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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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28 カルラさんの相談

二分割の後半。


 時刻は夕方前。

 特にやる事もないので、『カボチャの馬車亭』へ直行する。

 扉をくぐると、見知らぬ女の子が床を掃除していた。


「いらっしゃいませ」


 私たちに気がついた少女は顔を上げて、笑顔で出迎えてくれた。

 歳の頃は十三、四歳ぐらい。カリーナと同じか少し上ぐらいだ。灰色に近い黒髪は、男の子に見間違うぐらいに短く切っている。ただし、胸元がそこそこに主張しているので、男の子に見間違う事はない。


「もしかして、お客さんがアケミおじさんとエーリカちゃんですか?」


 大きな目で私たちを見つめる少女は、挨拶もしていないのに名前を言い当てた。


「そうだけど、君は?」

「今日からこの『カボチャの馬車亭』でお手伝いをする事になったマルテです。お客さんの事は、カリーナから聞いています」


 マルテと名乗る少女は、元気よくハキハキと話す明るい子だ。


「私とカリーナは友達で、パン屋が忙しいという事で、臨時で宿の方をお手伝いする事になりました。毎日ではないですが、ちょくちょくと来ますので、その時はよろしくです」


 つまり、アルバイトという事らしい。

 ピザ革命で宿の経営まで手が回らなくなったので、知り合いにヘルプを頼んだようだ。

 こうも忙しくなってしまうと、良い事をしたのか、悪い事をしたのか判断に苦しんでしまう。


「アケミおじさんがピザを作ったんですよね。私、まだ食べた事がないんです。今日の夕食に食べさせてくれるというので楽しみにしています」

「私がピザを作った訳じゃないよ。作り方を知っていたから教えただけ。それよりも夕飯まで居るつもり? 帰りは大丈夫なの?」


 夕飯という事は夜である。

 ここが日本なら問題はないが、生憎とここは異世界である。夜の外は街灯もない暗闇である。治安も良くはないし、年頃の女の子が一人で夜道を歩くのは危険ではないだろうか?


「アケミおじさん、とっても優しいです。でも、大丈夫。安心してください。空いている部屋で泊まっていきます。朝の仕事もありますし、それが便利なんです。食事もつきますしね」


 仕事内容は、主に朝食と夕食の給仕である。空いている時間は掃除をしたり、お風呂を入れたりする。客室の清掃や洗濯はお客のいない昼にやるので、仕事内容に入っていないそうだ。

 つまり、マルテの勤務時間は夕方から朝まであり、その後は自分の家の手伝いをするそうだ。

 本当、この世界の子供たちは良く働く。異世界に召喚されなければ、私は絶対に真似できない。


「ちなみに私の家はハンカチ屋なんです。西地区にあります。つい最近、新しい刺繍を作りまして、凄く人気があるんですよ。興味があったら今度来てください」


「ぜひぜひ」と身を乗り出して、マルテがグイグイ迫ってくる。


「えっ、西地区のハンカチ屋って……行った事があるお店かも……」


 レナさんのお礼にとハンカチを購入した事を思い出す。

 そして、嫌な予感がして汗が出てきた。


 新しい刺繍って……もしかして……。


「ご主人さま、どうかされましたか?ブルースライムのような顔になっていますよ」


 私の変化に気がついたエーリカが眠そうな目をしながら心配してくれる。


「だ、大丈夫……それより、マルテちゃん。その……」


 私がマルテを見ながら言いにくそうに口をモゴモゴとしていると、「はい?」とマルテは首を傾げる。


「その……新しい刺繍の入ったハンカチは……今、持っている?」

「ええ、ありますよ」


 マルテはズボンから真っ白なハンカチを取り出して、新しい刺繍を見せるように広げてくれた。

 それを見た私は、眩暈(めまい)がして、ヨロヨロと椅子に座り、頭を抱える。


 異世界、怖い! 異世界、変! 異世界、異常!


 汚れ一つない真っ白なマルテのハンカチには、デフォルトされた犬の刺繍がされていた。

 この犬の刺繍は、以前、私が店員さんと一緒にお絵描きをした時に描いた落書きである。


 こんなのわざわざ刺繍するか? それも売れているとか? 異世界、なんて異世界! ああ、恥ずかしい!


「もしかして、この犬の絵を描いたのはアケミおじさんですか?」


 動揺している私にマルテが核心を突いてきた。


「いえ、違います」


 私は即座で答える。


「この刺繍を提案した店員が、筋肉質で禿頭の男性と一緒に考えたと言っていました」

「そうですか……」

「その店員が会いたがっています。ぜひ、お店に来てくださいね」

「ははは……」


 マルテにとって私は、刺繍をデザインをした人と認定されている。

 まぁ、間違っていないけど……。


「ご主人さま」


 エーリカが私の横へ来て、服の裾を引っ張った。


「なに?」

「私もご主人さまのハンカチが欲しいです」

「……」

「初めて見た時は、恥ずかしくて正気を疑う刺繍でした。だけど、ご主人さまがデザインされた刺繍だと知ってからは、愛おしくなる程の素晴らしい刺繍に見えてきました」


 (けな)しているのか、褒めているのか分からない事を言う子だ。


「ぜひ、私もご主人さまの愛が詰まったハンカチが欲しいです」

「だめ」


 いつも眠そうな半目のエーリカが、目を見開いて驚愕(きょうがく)な顔をする。珍しい表情だ。


「なぜですか!?」とエーリカが諦めずに詰め寄ってきたので、私は素直に「恥ずかしいから」と答えた。

 その答えにマルテの方から反論がきた。


「恥ずかしくありません。素晴らしい絵柄です。今までに存在しない新しい絵柄です。自信をもっていいです」

「そうです、ご主人さま。この絵柄には、ご主人さまの愛が感じられます」


 私の横でマルテとエーリカがやんややんやと言ってくる。

 少女二人に言い寄られて困っているおっさんの図である。


「では、私のポケットマネーで買いたいと思います」


 エーリカは袖口からピンク色の巾着袋を取り出して、私に見せてきた。


「分かった、分かった! 私が買ってあげるから、そのお金は仕舞いなさい!」


 私は簡単に根負けした。

 エーリカのお金はいざという時の保険である。使う訳にはいかない。


「やりました。心優しいご主人さまを落とすのは容易です」

「エーリカちゃん、ぜひ、お店に来てね。犬だけでなく、ブドウ、カボチャ、ベアボアと色々な絵柄のハンカチがあるから期待しててね」


 エーリカとマルテがお互い手を取り合って、親睦を深めている。

 私は頭を抱え、当分、西地区には行かないでおこうと心に決めた。



「こら、マルテ! いつまでもお客さんと話していないで仕事に戻りな。夕飯抜きにするよ」


 厨房の扉から現れたカルラがマルテに注意する。


「はーい、仕事に戻ります。アケミおじさん、エーリカちゃん、また後でね」


 エーリカの手を離したマルテが元気良く宿の奥へ行ってしまった。


「まったく、困ったものだね」


 カルラは肩を上げて、やれやれと笑っている。


「パン屋の方が忙しくて手が回らないそうですね」

「パン屋の書き入れ時は朝方と夕方。宿の食事も同じ時間だから、どうしてもね。常に客が来るパン屋を優先するから、宿のお客はどうしても後回しになってしまうよ。まぁ、今後はマルテが定期的に手伝いに来てくれるし、マルテが来れない時は別の知人に来てもらう予定になっている。クズノハさんのおかげで、そのぐらいの給金は稼がせてもらっているよ」


 良くも悪くも、この騒動を起こした発端は私にある。

 そんな心情を察してか、カルラは心配しなくて良いと笑ってくれた。


「それよりもだ。ちょっと問題があるんだよ」

「問題ですか?」


 私はゴクリと唾を飲み込み、背筋を伸ばした。


「ピザを出して、七日ぐらい経ったかね?」


 私は指折り数えてみる。うん、七日である。つまり、宿の無料期間も終わるという事。昨日は泊まっていないので、あと二日。

 また、別のレシピを教えて、無料期間延長の交渉でもしようかな。


「常連のお客から聞いた話だと、既に他のパン屋で同じようなピザが出始めているそうだ」

「ああ……まぁ、料理自体は簡単ですからそうなるでしょう。トマトを煮込んで、パンに塗って焼くだけですから。すぐに真似されるでしょうね」


 とは言っても、香辛料までは簡単に真似されてないと思う。ここの住人は薬草を使った香辛料は使わない。その考えもない。その点、まだ『カボチャの馬車亭』のピザにはアドバンテージがある。

 だからとはいえ、それで胡坐(あぐら)をかいていては、すぐに追いつかれてしまうだろう。

 向こうもそれで生活をしているプロだ。いつかは調べられて、同じピザを作ってしまう。

 それに、ここは異世界だ。

 私がカルラに教えたのは日本のピザレシピ。もしかしたら、異世界人が考えた別のピザが作られ、日本のピザよりも異世界ピザの方が受け入れられるかもしれない。


「それなら、他のお店よりも差別化をした方が良いですね」


 本当は、お店同士が切磋琢磨して、今よりも美味しく各店独自のピザが出来れば、ピザの食べ歩きが楽しめるのだが……ただ、『カボチャの馬車亭』にはお世話になっているので、無い知恵を絞って、カルラの肩を持つ。


「差別化かい? 例えば、どんなのがあるんだい?」


 聞き耳を立てるカルラに、私はピザに関しての知識を思いつくまま述べていく。


 ピザに乗せる具について考える。

 乗せる物は肉、野菜、キノコがメインだろう。この乗せる種類によってピザの名前が変わってくる。

 例えば、バジルを乗せただけのピザはマルゲリータ。野菜メインのはオルトラーナ。生ハムを乗せたのはパルマ。唐辛子で辛くしたのはカラブレーゼ。そして、シーフードをメインしたペスカトーレ。

 ああ、魚介類が食べたい。


「そういえば、チーズの上に卵を割って焼いたピザもありますね。あとは、チーズの種類を変えてみるとか……」

「チーズなんて一種類しかないだろう?」

「いえ、作り方によって色々なチーズがあるそうです。そういうのを調べてみてはどうです?」


 モッツャレラやゴルゴンゾーラ、カマンベールと色々なチーズがあるが、それらの違いや作り方は知らないので丸投げである。


「ご主人さま、具に関してはお客が決めるのはどうですか?」


 食いしん坊のエーリカがたまらずに私たちの話に入ってきた。


「ああ、そういえば、そんなピザがあったね。確か……カプリチョーザとか言ったかな。具が決まっていないピザ」

「つまり、どういう事だい?」

「えーと、ピザに乗せる具をあらかじめ何種類か用意しておいて、お客が直接乗せる具を選んでから焼き上げます。焼き上がるまで待たせてしまいますが、好きな具を食べられるから好まれるかもしれませんよ」

「なるほどね」


 カルラが、いつの間にか用意していた木札にメモをしている。


 次にトマトソースについて考えてみる……と思ったが、ソースの改造点を考えても何も出でこない。

 トマトの種類、ハーブの調合、別の調味料を入れるとか、そんな時間の掛かる実験みたいな事はプロの料理人に任せよう。

 そもそも、トマトじゃなくても良いんじゃない。

 確か、トマトソースの代わりにホワイトソースを使ったピザもある。

 ホワイトソース……どうやって作るんだ?

 たしか、小麦粉と牛乳で作るんだったよね。

 うーむ、あとは何が必要だろう?

 ……分からん。作った事がないので保留にしておこう。


「……あっ!?」


 私は素晴らしい調味料を思い出してつい声が出た。


「どうしました?」とエーリカが尋ねてきたが、私は「な、何でもない」と口を閉ざした。

 私が思いついた最強の調味料はマヨネーズである。

 マヨネーズをかけたピザってあったよね。

 美味しかったな。しみじみ……。

 ただ、マヨネーズ作りを思い描いて、口を閉ざしたのだ。

 マヨネーズを作るのは簡単だ。

 卵黄と酢と油と塩で出来る。それらを混ぜれば完成だ。

 酢はこの世界に無いので(あるかも知れないが、今の所、見た事がない)、代わりに柑橘系の汁でも良いらしい。

 それらを混ぜるだけ。だが、なぜか失敗しやすい。

 私も小学校の家庭科で作らされたが、ショビショビの液体が出来て失敗した。

 それが原因で、手作りマヨネーズはトラウマになっている。

 あと問題なのは、この世界の卵は大丈夫なのだろうかという問題だ。

 マヨネーズは生の卵黄を使う。

 衛生管理の行き届いていない異世界の卵だ。腹を壊さなければ良いのだが……。

 以上の事からマヨネーズのマヨラー増産計画は保留にした。

 

 次にピザの形ついて考えてみたが……ピザの形は円盤型で決まっている。考える事なし。

 確か、カルツォ-ネという餃子みたいに具を包んだピザもある。

 だが、考えて欲しい。

 顎の筋肉を破壊する程の硬いパンである。その硬いパンに包んだピザをどうやって食べるのだ? レンガを食べるようなものだ。私には無理である。


 最後に、生地について考えてみる。

 この『カボチャの馬車亭』では、エールで発酵してからパンを焼いている。確かに他のお店よりかは硬くないが、だからといって柔らかくもない。

 酵母菌がなければ柔らかいパンは作れない。

 もしかしたら、酵母菌が無くても作れるかも知れないが、生憎、私の知識では知らない。

 天然酵母……一度、テレビで作り方を見た記憶があるが、残念ながら思い出せない。

 思い出せたら、作ってみたいものである。


 うーむ、色々と思い出して語ってみたが、殆どが役に立たない知識ばかりだ。

 唯一、エーリカのお客様チョイスの案が使えそうであるが、これも簡単に他のお店が真似出来る事なので、差別化としては無理がある。

 そんな事をカルラさんに伝えると「凄く参考になった」と言ってくれた。


「ピザの改善ではなく、別の視点から考えてみてはどうですか?」


 エーリカが提案してきた。


「別の視点と言うのは?」

「このお店のアドバンテージ……優位性は何か? このお店にあって他のお店に無いものは?」

「この街で初めてピザを出したお店って事かい?」


 眉を寄せて考えていたカルラがぽつりと呟いた。

 ピザを出してまだ一週間。されど一週間。

 連日沢山のお客がピザを目当てに集まってくる。そこを上手く利用すれば他のお店と差別化出来るかもしれない。


「つまり、初めてピザを出した部分を上手く宣伝すれば良い訳だ」


 私はあるアイデアが浮かんだ。

 大したアイデアではないが……。


「えーと……どういう意味だい?」


 カルラが首を傾げ、私を見る。


「お店に新しい看板を作りましょう。そして、その看板に『元祖』や『本家』と付けるんです」


 コピーやレプリカよりもオリジナルの方が魅力を感じる。

 決してコピーやレプリカが劣っている訳ではないが、人間の心理なのだろう、二番煎じと呼ばれると一歩引いてしまうものだ。

 それを利用して、広告看板を立ててみようと提案してみた。


「その『元祖』とか『本家』って何だい?」


 カルラさんは理解出来ていないようだ。

 そもそも『元祖』『本家』という言葉がないのかもしれない。


「『元祖』『本家』は止めて、『ピザ発祥のお店』ではどうです? 他のお店と差別化できますよ」

「それ、意味あるのかい?」

「少なからずあると思います。断言は出来ませんが……」

「このお店をピザ発祥のお店にすれば、他のお店がピザを売る事によって勝手にこのお店を宣伝をしてくれるようになります」


 エーリカがフォローをしてくれる。

 つまり、他のお店でピザを提供し、それを食べたお客がピザの美味さを知る事になる。

 そんな美味しいピザを作り出したお店はもっと美味しいピザであると思うだろう。

 そして、『カボチャの馬車亭』まで足を運んでくれる訳だ。

 そこで、他のお店よりもさらに美味いピザが提供出来れば、お客は『カボチャの馬車亭』に足を運んでくれる。

 他店よりも美味しいピザを作るのは、カルラたちの努力次第だけどね。


「なるほど……何となく理解したよ。色々と案が出てくるね。大した物だ。冒険者よりも商人や料理人になった方が良いんじゃないかい? いっその事、この宿を潰して、料理屋でも作ろうかね。その時は経営者として頼むよ」

「ははは……怪我でもして動けなくなったら考えておきます」


 カルラがリクルートしてきたので笑って誤魔化した。

 私は美味しい物を食べるのは好きだが、毎日、他人の為に料理をするのは好きじゃない。

 そもそも、そこまで料理が上手かったり、知識がある訳ではないので、料理人の道はないだろう。

 その前に冒険者を止めるつもりはない。ゲーマーにとって冒険者は夢の職業だからだ。


「長々と話して悪かったね。これではマルテの事を悪く言えないね。夕飯、少しだけどおまけしておくよ」


 そう言って、カルラは仕事へ戻っていく。

 私たちも部屋へ戻り、夕飯までゆっくりと過ごす事にした。

 そして、夕飯時。

 おまけに出してくれたピザは、私が教えた時のピザよりも綺麗に焼かれ、そして、とても美味しかった。


マルテ登場。

知らぬ間に、刺繍ブームが起きてます。

お店の差別化について、考えました。

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