260 ドワーフ村に到着
アーロン、アーベル兄弟が森の中に入ってから結構な時間が経つ。
まったく戻って来る気配がない。
目的の沼が見つからないのか、魔物と戦っているのか、私たちの元へ帰れず迷っているのか、私たちの事を忘れているのか、色々と理由は思い付く。
さっさと兄弟たちを無視してドワーフの村へ向かっても良かったのだが、戦闘狂の兄弟の事だ。もし戻って来た時に私たちがいなかったら怒って武器を振り回してくるかもしれない。
そう思い、ついつい待ってしまった。
だが、さすがに時間が経ち過ぎている。
巨大ヒルの死骸が太陽の下で干からびてしまう程だ。
「ねぇ、ヴェンデル。そろそろ行かないかな?」
「そうだな。サシャの怪我も治ったし、治療したマリアンネの魔力も回復した。そろそろドワーフの村へ行こうか」
あれ、サシャとマリアンネの為の休憩時間だったの? 戦闘狂の兄弟を待っていた訳じゃなかったの?
まぁ、どちらでも良いけど。
「あの兄弟の事だ。僕たちの事を忘れて、魔物と戦っているのだろう」
一応、兄弟の事は覚えていたみたいだ。
「マリアンネ、出発するぞ」
「エーリカとリディーも準備して」
私とヴェンデルで女性三人組に声を掛ける。
休憩中、女性三人はクロとシロを囲って、楽しそうにリンゴを食べたり、おしゃべりをしていた。随分と仲が良くなって、少しヤキモチしそうだ。
私はクロに、エーリカとリディーはシロに、青銅等級冒険者の三人はレンタルの馬に乗って道を進む。
迷いの森を切り開いた道は、一切曲がる事もなく一直線に続いている。その為、正面には天高く聳える風吹き山が見える。あまりにも高い岩肌の為、壁のようであった。
道の端には等間隔に灯篭のような石の柱が立っている。
私が「夜になると光るのかな?」と呟くと、「これは魔物避けです」とエーリカが教えてくれた。
この灯篭のような柱のおかげで、道が森に侵食されたり、魔物が飛び出して来たりしないようだ。ドワーフ特有の泥臭い結界との事で、この道もドワーフが開拓し、管理しているのだと分かった。
黙々と直線の道を進むと徐々に標高が上がっていく。緩い傾斜を上っていくと周りに生えていた森が消えていき、岩肌が見え始めた。
さらに上がっていくと草木すらなくなり、巨石がゴロゴロと現れる。そして、石垣のように岩を積み上げた塀が見えた。
ようやくドワーフの村に辿り着いたようだ。
風吹き山を囲むように続く石塀だが、道の先だけは開けられている。どうやら、ここが村の入口らしい。二人のドワーフが門番のように立っているしね。
「人間、立ち止まれ! 俺たちの村に何の用だ!」
ずんぐりむっくりの毛むくじゃらの二人のドワーフは、私たちの進行を妨ぐように入り口の前に立つ。そして、警戒するように手斧と槍を構えて、私たちを睨み付ける。
「僕たちはパウル・クロージク男爵の使いで来た冒険者だ。君たちの状況を知る為に来た。代表の村長にお目通しをお願いしたい」
馬から下りたヴェンデルは、身分証である冒険者証を掲げ、早口で要件を伝えた。
「俺たちは別に悪しき事はしてない。調べられたり、罰せられる事は一切していない。俺たちの都合に口を挟むなと戻って領主に言え」
身分証を見る事もなくドワーフはぞんざいに言い放つ。
そんな彼らにヴェンデルは、「そう言う訳にはいかない」と食らい付く。
「すでに悪い影響が出ている。このまま見過ごす訳にはいかない」
ドワーフが酒を買い漁る所為で、近隣の町や村の酒が品薄になっている。そんな状況をサシャとマリアンネは真面目な顔をして頷いているのだが、お酒を飲まない私にとってはさして問題にしていない。だからと言う訳ではないが、わざわざヴェンデルたちと一緒に説得しようとはせず、一歩下がって観客になっていた。
「君たちがお酒を欲する理由が知りたい。事情が分かれば、助言も出来るし、手を貸す事も出来る」
「こっちの事情だ。他人が口を挟むんじゃねー。余計なお世話だ」
まったく聞く耳を持たないドワーフは、青銅等級冒険者の三人の前に唾を吐き、「あっち行け」とシッシッと手を振る。
「その態度はないだろ!」「無礼ですよ!」とサシャとマリアンネが怒る。
怒っている二人から視線を外したドワーフは、「それよりも……」と呟くと、後ろで待機している私たちに視線を向けた。
「今、俺たちの村には大事なお客が来ている。昨日、酒の調達に行っていた同胞から良からぬ話を聞いた。何でも俺たちの客を拐かそうとする輩がいるそうだ」
ドワーフたちは、フードで顔を隠しているリディーとエーリカに視線を固定する。
「良からぬ輩は、人間の少女とエルフらしい。そこの娘、お前はエルフだろ。顔を隠していても分かるぞ」
低く重たい声でドワーフが言うと、リディーはフードを外し、素顔を見せた。そして、シロから下りるとエーリカを先頭にドワーフの元へ歩み寄った。
「あなたたちの村に滞在している客がフィーリンと言う名のドワーフで間違いなければ、引き下がる事は出来ません。わたしたちはフィーリンの妹です」
「そんな話だったな。種族も顔立ちも違うじゃねーか。まだ酒飲み仲間と言った方が納得いくぜ」
「そんな細っこい体じゃ、水しか飲めなさそうだがな」と二人のドワーフが笑う。
「あなたたちの村には何人のドワーフが住んでいますか?」
「んあ? あー、六十人弱だが、それがどうした?」
エーリカの質問にドワーフは素直に答えた。
「同じ場所で生まれ、同じ仕事をして、同じ環境で育った村人です。全員が血が繋がっていなくても、みんな家族みたいなものでしょう」
「まぁ、そんな感じだな」
「わたしたちも同じです。わたしたち姉妹は同じヴェクトーリア博士から生まれ、同じ場所で同じ時間を過ごしてきました。見た目は違えど、間違いなく大事な姉妹であり、唯一無二の家族です」
「…………」
「リディアねえさんは一年、わたしは百年以上フィーリンと行き別れています。ようやく姉であるフィーリンの所在を突き止めたのです。このまま帰る訳にはいきません」
エーリカの言葉を聞いて、何だか胸が熱くなる。
本当の家族とは疎遠なのに、家族の大切さが身に染みていく。
「あなたたちはフィーリンを大事なお客と言いました。その大事なお客であるフィーリンの家族を蔑ろにするのですか? 姉妹の再会を邪魔するつもりですか? それが誇り高いドワーフの流儀ですか? どうなのです?」
捲し立てるようにエーリカが言い終わると、ドワーフの二人は黙ってしまった。そして、お互いに顔を見合わせると、「付いて来い」と石塀の中へ入っていった。
「良くやった、エーリカ。これで第一関門、突破だな」
リディーが自分の事のようにエーリカを褒め、頭を撫ぜる。
リディー、君はエーリカのお姉さんなんだよね? 全て妹に任せないで、自分からも説得するべきじゃないかな?
「常に酔っぱらっているドワーフを言い包めるなど造作もないです」
エーリカはエーリカで、先程の演説を台無しにする。
少しだけうるっときた私の感動を返してほしい。
ドワーフの村に入るとそこは岩だった。
草木の生えていない小石と砂利の地面。
背の低い石造りの建物。
建物から煙が上がり、色々な場所からトンテンカンテンと物を叩く音が聞こえる。
ずんぐりむっくりの髭面のドワーフが、私たちをジロジロと見てくる。髭の長さや髪色の違いはあるが、どれも同じ顔に見えるので気味が悪い。
「馬はこいつに預けろ。向こうで管理する」
槍を持っているドワーフが近づき、クロたちの手綱を握っていく。
「えーと……この子たちにお酒を飲ませないでくださいね」
念の為、注意したら、「飲ますか、馬鹿野郎!」と返ってきた。
「俺たちの村にも馬やロバはいる。同じ場所で面倒見るから安心しろ」
心配だなぁー、と思いつつクロたちを預ける。
ドワーフは器用に五頭の馬を引き連れて、建物の裏側へと消えていった。
「こっちだ」と手斧を持っているドワーフを先頭に村の中を進み、二階建ての広い建物の前で立ち止まった。
ドワーフが分厚い扉を開けるとお酒の匂いが流れ込んでくる。
建物の中は、使い古された長方形の机が並んでいた。壁際には沢山の樽が積まれ、奥には火のついた竈があった。
ここは食堂だ。
結構な広さがあるので、村人たちは各家庭で食べず、ここで一緒に食べるのだろう。
「適当な場所に座っていろ」
そう言うなり、案内したドワーフは食堂を出て、どこかへ行ってしまった。
たぶん村長を呼びに行ったのだろうと思うのだが、どうして食堂で待機なのだ? ドワーフの住居は低くて、私たちでは頭を打つ心配でもしたのだろうか? それとも会食しながらの面会だろうか?
どちらにしろ、好き勝手動き回る訳にはいかないので、大人しく食堂で待つ事にする。
ドワーフ用の椅子は背が低く、エーリカしか座る事が出来なかった。エーリカ以外の私たちは、近くに置いてある空の樽を椅子代わりに持ってきて座る。ちなみに机も低いので変な感じである。
エーリカが調理場の方をチラチラと見ている。私もドワーフがお酒以外に何を食べるのか気になるが、余計な事をしてドワーフを怒らせたくない。だから、エーリカに「リンゴでも食べていなさい」と大人しくさせておいた。
しばらくすると、一人のドワーフが現れた。先程、私たちを案内したドワーフに似ているが、長い髭を三つ編みにしているので別人だろう。
そのドワーフが入ると、その後ろからゾロゾロと十人以上のドワーフも入ってくる。
どれも同じ顔。
いや、よくよく見ると少し丸みを帯びた髭の生えていないドワーフがいる。たぶん女性のドワーフだろう。ただ、そこはドワーフ。髭は生えていないが、姿形はそっくりである。
最初に入ってきたドワーフは、私たちを品定めするように見回すと、私の前に座っていたサシャを退かす。サシャから文句が出るが当のドワーフは、気にした風もなくドカッと樽の上に座った。他のドワーフは私たちを囲むように立っている。
沢山のドワーフからジロジロと見られている。非常に居心地の良くない状況。エーリカ以外、肩を縮こませて丸くなってしまった。
「ふん、話は聞いている。俺はこの村で守備隊長をしているレギンだ」
レギンと名乗るドワーフは、正面に座っている私の顔を見て告げる。
「お前たち、村長と姫様に会いたいそうだな」
「ええ、クロージク男爵の……」
「細かい話はここでは必要ない」
私ばかり見るので代表で私が答えたが、最後まで話しをさせてくれなかった。
「風吹き山は禁足地だ。そこを管理しているこの村は重要な要所だ。分かるな」
「いえ、知りませんでした」
禁足地とか、管理している村とか、一切聞いていない。
「ふん、そうだろうな。数百年前からの話だからな。人間の代が変わり、話が途切れているのだろう。よくある話だ」
知らない事に怒る事なくレギンは、モシャモシャと長い髭を触って、一人で頷いている。
「そういう事で、おいそれと村に滞在する事はできん。無論、村長や姫様に会わせる訳にもいかん」
「貴族の依頼はどうでも良いけど、フィーリンには会わせろ。僕たちは姉妹だ。会う権利はある」
左隣に座っているリディーの言葉をレギンは「ふん」と鼻で笑って返した。
「お前たちの都合などどうでもいい。ここは俺たちの村だ。客として迎えられたければ、俺たちの村の慣習に従え」
まったく取り付く暇がない訳ではなさそうだ。
「それで、どうすれば村長とフィーリンに会わせてくれるの?」
「簡単な事だ」
そう言うと、近くにいたドワーフが歪な形をしたガラス瓶を机の中央に置いた。さらに私とレギンの前にショットグラスのような小さな入れ物も置いた。
もしかして、これって……。
「俺と酒飲み対決だ。これで俺たちの信頼を勝ち取ってみせろ」
何で酒を飲む事で信頼を得られるの?
酔っぱらいの話ほど信用できないのに……これだからドワーフは……。
「酒が飲めない相手を信用しない。酒の入っていない話を信用しない。ドワーフの常識だ。嫌ならこのまま帰れ。出て行く分なら引き留めたりはしない。酒の味も知らない相手など興味はない」
ニヤリとレギンは笑う。
周りにいるドワーフも「くっくっくっ」と笑い、出口に続く扉まで道を開ける。
「口を漱ぐ時も酒でやるお前たちだ。四六時中、酔っぱらっているドワーフに僕たちが敵う訳ないだろ。僕たちは食事の時ぐらいしか飲まないんだ。もっとお互いの力量を計れる方法に変えろ」
「さっきも言ったように、ここは俺たちの村だ。俺たちの方法が嫌なら帰れ。そもそも枝のように細いエルフの小娘には期待してないから口を挟むな」
「むぐぐっ」と悔しそうにするリディーから視線を逸らしたレギンは、「どうする?」と私に問いかける。
私が言葉を詰まらせていると、右隣に座っているエーリカが手を上げた。
「一つ、聞きたいのですが?」
「何だ、人間の小娘?」
「仮にわたしたちが、あなたたちと同様にお酒が飲めたとします。その場合、決着が着くまで相当な時間が掛かると思われます。何日も掛けて、お酒の飲み比べをするつもりですか?」
エーリカの疑問は尤もだ。
水のようにガバガバと飲み続けるドワーフを相手にするのだ。数日間、休みなく飲み続けても終わらないだろう。
「本当はそうしたいのだが、ムカつく事にこの村ではお酒の在庫が少ない。何日も飲み続ける程、酒の貯えはない」
「なら、どうするのです?」
「そこで、これを使う」
そう言うなり、レギンは机に置いてある歪な形をしたガラス瓶を持ち上げた。
「これはデスフラワーと言う花の魔物の蜜だ。雨が降った後、気温が上がると蜜が酒に変わる。滅多に取れない希少な酒だ」
花の蜜の酒……蜂蜜酒かな?
蜂蜜酒のアルコール度数は、そこまで高くなかった筈だが……まぁ、デスフラワーと言う魔物の蜂蜜酒だ。名前の通り、相当ヤバい酒なのだろう。
「デスフラワーの酒は、非常に強い酒だ。俺たちドワーフでも数杯で決着がつく。そこにいる若造のドムトルは一杯でぶっ倒れる程だ」
「レギン隊長、それは言わない約束でしょう」
ドムトルと呼ばれるドワーフが情けない声を出して抗議すると、周りにいたドワーフが大笑いして、ドムトルをからかい始めた。
ちなみに若造らしいドムトルだが、見た目だけではまったく分からない。どのドワーフも年齢不詳で困る。
ちなみにレギンは「俺は三杯は飲み干したぞ」と自慢気に言った。
ドワーフが数杯でダウンする酒なんか、絶対に飲んだら駄目だろ。
アルハラ駄目、絶対。
「この勝負、俺がする。希少な酒を楽しませてくれ」
「わ、私も試したいな」
サシャとマリアンネが酒飲み対決に名乗りを上げた。
サシャはともかく、マリアンネは女神に使えるプリーストでしょう。教会でもワインやエールを飲んでいるとはいえ、酔っぱらう為にお酒を求めても良いの?
そんな二人をレギンは、「ふん」と鼻を鳴らした。
「お前らのようなひ弱な体をした人間が飲んだら死ぬぞ」
死ぬような酒を使わないで欲しい。
「だから、俺と対決するのはお前だ」
そう言うなり、レギンは私の顔を見る。
なるほど、だから私の前に座ったのか……って、無理無理!
私、こんな見た目だけど、お酒、飲めないんだから。
そもそも未成年だよ。日本じゃ犯罪だよ。
見た目に騙されたら駄目!
中身を見よう、中身を!
「僕たちの中では、一番飲めそうだね」
「おっさんなら五杯ぐらいは軽いだろ」
「うん、私たちの分まで飲み干しちゃって」
「ご主人さまなら問題ありません」
「おっさん、大丈夫か?」
青い顔をして周りを見ると、リディー以外のみんなが期待に満ちた顔をしていた。
青銅等級冒険者の三人は、私がお酒に弱い事を知らなくてもおかしくはない。だけど、エーリカは知っているよね。何で問題ないの?
リディーだけだよ。私を心配してくれるのは。
私と同じようにお酒に弱いリディーでは太刀打ちできないだろう。
勝算があるとすれば、エーリカだ。
エーリカはチビチビと酒を飲んでいる姿を何度も見ている。その都度、酔っぱらっている姿はまったく見えない。たぶんアルコールに耐性があるのだろう。
とはいえ、この場で少女の姿をしたエーリカに酒飲み対決をさせたら、「未成年に何をやらかすんだ!」と保護者のような私が叩かれてしまう。
「エルフや子供の人間に託すつもりじゃないだろ。覚悟を決めな、人間」
「はぁー……」と溜め息が漏れる。
青銅等級冒険者の三人は、すでにドワーフに駄目と言われた。
エーリカとリディーも駄目。
消去法で私が出るしかない。
ただ、すでに勝負が決まっているので、まったく乗り気じゃない。
急性アルコール中毒で倒れない事だけ願おう。
「やる気になったみたいだな。では、酒飲み対決を始めよう」
そう言うなりレギンは、ドカンッと蜂蜜酒の入ったガラス瓶を机に置いた。




