272 迂回 その1
何らかの影響で魔物が寄り付かなかった林道が途切れた事で、魔物が集まり出してきた。
今の所、目視による確認は出来ないが、リディーの様子からすぐ先にいるらしい。
「おい、隠れていないで姿を現せ!」
「皆殺しにしてやるから出てこい!」
アーロン・アーベル兄弟は見えない魔物に叫ぶなり、道を塞ぐように倒れている大木に向けて、大剣と戦斧を叩き付けた。大木は腐っていたらしく、木屑をまき散らしながら面白いように崩れていく。
「うげっ!?」
粉々に砕かれた大木から茶色のゴキブリや白アリといった大量の虫たちが、ワラワラと走り去っていく。中には足の生えた芋虫までいてゾッとした。
「いてっ!? こいつら、襲ってくるぞ!」
自分たちの住処を壊された怒りなのか、アーロン・アーベル兄弟の足元から虫たちが這い上がっていく。さすが迷いの森に生息する虫たちである。獰猛さが違う。
「おぉー、怖い、怖いぃー」と戦闘する気だったフィーリンが脳筋兄弟を見捨てて、退避してきた。
「ご主人さま、彼らを助けた方が良いでしょうか?」
足元から這い上がってくる小虫たちを叩き潰している脳筋兄弟を眠そうな目で眺めているエーリカが尋ねた。
私も虫に噛まれたり、虫汁まみれになった経験がある。非常に怖くて痛い思いをしたのは、つい先日の事で思い出したくない。
「出来るなら助けてあげて」
私が言うと、エーリカは右手を脳筋兄弟に向けるとバンバンと魔力弾を放った。
脳筋兄弟は、一直線に飛んで行った魔力弾に当たると体中にスパークが走り、「うぎゃっ!?」と悲鳴を上げて感電する。
エーリカが放ったのは雷属性の魔力弾だったみたいで、脳筋兄弟に群がっていた虫たちがバラバラと地面に落ちていった。
「おめーたち、何を遊んでいるんだ? 魔物が目の前にいるんだ。そっちに集中しろ!」
脳筋兄弟に注意をしたレギンは、斧を構えながら森の中を睨み付ける。
倒木が無くなった事で、草木の影から見慣れた顔が確認できた。
「ちっ、ゴブリンか」
「こいつら、どこにでも居やがるな」
親の顔より見た欠食児童のようなゴブリンがぞろぞろと姿を現し、「ギャアギャア」と騒ぎ始めた。
私は雑魚のゴブリンで、ほっと胸を撫で下ろす。逆にアーロン・アーベル兄弟はがっかりしていた。ただ、そんな兄弟だが、すぐに「うらぁー!」と叫びながら楽しそうに森の中へ入って行った。
隠れていたゴブリンが「ギャアギャア!」と騒ぎ出し、向かってくる脳筋兄弟に立ち向かう。だが、悪鬼羅刹のような兄弟の前にまったく歯が立たない。
自分よりも大きい大剣と戦斧によって貧弱な体は粉々に地面にばらまかれ、森の栄養分に成っていった。
「兄貴、武器は止めよう。手応えがないし、木が邪魔で思うように振れない」
「ああ、昔みたいに素手で殺していこう。どっちが多く殺したか勝負だ!」
そう言うなり脳筋兄弟は、無造作に武器を地面に捨てると拳一つでゴブリンの群れに突っ込んでいく。
兄のアーロンは、近づいてくるゴブリンを掴んでは、一発殴ってから地面に叩き付けたり、モズの早贄のように大木の枝にブッ刺していった。
弟のアーベルも一発殴って大人しくさせると、無理矢理を頭を捻じ曲げ、首の骨を折っていった。
ゴブリンたちも必死に攻撃をするが、脳筋兄弟にはまったく効果がない。
錆びたナイフや小さな手斧で攻撃をするが、リーチが短い所為で当たる前に躱されたり、足蹴にされて倒され、そのまま体を掴まれて殺されていった。
弓矢も使うが、ゴブリンの腕ではほとんど命中しない。たまに命中したとしても、針鳥に刺さった事にも気づかない脳筋兄弟には痛くもなんともないみたいで、足止めすらならなかった。
そんな大人と子供ほどの体格差のある脳筋兄弟とゴブリンだ。瞬く間にゴブリンの死体が積み重なっていく。まるでゴブリンの死体置き場だ。
そんな状況なのに、ゴブリンは次々と森の奥から迫ってくる。
「逃げないね。数日前に会ったゴブリンは、劣勢になるとさっさと逃げていったけど、ゴブリンごとに違うのかな?」
観客と化した私はすぐ横にいたレギンに尋ねた。
「あいつらは単純だ。勝機がある内は、何も考えずに突っ込んでくる。もしかしたら、この近くに巣があって、数で勝てると思っているのだろう」
「まだまだ来るって事? このままゴブリンの相手をしていたら日が暮れちゃうよ。どうするの?」
「そうだな……」
レギンは三つ編みにしている髭を触ると、脳筋兄弟に向けて怒鳴った。
「アーロン、アーベル! いちいちゴブリンの相手をするな! 無視して、走り抜けるぞ! 武器を持って、先頭を走れ!」
レギンが指示を飛ばすが、脳筋兄弟は「駄目だ!」と拒否した。
「こいつらから背を向けて逃げると、調子に乗って、いつまででも追い駆けてくるぞ。ここで皆殺しにするか、ゴブリンどもの方から逃げ出さない限り、ずっとケツを攻撃してくるはめになる」
経験豊富のアーロンが一匹のゴブリンの頭を踏み潰しながら説明する。
「俺たちがここでゴブリンどもを足止めしておく。お前たちは迂回して、先に進め。皆殺しにしたら追い駆ける」
一匹のゴブリンの背中をサバ折りにしたアーベルが、明後日の方向へ指差して「行け!」と叫んだ。
「行けって、どこに? 辺り一面、生い茂った森だよ。すぐに迷子になって、逆に危ないって」
「ちょっと、待っていろ」
私がどうしていいのか分からず混乱していると、隣にいたリディーが離れ、一つの大木へ向かった。そして、軽快にジャンプして枝にしがみ付くと、逆上がりの要領で枝に上がる。その後は、猿のようにピョンピョンと幹や枝を伝い、上の方に行ってしまった。
うーん、さすが森に住まうエルフ。木登りは得意のようだ。まぁ、リディーは純粋のエルフじゃないけど……。
「リディアねえさん、気をつけて。猿が来ます」
エーリカの忠告通り、森の奥から「キキィ……」と鳴きながらヒヒの魔物が木々を伝って近づいてきていた。
リディーは「問題ない」と一言呟くと枝の上で弓矢を構える。
ヒヒの魔物は枝のしなりを利用して、リディーに向けて大きくジャンプした。
枝の上なのに安定した姿勢のリディーは、シュッと矢を放つと空中を飛んでいたヒヒを射貫く。
ドサッと地面に倒れたヒヒに目もくれずリディーは、枝の上から地面を眺めた。林道の途切れた先を見てから、ぐるりと周りを見ていく。
「廃道は歪曲している。エーリカ、僕の矢を目印に進め。そうすれば、廃道に戻れる」
そう言うなり、リディーは森の中へ二本の矢を放った。
木々が生い茂っていて、どこに刺さったのか分からないのに、エーリカは「分かりました」と躊躇う事なく、林道の脇から木々の中へ入っていく。
「エーリカ、矢の刺さった場所が分かるの?」
「魔力を込めた矢です。魔力感知すれば、探すなく辿り着けます」
私たちは、エーリカを先頭に草木が生い茂る森の中へ入っていった。
木々の間を通り、草や蔦を掻き分け、道無き道を進む。
先頭を行くエーリカだが、ヒラヒラの多い場違いなゴシックドレスを着ていて頻繁に枝に引っ掛かっていた。ただ、衣服が破れたり、ほつれたりは一切しない。逆に強引に進む事でバキバキと枝を壊していった。また、右手にはノコギリザメの先端みたいな魔術具を装着し、邪魔な草や枝を刈りながら進んでいる。その為、脳筋兄弟が居なくても進む事が出来た。
とはいえ、体の小さいエーリカが作る道だ。メンバーの中で一番体の大きい私にとっては、非常に進み難い道であった。
「エーリカ、本当にこっちで大丈夫? どんどん酷くなってきて、歩くのが大変なんだけど」
服が枝に引っ掛かったり、草が肌を擦れて痒くなってきたので、遠回しにもっと良い道を進もうと進言してみた。
「リディアねえさんの矢を目印に真っ直ぐ進んでいます。一本目の矢は、すぐそこですので我慢してください」
効率重視でスパルタのエーリカは、歩きやすい道を選ぶ事はなかった。
「おい、また猿の魔物が来やがったぞ。真横だ」
私の後ろを歩くエギルから報告が飛ぶ。
「わたしが仕留めます」
先頭のエーリカが立ち止まると、私たちに向かって飛び掛かってきたヒヒの魔物に向けて、魔力弾を放つ。
バンッと空中で魔力弾を食らったヒヒの魔物は、後方へ吹き飛び、地面に倒れた。
「うげっ!?」
動かなくなったヒヒの魔物の近くに赤黄色したラフレシアのような気味の悪い花が生えていた。
その花は、ニュルニュルと蔦を伸ばすと、気絶しているヒヒを掴んで、花びらの中に入れる。そして、大きな花びらがゆっくりと閉じるとモキュモキュと咀嚼し始めた。
「あれがデスフラワーだ。時間があったら蜜を取りたかったんだがな。残念だ」
私、魔物を食らった食虫植物の蜂蜜酒でお酒対決したのか……。
「もう一匹、来たぞ!」
同じように後方の木々からヒヒの魔物が木から木へ飛び移って来ていた。
再度、エーリカが腕を伸ばして魔力弾を放とうとすると、突然ヒヒの魔物が背中を押されたように吹き飛び、私たちの目の前の地面に落ちる。
何があったのかとよくよく見ると、ヒヒの背中に一本の矢が突き刺さっていた。
今もリディーは木の上にいて、私たちを援護しているみたいだ。
「ご主人さま、すぐそこに一本目の矢があります。ここから二本目の矢に向かいます」
私を引っ張るようにエーリカは方向を変え、また道無き道を進み始める。だが、その足はすぐに止まった。
「目の前に木の魔物が立ち塞がっています」
私たちの先に朽ちかけている老木があった。
私からしたらただの老木だが、エーリカが魔物と言うので木の魔物のエントで間違いないだろう。
「ここは……」
迂回しようと言う前に、フィーリンが私を退かしてエーリカの横に並んだ。
「妹のエーリカばかり頑張っているから、今度は姉であるアタシがこいつを片付けるよぉー」
根を生やしたエントは動かないから、わざわざ戦う必要はないのに……。どうして、戦いたいのかね。
そう言えば、フィーリンは武器を携帯していない。ドワーフだから斧を使っての接近戦を想像するのだが、もしかしたら魔法や魔術が得意なのかもしれない。
そう思っていると、フィーリンは右手を地面に添えると、ズブズブと地中にめり込んでいった。
「えっ、えっ、何それ? もしかして、地面の中に入っていくの?」
「まさかぁー」
ケラケラと笑うフィーリンは、地中に手首まで入れるとズボッと勢いよく引き抜いた。
その手には黒茶色したザラザラの斧が握られている。
「フィーリンねえさんは、魔力が尽きない限り、地面から土や石の斧を作り出せるんです」
目を白黒している私にエーリカが説明してくれた。
つまり、材料の石や土があれば、いつでもどこでも武器を作り出せるようだ。常に武器を携帯しない分、酒の入った皮袋を沢山携帯できる訳だ。
「まぁ、普通の武器に比べ、耐久性は無いんだけどねぇー。……えいっ!」
可愛い声を上げたフィーリンは、作り出した土の斧をエントに向けて投げると、クルクルと回転してエントの根元にガツンと突き刺さった。
「おお、綺麗に刺さったね。でも、エントには余り効果なさそうだけど、何度もぶつけるつもり?」
「旦那さま、魔力で作った斧だよ。このまま他っておくと砂塵となって崩れるけど、無理矢理魔力を開放させると……」
そう言うなりフィーリンは両手をパンと叩く。するとエントに刺さっていた土斧がドゴンと破裂した。
その衝撃でエントの根元に穴が開き、しおしおと枝を垂らし、力尽きるように倒木した。
爆発する斧……怖ぇー。
「さすがです、フィーリンさん」
「いやいやぁー、それ程でもないよぉー」
わっしょいするエギルにフィーリンは三つ編みを揺らしながらテレテレする。
そんな二人を遮るように「魔物が来ます」とエーリカの冷静な声が挟まる。
「フィーリンねえさんの攻撃で、集まってきたのでしょう」
「ええぇー、アタシの所為なのぉー!?」
倒れたエントの奥からゾロゾロと大量のゴブリンがギャアギャアと騒ぎながら駆けてくる。
さらに木々の枝を伝いながらヒヒの魔物まで現れた。
折角迂回したのに、結局これである。




