまった。
「左右の比重が悪いな」
再度、エギルが調整に入る。
『原初の火』を使って、肩の外装を外し、骨格を調整する。
簡単に溶けて固まる『原初の火』があれば、簡単に手直しが出来る。それ以上にエギルが優秀過ぎる。
私はチラリとフィーリンを見た。
フィーリンは限りなくドワーフに似せて作られた自動人形だ。リディーと行き別れてからちょっとした鍛冶作業でお金を稼いでいたと言っていた。今の所、フィーリンが鍛冶をしている姿を見ていないが、やはり上手いのだろう。
「フィーリンはどのぐらい鍛冶が出来るの? エギルみたいにゴーレムの調整とか出来そう?」
「まさかぁー。アタシなんか精々日用品を作る程度だねぇー。エギルが特別なんだよぉー。他のドワーフでもここまでは細かくやらない」
フィーリンから「特別」と言われたエギルは、ますます細かくチビゴーレムを調整していく。
屈伸運動をさせては膝を直し、物を持たせては手首を直し、段差を上り下りさせては足首を直していった。
「ねぇ、このゴーレムは言葉を話さないのぉー?」
あらかた調整し終えた頃、フィーリンが首を傾げて尋ねてきた。
「…………」
「アタシが壊したゴーレムは、警告音を発していたよぉー」
フィーリンは地面に置かれているゴーレムの残骸を眺める。
何て事でしょう。
ゴーレムに声を出す機能をすっかり頭から落ちていた。いや、そもそもそんな発想は出てこなかった。
人の形に似せているとはいえ、ゴーレムは土や石の塊だ。そんな塊が言葉を発するというイメージが浮かんでこなかった。その代わりに目をチカチカと点滅させる事で済ますつもりだった。
よくよく考えれば、フィーリンが言っていた警告音の話も聞いていたし、ヘビのゴーレムも言葉を発していたので、思いつく機会はあった。
完全に私の落ち度である。
「ね、ねぇ、エギル。今から追加できる?」
「無理だな」
「えっ、『原初の火』で外装を外して、ちょちょいと魔法陣とかを描き足せば出来るんじゃないの?」
「そうだが、問題は僕が声音機能をどうやって作ればいいのか分からない事だ。分からないものは追加できん。お前らは分かるか?」
エギルはエーリカたちに視線を向けるが、みんな首を横に振るだけだった。
「エーリカ、以前スライムを捕獲した時に作った録音機を改良できないかな?」
「あれは短い言葉を記憶させて、垂れ流すだけの代物です。改良したとしても言葉の数も音質も大して向上できないでしょう」
複雑な動きをするのに、「はい」「いいえ」しか答えられないゴーレム。それも口元に耳を近づかなければ聞こえない程の音量。それならいらないね。
「そもそもの話、声音機能は必要あるのか?」
「私も必要がないと思えてきた」
私とエギルがいらない方向に持っていくと、リディーから忠告が飛んできた。
「おっさんたち、このチビには必要ないかもしれないが、実際に大きなゴーレムを作ったら、そいつは前みたいに門番をさせるんだよな。門番が警告音を発しないと問題なんじゃないのか?」
リディーの言う通り、来客が来た際、忠告が無ければフィーリンたちみたいに魔物と勘違いして、攻撃される可能性が出てくる。それを回避する為にもゴーレムは話した方が良い。
そういう事で、声音機能の必要性が急浮上してしまった。
「それなら以前のゴーレムを解体して、調べてみるか」
壊れたゴーレムは声音機能が付いていたので、どこかに魔術具なり魔法陣なりがある筈である。そんなゴーレムの頭を砕こうとエギルがハンマーを掴んだので、私はすぐに止めた。
「エギル、今は止めておこう。この子には必要ないから、急いで調べる必要はないよ」
私は足元にいるチビゴーレムの頭をポンポンと叩く。するとチビゴーレムは私を見上げ、両目をチカチカと点滅させた。
チビゴーレムの点滅が同意なのか、反対なのかは分からないが、非常に時間が掛かりそうなのでチビゴーレムに声音は必要無しと決定する。その為の両目チカチカだしね。
声音機能を先送りにした私たちは、残りの機能をテストする。
まずは攻撃手段。
目と口から光線や熱線は両目チカチカの機能が付いてしまったので却下された。同じく、両肩からミサイル攻撃も技術的に無理と言われた。その代わり、手の平から魔力弾を飛ばす機能が付いている。
試しに壊れたゴーレムに向けて魔力弾を放つように指示を出すと、そこそこの威力の魔力弾が飛び出した。その威力は、以前エーリカが馬糞回収の帰り道に強盗をノックダウンさせた魔力弾ほどの威力である。なお、連発は出来ず、魔力を溜める時間が発生する。
次にキャタピラーであるが、足の裏の一部が凹凸に成っており、それが回転するようにエギルが頑張ってくれた。
キャタピラーで移動するよう命令すると、無事にキャタピラー走行を成し遂げた。速度は私たちの駆け足ぐらい。ドスドスと歩くよりも早いので、基本はキャタピラー走行で移動するように命じておく。ただ地面が柔らかすぎると空回りしてしまって役に立たなかった。もう少し溝を深くすればいけそうなのだが、そこまでするメリットはないし、手間が掛かるので、このままにしておく。
待機中の柱モードだが、これは失敗。
サイズが小さい所為か、まったく柱に見えない。
体操座りをさせると、ただの石の塊にしか見えなかった。
本番ゴーレムに期待しておこう。
最後に額に刻む文字だが、必要性がまったく感じないと却下された。もし機能停止をしたければ、魔力を抜くか、魔力を使い切れば動かなくなると言われた。私も特に拘りがないので同意した。
動作確認とそれに伴う調整も終えた。
これにて試作ゴーレムは無事に完成した。
ほっと胸を撫で下ろす。
誰よりも頑張ったエギルも安堵の溜め息を零している。
「ゴーレム完成記念に飲もぉー!」とフィーリンがドワーフの厨房から酒樽を貰ってこようとした時、今まで黙って見ていたマリアンネが「重要な事が決まっていないわ」とフィーリンを止めた。
「重要な事? 何かあった?」
「名前です」
「はぁ?」
意味が分からず私は首を傾げるが、フィーリンから「ああ、そうだねぇー」とマリアンネの言いたい事を理解した。
「体を作り、命を吹き込んだのです。生命の誕生です。まさに奇跡です。そんなゴーレムに名前が無いのはいけません。名前あっての個です」
体は完成し、難なく動いている。だけど、生命があるかと問われると疑問に思う。だって、岩の塊だよ。それに動くとはいえ、命令を聞いているだけで自意識はなさそうだ。プログラム通りに動くロボットと変わりはない。そう思うと、ゴーレムというのは、そこらにいる魔物とは違う。
とはいえ、名前を与えるというのは別に反対するつもりはない。ただ、誰が名付けるかが問題だ。
「名前を付けるのは良いとして、誰が付けるの?」
「それは契約したクズノハさんしかいませんよ」
ですよねー。
「私、今までチビゴーレムと言っていたけど、このままチビゴーレムじゃ駄目かな?」
「それはないですよ」
「ないねぇー」
「酷い名前だ」
呆れた顔をするマリアンネ、フィーリン、リディーから却下された。
そうなるよね。私もそう思う。
自慢じゃないが、私はセンスがない。
アナの父親が黒毛と白毛だからといって、クロとシロと名付けたと言っていた。私も同レベルである。
チラリとチビゴーレムを見る。
チビゴーレムは顔を上げて、私を見つめていた。頭部に両目と口を開けているだけで、実際には視力も話す事もないのに……。
「見た感じ、男の子って感じだよね。どうしようか……」
岩の塊なので性別なんかないのに、つい骨格や表情で性別まで想像してしまう。三点の染みがあれば人の顔に見えるシミュラクラ現象のように、見た目のイメージで安易に思い込んでしまう。
岩で男性で年齢も若い……。
「岩男くんかな?」
思いついた名前をボソリと呟くと、みんな無反応だった。聞こえなかったのか、否定の意味の無反応なのか分からないが、私もないなと思い、無かった事にする。
うーむ、岩男だといまいちだから英語にしてみるか……いや、某有名アクションゲームの名前になるので止めておこう。
岩か……岩、石、ロック……ロック様? ドウェインくん? アルカトラズ? イーストウッドくん? ベーコンくん? コネリーくん? ボネットくん?
関連する名前を思い浮かべるがどれもパッとしない。
「ご主人さま、名前など何でも良いのです。今、思いついた名前にしましょう」
悩んでいる私を見かねたエーリカが助言をする。
「そうだね。じゃあ、岩男……んん、ロックくん……いや、ロックンだ」
「さすがご主人さま、良い名前です」
「ロックンだね。はい、決定」
「名前も付いたし、何か食べよう」
「酒樽を貰ってくる途中だったぁー」
「あー、疲れた、疲れた」
面倒臭くなったのか、エーリカ以外、名付けの反応が薄い。
と言うか、言い出しっぺのマリアンネはもうちょっと感想を言ってよ。
「君は今日からロックンだ」
私の横にいるチビゴーレムに名前を告げると、両目をチカチカとさせた。肯定なのか否定なのかは分からないが、私も考えるのが嫌になったので我慢してもらう。
こうしてエーリカ、ティア、リディーに続き、私は新しい契約を交わしたのであった。




