279 魔女の教会跡地 その1
酷い目に遭ったので、なるべく遠くからヒル沼を迂回する。
離れた場所から見れば綺麗な場所なのだが、如何せん、昆虫王国に成っているので虫嫌いの私はもう近づかない。
そんな事を思いながら、ぐるりと半周すると木々の隙間に廃道らしき場所を見つけた。
廃道に入ってしばらく進むと「もうすぐで魔女の廃村に着く」とエギルが呟いた。
それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
ゴブリンとヒヒに追いかけられ、魔物の集落で戦闘して、ミミズ畑でミミズ塗れになり、ヒル沼では溺死しかけたり、圧迫死しかけたりした。
もう迷いの森はお腹一杯である。これ以上居たら、食べ過ぎで吐いてしまうだろう。
だが、ようやく目的地である魔女の廃村に到着する。
ここでゴーレムの製法が分かれば、安全なドワーフの村に帰れる。
「そう言えば、魔女が残した罠が残っているとか言っていたな。このまま進んで大丈夫なのか?」
リディーから不吉な言葉が出る。
「言い伝えでは、そうなる。ただ前の村長が残した石板には、罠らしき記述は残っていなかった」
「あまり期待しないで聞くけど、何て書いてあった?」
「教会で入口を見つけた。その奥でゴーレムの作り方を知った。それだけだ」
やはりと言うべきか、まったく当てにならん。
というか、簡潔過ぎる。たぶん途中で書くのが面倒臭くなったのだろう。
「入口を見つけたって何だ? 教会内部の書庫の事か?」
「そうかもしれんし、違うかもしれん」
レギンの疑問にエギルは「行けば分かるだろう」と足を進めた。
しばらくすると雰囲気が変わった。
長い年月をかけて成長した大木は無くなり、若い木と草花が生い茂った場所に入った。
「これ見てぇー」
草木の前で屈んでいたフィーリンが草を払うと、泥で汚れた石の塊が現れた。
その石は、所々雨風で欠けてはいるが、人が手を加えたと思える四角形の姿をしている。
「若干だが魔力を感じる。魔術で加工した石材だろう」
その後、至る所で加工した石材を見つけた。中には石材を組んで立てたであろう建物らしき場所もあった。
やはり、ここが魔女が住んでいた村の跡地だ。
「教会跡地は、もっと原型を保っていると言われている。奥に進めば、自然と目に入るだろう。進むぞ」
先頭をレギンに行ってもらい、少し離れて私たちがついていく。
もし何かしら罠があったら全身鎧のレギンがその身で受ける。所謂、炭鉱のカナリヤである。
そんな私たちの思惑など露知らず、レギンは魔物が襲って来てもいいように斧を構えながら、ドスドスと慎重に進んで行った。
だが、特に何も起きない。
魔物は現れず、落とし穴や槍が降ってくる事もない。
あるのは、草や蔦で覆われた元建物らしき跡だけである。
そして……。
「うむ、何事もなく教会に到着してしまったな」
私たちの目の前には、崩れかけの教会が建っている。
屋根は無く、側だけが残されていた。
石造りの壁も所々崩れていたり、穴が空いていたりする。そして、数百年という年月の所為で、草や蔦が絡みついていた。
私たちは崩れかけの入口から中に入る。
大きさは、リーゲン村の教会より若干広いサイズ。
祭壇も無ければ、御神体となる像もない。
あるのは、瓦礫と草と土のみ。
寂しい風景である。
「うーん……入口らしきものは見たらないな」
長い髭をもみもみさせながらエギルが呟く。
私たちは、教会内部をぐるりと一周したが、特に何もない。書庫は勿論、トイレや物置のような部屋らしき場所もない。
本当に何かしらの入口があり、その奥でゴーレムの製法が分かるのだろうか?
フィーリン、エギル、レギンが瓦礫の上に座り、「どうしようかねぇー?」と酒を飲み始めた。
そんな三人を見ながら私とリディーは、壁にもたれて一休憩する。
ただエーリカだけは、祭壇があったであろう前方の方を見て回っていた。
「エーリカ、何か気になる事でもあるの?」
「はい、僅かに魔力の痕跡があります」
暇潰しに見ているのだろうと期待せずに聞いたら、思わぬ返答が返ってきた。
「えっ、魔力? 痕跡? 分かるの?」
「はい、微力でありますが地面から感じます。少し綺麗にしましょう」
エーリカは草に覆われた地面に向けて、炎の魔力弾をポンポンと放つ。
炎が地面を舐めるように広がると草が燃えていく。
その後、エーリカは風の魔術を使って、燃えた草と土を吹き飛ばしていった。
「ありました。扉です」
祭壇があったであろう地面に、観音開きの扉が埋め込まれていた。無論、扉は閉まっている。
前村長の残した石板の通り、教会跡地に入口があった。この先に進めば、ゴーレムの製法が分かるのだろう。
「ほう、扉か……この先に進めば、ようやく目的地だな」
エギルも近寄って、興味深そうに扉を見る。
「リディアねえさん、この印を見て下さい」
注意深く扉を見ていたエーリカは、扉の一カ所を指差す。
扉同士が重なるちょうど真ん中に丸で囲ったマークがあった。
マークは、歪な形をした『V』の上に斜線が走っている。どことなくルーン文字みたいであった。まぁ、私はルーン文字なんか、まったく知らないけどね。
「ああ、僕も気になっていた。おい、フィーリン。酒を飲んでいないで、こっちに来てくれ」
レギンと一緒に酒を飲みながら私たちを見ていたフィーリンが、「なになにぃー?」と干し肉を咥えながら近づいてくる。
「これで見て下さい。見覚えはありませんか?」
エーリカは水魔術を使って、土塗れの扉を洗うとフィーリンに問題の個所を見せた。
「あー、確かに博士の印に似ているねぇー」
「博士って、エーリカたちを作ったヴェクトーリア博士の事?」
「そうそう、ヴェクトーリア博士の印に似ている。けど、ちょっと違うねぇー」
「どう違うの?」と私が訪ねると、「これです」とエーリカは胸元を広げて、鎖骨の間にある魔石を私に見せた。
透明に光っているエーリカの魔石には、歪な形をした『V』のようなマークが薄っすらと浮かんでいた。
今までエーリカとは一緒にお風呂に入ったり、池で体を洗ったので、何度か魔石を見た事がある。だか、今回のようにマジマジと見るのは始めてで、魔石に文字が浮かんでいるとは知らなかった。
うーむ、やはりヴェクトーリアの頭文字を取って『V』なのか? でも、ここは異世界だ。異世界文字に『V』のような形はなかった筈。ただ、似ているだけなのだろうか?
「ご主人さま、違うでしょう」
「ああ、扉のマークは余計なものが混じっているね」
歪ではあるものの『V』の形は似ている。その上に斜線が走っているか、どうかの違いがある。
「エーリカ、はしたない。早く服を直せ」
ハゲで中年の厳ついおっさんが少女の胸元をマジマジと見ているのだ。リディーが急いでエーリカを後ろへ退かし、衣服を整えるのも無理はない。
チラリとリディーとフィーリンを見る。彼女たちもエーリカ同様、魔石にマークが浮かんでいるのだろうか?
そう思ってジロジロと見ていると、「ぼ、僕の魔石は見せないからな」「さすがに恥ずかしいからねぇー」とリディーとフィーリンが胸元を隠して、遠ざかっていった。
……ちょっと、残念。
「お前たちの知り合いの印に似ているからって、それがどうした? 扉を見つけたのなら、さっさと開けて、進もうぜ」
ノシノシと近づいてきたレギンは、扉に付いている輪っかの取っ手を掴むと力一杯引っ張った。
「むぎぎぃぃーー」
歯を食いしばり、顔を真っ赤にしながら取っ手を引っ張るが扉はビクともしない。
「くそっ、開く気配すらしねー。鍵か何か掛かっているんじゃねーのか」
さっさと諦めたレギンは、元の場所に戻り、再度酒を飲み始めた。
「錠前や閂など物理的に閉めている訳ではなさそうです」
「エーリカ、もしかしたら、以前入った教会の秘密部屋みたいに魔法陣があったりしない?」
教会に不法侵入した際、行き止まりの壁に隠し扉があった。その時、私の魔力を流したら魔法陣が光り、扉が開いたのを思い出す。
「調べてみましょう」
私の案にエーリカが扉に手をつこうとしたら、フィーリンが待ったを掛けた。
「その前にやれる事があるよぉー」
そう言うなり、フィーリンは地面から土斧を作る。
「まさか……」
「魔法陣があるかどうか調べるよりも、扉を破壊した方が早いんじゃないかなぁー」
破壊って……中学生みたいな可愛い姿なのに、考え方が脳筋である。
そんなフィーリンの考えにレギンとエギルは、「さすが姫さま」「素晴らしい案です、フィーリンさん」と煽てている。
私はチラリとエーリカとリディーを見ると、頭を振ったり、肩を上げて、好きにやらせろと無言で言っていた。
私たちは扉から離れて、フィーリンに任せる事にする。
「扉自体は硬そうだから、蝶番を壊した方が良さそうだねぇー。そぉーれ、えいっ!」
蝶番近くの地面に土斧をブッ刺したフィーリンは、トトトッと離れると土斧を爆破させた。
すると……。
「さすが、フィーリンねえさんです。予想外の展開になりました」
「エーリカ、関心している場合じゃない! フィーリン、お前の所為で変な事になったぞ!」
「ええぇー、アタシの所為なのぉー!?」
土斧が爆発した瞬間、扉から赤い光が立ち上がった。
それと同時に教会全体が赤い光に包まれてしまった。
ちなみに扉は壊れる事なく、塞がっている。
「おい、この光はなんだ!? 外に出れないぞ!」
教会入口に向かったレギンは、赤い光に向けて、手で押したり、斧を使って攻撃をするが壁のように弾かれていた。
「結界に捕らわれてしまったようですね」
「魔女の罠って訳か……まったく……」
リディーがジロリとフィーリンを睨むと、「ごめんねぇー」と反省しているのか、していないのか分からない感じで謝る。
「ご主人さま、すぐに離れてください。地面がおかしいです」
私は急いでエーリカの元へ向かい、足元を見る。
隠し扉から光が伸びて、地面に図らしきものが描かれだした。
まず直径三メートルほどの円が描かれると、円の中に文字らしきものが描き足されていく。
「魔法陣ですね。何が起きるか分かりませんので注意を」
エーリカは私の裾を掴むと壁際まで避難した。
固唾を飲んで眺めていると、魔法陣を中心に地面の土が盛り上がっていく。
土はどんどんと高く太くなり、三メートルほどまで達する。
その後、土の山はモコモコと蠢くと人間ぽい形に変形していった。
首のない潰れたような歪な頭、ずんぐりとした胴体、両手は長く、両足は短い。
これは……。
「ゴーレムだな。サンドゴーレム。土人形だ」
ゴーレムの製法を探しに教会跡地に向かったら、実際のゴーレムが現れてしまった。




