283 一時の休憩
朝一から迷いの森に入り、ゴブリンやらミミズやら巨大ヒルやらゴーレムもどきなどを相手にして、非常に疲れた。
ただ、その甲斐もあり、ゴーレムの作り方は分かった。
まだ肝心の素材は手元に無いが、それも村長の息子であるエギルが何とかしてくれるようだ。
そのエギルだが、アーロンとアーベル兄弟に何かを話している。
「二人とも、これからまた森の中に入るつもりか?」
「ああ、日課の散歩道を行くつもりだ」
「ゴブリンぐらいしか倒してないからな。青銅等級冒険者の三人を連れて、もう少し歯ごたえのある魔物を狩ってくる」
「それなら……」
と何やら二人にお願いをしていた。
何をお願いしているのかは聞こえなかったが、また青銅等級の三人がボロボロで帰ってくるのだけは分かった。
「フィーリンさん、僕はこれからゴーレムに必要な材料を調達したいと思います。明日、また会いましょう」
そう言って、エギルとアーロンとアーベルの三人は村の奥へと行ってしまった。
「元気な奴らだぜ。俺は村長に報告したら、酒を飲んで、飯食って、寝るわ」
守備隊長のレギンもドスドスと行ってしまった。
私たちも村長に報告をした方が良いかな? と思ったが、「疲れたぁー、早く工房に戻って休もぉー」とフィーリンが歩き出したので、報告は後日で良いだろう。
トボトボとフィーリンの工房に向けて歩いていると、クイクイと裾を引っ張られた。
「ご主人さま、泡立て器が出来ている筈です」
エーリカはすぐ近くの工房を指差す。
昨日、あるドワーフに泡立て器を注文をしていたのを思い出す。
この流れ、もしかしたら、これからお菓子作りをする流れではなかろうか?
太陽は真上から若干落ち始めている。もう少しで三時のおやつの時間だ。
疲れ切って昼食はいらないが、甘い物は食べたい。
ただ、これから何かを作るのは、正直しんどい。
うーん、どうしようか? と悩んでいると「ご主人さまのお菓子。昼を抜く価値はあります」「確かに、甘い物は食べたいな」「酒に合う物が良いねぇー」と自動人形三姉妹がすでに食べる気になっていた。
「はぁー、分かった。これから作ろうか。三人も手伝うんだよ」
三人の期待に負けて、これからお菓子作りだ。
私たちはドワーフの元へ行き、頼んでいた泡立て器を代金と引き換えに受け取るとフィーリンの工房へ戻ってきた。
工房前の井戸でマリアンネに会った。
朝食の時間に会った時は、前日の疲れから絶不調であったが、今は体調が戻り、洗濯をしている。
「おかえりなさい。無事に探し物は見つかった?」
「ああ、色々とあったけど何とか。それよりもアーロンとアーベルが来るかもよ」
つい先程の会話をマリアンネに伝えたら、朝食の時みたいに青褪めた顔色に変わった。
そして、急いで洗濯物を木の幹に干すと、脱兎の如く、工房内へ入ってしまった。
「今日の私はここから出ないからね! もし、あの二人が来ても、居ないって言ってね。絶対だよ、絶対!」
扉の影に隠れるようにマリアンネが私たちに頼み込む。
「それなら一緒に厨房に行きますか? これからお菓子を作るんです。もしアーロンたちが来ても用事があると言えますよ」
「お菓子!? するする!」
こうして疲れ切っている私の代わりに作業をする者を一名確保する事が出来た。
「ご主人さま、何を作りますか?」
期待に満ちた声でエーリカが尋ねる。
そんなエーリカに私は考える。
以前、何かを食べたかったのだが、泡立て器が無くて諦めた事があった。
えーと、何だったかな?
「ああ、スレフパンケーキ! メレンゲが作れなくて、諦めたんだった」
炭鉱から帰ってきて数日の事、女子力を見せる為に作ろうとして諦めたのを思い出す。
「すふれ? 聞いた事もない料理名ですね」
「マリアンネ、おっさんの料理はどれも聞いた事も見た事もない物ばかりだけど、どれも美味しいぞ。期待していい」
「初めての食べ物かぁー、楽しみだねぇー」
リディーもフィーリンも余りプレッシャーを掛けないで欲しい。
実際、スフレパンケーキをまともに作った事がない。毎回、潰れたパンケーキで終わってしまうのだ。今回は上手くいくと良いな。
「では、始めにメレンゲを作ろうか」
まずフィーリンにボウルの代わりになる物を三つ用意してもらう。
何か工房で使っていた陶器らしく、調理を始める前にしっかりと洗い、水気を取った。
頭の中でレシピを思い浮かべつつ私は、エーリカから卵と砂糖を取り出してもらう。
泡立て器は私、リディー、エーリカ用に作ったので、メレンゲ作りは三人で行う。
三人の前に陶器を置き、卵の殻を使って卵白だけを入れた。黄身は後で使うので、別に取っておく。ちなみに器用なリディーとエーリカは、私のやり方を見てから完璧に卵白と黄身を分けた。失敗したのは私だけ。
その後、卵白を冷やす為、エーリカに氷魔術を使って強制的に冷やしてもらった。
「まずは軽くかき混ぜます」
冷えた陶器を傾けた私は、卵白を切るように混ぜていく。
エーリカとリディーも私の様子を見てから、真似るようにかき混ぜる。
ちなみにフィーリンとマリアンネは、チビチビとお酒を飲みながら、楽しそうに私たちを見守っていた。
若干、泡が立ってきたので、ここで砂糖を投入。量は適当。どのぐらい入れれば良いのか覚えていない。ただ、一気に沢山を入れてはいけないのは知っていたので、三回に分けて入れていく。大さじ一杯ぐらいかな?
「ここからが本番。休みなくいきます。気合いを入れて……かき混ぜます!」
砂糖を入れた私は底を叩くようにカッカッカッと泡立て器を動かす。コツは手首のスナップ。テニスみたいだ。やった事はないけど……。
エーリカ、リディーも私に倣い、カッカッカッと忙しなく動かす。
あー、そうだった。
どうして、毎回、失敗していたのかを思い出した。
理由は体力切れ。
私はあまりお菓子作りをしないので、自動泡立て器を持っておらず、手動であった。その為、いつも腕が疲れて、しっかりとメレンゲが作れず、不完全なまま使っていたからだ。
何が言いたいかと言うと、もう既に腕に力が入らず、限界を迎えていた。まだ砂糖一回投入した段階でだ。私、女子高生の時よりも腕力も体力も無さそうだ。
「フィ、フィーリン、見ているだけじゃつまらないよね。姉妹三人で仲良くかき混ぜたくない? た、楽しいよー」
付き合いの短いフィーリンとマリアンネに情けない姿を見せたくない私は、それとなく代わってもらうように誘導する。すると、「おっさん、無理をするな。これ、見た目以上に辛いぞ」と隣にいるリディーにばらされてしまった。
そういう事で、素直にフィーリンと交代。
フィーリンは私とは比べる事もなく、力強く、そして手早く泡立て器を動かしていく。ガツガツガツと陶器が壊れそうなぐらいに……。
大分、メレンゲがふっくらとしてきたので、ここで第二段の砂糖を投入。
「おっさん、まだ混ぜなければいけないのか?」
「もっともっと。空気を含ませる感じで混ぜていって。艶が出て、角が立つまで混ぜ続けるよ」
休憩に回った私は弱音を吐き出したリディーにお菓子作りの大変さを教えていく。
「リディアは非力だねぇー。野菜ばかり食べていないで、もっと肉を食べなきゃー。あと酒」
「お酒で麻痺しているフィーリンに言われたくない。……あー、無理。マリアンネ、交代だ」
ギブアップしたリディーの代わりにマリアンネが楽しそうにメレンゲをかき混ぜる。普段から料理をしているのか、または冒険者で体力があるのか、マリアンネは安定した速度で手首を動かし続ける。
ちなみに、一言も口を開いていないエーリカは、黙々とメレンゲを作っている。その動作は、まさにロボット。人の形をした自動泡立て器になっていた。
もう完全にメレンゲっぽく成ってきたので、最後の砂糖を投入し、ラストスパートを掛かる。
そして、陶器を逆さまにしても落ちない硬さになったので、私は終わりを告げた。
「お疲れ。これでメレンゲは完了。次の工程に行こうか」
残しておいた黄身を泡立て器でかき混ぜ始めたら、「また同じことをするのか?」とリディーが嫌な顔をした。
「今回は軽く混ぜるだけ。エーリカ、牛乳と小麦粉を取り出してくれる」
かき混ぜた黄身の中に適当な量の牛乳を投入してから攪拌する。さらにザルのような物でふるいにかけた小麦粉を入れていく。
そして、みんなで作ったメレンゲを数回に分けて投入し、切るように混ぜていった。
「さっきみたいにガツガツと混ぜなくて良いのぉー?」
「力強く混ぜると、ふっくらとしたメレンゲが潰れちゃうんだよ。だから、ここでは軽く混ぜてお終い。……うん、こんな物かな。フィーリン、竈に火を点けてくれる」
「あいよぉー」とフィーリンは手際良く竈に火を点ける。
火力が安定するまでしばし休憩。
そして、鉄フライパンを二つ設置して、バターを溶かし、焼く準備を整える。
うーむ、作り過ぎたかな?
卵を六つも使ってメレンゲを作ったので、正直、作り過ぎた感が否めない。まぁ、私も含め、お菓子や甘い物が大好きな女性が5人もいるのだ。全部を焼いても食い切れるだろう。大食らいのエーリカもいるしね。
私は、ベチャベチャと鉄フライパンにパンケーキの元を落としていく。
うーむ、思ったよりもふっくら感が足りない。
混ぜている時には気が付かなかったけど、もっとメレンゲを混ぜるべきだったな。
同じ過ちを犯した私は、まぁ良いかと形を整えて、焼いていく。
そして、適当な物で蓋をして、両面を蒸し焼きにして、完成させた。
案の定、もこっと膨れずに潰れたスフレパンケーキが出来た。少し焦げたけど気にしない。
「どんどん焼いていくから先に食べてね」
皿に乗せたスフレパンケーキを今か今かと待ちわびている女性四人の前に並べた。
「おおー、美味そう」と声が聞こえ、自然と微笑む。
合わせて、お茶と蜂蜜を用意すると四人は出来立てのスフレパンケーキを食べ始めた。
「えっ、何これ!? ふわふわなんだけど……」
「さすが、ご主人さま。期待を裏切りません」
「腕を酷使した甲斐があるな。これは美味い」
「うんうん、口に入れると溶けちゃうからいくらでも食べられるねぇー」
見た目はただのパンケーキだが、結果は上々。
みんな気にいってくれて、ほっと胸を撫で下ろす。
「この柔らかさ。エーリカのほっぺみたいだ」
「本当だ。エーリカちゃんのほっぺ。柔らかーい」
「食事の邪魔をしないでください」
私も触りたい、と振り向くと「ご主人さまはいつでも触っていいですよ」と言われたので、後で触る事にする。
「お酒に合うねぇー」
「お前は何でも酒で流し込むだろ」
「リディー、意外とエールに合うよ。試してみたら?」
「僕はミント茶でいい。甘くなった口がすっきりする」
「私、それ嫌いだな」
そんな事を話しながら四人はペロリとスフレパンケーキを平らげてしまい、追加の視線を受ける。
新しく焼き上げたパンケーキを持って行くと……。
「僕が代わるよ。おっさんも食べてくれ」
「じゃあ、私も手伝うわ」
リディーとマリアンネが残りのスフレパンケーキを焼いてくれるので、私はエーリカとフィーリンに挟まれる形で椅子に座った。
ちなみにエーリカとフィーリンは、黙々とパンケーキを平らげ、お茶とお酒で流し込んでいる。
そんな二人を見ながら目の前のパンケーキにフォークを刺して、口に運ぶ。
ああ、柔らかい。
若干、甘みは薄いが、それは砂糖大根のせい。代わりに雑味のある蜂蜜を掛けて食べると、体に溜まっていた疲労が溶けていく感じがした。
うん、疲れた時は甘いのに限るね。
これ、おっさんの姿に成っても変わらない。
私もエーリカたちに倣って、黙々とパンケーキを平らげ、ミント茶で流し込む。
そして、沢山あった残りのパンケーキもみんなで分けて、完食をした。
「こんな美味しいものが食べられるなんて、私もクズノハさんと一緒に冒険者をしようかな」
おいおい、マリアンネさん。紅一点の幼馴染がハゲのおっさんに取られると、ヴェンデルとサシャが泣くよ。
今日一日、色々とあって疲れ切っていたが、スフレパンケーキを頑張って作って良かった。
お腹一杯で気力は回復。
結局、アーロン、アーベル兄弟がマリアンネを探しに来る事はなく、夕飯までのんびりと五人でお茶を楽しみながら時間を潰し、一日が過ぎていった。




