264 フィーリンの事情 その2
ドワーフから借りているフィーリンの工房内。
私たちは、床に置かれている石の塊を肴にお酒を飲んでいる。とは言っても、飲んでいるのはエーリカ、マリアンネ、フィーリンの三人。私とリディーは辞退した。だって美味しくないんだもん。
フィーリン曰く、床に置かれている石の塊はゴーレムの成れの果てらしい。
そうやって見ると人の形に見える。
頭部があり、胴体があり、手があり、足がある。ただ、首はなく、手が長く、足が短いので人間としては歪な姿であった。
全長三メートルほどで、某有名ゲームに出てくるエトワール凱旋門みたいな形でなく、全体的に丸みがあり、汚く溶けたマシュマロマンみたいな感じだ。
そもそも、なぜに人の形をしているのだろうか?
二足歩行なんて凄く不安定で、すぐに転びそうなのにゴーレムのイメージは人型だ。
鳥や昆虫や獣の姿が便利な気がするのは私の思い込みか? などと考えていたら、ゴーレムの由来は土人形なのを思い出した。人を模した人形。エーリカたちに通じるものを感じる。
ただエーリカたちと違い、ゴーレムはただの物。自立して動くが、自ら思考し、判断し、自由気ままに動く事はない。誰かに命令され、それを忠実に守るロボっトである。
まぁ、ここは異世界なので、私の知っているゴーレムと違うかもしれないが……。
そんなゴーレムの残骸だが、胴体に大きな穴が開いている。
フィーリンが「アタシが壊しちゃったんだよねー」と言っているので、この穴はフィーリンが開けたのだろう。
「それで、このゴーレムは何なの? 壊したって言うから、その辺でウロウロしていたゴーレムって訳じゃないよね。それなら倒したって言うし……」
「旦那さま、ゴーレムは命令を出す管理者がいなければ動かないから、野良のゴーレムはいないよぉー」
「どうせドワーフの村を守っていたゴーレムだろ。それをフィーリンが壊して、弁償しろって言われているんだろ」
「リディア、大正解」
「さすがアタシの事を分かっているねぇー」とフィーリンは嬉しそうにエールを飲む。長年、二人で雪山で過ごしていたこともあり、リディーはフィーリンの事を良く知っている。
「森から抜け出した後、アタシと双子のにぃーちゃんの三人で山に向けて歩いていたら、このゴーレムが立っていたんだよねぇー」
「村の入口に立っていたって事? 門番だと思わなかったの?」
私たちが行った時は二人のドワーフが門番をしていた。たぶん、ゴーレムが壊れたから代わりに立たされていたのだろう。
「あの時はゴーレムの先に村があるとは知らなかったんだよねぇー。だから、戦闘になった」
「戦闘って……警告されなかったのか? 入り口を守っているとはいえ、近づくものを無差別に攻撃はしないだろ」
「いやぁー、リディアの言い分は尤もだねぇー。確かに何かを言おうとしていた。でも、双子のにぃーちゃんが話を聞く前に突進しちゃったんだよぉー。困ったものだねぇー」
その光景、鮮明に想像できる。
まずは殴って状況を確認する二人だ。
本当に困った脳筋兄弟である。
「三人でゴーレムをボコスカと殴っていたら、ドワーフたちが来て急いでゴーレムに命令して、動きを止めたんだよぉー」
「うん? どうして、動きを止めたにも関わらず、ゴーレムは破壊されているの? 命令が届かず、暴走でもしたの?」
「旦那さま、不正解」
「フィーリンの事だ。動きを止めた後にも攻撃して壊したんだろ」
「リディア、またまた正解。動きを止めて、隙が出来たから攻撃したんだよねぇー。斧でボコッて。そしたら核を破壊しちゃったらしく、穴が開いて動かなくなっちゃったぁー」
えっ、何で攻撃したの?
止めを刺すまでが戦闘なの?
怖い……。
「ゴーレムと戦闘したのは分かった。でも、それで何でフィーリンがドワーフ村に滞在する羽目になったんだ?」
「このゴーレム、凄く貴重な物らしいのよぉー。何でも先代の村長が、ダンジョンで壊れたゴーレムを拾ってきたらしくて、その後、貴重な素材を使って、直したんだってぇー。それ以来、数百年間、ドワーフの村を守ってきた大事なゴーレムらしいよぉー」
「戦闘になって壊れたんだろ。村を守るという命令を守れなかったゴーレムの責任でフィーリンの所為じゃない。まぁ、警告も聞かずに攻撃した兄弟と動きを止めた後にも攻撃したフィーリンにもある程度は責任があるだろう。だが、命懸けの戦いを途中で止めるのは危険だし、そもそも村の存在を知らなかったんだ。わざわざフィーリンが責任を感じて、修復する義理はない」
うーん……どうなんだろう?
村を守る為に門番をしていたゴーレム。
そうとは知らずに戦闘をして、途中で動きを止めた後も攻撃して破壊してしまったフィーリンたち。
ここに保険屋がいれば、五分五分に持っていってくれて丸く収まったかもしれない。
だが……。
「いやぁー、その後のドワーフたちの顔色といったら見るに堪えない状態でねぇー。ドワーフからしたら生まれる前からいた大事なゴーレムが壊れちゃったんだから、自分の葬式に参加しているみたいに魂が抜けていたねぇー」
「いやぁー、悪い事をした」とフィーリンは笑いながらお酒を飲む。まったく、反省をしていない反省である。
「私たちは私たちで疲れと空腹で泊めて貰いたかったから、つい直すか新調すると約束しちゃったんだよねぇー。今思えば、軽率だったなぁー」
「戦闘してすぐの約束だろ。ドワーフにとって酒が入っていない約束なんか何の効力もない。そんなの無視だ、無視」
「いやぁー、それが酒飲み対決の時に約束しちゃってねぇー。破る訳にはいかないんだぁー、これが」
頭が混乱する。
普通、酔っている時の約束など信用に値しないのだが、ドワーフは逆で、お酒が入っている時の約束は絶対に守らなければいけないようだ。もし破ったら一族総出で追い掛けられ、酷い罰を受けるらしい。
それについては、ドワーフに似せて作られた自動人形のフィーリンにも当てはまり、何が何でもやり遂げなければいけない約束になっている。
そんな話を聞いたリディーは、頭を抱えて「まったく……いつも言っているように、もっと考えて口を開け」と恨み辛みを零す。
「そう言う訳で、ここに置いてあるゴーレムを修復するか、または同等以上のゴーレムを用意しなければいけないんだよねぇー」
「それなら問題ありません」
今までチビチビとエールを飲みながら傍観していたエーリカが口を開いた。
「エーリカ、何か解決策でもあるのか?」
「解決策もなにも、そのゴーレムをさっさと直せば済むだけの話です」
まぁ、そうだよね。
直れば、全て解決。
特に難しい話ではない。
「フィーリンねえさん、進捗状況はどんな感じなのですか?」
「見ての通り、さっぱり進んでいないよぉー」
自信満々に答えるフィーリンにみんなで溜め息を零す。
「ゴーレムなんて直した事も作った事もない。どうすればいいのか、さっぱりだよぉー」
「それでよく直すと約束したな」
リディーが睨むとフィーリンは「まったくだぁー」とグビグビとエールを飲む。
「エーリカはどう? ゴーレムに関わった事はある?」
私が聞くと、エーリカは眠そうな顔で「いいえ」ときっぱりと答えた。
「リディーはどう?」
「まさか」
「マリアンネは?」
「見るのも初めてです」
無論、私もない。
「訂正します。問題ありです。もうフィーリンねえさんの事は諦めて帰りましょう」
「エーリカの言う通り、無事の姿を確認できたし、フィーリンはこの村で楽しく暮らしていくさ」
「ちょっと、二人ともぉー。冷たすぎないかなぁー。アタシも連れて行ってよぉー」
帰り支度を始めるエーリカとリディーをフィーリンが引き留める。
フィーリン自身、ずっとドワーフの村に滞在する気はないみたいだ。
「みんな、そう落胆しない。希望はあるんだよぉー、希望が!」
諦めムードだった私たちに気を取り直したフィーリンが元気良く酒器を掲げる。
「さっきも言った通り、先代の村長がこのゴーレムを直したの。その時の文献が残っているんだよねぇー。それを参考にすれば直すなり、一から作る事も可能だと思うんだよぉー」
「それを早く言ってください。さっさと読んで、完成させましょう」
「そのつもりなんだけどねぇー。なぜかドワーフたちがアタシの事を気にいって、毎日のようにお酒を持ってきてくれるんだよぉー」
ここでドワーフたちが村や町で酒を買い漁っている話に繋がるのか。
「どこそこの村で作られたエールだ、どこそこ産のワインだ、俺たちが作った酒だ、と毎日飲ませてくれるから、文献を読む事もゴーレムに触る事も出来ないぐらい暇がないんだよぉー。嬉しいやら、悲しいやら……いや、嬉しいねぇー」
「嬉しがっている場合か!」
リディーのツッコミにフィーリンが「たははぁー」と笑う。
「安心してください、フィーリンねえさん。今後、お酒の量は減るか、または飲めなくなります」
「ええぇー、どういう事!?」
驚くフィーリンにドワーフたちが近隣の町や村で酒を買い漁っている事を伝える。そして、影響が出始めたのでクロージク男爵が販売禁止の命が下りた事を伝えた。
「そういう事で、村のお酒が無くなり次第、飲めなくなります。ゆっくりとゴーレム作りが出来ます」
「そんな悲しいぃー」
「悲しんでいる場合か!」
よよよっと悲しそうに酒樽に凭れかかるフィーリンにリディーが再度ツッコむ。良いコンビである。
フィーリンの話を聞いて、一連の流れが分かった。
村を守るゴーレムを壊した事でフィーリンは村に滞在して、ゴーレムを直す、または新しく作る約束をした。
一方、フィーリンを気にいったドワーフたちは、村を気にいってもらう為に、お酒を使って過剰な接待を行う。その所為でゴーレム作りは停滞する。
ただ、浴びる様に飲み続けるドワーフの接待は長く持たず、村にある酒の貯蔵が少なくなり、近隣の町や村に行って買い漁っていた次第である。
うーむ……しょうもない。
「えーと……つまり、フィーリンちゃんがゴーレムを直して、村から出て行けば、お酒の問題は解決で良いのかな?」
お酒を買い漁る問題でドワーフ村に来たマリアンネは、首を傾げながら尋ねた。
「それで問題ないだろう。村長や息子から求婚されているらしいが、そんなものは無視すればいい話だし、ドワーフの接待も酒の在庫が無くなっていくので問題なし」
「問題、大ありだよぉー。毎日、休みなく酒を飲ませてくれていたんだよぉー。それが無くなるなんてぇー、アタシ、これからどうやって生きていくのぉー」
「お前は、村から出たいのか、それとも村に居たいのか、どっちなんだ!?」
リディーが怒鳴ると、「分からないぃー」とフィーリンが酒の入っている樽にしがみ付いて泣き出した。
中学生みたいな姿のフィーリンが酒に溺れているのを見ると、見てはいけないものを見ている気分になる。もう、アル中少女である。
「フィーリンの事は他っておいて、さっさとゴーレム作りを……」
リディーが腰を上げると、「それよりも」とフィーリンが元気良く立ち上がる。
喜怒哀楽が激しくて、ついていけない。
「アタシの話は終わったし、次はみんなの番だよぉー」
そう言うなり、エールの入った樽をゴーレムの胴体に開いている穴にスポッと嵌めた。そして、私とリディーにも酒器を持たせ、どこからか持ってきた干し肉の塊をゴーレムの残骸に置いた。
「まずはエーリカとリディーの話。旦那さまとの馴れ初めについて聞きたいなぁー」
「馴れ初めって、馬鹿! そんな事をしている場合じゃないだろ!」
真っ赤な顔になるリディーにフィーリンは「照れない、照れない」と酒を注いでいく。
リディーと違い、エーリカはいつもの眠そうな顔をしながら、楽しそうに私との出会いを語り始める。
これを切っ掛けに二次会が始まったのであった。




