262 ドワーフの宴会
興奮したドワーフたちが「うおおぉぉーー!」と叫びながら、私の近くに集まりだす。
「レギン隊長を倒すとは思わなかったぞ。すげー人間だな」
「三杯も飲んで、どうして平気な面しているんだ? もしかして、胃袋がないんじゃないのか?」
「お前、本当に人間か? 魔物みたいな面しているから本当は魔物だろ」
「いや、こいつは俺の行き別れの弟に違いねー。そうだろ、弟よ」
「お前、二杯しか飲めねーだろ! 弟の訳、あるか!」
「髪も髭もねー。背も高い。ドワーフじゃねーよ。人間でもねーがな」
「じゃあ、やっぱりオークだ」
「違いねー、がっはっはっ!」
近くにきたドワーフたちは、隣に座っていたエーリカとリディーを退かすと、私の肩や背中をバシバシと叩きながら楽しそうに話し始める。
酷い事を言われているが、口が悪いだけで悪意がないのは雰囲気で分かる。
どうやら、私はドワーフたちに気に入られたようだ。
ただ一斉に話し掛けられるので、一人一人に対応できず、ただ笑って済ましている。……っていうか、バシバシと叩かないでくれる? 挨拶のつもりなのだが、凄く痛い。
それよりも村の守備隊長のレギンが机に倒れたままで、誰も介抱しないんだけど……ヤバそうな鼾をかいているけど大丈夫なのか?
「良し、次は俺が勝負してやる」
「お前じゃ駄目だ。俺がやる。酒、持ってこい」
「いいや、俺がやる! 女房が見ているんだ。絶対に勝ってやる」
「あたしよりも弱いくせして、何言っているのよ。酒飲み対決は、女性代表であたしが出るわよ」
「なら、あたしもやるわー。男どもに負けないよ」
「なにおう!」
なぜか「俺も」「わたしも」と全員で酒飲み対決の流れになっていく。
身の危険を感じ始めた私は、素直に「もう飲めません」と言うと、「なら食べるぞ!」と訳の分からない流れになった。
「新しい客人だ! 歓迎の準備するぞ! 全ての竈に火を点せ!」
「森で豚を仕留めてくるぞ。若いの付いて来い!」
「ついでに鳥の魔物も狩ってきて」
「作り掛けの酒を開けろ。もう飲めるはずだ」
「村長の蔵に火酒が隠してあっただろ。忍び込んでこい!」
狩りに向かう者、他の村人を呼びに行く者、厨房で料理を始める者、壁の端に置かれている樽を開ける者、と食堂に集まっていたドワーフたちが散っていく。
無論、酔い潰れているレギンはほったらかし。
客として認めてくれた私もほったらかし。
残された私たちは、お互いに顔を見合わせる。
「なぁ、森の豚って言ってなかったか? もしかして……」
「さすがにドワーフでもピッグオーガは食わんだろ」
「酒がないっていうのに、既に飲み始めているけど……」
「あればあるだけ飲む種族です。貯蔵するって事を知らないのです」
「僕たち、さっさと帰った方が良くないか?」
「折角、命を掛けてこの状況を持ってきたんだ。さすがにこのまま帰るのも……」
仕方なく私たちは、宴会が始まるまで大人しく待つ事にした
………………
…………
……
「新しい客人に酒を! 我々に酒を! ついでに女神にも酒を!」
ドワーフにしては頭一つ分背が高く、岩のように屈強な体躯をしているドワーフが宴の挨拶を告げる。
このドワーフがこの村の村長でガンドールと言う。
ガンドールは、最年長というだけあり、誰よりも髭が長く、床に腰を落とせば、地面に髭が付いてしまう。
ガンドールの横には、村長の息子のエギルと言うドワーフが控えていた。
通常のドワーフは、筋骨逞しい姿をしている。ただ、エギルは筋肉の代わりに脂肪が付いており、でっぷりとお腹が出ていた。村長の息子だから甘やかされて育ったのだろう。まぁ、太っているだけで、顔立ちはドワーフ面なので、大した違いはない。
「新しい出会いに飲んで、食って、騒げ、てめーらー!」
「うおおぉぉーー!」
ガンドールの挨拶が終わると、昼間から宴会が始まった。
狩ってきた豚は、ピッグオーガでなく猪サイズの野ブタで、適当に斧でぶった切り、鉄をも溶かしそうな竈で豪快に焼いてある。ついでに猪サイズの鳥も同様。
そんな焼け過ぎの肉が各机の上にどっさりと乗せられている。
お酒も机事に大きな樽が置かれ、水を汲むように樽から酒器を突っ込んでいく。
ちなみに野菜や果物はなし。水も果実水もなし。つまり、肉とエールだけである。
ドワーフたちは、肉の塊を手で掴むと汚れなど気にせず、豪快にかぶりつく。そして、グビグビとエールで流し込む。口元と髭が食べカスと酒の泡で汚れても気にしない。豪快に食べて、豪快に飲んで、豪快に笑って、宴会を楽しんでいた。
ちなみに守備隊長のレギンは、今も机の上で爆睡中。誰も起こしてあげない。鼻に洗濯バサミをつけて、タバスコなどを混ぜたお目覚めドリンクを飲ませて起こした方が良くないかな?
主役である私たちは、ドワーフの勢いに負けて、食堂の隅の机で大人しくしている。特にドワーフから持て成されたり、酒を注がれたり、話を聞きに来る事はなかった。どうも、私たちを出しにして宴会をしたかったみたいである。
「ほらほら、主役様。沢山あるから遠慮なく食べな」
委縮している私たちの元に髭の生えていない若干丸っこい顔をした女性のドワーフたちが、皿代わりのパンを目の前に置いていく。
「仲間の方も食べて、飲んで、楽しんでおくれ。特に細っこいあんたたち、しっかりと食べないと大きく成れないよ」
頼んでもいないのに、エーリカ、リディー、マリアンネのパンの上に焼き過ぎの肉を豪快に乗せていった。
私の仲間という事で、エルフのリディーも客扱いしてくれる。ドワーフとエルフは仲が悪いと思い込んでいたが、ただの偏見だったみたいだ。
まぁ、大量に肉を乗せられたリディーとマリアンネは、げんなりした顔をしているので、ありがた迷惑になっていた.。
このまま呆気に取られていても勿体ないので、私も食べる事にする。
豚肉なのか鶏肉なのか分からない肉の塊をフォークで刺してかぶりつく。
うん、食べられる。
苦味がないので、魔物ではなく普通の野生の豚と鳥のようだ。
独特の臭みも、焼き過ぎのおかげでまったく気にならない。ただ如何せん、味付けがまったくしていない。最低限の塩胡椒もなし。肉を焼いただけ。これがドワーフ料理か……。
私はエーリカから塩と胡椒を取り出してもらい、肉にパラパラと掛けて食べ続ける。そして、エールでなく皮袋の水で流し込む。
「エーリカはどう? 美味しい?」
「ご主人さまの料理に比べたら、ゲロ以下の味です」
「ゲロって……」
「勿論、例えです。ゲロは食べた事ありません。ただ、彼らの様子を見れば、こんなものでしょう。ベアボアスープと違い、食べれなくはないので食べます」
そう言うとエーリカは、パクパクと山盛りの肉を消費しては、エールで流し込んでいく。
「リディーはどう?」
「僕に聞く? 肉よりも野菜や果物が好きなのに、肉しかないってどうよ?」
「たまたま今出ているのが肉だけで、普段は野菜や果物も食べているんじゃない?」
「そうかー? まったくそんな感じしないぞ。ちょうど良い機会だからおっさんがドワーフ共に料理を教えたらどうだ?」
「……勘弁して下さい」
異世界に来てから色々な人に料理を教えてきたけど、肉と酒しか食べていなさそうなドワーフに他の料理を教えても理解してくれそうにない。苦労が実る気配がないので、教える気は起きない。
ヴェンデルたちはどうかな? と見ると、青銅等級冒険者の三人は楽しそうにしていた。
「酒だ。沢山の酒があるぞ」
「久しぶりにお腹一杯飲めるわね」
「嬉しいのは分かるが、後で村長の元へ行って、話を聞くんだから酔っぱらうなよ」
肉料理よりも酒があるのが嬉しいみたいだ。
ただ……。
「この酒、変な味がするな」
「一杯だけで胸やけしてきた」
「完成していないエールの樽を開けたみたいだな」
テンションが上がっていた三人の肩はガックシと下がり、渋々肉を食べ始める。エールの出来はいまいちだが、肉料理は満足そうに食べていた。私たちの舌が変であって、異世界人の平民にとっては、ただ焼いた肉でも美味しく食べられるみたいである。
ドワーフたちの喧騒を聞きながら食事をしていると、食堂の入り口から見知った二人が入ってきた。
「今日は遅い帰りだな」
「ああ、少し体を洗ってきた」
「その割には汚れているぞ」
「帰りに魔物に襲われて、また汚れちまった。ほれ、差し入れだ」
「わっはっはっ」と笑う双子のアーロンとアーベルは、尻尾が魚になっている馬をドカッと床に置いた。無事に帰って来れたみたいである。
「こんな時間に宴とはどうした?」
「お前らの時と同じ、新しい客を迎えている最中だ」
アーロン、アーベル兄弟と目が合うと、「あいつらか」と嬉しそうに近づいてくる。
気が付いたマリアンネは、肉を食べるのを止めて急いで立ち上がった。
「そろそろ村長の元に行こうか」
そう言うなり、ヴェンデルとサシャを引っ張るように行ってしまう。マリアンネは双子と関わりたくないみたいだ。まぁ、私もだけど……。
そんなマリアンネたちだが、「細けー話は後だ。今は飲め、飲め!」と村長のガンドールと数人のドワーフに囲まれてエールを飲まされていた。
「無事に辿り着いたようだな」
「俺たちの案内のおかげだな」
青銅等級冒険者の三人が座っていた席にアーロンとアーベルがドカッと座る。そして、目の前の肉を掴むと豪快にかぶりつき、ヴェンデルたちの飲みかけのエールで流し込んだ。
この二人、完全にドワーフに染まっているな。
「しばらく待っていたのですが、なかなか帰ってこなくて、先に行かせてもらいました」
二人を無視して先にドワーフの村に行った事を怒っているかもしれないので、早めに謝っておく。
「良いって事よ。俺たちも別れた場所に戻れなかったしな」
「迷っていたんですか?」
「いや、魔物と戦っていたら、場所が分からなくなっただけだ」
それを迷子と言うのではなかろうか?
「沼に着く頃にはそれなりに時間が経っちまった」
「着いたら着いたで、数体のケルピーに襲われてよー。結局、ケルピーの血で染まった水で体を洗う羽目になっちまったぜ」
「意味ねー」とアーロンたちは豪快に笑う。笑い方もドワーフそっくりだ。ドワーフと一緒に生活すると似てくるのだろうか? 元からかもしれないが……。
「ドワーフどもが認めたって事は、酒飲みで勝ったって事だろ? やけに速いが、お前たちはどのくらいの酒を飲んで、ドワーフたちを負かしたんだ?」
「えーと……三杯目で相手が倒れたので、私が勝ちました」
「三杯目? それだけか?」
「俺たちの時は、三日掛かったぞ。俺と兄貴は飯食ったら、すぐに眠ったがな。代わりにお嬢が三日間飲み続けて、ドワーフどもに認められたんだ」
どうも話が噛み合わっていない。
「ご主人さま、彼らが来た時は、まだお酒の貯蔵が沢山あった時です。今回は、お酒がないので、デスフラワーの蜂蜜酒で勝負したのです」
エーリカの指摘で私たちは納得した。
「お前たち、あの酒で勝負したのか? やるじゃねーか」
「俺たちも飲ませてもらったが、俺と兄貴は一杯が限界だった。お嬢は四杯も飲み干して、ドワーフどもを黙らせていたな」
「あんな不味い酒はもう飲みたくねー」と二人は当時の事を思い出して笑っている。一杯でダウンとは、この二人も人の子だったんだね。
それにしても、四杯も飲み干したフィーリンは化け物か? まぁ、エーリカみたいに耐性があるなら可能かもしれない。
「それでお嬢には会えたのか?」
「いえ、まだです。お酒の対決をして、すぐに宴会が始まりましたから」
「まぁ、今の時間、お嬢は寝ているだろ。会いに行っても起きないだろうな」
ガツガツと食べる双子と会話をしていると、入り口付近で怒鳴り声が聞こえた。
「俺の酒が飲めねーのか!」
「飲んでるじゃねーか!」
「なら、もっと飲めよー!」
「飲んでるじゃねーか!」
と訳の分からない言い合いを始めると、二人のドワーフが取っ組み合いの喧嘩を始めた。
それを見た他のドワーフが囲み出し、やんややんやと激励を飛ばし、楽しそうに観戦し始める。
炭鉱の時も同じで、ドワーフも他人の喧嘩は楽しいみたいだ。
それを合図に別の場所でも喧嘩が始まった。
「お前の酒の方が美味そうじゃねーか!」
「同じ樽の酒だ、馬鹿!」
「馬鹿とは何だ、馬鹿!」
「俺の酒を奪うな、馬鹿!」
と訳の分からない理由で取っ組み合いの喧嘩が始まる。
それだけでなく、肩がぶつかったとか、別の相手の応援をしたとかで、観客連中からも喧嘩が始まり、食堂が酷い有様になってしまった。
机は倒れ、肉やパンは空を飛び、ドワーフがゴロゴロと転がっていく。
ただ、お酒の入った樽だけはすぐに安全な場所に移動されているあたり、酒好きのドワーフらしかった。
「お前ら、面白い事しているじゃねーか!」
「俺たちも混ぜろー!」
楽しそうにアーロンとアーベルがドワーフの元へ駆け出す。
兄のアーロンは、喧嘩に参加した村長とぶつかると、壁や机を破壊しながら取っ組み合いを始めた。近くにいたドワーフが楽しそうにヤジを飛ばすが、村長の息子だけ樽の隅に隠れてしまった。
弟のアーベルは、密集しているドワーフの塊に突撃し、ボウリングのようにドワーフを吹き飛ばした。その後、数人のドワーフがアーベルの体にしがみ付き動きを封じる。だが、アーベルに無理矢理剥がされると、ポンポンと投げ飛ばされ、床や机に叩き付けられていた。
「無茶苦茶だな」
「食べ物を粗末にするのは如何なものかと苦言します」
「巻き込まれないように離れ……ひっ!?」
私たちが壁の隅まで机を移動させていたら、
一人のドワーフが飛んできて机の上に倒れた。その所為で、山盛りの肉が床に散らばり、私の服を肉汁で汚された。
「あんたらも参加したらどうだい? ドワーフにとって宴会中の喧嘩は楽しみの一つさ」
髭の生えていない女性ドワーフが机の上で気絶しているドワーフを無造作に床に落とすと、新しい肉とエールを机に置いていった。
喧嘩が楽しみの一つって、ドワーフは火事と喧嘩は江戸の華と言う江戸っ子かもしれない。
戦々恐々としている私とリディー、特に気にせず食事を食べ続けるエーリカ。
そんな私たちは巻き込まれないように壁の染みと化していると、喧嘩はすぐに収まった。
今では殴り合っていた者同士、肩を組んで、下手な歌を歌いながら酒を交わしている。
アーロン、アーベル兄弟も村長と一緒に肩を組んでは、酒器をぶつけるとガブガブとお酒を飲みほしていた。
喧嘩が収まったのは良いのだが、次から次へと展開するので、まったく頭が追いつかない。
ドワーフとは、一生理解しあえる自信がないな。
その後、なぜかデスフラワーの蜂蜜酒を使った酒飲み対決が始まった。
まず村長とヴェンデル、サシャが対決した。だが、ヴェンデルとサシャは一杯目を飲んで倒れてしまい、マリアンネに介抱されている。
続いて、村長とアーロン、アーベル兄弟が対決した。アーロン、アーベル兄弟は二杯目を口にした瞬間に倒れてしまった。同じく、村長も倒れた。
他のドワーフも入れ替わり立ち代わりに対決しては、バタバタと床に倒れていく。
デスフラワーの蜂蜜酒は、『ドワーフ殺し』と名を付けるべきだろう。
なぜかエーリカも参戦し、二人のドワーフを蹴散らした。そのおかげで、エーリカに対するドワーフの評価はうなぎ上り。そして、「まだ飲めますが、味が不味いので、もう飲みません」と四杯目を飲み干すとエーリカは辞退した。
そんな事があり今では沢山のドワーフと人間が肉とパンと酒に塗れて倒れている。
死屍累々の酷い状況。
誰が掃除するんだろう? と心配していると、入り口の扉が勢いよく開かれた。
「あぁー、アタシが寝ている間に宴会しているなんてぇー。アタシも飲ませてよぉー」
沢山のドワーフが床に倒れているにも関わらず、一人の少女は気にする事なく食堂へ入ってきた。
「あっ、フィーリン!」
リディーが叫ぶと、飲みかけのジョッキに手を伸ばしていた少女が振り返る。
「んー? あぁー、もしかして、リディア!」
少女は床に倒れているドワーフたちを踏み付けながら、一直線に私たちの元へ来た。
「おいーす、久しぶり、リディア。髪が短くなっていて、一瞬分からなかったよぉー。……あっ、良く見たらエーリカも居るじゃない。どうして、どうして?」
気の抜けたような話し方をする少女。
彼女がエーリカとリディーの姉であるフィーリンのようだ。




