265 書庫へ
ゴーレムの残骸を囲っての女子会。
一人おっさんの姿をしている者がいるが、中身は女性なので間違いではない。
女性が集まれば、必然と恋愛話に進む。……っと言うか、フィーリンが私とエーリカ、リディーとの出会いを聞きたがっている。
フィーリンの願い通り、エーリカが私との思い出を語る。
いつもの眠そうな表情であるが、饒舌になっているところを見るに、とても楽しそうである。
私との出会いから始まり、これまであった出来事を詳らかに語る。
フィーリン、リディー、マリアンネの三人に私のプライベートが暴露されているようで非常に恥ずかしい。今すぐにでもエーリカの口を塞ぎたいが、喜々として語るエーリカを止める事が出来ずにいる。仕方なく、私はエーリカが満足するまで耳を塞いでいる事しか出来なかった。
続いて、リディーの番になる。
フィーリンと別れてから炭鉱での話を黙々と語る。
まったく私が出てこない事に痺れを切らしたフィーリンが「馴れ初めの話!」と急き立てる。
リディーは「馴れ初めなんかない!」と言ってから私との出会いを渋々語り始めた。
まったく恥ずかしがる出来事でもないのに、なぜかリディーは長い耳を真っ赤にさせながらポツリポツリと伝えていく。
なんか私まで恥ずかしくなってきた。
ちなみに私が炭鉱送りになり、そこでリディーと出会った話を聞いたマリアンネは、「本当に囚人になっていたんですね」と驚いていた。
はい、見た目通り、本当の犯罪者になりました。とほほ……。
マリアンネにも出番は回ってくる。
だが、女神に操を立てているマリアンネに色恋沙汰の話は皆無だった。
そこで一応、ヴェンデルとサシャの二人について聞いてみたところ、「出来の悪い弟みたいなものよ。一番しっかりしている私が引っ張っていかなければいけないんだよね」と言っていた。
ヴェンデルたちからしたらマリアンネは妹扱いらしいのだが、マリアンネからしたら逆だったみたいである。
勿論、私にも話が振られた。
ここで私の恋愛話……つまり、渋いおっさんが好きとか、BLに嵌っていたとか、そんな話をしても変な噂が再燃してしまうので止めておく。
そういう訳ではないが、今ここに居ないティアとの出会いをフィーリンに教えておいた。
こうしてフィーリンには私たちの出会いについて語る事で、私という存在を知ってもらった。
その後、夕方近くまで他愛無い話をしながら酒を交わした。
その結果、先にリディーが酔い潰れ、次にマリアンネが潰れた事で二次会は幕を閉じたのである。
たんまりあった樽の酒は空っぽ。それなのにフィーリンとエーリカは変わりなし。
もしかして、耐性があるのでなく私と同じ無毒化しているのだろうか?
それにしてもトイレぐらいは行くものだが、この二人はまったくそんな事はない。私などお腹タプタプで、何回トイレに行った事か……。
好きでもない酒を飲まされ、胸やけもするしで、魔力の循環で酔う事はないが、さすがに辛い。
「じゃあ、これから書庫に行ってゴーレムの作り方を調べよぉー」
姉妹の再会と大量の酒が入った事でテンションの上がっているフィーリンが椅子を倒しながら立ち上がる。
「えっ、今から!?」
「今なら村長も目を覚ましていると思うし、起きていなければ叩き起こそう」
先代の村長が書いた文献は村長の家の書庫にあり、中に入るには村長から鍵を貰わなければいけないらしい。
行動するなら早い方が良いのだが、今、体を動かしたら口から泡をドバドバと吐き出しそうで動きたくない。と言うか、気持ち悪い。
「その前に酔い潰れている二人を移動させた方がいいね。空き部屋とかない?」
「沢山、あるよぉー。適当に放り込んでおくかぁー。エーリカ、手伝って」
ゴーレムの残骸に添い寝するように倒れているリディーとマリアンネをフィーリンとエーリカが運んでいく。
その間、私はトイレに行って、タプタプのお腹を楽にしてきた。
口元を拭いながら部屋に戻ると、すでにフィーリンたちは外に出ており、「旦那さま、行くよぉー」とブンブンと手を振っている。元気過ぎて、おじさん、若い子のペースについていけない。
時は夕刻。
岩と石しかない無機質な村が茜色に染まり出す。
温かみが出た村の中を天高く聳える山から乾いた冷たい風が下りてくる。
風吹き山と言うだけあり、強風で小石が巻き上がり、顔に当たって結構痛い。
「時たま強く吹くんだよねぇー。アタシが来る前はもう少し穏やかな風が吹いていたらしいけど、最近になって変わったんだってぇー」
「痛い、痛い、痛い! ゆっくりと話を聞く余裕がない。風が収まるまで建物に避難しない?」
「大丈夫、大丈夫。すぐに止むよぉー」
ビシバシと小石が飛び交う中、平然と歩き出すフィーリン。仕方なく顔を庇いながら後を追う。
「エーリカ、大丈夫? 飛ばされそうなら私を壁にしていいからね」
ヒダヒダの多いゴシックドレスが風によってバッサバッサと揺れていて、小柄のエーリカが飛ばされないか心配になる。
「大丈夫です。逆にわたしがご主人さまを引っ張ってあげます」
なぜか私よりも体重が軽いエーリカの足取りはしっかりしている。その所為で、私の前に移動したエーリカに手を引かれながら歩く事になってしまった。
「アタシもぉー」となぜかフィーリンも参加する。
右手はエーリカ、左手はフィーリンが握って私を引っ張る。手伝ってくれるのは有り難いのだが、顔を覆う事が出来なくなり、小石が当たって痛い。
風吹き山の空っ風、または風吹き颪の中、情けない姿のまま酒飲み対決をした食堂まで辿り着いた。
中からトンテンカンテンと物を叩く音が聞こえる。
扉を空けると、どんよりと肩を落としたドワーフたちがトンカチで机や椅子を直していた。
彼らは、酔い潰れた罰で後片付けをしている最中である。
「ほらほら、あんたたち。さっさと直さないと夕飯が間に合わないよー」
食事の支度をしている女性ドワーフたちから急かされて、余計に情けない顔をする。
そんな中、青い顔をしたヴェンデルとサシャの姿もあった。彼らは肉やパンで汚れた床を掃除している。
双子の脳筋兄弟は、奥の方でデカい樽を数人のドワーフと組み立てていた。この二人だけは落ち込んでおらず、馬鹿笑いをしている。楽しそうで何よりだ。
「えーと、村長は何処かなぁー。村長……村長……同じ顔ばかりで分からないなぁー。あっ、いた」
フィーリンはドワーフたちの中から机の足を直している村長を見つけた。うんうん、村長自ら、後片付けをしていて感心する。
正気のない表情の村長は、「おーい、そんちょー!」とフィーリンに声を掛けられると、正気を取り戻したかのように振り返る。ガタンと直していた机が倒れるのを気にする事なく、村長は嬉しそうに駆けつけてきた。
「姫さま、夕飯は少し遅れそうです。その間、ゆっくりと酒でも飲みながら話でもしましょう」
「それは良いねぇー」
「違うでしょう!」
フィーリンが同意するので、急いで止める。
「そう言わず、俺の秘蔵の酒を用意するから、姫さまの妹さんも人間の客人も気にせず付き合いたまえ」
村長のガンドールが諦めずに誘うと、「ズルいぞ、村長!」「しっかりと片付けろ!」と他のドワーフから文句が飛び交う。
「いやぁー、お誘いは嬉しいんだけど、やる事が出来ちゃってぇー」
「おや、やる事ですか?」
「本格的にゴーレムを直そうと思っているんだぁー」
「そうですか……」
ガンドールが真面目な顔になる。
「それで書庫に入りたいから鍵を貸してくれるかなぁー」
ガンドールの表情など気にする事なくフィーリンは右手を突き出す。
ガンドールは無言でフィーリンの右手を見詰める。
ゴーレムが完成したらフィーリンが村から出て行ってしまう。ドワーフからしたらフィーリンに出て行ってほしくない。だが、面と向かって拒否したり、ゴーレム作りを邪魔したりすれば、フィーリンの印象は悪くなる。
フィーリンには協力したいが、ゴーレムは完成して欲しくない。そんな葛藤をしているのだろう。
「……分かりました」
許可を出したガンドールは無骨な人差し指をフィーリンの手の平に触れる。小声で何やら呟くとガンドールの指先が光り出す。そして、指先を動かしてフィーリンの手に何やら文字らしきものを書いていった。
「これで入れます」
「うん、ありがとねぇー」
やる事をやった村長は、とぼとぼと元の場所へ戻っていった。
「えーと、鍵は?」
「ちゃんと貰えたよぉー、ほらほら」
嬉しそうにフィーリンが手の平を見せる。ドワーフの手と違い、見た目通りの可愛い手の平が見えるだけだった。
「ご主人さま、鍵と言っても通常の扉を開ける鍵ではありません。予測ですが、書庫は結界が張ってあり、それを解除する鍵なのでしょう」
「エーリカ、大正解!」
盗難や紛失の危険のない魔力の鍵。
村長自ら、貸し出さないと入れない書庫。
相当、重要な書物が保管されているのだろう。
鍵を手に入れた私たちは元来た道を戻る。
すでに風は止み、殺風景な村が薄暗くなりつつあった。
村長の家は、風吹き山を背にした場所にあり、絶壁の壁を削り、山と同化している家だった。
そんな村長の家の扉をフィーリンはノックする事なく開けて入る。
中に入ると、山の中とは思えないほどの広さがあった。
床や壁や天井は綺麗に磨かれており、石を削って模様が描かれている。
ドワーフは、鍛冶だけでなく石工技術も凄いらしい。
そして、何より山の中なのに家の中は明るかった。
石が淡く光りを帯びており、炭鉱と違い、息苦しさはまったくない。
「星の光を浴びせて作った星光石を使っているんだよぉー」
呆気に取られている私にフィーリンが教えてくれた。
加工した石に特殊な液体を塗り、三つある月の光を浴びせて作った非常に手間の掛かる贅沢な石を使っているらしい。
他の村人の家は蝋燭を使うが、村長ともなれば、手間の掛かる石を贅沢に使えるようだ。
今いる所は玄関ホールらしく、そこから左右正面と廊下が続いている。
その正面の廊下からドカドカと音を上げながら複数の足音が近づいてきた。
「ひめさまー!」
「フィーリンひめさまが来たー!」
「遊んで、遊んで!」
何とも形容し難い三人のドワーフが駆けてくる。
普通のドワーフよりも背は低く、無骨な顔の中に幼さが見える。
三人の内二人は無精髭が生えており、中途半端にむさ苦しい。
残りの一人は髭は生えておらず、若干丸みがある。
たぶんだがドワーフの子供だろう。
男の子二人に女の子一人。
まったくフィーリンには似ておらず、如何にもドワーフの子供って感じ。
正直に言うと、まったく可愛くない。
そうなるとフィーリンは、まったくドワーフに似ていない。
それなのにドワーフたちからは同族扱いされて好まれている。
外見でなく、中身や雰囲気を見ているのだろうか?
「ごめんねぇー。これから書庫に行って、調べものをしなければいけないんだぁー」
フィーリンは、子供たちの視線に合わせるように中腰になって遊びの誘いを断る。
「もし良かったら、君たちも手伝ってくれるかなぁー? 文字、読めるよねぇー」
「いやー」
「文字なんか読みたくないー」
「勉強、やだー。穴を掘っていた方が好きー」
三人の子供たちは逃げるように元来た廊下を戻っていった。
「あららぁー、断られてしまった」
「まいった、まいった」と子供たちの反応が楽しかったのか、ニコニコ顔のフィーリンは子供たちが去っていった廊下を見つめる。
「相変わらず、子供が好きですね」
「うん、小さい子は可愛いから好き。だから、エーリカとティアねぇーの事、可愛いから好きぃー」
フィーリンは嬉しそうにエーリカの頭をなでなでする。
ちなみに背の高いリディーはどうなのだろう? とは聞かないでおこう。
「子供扱いしないでください」
フィーリンの手を払いのけたエーリカは、「それよりも早く書庫へ行きましょう」と催促する。
勝手知ったる何とやら、フィーリンは家の者に声を掛ける事なく左側の廊下を進み始める。
綺麗に磨かれている廊下とはいえ、床も壁も天井も石造り。まるで地下トンネルである。
ちなみにドワーフの住処なので天井は低い。だから、背の高い私は腰に負担を掛けながら進んでいる。
右へ左へと曲がり、しばらくすると地下に続く階段に辿り着く。
フィーリンを先頭に階段を下りていくと重厚な扉が道を塞いでいた。
「ここが村長の家の書庫だよ」
「まったくゴーレム作りが進んでいないと言っていたけど、フィーリンは何回ぐらい書庫に入ったの?」
「うーん……二回かな?」
「それだけ?」
「いやぁー、さっきの子たちじゃないけど、アタシも文字を読むのは苦手なんだよねぇー。お酒を飲んでいた方が好き」
さっきの子供ドワーフと変わらん。
「本当、エーリカがここに居てくれて良かった良かった。じゃあ、扉を開けるねぇー」
そう言うなりフィーリンは扉に手を付ける。そして、ブツブツと何やら呟くと手の平が光り出し、薄っすらと魔法陣が浮かび上がる。
ガチコンと凄い音がすると魔法陣は消え、扉が少しだけ開いた。
「文字を読むのが苦手って言ったけど、それだけが理由じゃないんだよねぇー。これを見てくれる」
フィーリンが重厚な扉を軽々しく開けると、私は目を見開いて絶句する。
書庫の中は、尋常ではない量の石板で埋め尽くされていた。
ここは書庫でなく、石材の倉庫かな?
この中からゴーレムの作り方が書かれた石板を探さなければいけないのか……。
「こんな状態だから、諦めかけていたんだよねぇー」
「たははぁ、まいった、まいった」とフィーリンは力無く笑うのであった。




