267 石板探しとドワーフ村の生活 その2
目が覚めたら見慣れない天井が目に入った。
私の胸板には見慣れたエーリカが気持ち良さそうに眠っている。
ああ、昨日からドワーフの村にいるんだった。
霧のかかった頭で思い出す。
炭鉱から戻ってから色々な場所で眠っている。
町や村の宿、クロージク男爵の館、さらに野宿と旅人になった気分である。
女子高生の時は学校と買い物以外、外に出ないインドアな生活をしていたので、あっちこっちと移動し、その都度、寝る場所が変わると疲れてしまう。
ハゲで筋肉で強面の姿になっても、それは変わらない。見た目に反して、私は繊細なのだ。
そんな事をぼんやりと考えていると、遠くの方からガンガンとおたまでフライパンを叩いたような音が聞こえ始めた。さらに「飯の時間だー」と野太い声も混ざりだす。
ドワーフの村では、鐘で時間を知らせる事はせず、人力のようである。
「朝食の時間ですね」
私の胸板で眠っていたエーリカがすくっと起き上がる。
私とエーリカは素早く身嗜みを整え廊下に出ると、リディーとマリアンネもタイミング良く部屋から出てきた。
「おはよう、調子はどう?」
「少し頭が痛い。完全に飲み過ぎだ。もうフィーリンに合わせて飲まないぞ」
「マリアンネは?」
「私は平気。沢山飲んで、サウナで汗を流して、十分に睡眠をとったから逆に元気なぐらい」
マリアンネが「回復魔法をかけようか?」と言うと、「頼む」とリディーは頭を差し出した。
頭をなでなでするように回復魔法を頭にかけるリディー。なんか「頭が良く成れ」とされているみたいで間抜けな図だった。
それにしても、回復魔法は二日酔いにも効くのだろうか?
「フィーリンは見た?」
「いや、見ていない。ドワーフたちと宴会をしていたんだろ。食堂で寝落ちしているか、自分の部屋で寝ているんじゃないのか?」
工房内には沢山の部屋がある。その内の一つにフィーリンが寝泊りしている部屋があるのだが、私たちはその部屋を知らない。わざわざ探す気も起きないのでフィーリンを起こしにいくのは止めておく。……と思っていたら、ゴーレムの残骸のある工房の長椅子で眠っているのを発見した。
未だに酒器を握り、手足を長椅子から垂らしながら気持ち良さそうに鼾をかいている。
見た目中学生の姿ではない。
さすがに無視する訳にはいかないので、エーリカとリディーが「食事の時間です」「もう朝だ。さっさと起きろ」と顔を叩いたり、無理矢理立たせてフィーリンを起こす。そして、この世の絶望を目の当たりにしたような酷い顔のフィーリンを引っ張りながら食堂に向かった。
食堂には、すでにドワーフたちが集まっておりワイワイガヤガヤと食事を始めている。
ヴェンデルとサシャが部屋の隅で食事をしているのを発見し、私たちもそちらに向かう。
席に着くなり、女性ドワーフが肉と酒樽とパン皿を持ってくる。
私、リディー、マリアンネがげんなりとした顔をする。
期待はしていなかったが、やはり料理内容は昨日と同じだ。ただ一つだけ違いがあり、拳大程の大きなゆで卵が付いていた。何の卵かは怖くて聞いていない。
「目覚めの一杯! くぅー、目が覚めるぅー!」
席に着くなりフィーリンが酒樽から酒器を突っ込み、グビグビと飲み干す。周りのドワーフも朝から大量の酒を飲んでいるので、窘める事はしない。
私、エーリカ、リディー、マリアンネは果実水を頼み、食事を始めた。
食事については特に言う事はない。
「なぁ、おっさん。今度からフィーリンの工房で料理して、そこで食べないか?」
リディーから素晴らしい提案が出た。
エーリカとマリアンネもコクコクと頷く。
私も大賛成で、ぜひ実行しよう。
「ヴェンデルとサシャは、この後、何かするか決めているの?」
デカいゆで卵の殻を剥きながらマリアンネが二人に尋ねた。
「僕たちはアーロン、アーベルの二人に訓練を見てもらう事になった。どうして、こうなったのやら……」
「ちなみに青銅等級の三人と言っていたからマリアンネも一緒だ」
「うそー!?」と青い顔になったマリアンネは、ゆで卵を食べる気が失せて、エーリカにあげてしまった。
脳筋兄弟の訓練……想像出来そうで出来ないが、無茶苦茶なのは容易に想像できる。ご愁傷さま。
「わたしたちはどうしますか、ご主人さま」
デカいゆで卵をモリモリと食べているエーリカが尋ねてきた。
「昨日の続きだね。ただ、その前にクロたちの様子を見てこよう」
「それならアタシが村の案内をするよぉー。アタシも旦那さまの馬が見たい」
「私の馬じゃないけどね」
お酒が入った事で元気になったフィーリンが酒器を掲げて、案内役を請け負ってくれた。
食事を終えた私たちは、外に出る。
ヴェンデル、サシャ、マリアンネが食堂の入口でアーロン・アーベル兄弟に捕まり、連れ去られるのを目撃する。一応、私たちも誘われたがきっぱりと断った。だって、これから『迷いの森』に散歩に行って、そこで訓練をすると言うんだもん。すでに青銅等級の三人は魂が抜けていたよ。
フィーリンの案内で村の入口に向かい、石塀を沿って歩くと広々とした馬場が見えた。
アナの家やクロージク男爵の馬場よりも広い。ただ、地面は土や砂利ばかりで草木が僅かにしか生えていない。そんな場所に数頭の馬とロバが放し飼いにされていた。
「えーと、クロとシロは……いたいた」
ヴェンデルたちの馬と一緒に楽しそうに走り回っている。
元気な姿を見るに、しっかりと餌は貰っているみたいで安心した。
「おう、おめーたちか。約束した通り、しっかりと面倒を見ているぞ」
柵の外からクロたちを眺めていたら、一人のドワーフが近づいてきた。
エーリカによれば、村の入口で門番をしていたドワーフで昨日会っているとの事。
うーむ、まったく見分けがつかん。
「この子たちの餌は、迷いの森から取っているんですか?」
「あの森は村の食糧庫だ。家畜も同じ。大量に草木が生えているんだ。使わない手はないだろ」
「それはそうですが……ただ、あそこの草、凄く動くけど餌としてあげても大丈夫なんですか?」
私たちが森に入ったら戻ってこれないように道を塞いでしまった。さらに身動きできないように蔦を絡ませてくる。悪意しか感じない。
そんな森に生えている草を食べたら、サナダムシみたいにお尻からウネウネと出たり入ったりしないだろうか?
「何を言っているんだ? どいつもこいつも美味そうに食うぞ。そこにいるロバなんか、俺が生まれた時から居て、今も元気に餌を食っている」
長寿のドワーフよりも長生きするロバって、逆に異常じゃない!
「何を心配しているか知らんが、草以外にも野菜をやっているから安心しろ。まぁ、野菜屑だがな」
クロたちを預けた時、「酒を飲ませないでね」と注意したのを気にしているのだろう。ドワーフは「俺が責任もって見てやる」とクロたちの面倒を請け負ってくれた。
「ちょっと、待て! 今、野菜屑と言ったよな?」
ドワーフとの会話に何かが引っ掛かったみたいでリディーがドワーフの前に出る。
「ああ、麦、トウモロコシ、人参、葡萄、リンゴをあげたぞ」
「野菜屑って事は、どこかで使われたんだよな? 昨日、今日と食卓には並んでいなかったけど、村長のような偉い人の食事にしか出ないのか? 客人には出さないのか?」
ああ、リディーは野菜が食べたいんだね。
ドワーフはアルコール中毒だけど、リディーは野菜中毒かもしれない。
「何を言っているんだ、このエルフは? そんなもの食卓に並ぶ訳ないだろ。出した瞬間、暴動が起きるぞ」
「野菜があるのに料理に使わないって……一体、何に使っているんだ?」
「酒の材料に決まっているだろ。麦、ジャガイモ、トウモロコシ、人参、カボチャ、葡萄、リンゴと色々と作っている。ほとんど不味いがな」
エールだけでなく、色々な食材で蒸留酒も作っているみたいだ。下手に作ると失明したり、最悪死ぬことがあるけど、大丈夫か?
「野菜を食わず、酒にするとは……」
「野菜は食うもんじゃねー。飲むもんだ」
ガックシと肩を落としたリディーは、「今後は工房で料理して食べる。決定だ」とドワーフとの会話を終わらせた。
「エルフという種族は分からん」とドワーフも私たちから立ち去る。
やはり、エルフとドワーフは理解し合えない関係のようだった.。
「ちなみにフィーリンは野菜を食べられるの?」
「アタシはヴェクトーリア製魔術人形だよぉー。何でも食べるし、野菜もしっかりと食べるよぉー」
限りなくドワーフに似せて作られたにも関わらず、魔術人形だから食べられるらしい。これ、矛盾してない?
「一番上の姉が厳しくてな。姉の躾のおかげで、フィーリンは野菜を食べられるようになったんだ」
「正確に言うと、無理矢理、お酒で流し込んでいるだけです。しっかりと食べていません。ただのごまかしです」
「妹たち、余計な事まで言わなくてもいいのぉー!」
三人姉妹が仲良く言い合いが始まる。
そんな私たちの声に気が付いたのか、クロとシロが嬉しそうに駆け足で近づいてきた。
エーリカがクロとシロにリンゴをあげると、他の馬やロバまで集まってくる。
リディーとフィーリンも集まってきた動物たちにリンゴをあげていく。
美味しそうに食べる姿を見ると、しっかりと餌やりをしているのか、心配になってきた。
クロたちの様子を見た私たちは元来た道を辿り、村の中に戻っていく。
朝食時間が過ぎ、村のあちらこちらから金属を叩く音が響き渡り、建物の屋根からモクモクと煙を出していた。鍛冶が得意なドワーフらしい村である。
フィーリンの話によれば、風吹き山からは良質な鉄鉱石が取れるそうだ。
山を削り、鉄鉱石を採掘し、村で製鉄し、鍛冶で製品にして、近隣の村や町でお金を稼いでいる。そのお金を使って、酒を購入するそうだ。
私からしたら岩と石しかない住みにくい村であるが、ドワーフからしたら森には主食になる肉が捕れるし、山からは鍛冶の材料が手に入る立地の良い村である。
種族や職業が違えば、価値観も違うのであった。
そんなドワーフたちであるが、なぜか食堂の前の広場に大量の樽を並べていた。
通路を埋め尽くすほどの樽、樽、樽。まさに樽祭り。
さらに奥には魔女が使うような大釜が火に掛けられ、お湯を作っていた。
「教会で見たぞ。エール作りだな」
「リディー、大正解。朝の日常風景だねぇー。ただ、いつもより量が異常だけど……」
沢山並んでいる樽を洗い、お湯を注ぎ、カチカチパンを砕いて入れ、蓋をして建物に運び込んでいる。
「おいそこー、しっかりと日付を書け。酒に成っていない物を飲みたいのか! ガキども、樽を転がして遊ぶな。大釜に入れて茹でるぞ!」
村長のガンドールが樽の上でドワーフたちに指示を出している。
そんな村長に「うるせー、分かっているわ!」とか、「怒鳴ってないで、お前も体を動かせ!」とドワーフたちから文句が飛んでいた。
「おーい、村長ぉー! 精が出るねぇー」
大量の樽の中を器用に進んだフィーリンが村長に声を掛ける。
フィーリンに声を掛けられた村長は嬉しそうに樽から下りると、「いやー、大変ですわー」と楽しそうに笑った。
「三人組の冒険者からしつこく言われましてね。クソ貴族の所為で、近隣の町や村から酒を購入する事が出来なくなりそうです。だから、急いで大量の酒を作っている所ですよ」
「それにしても凄い量だねぇー。圧巻だぁー」
「死活問題ですからね。ただ、これでも完成すれば二日で無くなりますがね」
ドワーフ一人で人間十人分は飲む。
この村には六十人弱のドワーフが住んでいるので、簡単計算で六百人分は用意しなければいけない事になる。もう小さな町レベルである。
こんな辺境な場所で今までそれだけの酒を用意していた事自体、よく考えたら凄い事だ。
「だから、これから連日、酒作りです。よかったら手伝いますか? 樽を作ったり、樽を固定する金具を作ったり、原料の麦を買いにいくのもありますよ」
「そうだねぇー、アタシもタダ酒を貰ってばかりだと気が引けるから、樽の材料である木を森で採ってこようかなぁー」
フィーリンの視線の先には、数人のドワーフが斧を持って「迷いの森」へ向かっている姿があった。
「森もいいですが、俺と一緒に酒を飲みながら作業の監視をするのはどうです? こいつらの働いている姿を肴に飲むのです。たまに怒鳴り散らしたりして楽しいですよ」
「それ、楽しそぉー」
おいおい。
村長の無茶苦茶な誘いを周りにいるドワーフから「ふざけんなぁー、クソ村長!」、「てめーも働け! 村長の座から下ろすぞ!」と文句が飛ぶ。
「フィーリン、僕たちには先にやる事があるだろ。目先の事ばかりに目を奪われず、先を見据えろ」
「そうだったねぇー。リディアの言う通り、書庫に行くかぁー」
そもそもの話、酒不足の原因はフィーリンにある。
ゴーレムが完成した後、接待対象のフィーリンが村から出れば、近隣の町や村での酒の買い占めがなくなる。そうなれば、クロージク男爵が発令した酒の販売禁止令はなくなり、日常に戻るのだ。
ゴーレム作りも村の為である。
残念そうに肩を落として樽を洗い始めた村長に別れを告げると、私たちは村長の家に向かった。
その道中、私はある鍛冶場に目を奪われ、足を止める。
鍛冶場の外で一人のドワーフが石壺に入っている液体をかき混ぜていた。
「ちょっと、いいですか?」
「ん? 何だ、客人?」
私が声を掛けるとドワーフは手を止めて、額に流れる汗を長い髭で拭う。
「手に持っているの泡だて器ですよね?」
ドワーフが持っているのは、丸めたワイヤーを束ねた瓢箪みたいな形の泡だて器もどきだった。
「泡立て? なんだそれ? これはただの攪拌するための道具で名前はない」
「それ、もっと小さいものはありませんか?」
泡だて器があれば、今まで作ろうとして諦めたメレンゲが作れる。メレンゲが作れれば、色々なお菓子が作れる。お菓子が作れれば、これからの生活が楽しくなる。
これはぜひ手に入れたい。
ただ、ドワーフが持っているのは非常に大きく、ケーキ屋さんが五十個ほどの卵を一気にかき混ぜる時に使うサイズで、そこまで大きな泡だて器は必要ない。
「この大きさしかないし、今あるのはこれだけだ」
「それなら新しく作れませんか? お金は払います。ぜひ必要なんです」
「うーん、金か……。面倒臭くて作りたくないし、酒が買えなくなった今、金もいらんな」
面倒臭いって……商売気のないドワーフである。
何とか作ってもらうように色々とお願いをするが、目の前のドワーフは首を横に振るだけだった。
そんな時、私の裾をクイクイとエーリカが引っ張る。
「ご主人さま、その泡だて器と言う物があれば、どうなるのでしょうか?」
「美味しいお菓子が作れるよ」
「わたしにお任せを!」
目の色を変えたエーリカは、私に代わり交渉を始めた。
エーリカが動けば、リディーも加勢に加わる。
最後に「楽しそう」という理由でフィーリンまで混じり、一人のドワーフを女性三人で畳み掛ける。
「分かった、分かった。作る、作るから黙れ。まったく、姫様にも言われたら断れねーよ」
ブツブツと文句を言うドワーフが渋々と泡だて器を作る約束をしてくれた。
数は三つ。
私用、リディー用、エーリカ用。つまり、大、中、小である。
ちなみにドワーフ製なのに凄く安い。
これには理由があり、精魂込めて一級品を作っても買い手が付かないからだ。買われないとお金が入らず、お金が入らなければ酒を買う事が出来ない。
だから手を抜いて、一般人が買える程度の物を作っているそうだ。
ダムルブールの街で知り合ったドワーフ師弟とは真逆である。住む場所が違えば、ドワーフも違うようである。
「武器や防具とかはないですか?」
「この村では武器は作らん。せいぜい狩り用の武器を自分用に作る程度だな」
それは残念。
もしかしたら、格安でドワーフの武器や防具が手に入ると思ったのに。
「そうなんですか……でも、なぜ? ドワーフと聞けば、最高級の武器を思い浮かべますが?」
「簡単な話、これも買い手がいないからだ。この辺は争いがなく、住んでいる連中は武器を必要としない。冒険者ギルドもないから冒険者も寄り付かない。せいぜい盗賊や野盗ぐらいが必要になるぐらいだが、そんな奴らに売るつもりはない。近くで戦争が起きれば、武器作りもやるが、今の所、そんな兆しもないから作らん」
『迷いの森』みたいに危ない場所はあるけど、それ以外は辺境過ぎて、逆に平和なんだね。
ドワーフ印の泡だて器は、明日には完成するらしい。
一応、最初は七日後と言っていたのを、三姉妹の説得で五日後、三日後と縮まり、最後には明日の受け取りになった。
頑張ってくれた三姉妹には、完成した泡だて器でお菓子を振る舞ってあげよう。
「俺は主に包丁を作っている。包丁なら喜んで作ってやるぞ。最高級品をな。どうだ?」
「いえ、いりません」
「ふん、そうかい。じゃあ、忙しいからあっちへ行け」
シッシッと追い出された私たちは、鍛冶場をチラチラと覗きながらのんびりと村の中を歩き、村長の家に到着した。
「昨日に引き続き、書庫で石板探しを頑張ろう」
「頑張ろぉー!」
文字の読めない私と石板を渡すだけのフィーリンが元気良く声を上げて、村長の家に入っていった。




