274 魔物の集落 その1
廃道の先には、魔物たちが闊歩している広場に繋がっていた。
エギル曰く、魔物の集落らしい。
私たちは、ばれないよう木々の影に隠れた隙間から集落を覗き見る。
広場には、枝と葉っぱで作ったバラックのような寝床が点々と建っている。その中でワーウルフが体を丸めて眠っていた。
中央には二足歩行の豚であるピッグオーガが油と血で汚れた幅広の包丁で獣の肉をぶつ切りにしている。その横にはスモールウルフが集まっていて、ピッグオーガにどこかへ行けと蹴っとばされていた。
また集落の周りには、二足歩行のウサギがピョコピョコと跳ねながら巡廻をしている。
エギルの言う通り、小さな村と言っていい程の生活の場がそこにあった。
「確かに集落っぽいね。魔物同士で共存するんだ。知らなかった」
「ある程度、知恵がある魔物には珍しくない。簡単な住居を構え、食料を調達し、住処を防衛しながら生活をする。各々の特技を生かし、お互いに助け合っている。人間と対して変わらん」
「人間と変わらないって事は、敵対しなければ襲ってこないって事だよね。話し合って手を貸してくれる事は……」
「ないな」
私が言い終わる前にエギルは首を振る。
仲良くなるつもりは無いが、対価を払えば、森の中を安全に道案内をしてくれるかもと思ったのだが……考えが甘かったみたいだ。
「所詮、あいつ等は魔物だ。俺たちの言葉は通じんし、意思疎通も出来ん。価値観が違い過ぎる。魔物にとって俺たちは敵対者であり食糧だ」
「私の知っている奴隷商会には、人間の言葉を話して、一緒に生活をしている魔物もいるよ」
「そう言うのは例外だ。ガキの頃から教育し、人間に慣れている魔物だ。だが、目の前の魔物は人外の森に住まう魔物。顔を合わせただけで、殺しに掛かってくる。あの状態になりたくなければ、集落を無視して、別の道を進むべきだな」
あの状態とは、ゴブリンの生首の事である。
廃道と集落を結ぶ出入り口になぜかゴブリンの生首が棒に刺して並んでいた。
「何であんな事をしているの? 魔除けか何か? それとも天日干しにして、後で食べる気?」
「ただの見せしめだろう。ゴブリンを近づけさせない為のな」
「ゴブリンも魔物だよね。同じ森に棲んでいるのに対立しているの?」
「ゴブリンは恐ろしく自分勝手な魔物だ。一番大事なのは自分、次に仲間で、他は死のうが苦しがろうが知った事じゃない。逆に喜々として殺して、食っちまう。無理矢理、力で従わせる事も出来るが、隙を見せれば、すぐに裏切って襲ってくる。そんな危ない奴を集落の一員にしたら、問題しか起きないだろう」
「ああ、言われてみれば、思い当たる節がある」
ダムルブールの地下道で戦った際、リーダーのオークを頻繁に攻撃をしていたのを思い出した。
「ゴブリンが勝手に入って来ないように、ああやって生首を掲げて忠告をしているのだろう。だから、俺たちを追っていたゴブリンどもは遠ざかって行ったのさ。効果抜群だな」
人間と同じで、魔物同士でも敵味方と別れるようだ。
「それでぇー、どうするのぉー? 強引に突破するぅー? それとも隠れながら素通りするぅー?」
「フィーリンさん、目的の教会跡地までまだ距離があります。なるべくなら危険を冒さない方向で行きたいので、また迂回をしましょう」
フィーリンとエギルがこれからの事を話し始めると、リディーから「しっ」と口を閉じろの合図があった。
「迂回するなら早くした方がいい。鼻の良い魔物が僕たちを気付き始めたぞ」
吹き抜けの寝床で眠っていたワーウルフが起き上がり、鼻をクンクンとさせながら周りを見回し始めいる。
「廃村のある方向はどこ? どこから森に入る? 私でも入れる場所はある?」
廃道の脇はどこも草木に覆われている。エーリカとドワーフなら草木の隙間を入っていけるが、体の大きい私では無理そうだ。リディーもギリギリだと思う。
「おっさん、落ち着け。僕がもう一度、木の上に登って状況を……うわっ!?」
登りやすそうな大木を探していたリディーから叫び声が上がる。
「どうしたの、リディー!?」
「こいつ、いつの間に!? くそっ、離れろ!」
リディーの背中にゴブリンに似た魔物がしがみ付いている。背丈、体付きは似ているがゴブリンと違って、髪の毛が生えており、ボロの衣服を着ていた。
「痛い、痛い! 殴るな、バカ!」
「コボルトだ。ひ弱だから簡単に引き剥がせる。背中をこっちに向けろ」
リディーの背中にしがみ付きながら頭をバカバカと殴っているコボルトを、エギルとレギンが引き剥がそうとする。
「待って待って! 服が伸びる! 破ける!」
コボルトは離れまいと必死にしがみ付くので、リディーの若葉色の衣服が伸びていく。それを嫌がるリディーは、「さっさと離れろ!」と腰に差している短剣を引き抜き、背中にいるコボルトを刺した。
手を切られたコボルトは、リディーから離れるとエギルとレギンと一緒に地面に倒れる。
リディーはすぐさま倒れているコボルトの喉元を短剣で斬り裂いた。
「おい、やり過ぎだ」
「ああ、すまん」
コボルトの頭はベロンと垂れ下がり、首皮一枚で繋がっている。その断面から流れる血でエギルとレギンの手を汚していた。
「このコボルト、どこから来たんだろう? リディーに気付かれずに襲うなんて、すぐ近くに居たって事?」
木々が生い茂る森の中だ。隠れる場所はいくらでもある。ただ耳の良いリディーに不意打ちでしがみ付くなんて、コボルトという魔物はステルス機能付きの魔物なのだろうか?
「コボルトは、洞穴や地中に生息している魔物だ。モグラみたいにこの下にトンネルを張り巡らしているのだろう。ほら、そこに穴がある。そこから出てきたんだ」
エギルが指差した大木の根元に穴が空いていた。
興味の出た私は、近づいて穴の中を覗き込む。すると、真っ暗な闇の中で視線が混じり合った。
「うわっ!?」
「グゲッ!」
私が後ろへ倒れると同時に、穴の中からスコップのような物が突き出た。
あ、あぶねー。
驚かずに挨拶をしていたら、スコップで顔を掘られていた。
「ご主人さま、危険です! わたしの後ろへ!」
私を押しのけたエーリカは、穴の中に右腕を入れると、「はっ、はっ、はっ!」と魔力弾を放つ。そして、すぐに私を守るようにスカートを広げた。
スカート越しから火柱が上がるのが見える。どうやら穴の中に炎の魔力弾を放ったみたいだ。
「おいおい、人間の嬢ちゃん。やり過ぎだ」
「ご主人さまに危害を加えるものは、誰であろうと全力を持って排除します」
全力の魔力弾だったらしく、別の地面からも火柱が上がっている。その内の一カ所から火だるまになったコボルトが飛び出し、地面を転げ回り、動かなくなった。
そんな騒ぎを起こした事で、集落の魔物が入り口付近に集まり出す。
「やはり、気づくよね」
魔物の種類は多種多様。二足歩行の狼、ウサギ、豚、猪。毛の生えたゴブリンみたいなコボルトもいるし、毛むくじゃらの小人もいる。どれも人間の姿に近い亜人ばかりである。その中に四足歩行のスモールウルフもいるので、人間でいうペットか狩猟犬みたいな扱いかもしれない。
「面倒臭いからこのまま集落を通って進もうかぁー」
「フィーリンさんの言う通り、気づかれたからには、それしかありませんね」
「アーロンとアーベルみたいに全滅させる必要はないぞ。向こう側の廃道に辿りつけば、魔物避けで追って来ないかもしれん。駆け抜けるぞ」
「ご主人さま、わたしの側から離れないでください」
「おっさん、僕の近くに居ろよ」
ゾロゾロと集落の入口に集まりだした魔物を見ながら、各々武器を構える。
魔物たちは入口付近で剣や包丁、スコップなどを叩きながら「ギャアギャア」「キューキュー」と騒ぎ出していた。
「完全に集まる前に突破するぞ! 俺に付いて来い!」
先陣を切ったレギンは、斧を構えながら駆け出す。
「レギン、待て! 魔物どもが後退している。様子がおかしいぞ!」
魔物の様子を観察していたエギルがレギンを止めるが、「うるせー!」と短い足は止まらない。
そして、エギルが集落の入口に差し掛かると爆発が起きた。
ドコンッと地面が破裂し、一人だけ前進していたレギンがゴロゴロと私たちの元へ戻ってくる。
それを見た魔物たちから「ギャアギャア」「キューキュー」と楽しそうに剣や包丁を叩いていた。
「いてて……何が起きたんだ?」
土煙に塗れたレギンが目を白黒しながら鎧に付いた埃を払う。全身ドワーフ製の鎧に身を包んでいたおかけで無事のようだ。
「魔法か、魔術でも使われたの?」
「いや、どちらでもない。魔力の流れは感じなかった」
「じゃあ、何?」
「この森には、爆発する豆が生えている。それを使ったんだろう」
「豆!? どうして、豆が爆発するの!?」
「アタシの斧と同じ原理だよぉー。魔力のこもった豆が衝撃を受けると破裂して、ああやって爆発が起きるんだ。魔力さえ無ければ、結構美味しいんだよ、その豆ぇー」
呑気な声で説明したフィーリンは、四つん這いになって、地面の様子を観察しだした。
「その豆、美味しいのですか? どこに生えているのですか?」
「エーリカ、食いつかない」
リディーがエーリカを嗜める中、フィーリンが「沢山埋まっているねぇー」と呟く。
爆発する豆が地面に埋まっている。それも沢山。
つまり、この辺一帯、地雷源って事!?
「どうするの? いや、逆に考えれば、向こうも近づいてこないって事だよね。このまま別の道を通っていけばいいんじゃない?」
なるべく戦闘をしたくない私は迂回を提案する。
だが、土塗れのレギンが「危険だ」と反対した。
「森の中にも埋まっている可能性が高い。俺たちドワーフなら痛いだけで済むが、お前らひ弱な人間が踏んだら、足を持っていかれるぞ」
「じゃあ、どうするの?」
「旦那さま、こういう時はねぇー、わざと衝撃を与えれば良いんだよぉー」
そう言うなりフィーリンは、両手を地面に添えた。
「フィーリンさん、僕も手伝います」
エギルがフィーリンの横に並ぶと、二人で何やら呪文のようなものを唱え始めた。
ブツブツと二人が呟くと、硬い地面の土や小石が震え出し、集落の入口に向けて、波打つように小さな起伏を発生させた。
ドコン、ドコンと入り口付近の地面が爆発し、土煙が巻き起こる。
喜々として騒いでいた魔物たちが静まり返る。
煙が晴れると入り口付近の地面がニギビ痕のようにボコボコに窪んでいた。
「これで良ぉーし」
「じゃあ、改めて行くぞ!」
再度、レギンが駆け出し、私たちも走り出した。




