280 魔女の教会跡地 その2
腕が長く、足が短い、首の無いずんぐりとした土の塊。
私たちの目の前に土のゴーレムが対峙している。
ゴーレムは既に完成しているのに動く気配はない。ただ、地下に続く扉を守るように仁王立ちしているだけ。
「何だ、何だ? ただの置き物か? 攻撃してくると思ったが不良品か?」
全身鎧のレギンがドスドスとゴーレムの足元まで近づくが、まったく動かない。
レギンの言う通り、不良品なのだろうか? それとも、まだ完成していないだけなのだろうか?
「前の村長がゴーレムの製法が分かったのは、こいつを調べたからなんじゃないのか? こいつをばらして、素材を持って帰ったんだ。そうに違いない」
レギンは同意を求めるようにエギルに視線を向けるが、当のエギルは首を振った。
「教会の入口の奥で見つけたと書いてあった。こいつじゃない」
「入口って、単純に教会の出入り口じゃねーのか? それならこいつだろ」
レギンは崩れかけの入口を指差す。今は赤い光に覆われて、出る事は出来ないが……。
「そうに違いない。さっさとこいつを調べて帰ろうぜ」
早く帰りたくなったのだろう、レギンは目の前に突っ立っているだけのゴーレムをベシベシと叩く。
すると、穴が空いているだけのゴーレムの瞳が赤く光りだした。
「レギン、離れろ!」
ズズッとゴーレムの右腕が持ち上げると、状況が飲み込めていないレギンに向けて、腕を振った。
早いっ!?
ずんぐりとした体形なのに、鞭のような速度でレギンを殴り飛ばした。
吹き飛ばされたレギンは、ドゴンッと壁にぶつかる。
すぐさまゴーレムは、ズンズンッと倒れているレギンの元へ向かい、再度、右腕を持ち上げ、壁ごとレギンを殴った。
ゴーレムを中心に土煙が立ち込める。
レギンごと壁を殴った所為で、ゴーレムの右腕が砕けている。
「痛てぇ……」
屈強なドワーフで、さらに鎧を纏っていた事でゴーレムに殴られてもレギンは無事だった。
ただ少し前に巨大ヒルによってヌルヌルにされた所為で、全身に土が付着して、茶色くなってしまっている。
右腕を無くしたゴーレムは、逆の左腕を持ち上げる。
「何度も食らうかよー!」
左腕の振り下ろしに合わせて、レギンは斧を振って斬り返す。
ボコンッとゴーレムの左拳が壊れると、レギンは急いで私たちの元まで避難した。
「土で出来ているから見た目よりも柔いぞ。攻撃を続ければ、土塊に戻るだろう」
「そう簡単な相手じゃない」
エギルが訂正する通り、ゴーレムの無くなった拳の部分がモコモコと再生されていく。
フィーリンの土斧みたいに、地面が土ならいくらでも再生できるようだ。
「散開!」
元の姿に戻ったゴーレムがドスドスと近づいてくる。
私は急いで柱の影に隠れる。
ゴーレムは、一番近くにいたフィーリンに狙いを定めると巨大の拳を振った。
難なくゴーレムの拳を躱したフィーリンは、土斧をゴーレムの左肩に投げて爆破させる。
ドンッとゴーレムの肩に穴が空き、左腕が地面に落ちて、土へと戻る。だが、すぐにモコモコと再生し、再度攻撃をしてきた。
「これじゃあ、きりがないよぉー」
「フィーリン、ドワーフの村に居たゴーレムは、どうやって倒したの?」
柱の影から私が聞くと、「ああ、そうだったぁー」とフィーリンが土斧をゴーレムの右足にブッ刺して、爆破する。
片足を無くしたゴーレムは、そのままドスンとうつ伏せの状態で倒れた。
「みんなぁー、ゴーレムの体内にある核を破壊してぇー」
「どこにあるんだ?」
「分かんなぁーい。たぶん、胸ぇー!」
「分かりました」と黒光りする大口径の魔術具を装着したエーリカは、トントンとゴーレムの背中に飛び乗る。そして、グレネードランチャーをゴーレムの背中に向けると、躊躇なく撃つ。
ドゴンッとゴーレムの背中から土煙が立ち上る。
「どうも胴体に核はありません」
ゴーレムの背中にグレネードランチャーを何発か撃ったエーリカがフィーリンに顔を向ける。
「それなら……顔かなぁー?」
エーリカがドコンッと後頭部に一発当てると、「頭も駄目です」とゴーレムの背中から下りた。
頭の無くなったゴーレムが両手を地面に付いて起き上がる。そして、モコモコと無くなった頭と穴だらけの背中が再生していく。
「確か、ゴーレムの額に書かれている文字の一部を削ると、自滅すると聞いた事があるよ」
物陰からゴーレムを観察していた私は、記憶の底に眠っていた知識を掘り起こす。『真理』とかを意味する文字が書かれていて、頭の文字を消すと『死』を意味するんだったかな?
そんな事をみんな伝えると「文字なんか書かれてない」とリディーから報告が飛んだ。
なるほど、私の知っているゴーレムと異世界ゴーレムは別物らしい。
「僕がゴーレムを惹きつける。隙をついて攻撃をしろ」
一発必中が得意のリディーは、致命傷のないゴーレムとは相性が悪い。その為、率先してゴーレムの注意を引く役に回った。
復活したゴーレムは、狭い教会内でリディーと追いかけっこを始める。
リディーは、付かず離れずの距離を保ちつつ、ゴーレムの攻撃を難なく躱していく。
隙が出来たゴーレムにエーリカ、フィーリン、エギル、レギンが攻撃して、ゴーレムの体を破壊していった。
だが、どんなに破壊しても核は見つからず、すぐに元の体に戻ってしまう。
まさにジリ貧。
赤い光によって教会の外へ出る事が出来ないので、戦闘から逃げる事も出来ない。
私は、どうすればいいんだー! と柱の影からみんなを見守っているだけ。
私が参加したら、間違いなく足手まといになるからね。
そう思っていると私のすぐ横の地面が赤く光り出した。
直径一メートル程の円が浮かぶと、複雑な文字が浮かび上がる。
教会内部の数カ所にも同じ魔法陣が浮かんでいた。
もしかして……。
私が危惧した通り、新しく現れた魔法陣の地面がモコモコと膨れ上がり、一メートル程のゴーレムが作り出された。
「みんな、チビゴーレムが現れた! 気をつけて!」
デカゴーレムに掛かり切りだったレギンとエギルが、チビゴーレムに回り、完成する前に斧で叩き壊していった。
私もレイピアを抜いて、すぐ横に現れたゴーレムを斬る。
砂の塊を斬った手応えのない感触が伝わる。
胴体を真っ二つになったチビゴーレムは、地面に倒れ砂塵と化す。だが、すぐにモコモコと塊になり、再度ゴーレムの形へと変わっていく。
私はゲシゲシと蹴って、ゴーレムに成らないように崩し続ける。
「ご主人さま、一体のゴーレムが向かいました!」
エーリカの忠告通り、横からチビゴーレムがノシノシと近づいてきた。
右手に魔力を集めて、チビゴーレムに放つ。
「……嘘っ!?」
必勝パターンである目潰しからの光刃で止めを刺そうとしたが、閃光を顔に食らっても動きを止めない。
チビゴーレムの腕が持ち上がると、私に向けてブンッと振った。
私は少しだけ後退し躱すつもりだったが、チビゴーレムの拳が胸に当たり、後ろへ倒れてしまった。
「いててぇー……」
そう言えば、ゴーレムの腕は長かったんだ。距離感を見誤って、当たってしまった。
少し後退し皮鎧を着ていたので、ダメージは少ない。倒れた時、お尻を打ったぐらいである。
チビゴーレムが腕を持ち上げるが、お尻が痛くてすぐに立てない。
このまま地面を転がって避けようと思っていたら、チビゴーレムの頭に手斧が刺さって動きを止めた。
エギルが助けに来てくれた。
エギルは、チビゴーレムの頭を半壊させながら手斧を引き抜き、力任せに横に振って、胴体を真っ二つにする。
「人の形をしているが生き物じゃない。ただの土塊だ。目潰しは効果はないぞ」
さすが観察好きのエギル。ゴーレムの事を良く見ている。
「視力は無いって事? なら、どうやって私たちを見分けて襲ってくるの?」
「魔力だ!」
ゴーレムの頭はただのお飾りで、目や鼻は何の意味もない。
実際に私たちを感知しているのは、魔力だとエギルは言う。
もしエギルの言う事が正しいのなら……。
私は右手に魔力を集め、手の平に光の塊を作る。
デカゴーレムと数体のチビゴーレムが一斉に私の方を向く。
「だから、目潰しは効かんと言っているだろ!」
エギルから文句が飛ぶが、無視した私はデカゴーレムに向けて、光の弾を放った。
一直線に飛んで行った光の弾は、ベチャッとデカゴーレムの右足に付着した。
粘着魔力弾。
昆虫たちが大好きな弾で、なぜか集まってくる。
私の予想通り、ゴーレムたちも好物だったらしく、チビゴーレムたちがデカゴーレムの右足に集まっていった。
うむ、今回は粘着魔力弾が大活躍だな。
私がうんうんと頷く中、チビゴーレムがデカゴーレムの右足を殴っている。正確には粘着魔力弾を殴っている。
デカゴーレムも腕を持ち上げると、自分の右足を殴りつけた。
その衝撃で右足が粉砕し、チビゴーレムを巻き込みながら地面に倒れた。
「再生できないぐらい、粉々にしてやろぉー! エーリカ、エギル、手を貸してぇー!」
フィーリンの横に集まったエーリカとエギルは、倒れたデカゴーレムの前に屈むと、ブツブツと呪文を唱える。
そして、地面に手を付くとデカゴーレムを中心に地面から無数の大きな土の槍が飛び出した。
串刺しになったデカゴーレムの体がバラバラに崩れていく。
四肢は外れ、胴体に無数の穴が空く。
「総攻撃ぃー!」
フィーリンの合図で、バラバラになったデカゴーレムの部位をみんなで壊して回った。
フィーリンは土斧を振って、頭を砂に代える。エーリカはドリルを使って、大きな塊を小さく分解していく。エギルとレギンは斧を振って、両手足を細切れにしていく。そして、私とリディーは、細かくなった土の塊を踏み潰して回った。
傍から見れば、砂遊びをしているように見えるだろう。
「これは駄目だな」
「終わりが見えん」
細かく潰して回っても、ゴーレムの再生は止まらない。
核も発見できない。
教会の外に出る事が出きないので、体力の限界を迎えたら終わりになってしまう。
「土の塊とはいえ、ゴーレムというのは無敵なのか?」
「正確には、これはゴーレムではありません」
レギンの愚痴をエーリカは再生し始めたゴーレムの腕を踏み潰しながら訂正した。
「エーリカ、ゴーレムではないって、どういう事?」
私が聞くと、エーリカは踏み潰す作業を止めて、私に向き直る。
「ゴーレムは必ず核があります。それを破壊すれば、崩壊します」
「目の前のゴーレムには無いね」
「さらにゴーレムを起動させるには、管理者が必要です」
「魔法陣から生まれて、勝手に動き出したみたいだったね」
「以上の事から、これはゴーレムではありません」
後ろの方でモコモコとゴーレムが再生している中、エーリカは私を見て、きっぱりと言い切った。
「人間の嬢ちゃん、それなら、これは何なんだ?」
「ただ魔力で動いている砂の塊です」
「魔力の塊だっていうのか? ならどうすればいい?」
レギンの問いに対してエーリカは答えず、再度、私の方を向いた。
それだけでエーリカの思考が分かった。
私はレイピアを強く握ると魔力を流した。
刀身にバチバチとスパークが流れると、私は砂の塊を突き刺した。
「違います、ご主人さま。魔力を消し去るのは砂でなく、扉です」
冷静な声で私の愚行を是正するエーリカ。意思疎通はまだまだであった。
私は赤く光っている扉まで向かうと……。
「おい、また新しい魔法陣が現れたぞ!」
教会入口付近に直径三メートルほどの魔法陣が浮かんでいる。
その魔法陣に向けて、教会内部に散らばっている瓦礫がズルズルと地面を擦りながら集まり出した。
「ロックゴーレムに成る気だ。完全にくっ付く前に仕留めろ!」
みんなで人型になりつつあるロックゴーレムに攻撃を仕掛ける。
エーリカはグレネードランチャーを、リディーは風の刃を、フィーリンは土斧で、エギルは土の槍を、レギンは斧で攻撃をする。私も試しに光の刃を放った。
だが、どの攻撃もロックゴーレムを壊す事が出来ないでいた。
「どうなっているのぉー! 傷一つ付かないんですけどぉー!」
フィーリンが叫ぶ通リ、ロックゴーレムは異常な硬さをしている。
そもそも崩れかけている教会内で戦闘をしていたにも関わらず、新たに壁や柱が壊れる事がなかった。
もしかたしたら、建物に使われている石材は魔女の特別製で、非常に強固になっているのかもしれない。
その石材で作り出されるロックゴーレムだ。異常なのは頷ける。
私たちの攻撃を物ともせず、頭、胴体、腕、腰、足とロックゴーレムが徐々に完成していく。
「逃げる事も出来ない状況で、こんな奴を相手に出来ん。客人、何をしたいのか知らんが、さっさと済ませろ!」
レギンに言われて、先程まで何をしようとしていたのかを思い出し、地下に通じる扉に向かう。
すぐ近くにサンドゴーレムがモゴモゴと復活しているのを横目で見ながら、私は魔力で光り輝いているレイピアを魔法陣で赤く光っている扉の隙間目掛けて、突き刺した。
「うわっ!?」
バチンッとレイピアが弾かれて、後ろに倒れる。
私がしたいのはレジスト。
ゴーレムたちが魔力で動いているのなら、その魔力を解除してやるつもりだ。
その元である隠し扉の魔法陣をレジストするつもりだったのだが、魔法陣の方から抵抗をされてしまった。
だからといって、諦める訳にはいかない!
私は立ち上がるとレイピアの刃先を扉の隙間に当てる。
ありったけの魔力をレイピアに流しながら、体重を乗せて押す込む。
火花を散らすようにバチバチと黄色い光と赤い光が弾ける。
だが、押せども押せども入っていかない。
逆に、下に誰かがいるかのように押し返されていく。
数百年経った今でも魔法陣が稼働し、私のありったけの魔力を流しても抵抗されてしまう辺り、この魔法陣を作った魔女がどれほど凄い人物だったのか、肌で理解してしまった。
これでは力負けしてしまう。
「ご主人さま、手伝います」
「おっさんと契約した僕たちなら何とかなる」
レイピアを握っている手の上からエーリカとリディーの手が重なる。
手の甲から暖かい物が流れると、レイピアの刀身がさらに光り輝いていく。
そして、ズッズッズッとレイピアが扉の奥へと入っていった。
「行ける、行ける」
このまま奥へと刺していけば、魔法陣が解除されるかもしれない。
だけど、エーリカとリディーが離れた事で、ロックゴーレムは大丈夫だろうか?
私はチラリと後ろを振り向くと、ロックゴーレムが完全に立ち上がっていた。
「あっちは、ドワーフ三人で何とかするだろう」
「壊す事は出来ずとも、足止めぐらいは出来ます。ご主人さま、気にせず押し込みましょう」
「ああ、わかった……って、サンドゴーレム、サンドゴーレム!」
すぐ横でモコモコと上半身まで再生したサンドゴーレムが右腕を持ち上げていた。
「今、手を放したら駄目だ! どうせ砂の塊だ! 押し潰されても我慢しろ!」
「サンドゴーレムの攻撃が加われば、根本まで刺さるかもしれません」
うっそー!
ひ弱な私では、砂の塊であるサンドゴーレムの拳に耐える事が出来ないよー!
嫌だー! とレイピアから手を放そうとするが、上から握られているエーリカとリディーが強く握っているので柄から手を放す事が出来ない。
サンドゴーレムの腕が完全も持ち上がると、私たち目掛けて、落ちてくる。
「うひぃー!」
私が変な声を上げた瞬間、崩れた天井から大男が降ってきた。
ザンッ!
斬撃の音の後、サンドゴーレムの右腕が砂塵と化し、私とエーリカとリディーの上に振り掛かる。
「面白い相手と戦ってるじゃねーか」
背丈ほどもある大剣を握っている大男は「俺も混ぜろー!」と大剣を一振りして、サンドゴーレムの上半身を粉砕した。
一方、壁の穴から戦斧を持った大男が現れると、ロックゴーレムの右足に戦斧を叩き付けて転ばせた。
言わずもがな、アーロンとアーベル兄弟である。
そう言えば、居たね。
忘れていた。
二人が入ってきたという事は、教会を覆っている結界は出る事は出来ないが、入る事は出来るようだ。
まるで魚を捕らえる罠みたいで、何か悪意を感じる。
「おっさん、考え事をしている暇はない。今の内に押し込め!」
リディーの注意で意識がレイピアに戻る。
後顧の憂いが無くなったので、全身全霊を掛けて、レイピアを扉に刺していく。
ズズズッとレイピアが押し込まれていき、そして、ついに根本まで突き刺さった。
その瞬間、電球が切れたように魔法陣が消滅し、教会を覆っていた赤い壁もスーッと消えていった。
それに合わせて、サンドゴーレムが崩れ、砂の山となる。さらにロックゴーレムもバラバラと崩れ、瓦礫の山へと変わった。
そして、プシュッと地下の空気が漏れるように地下に通じる扉が僅かに開いたのであった。




