282 最奥の工房
通路の先の部屋。
ここが地下道の最奥だと扉を開けた瞬間に理解した。
光の魔法陣が等間隔に並んでいた薄暗い通路と違い、この部屋は非常に明るいのだ。
さらに壁際には石材で作った机が設置してあり、フラスコみたいな器具まで置いてある。
埃は一切被っておらず、部屋全体に掃除が行き届いており、清潔感があった。
数百年前に無くなった廃村の地下とは思えない場所である。
そんな部屋の中央に石像が立っている。
上半身裸の男性。下半身はヘビに成っていた。
「ヘビの精霊を模した像ですね」
エーリカが小声で教えてくれる。
ヘビの精霊、私の知識ではナーガである。
そのナーガの石像だが、なぜか手には使い古された箒が握られていた。
「人の子よ。何用でここに来た?」
一歩、部屋に入るとナーガの石像から声がした。
口元は動いていないが、間違いなくナーガの石像から発している。
「えーと……ここは何かな?」
「我が主の工房だ」
試しに聞いてみたら、しっかりと返答が返ってきた。
「あなたの主って、魔女の事?」
「我が主は我が主。魔女ではない」
「それなら、あなたの主の名前は何かな?」
「主は主。それ以外にない」
うーむ、答えてくれるのだが、どうも機械に話しかけている感じがする。
「この部屋の奥は何があるの?」
今居る部屋の左右に別に部屋に通じる扉がある。ただ、扉は木製だったらしく、長い年月によって朽ち果てていて、入り口が瓦礫で埋もれていた。もしかしたら、そこにゴーレムの製法があるかもしれない。
「この先、寝室と書庫。入るには、我が主の許可が必要」
興味深そうにナーガの石像を見ていたエギルが、「書庫!」と一歩進んで覗こうとする。
「エギル、無理に入ったりしないで。さっきのゴーレムもどきみたいに、敵対行動と勘違いして、攻撃してくるかもしれない」
まったく身動きしないナーガの石像に注意を払いながらエギルに注意をする。エギルも「そうだな」と一歩下がった。
「私たち、そこの書庫に用があるんだけど、入れない?」
「駄目だ。お前ら、許可ない。入れられない」
私は首を伸ばして、書庫らしい部屋を覗く。
ゴーレムの製法が分かるとしたら書庫だろうと思うが、エギルに言った手前、許可なく入るのは不味いだろう。
「許可が貰いたいんだけど、あなたの主はどこにいるの?」
「存じない」
「奥の部屋にはいないの?」
「いない」
「帰って来てないの?」
「戻らない」
もしかしたら奥の部屋で死んでいるかも、と思ったがそうでもないらしい。
とはいえ数百年前に居た魔女だ。エルフやドワーフでない限り、もう寿命で死んでいる事だろう。ただ、「すでに死んでいるよ。だから、許可はいらないんじゃない?」と石像相手とはいえ、デリカシーのない事は言えない。
「そもそも、あなたは何? ここで何をしているの?」
「我、蛇人族を模したゴーレム。工房の管理を命じられている」
「ああ、そうなんだ……えっ、ゴーレムなの?」
まさか目の前の石像が私たちが知りたいゴーレムとは……。この石像を調べれば良いのだろうか? それともお持ち帰りするべきか? 外に誘ったら来てくれるかな?
「本当にゴーレムなの? 何でナーガ……んん、蛇人族の姿なの?」
「ヘビは偉大なる竜属の末裔。人は知能が高い。力と知能を合わせた結果の姿」
どことなく自慢げに説明するナーガ姿のゴーレム。
ここに居た魔女は、どういう趣向をしているのやら……。もっと他にもカッコいい姿があったんじゃないかな?
うーん、それにしても……。
教会に現れたゴーレムもどき、それと目の前の石像ゴーレム。もしかしたら、魔女はゴーレムを研究していたのかもしれない。
いや、もしかしたらゴーレムではなく……。
私はチラリとエーリカを見る。
私と目が合ったエーリカは、コテリと首を傾げた。
「なぁ、おっさん。あまり時間がないと思うけど?」
「早く目的を果たさないと三人が潰れちゃうよぉー」
つい流れで色々とナーガ姿のゴーレムと話していたら、しびれを切らしたリディーとフィーリンから注意が飛んだ。
「ああ、そうだったね。えーと、私たちはゴーレムの作り方を知りたくて、ここに来たの。製法方法が分かる物がある筈なんだけど、何か知らない?」
「そんな物はない」
きっぱりとナーガゴーレムは断言する。
「書庫にあるんじゃない?」
「ない」
「本当?」
「嘘、言わない」
ナーガゴーレムの表情が変わらないので、本当か嘘か、分からない。
時間が無いので、無理をしてでも書庫に入ってみようか?
その影響で、ナーガゴーレムが攻撃してくるかもしれない。
正直やりたくはないが、ここにはエーリカもリディーもフィーリンもいるので、攻撃されても何とか成るかもしれない。
「嘘を言っているんじゃねー! 俺の爺さんは、ここでゴーレムの製法を知ったと日記に書いているんだ! どうなんだ?」
若干、距離を空けながらエギルはナーガゴーレムに向けて怒鳴る。チラチラとフィーリンの顔を見ているので、カッコいい所を見せているつもりらしい。
「嘘、言わない。製法方法を記した物は存在しない」
「じゃあ、何で爺さんは知る事が出来たんだ?」
「我が教えた」
「……はぁ?」
エギルから間抜けな声が零れる。
「えーと……ゴーレムの作り方を知っているって事?」
「我はゴーレム。知っていて当然」
「私たちにも教えてくれる?」
「先日も教えた。問題ない」
「先日?」
「三百年前の事」
三百年前を先日って、時間間隔が狂ってる!
「じゃあ、早速ゴーレムの作り方を教えて」
私がお願いすると、ナーガゴーレムはスルスルと下半身を動かして作業台へ移動した。体が石像なのに本物の蛇のような滑らかである。
ナーガゴーレムは、作業台の棚から一枚の石板を取り出すと、手を添えて呪文を唱え始める。そして、ブツブツと何やら呟くと石板が光り出し、すぐに消えた。
「『原初の火』だ」
そう言うなり、魔法陣の描かれた石板を私に渡した。
どういう事? と首を傾げると「魔力を流して下さい」とエーリカから助言がくる。
私は掴んでいる手から石板に魔力を流すと魔法陣が光り出し、ボッとライターのような炎が飛び出した。
「『原初の火』で『魔力鉱石』を溶かす。弱火でゆっくりと溶かす。溶けた『魔力鉱石』で骨組みを組む。その後、肉付けし、最後に『息吹の根源』を吹き込み、契約をしろ」
淡々と作業工程を語る石像ゴーレム。特に難しい作業ではなさそうだ。
ただ……。
「えーと、残りの『魔力鉱石』と『息吹の根源』は?」
「在庫ない。自分らで調達しろ」
えー!? ここまで来て、それはないよー!
「『魔力鉱石』については、僕の方で何とか用意する。だが、『息吹の根源』とは何なんだ? 吹き込むって、息でも吹きかけるのか?」
私の横に移動したエギルがナーガゴーレムに尋ねる。
「『息吹の根源』はゴーレムの源。生命の力。我にもある」
そう言うと、石像ゴーレムは自分の胸元を指差した。
「源……生命……ああ、核の事か!? 魔力を流し込めって事だな! つまり、魔石を用意すれば良いんだな」
「魔石ではない。魔力のない石。そこに息吹を吹き込め」
エギルが「そういう事か」と納得している。
「エギル、何とかなりそう?」
「ああ、手間は掛かるが、何とかなるだろう」
頼もしい返事が返ってきた。
ここにエギルが居てくれて本当に助かった。
エーリカはいつもの眠そうな顔で私を見ているだけだし、リディーは壁に凭れて欠伸をしているし、フィーリンに至っては地面に座ってお酒を飲んで休憩をしている。
そもそもフィーリン。君の為にこんな場所に来ているんだから、私とエギルに任せきっていないで、会話に参加しようね。
「今更だけど、『原初の火』の石板を貰ったり、ゴーレムの作り方を教えてもらったけど、勝手にそんな事をして大丈夫なの? あなたの主に怒られない?」
ここは魔女の工房らしい。そんな研究成果みたいな情報を無料で教えて貰ったのだ。何か要求でもされるかもしれないと危惧してしまう。
「我が主から禁止されていない。問題無い」
そう言う問題? 禁止していないからって、ペラペラと研究内容を話しても良いものだろうか? まぁ、教えて貰う側としては有り難いけど……。
そう思っていると、ナーガゴーレムから「それに……」と付け加えられた。
「同胞が増えるのは、我も嬉しい」
既に廃村となり、魔女も生きているのか死んでいるのか分からない状況。そんな地下の工房で主の帰りを待っているナーガゴーレム。
私たちのように自意識があるのか分からないが、ゴーレムはゴーレムで思う所があるのだろう。
「用が済んだのなら、帰るがいい」
ナーガゴーレムが何やら唱えると、私たちが入ってきた扉の横に別の扉が現れた。新しく出来た扉から出れば、罠だらけの地下通路を進まなくても地上に帰れるのだろう。
「そこから帰りたいのは山々なんだけど、手前の部屋で仲間が天井に押し潰されそうになっているんだよね。罠の解除方法を教えてくれないかな?」
「天井が下り切れば、元に戻る」
「それじゃあ、死んじゃうよ」
天井を支えているアーロンとアーベルは出入口から抜け出せば助かるが、壁から腕が抜け出せないレギンは助からないだろう。
いや、ドワーフ製の鎧を着ているレギンなら助かるかな? まぁ、その場合、腕は千切れてしまうけど……。
「それなら起動の石を元に戻せ。解除される」
もう話す事はない、と石像ゴーレムは私たちの足元を使い古された箒で床を掃き出した。さっさと帰れって事だろう。
私は『原初の火』の石板をエーリカの袖口に仕舞ってもらうと、掃除の邪魔に成らないよう工房から出た。
急いで来た道を戻る。
潰されていなければ、今もレギンが潰れないようにアーロン、アーベル兄弟が必死に天井を支えているだろう。
そう思っていたら……。
「兄貴、今度は俺の番だ」
「十秒だぞ。それ以上したら潰れるからな」
「分かっている。……良し、手を離せ!」
「踏ん張れよ、弟よ! それ!」
「うおおぉぉ、重てぇー」
「一秒、二秒……」
「ひ、膝が壊れそうだ……足の骨が折れそうだ……」
「六秒、七秒……」
「ヒヒヒィ……なぜか笑えてきた……」
「九秒、十秒……終わりだ」
「ふぅー、危うく力尽きて、潰れるかと思ったぜ」
「危機感があって面白いな。良い場所を見つけた」
「明日から朝の散歩はここにしよう」
「おい、てめーら! 遊んでいないで、二人でしっかりと支えていろ! 俺はお前らと心中したくないぞ!」
部屋から楽しそうな声が聞こえる。
天井の罠を満喫しているようで、急いで戻る必要はなかったみたいである。
「レギン、奥へ押し込んだ石を元の場所まで戻せば、罠は解除されるみたいだよ」
念の為、通路から声を掛けると、「そうか、そうか。ちょっと待っていろ」と嬉しそうなレギンの声が返ってきた。
しばらくすると、腕が挟まっていたレギンが出入り口から顔を出す。無事に解除できたみたいだ。
目的を果たした私たちは、再度ナーガゴーレムの元へ戻り、新しく出来た扉から階段を上がり、地上へ向かう。階段は廃村の中央付近にある瓦礫と化した建物に繋がっていた。
後はドワーフの村へ帰るだけ。
一秒でも速く帰りたい私たちは、アーロン、アーベル兄弟を先頭に村のある方向へ一直線に迷いの森を突っ切る。
草木や大木をぶった切り、魔物をぶった切り、邪魔な岩をぶった切りながら進む。ブルドーザーみたいな双子のおかげで、本当に一直線に進んだ事で短時間でドワーフの村へ帰る事が出来た。
たった半日の事だったが、色々とあり過ぎて、心底疲れた。
これから本格的にゴーレムを作らなければいけないのだが、今日の所は休もう。
そう思いながら、私はドワーフの村に戻ったのであった。
ようやく「迷いの森」を終えました。
第四部も終わりが見えてきました。
ふー……。




