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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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259 アーロン、アーベル兄弟

 無事に迷いの森を抜け出した私たちは、地面に倒れたまま寝転がっていた。

 背後からゴソゴソモゾモゾと音がするが、たぶん森の枝や蔦が動いで穴を塞いでいるのだろう。

 極度の不安と緊張から解放された事で体に力が入らず、わざわざ確認する気力すら無くなっていた。


「た、助かった……空気が美味い」

「おっさんのおかげで、抜け出せたぜ」

「サシャもお疲れさま」


 ヴェンデル、サシャ、私は空を眺めながら生き抜いた喜びと共にお互いを称え合う。


「ご主人さま、怪我をしています。無事ですか」


 クロから下りたエーリカが私の元へ駆けつける。

 

「私は大丈夫。サシャの方が酷いよ」


 私の傷は、生きている老木に圧迫されたり、蜘蛛の巣を焼いた時に軽く火傷をしただけである。ヴェンデルも同じ。

 たがサシャは、針鳥に刺されたり、火傷したり、魔法道具で吹き飛ばされたり、棘の実に刺さったりしている。服の上からも血が滲んでいるので、私たちよりも酷い状態だ。

 そんなサシャをチラリと見たエーリカは、「唾を付ければ治ります」と私から離れない。可哀想なサシャであった。


「まったく、何があったのよ。凄く心配したんだからね」


 見かねたマリアンネがサシャの元に来て、血が滲んでいる衣服の上から手を当てる。そして、呪文らしきものを呟くと、手の平が光り出した。


 うーむ、これが回復魔法か……初めて見た。

 私もああやって大火傷を治してくれたのかな。


「生きているかのように草木が動いて、道を塞いじゃったんだから。エーリカちゃんとリディーが助けに行こうとするから止めるのに大変だったんだよ」


 文句を言うマリアンネの話によれば、私たちが獣道に入って間もなく、枝や蔦が動き出して入り口を塞いでしまったようだ。それを見たエーリカとリディーがクロとシロから下りて、強引に入ろうとしたのをマリアンネが必死で止めていたらしい。

 下手に入ると自分たちも危険だし、クロたちを他っていく訳にもいかないので、様子を見るように説得したとの事。


「サシャはともかく、ヴェンデルとクズノハさんがいるから大丈夫と引き留めていたんだよ」

「俺の評価って……まぁ、今回は俺が全面的に悪かった。獣道に入らなければ、こんな事にならなかったし、蜘蛛のトンネルもそうだ……」


 マリアンネに治療されているサシャは、がっくしと肩を落とし反省している


「何を言っているの。サシャがいなければ豚の魔物は倒せなかったよ」


 私がサシャをフォローをすると、「そうだよな。俺のおかげだよな」と嬉しそうに顔を上げた。現金な奴である。


「また豚の魔物が現れたの?」


 吊り橋から豚を落としたリディーが食らい付いた。

 「それだけじゃなんだよ」と森に入った後の出来事をリディーたちに教える。

 獣道に入ったら行き止まりで振り返ったら道が塞がれていた事、伸びる蔦から逃げていたら迷子になった事、危険なリスに追われた事、蜘蛛の巣のトンネルに捕らわれた事、豚と戦った事、変な大男に追いかけられた事、巨大なヒルと棘を飛ばす草に襲われた事を簡単に説明した。


「ヒルって……私なら失神しているわ」

「だから、絶対に森には入るなよ。絶対だからな」

「それにしても、その二人の男って一体何者なんだ? 森に棲んでいるのか?」


 リディーの疑問にヴェンデルが「それなんだが……」と口を挟んだ。


「今思えばだが……あの二人、どこかで見た記憶が……」

「待て! 森の中がおかしい!」


 長い耳をビクンと上げたリディーがヴェンデルの言葉を遮る。

 私たちが森の方へ視線を向けるとバキバキと森の奥から音が聞こえ始めた。

 音は徐々に近づき、目の前まで迫る。


「来るぞ!」


 噂をしていた二人の大男が、枝を撒き散らかしながら外へと踊り出てきた。

 二人の大男を見たマリアンネから「ヒッ!?」と息が漏れる。

 マリアンネが青褪めるのも無理はない。

 二人の大男は、上半身裸で血と肉片で汚れている。その上、大剣を持った男は左腕に巨大なヒルが吸い付いたままだ。もう一人の戦斧を持った男は、無数の針鳥が刺さっており、人間ダーツになっていた。

 

「ようやく追いついたぜ」

「ネズミみたいにチョロチョロと逃げやがって。魔物なら魔物らしく人間様を襲いやがれ」


 まだ私たちを魔物と認識している。どこをどう見ればそう認識するのか、さっぱり分からん。血に飢え過ぎて、思い込んでしまっているのかもしれない。


「まぁ、いいや。正々堂々と俺たちの経験値になれ」


 二人の男が腰を落として、大剣と戦斧を構える。

 それに合わせて、ヴェンデルとサシャがマリアンネを守るように前に出て、武器を構えた。

 エーリカとリディーも私の前に出て、魔術具と弓矢を構える。

 開放的な空の下だというのに、周りの空気がピリピリと張りつめている。

 一瞬即発。

 誰かが動けば、それを合図に殺し合いが始まる。

 そんな中、ヴェンデルが慎重に口を開いた。


「ひ、一つ確認したい」


 盾を構えているヴェンデルの言葉に大剣を持った男が「何だ」と律儀に答えた。


「もしかして、お前たちは白銀等級冒険者じゃないのか?」

「えっ、白銀?」


 白銀等級冒険者といえば、ダムルブールの街に二組しかいない上位の冒険者だ。ラーズとナターリエの二人以外にもう一組いるのは知っているが、目の前の二人がその白銀等級冒険者なのか?


 当の男たちはお互いに顔を見合わせると、再度ヴェンデルに視線を向けた。


「俺たちは青銅等級冒険者。後ろの彼らは鉄等級冒険者だ」

「……証拠は?」


 ヴェンデルはポケットから身分証を取り出し、二人に見えるように掲げた。


「無意味に同業者に暴行を働いたら、お前たちは冒険者を辞めて、炭鉱送りだぞ」


 二人の大男は構えていた武器を下ろす。

 ピリピリとしていた空気が弛緩する。

 私たちはほっと胸を撫で下ろし、溜め息が漏れた。


「それを先に言えよ。危うく、殺す所だったぜ」

「魔物しか居ない森の中だ。つい勘違いしてしまった」


 どう勘違いすれば、魔物扱いをするんだ?

 もしかしたら、以前、人間に化けた魔物にでも襲われたのだろうか?

 まぁ、どちらにしろ誤解が解けたので良しとしよう。


「ご主人さまに危害を加えようとしました。一発、撃っておきましょう」


 問題解決したと思ったら、一人だけ根に持っている娘がいた。

 そんなエーリカに二人の男は、武器を構え直し「嬢ちゃん、一戦、やるのか?」と楽しそうにしている。

 勘弁してくれ……。



 私、リディー、ヴェンデル、サシャ、マリアンネの五人でエーリカと二人の大男を宥めると改めて自己紹介をした。

 

「俺はアーロン。こっちは弟のアーベル。銅等級冒険者だ」


 短い髪で側頭部に傷を持った男が兄のアーロン。大剣の方だ。

 長い髪をオールバックにして後ろで束ねている男が弟のアーベル。戦斧の方だ。

 二人は双子ということで髪型と武器以外、顔立ちや体付きは瓜二つであった。

 そんな二人は、血に飢えた獣みたいな雰囲気を一切無くし、「よろしくな」と気さくに接してきた。


「ん? 銅等級? さっき白銀って言わなかった?」


 私の聞き間違いでなければ、先程ヴェンデルは白銀等級冒険者と言っていた筈。

 どういう事だろう?


「俺たちは五人組の冒険者だ。銀等級が一人、銅等級が四人。五人合わせて白銀等級冒険者だ。凄いだろ」


 どんな計算だ!?

 私が「?」マークを浮かべていると、ヴェンデルが小声で「ギルドにも色々と事情があるんだ」と教えてくれた。


「ん? お前、エルフか?」


 アーロンに指摘されたリディーは、肩をビクッとさせてると私の背後に隠れ、弓矢を構える。私を壁にしないで欲しい。


「そうなるとドワーフ共が言っていた奴はお前らの事か?」

「ドワーフが私たちの事を言っていたの? 何で?」

「あー、なんだったか……覚えているか、弟よ?」

「んー、確か……お嬢を(さら)いに来るとか、何とか……」

「お嬢って言うのは、フィーリンの事?」

「ああ、フィーリンのお嬢ちゃんだ」


 そう言えば、ドワーフに変な勘違いをされていたんだった。


「わたしとリディアねえさんは、フィーリンの妹です。わたしたちは、フィーリンに会いにここまで来ました」

「あれ? それが目的だったけ?」


 サシャが首を傾ける。

 私たちとサシャたちでは第一目的が違うのだが、話の腰を折るので今は無視をしておこう。


「妹? 似てねーな」

「種族も違うじゃねーか」


 アーロンとアーベルの兄弟がジロジロとエーリカと私を見る。厳密には私の背後にいるリディーである。


「まぁ、良いか。お嬢に用があるんだろ。俺たちがドワーフの村まで案内してやるよ」


 ドワーフと違い、この二人は私たちを訝しむ事もなく素直に信じてくれた。同じ冒険者だからだろうか? いや、何も考えていないだけかな。


「こっちだ。付いて来い」

「ちょっと、待って! 森の中に入る気なの!?」


 森の中に入ろうとした二人をマリアンネが止める。


「こっちの方が近道だぞ」

「ちゃんとした道があるんですか?」

「森なんだから道なんかねーよ。たっかい山を目指して、真っ直ぐ進むと辿り着けるんだ」

「…………」

「魔物どもが襲ってくるから楽しいぞ」


 「無理無理」と私たちが首を振って、森を突っ切るコースは止めてもらった。



 ドワーフの村に通じる道まで森の側面を進む。

 アーロン、アーベル兄弟の歩行に合わせる為、今はクロたちから下りての徒歩だ。

 話して分かったが、この兄弟は戦闘をしていなければ、それなりに話の通じる相手であった。若干、粗野で乱暴な話し方と考え方をするが、私たちの問いにも素直に答えるし、ざっくばらんに話しかけてくる。

 筋肉ダルマのブラッカスを相手にしている感じで、つい炭鉱の時を思い出してしまった。


「なぁ、おっさん」


 リディーが先頭を歩く兄弟に話しかける。人見知りのリディーにしては珍しい。


「俺たちはまだ三十だ。おっさんと呼ばれる歳じゃない」


 女子高生の私からしたら三十歳の男性は全ておっさんに見える。まぁ、この中で一番年寄りに見えるのが私なんだけどね。……って、何かこんな会話、以前にもしたな。


「そうか……それで、おっさん達はフィーリンの事を知っているんだろ。どうやって知り合ったんだ? ドワーフの村で出会ったのか?」


 実の姉妹の事が気になるのだろう、リディーはフィーリンと兄弟の関係を知りたいみたいだ。


「お前たちと同じだ」

「……どういう事?」

「この森で出会った。それから三人でドワーフの村に行って、今もそこで住んでいる」


 端折り過ぎていて、本当に聞きたい事が分からない。

 そこで色々と尋ねたら、私との接点もあり、少し驚いた。


 彼らの話は以下の通りである。

 ダムルブールの街に突如現れたワイバーン。兄弟は仲間と共にワイバーンを追い駆けるもキルガー山脈の中腹で見失う。

 「あっちだ」「こっちだ」「いや向こうだ」と仲間の意見が分かれたので、「俺たちはあっちを見てくる」と兄弟二人は東へ向かったそうだ。

 その後、ワイバーンの事をすっぱりと忘れた二人は、道中の魔物や盗賊を討伐しながらあてどない旅をして、この迷いの森に入ってしまったそうだ。

 数日間、魔物を倒しながら出口を求め彷徨っていた所、ばったりとフィーリンに出会ったそうだ。

 ちなみにフィーリンは、花の蜜が発酵した匂いに誘われて森に入ったとの事。

 その後しばらく三人で森の中を彷徨い、ドワーフの村に辿り着いたみたいである。


「村に辿り着いた後も色々とあって、今も居座っている訳だ」

「その色々は何ですか?」


 「わっはっはっ」と思い出し笑いをする兄弟にヴェンデルが尋ねる。だが、当の兄弟は「毎日、酒ばかり飲んでいるので忘れた」と言って詳しくは教えてくれなかった。


「フィーリンとの出会いは分かりましたけど、どうして今日も森に入っていたんですか?」


 私が訪ねると弟のアーベルが「日課だ」と言った。


「……は?」

「朝、起きたら散歩がてら、この森に入っている」

「一歩入ったら魔物どもが襲ってくるからな。朝の運動には持ってこいだ」

「…………」

「前日の酒も抜けるし、軽く汗も掛けるから気持ちの良い朝を迎えられる」

「食料の肉も手に入るし、ドワーフどもも喜んでいるぞ。持ちつ持たれつってやつだ」


 「わっはっはっ」と楽しそうに笑う兄弟に私、ヴェンデル、サシャが首を振る。

 実際に森に入った私たちだ。この森が散歩コースなんて、まったく理解できない。


「ここだ。この道を真っ直ぐ進むとドワーフの村に着く」


 鬱蒼とする森を斬り裂いたかのように、馬車一台分の幅の道が森の奥へと続いていた。

 砂利道であるが、根っ子が盛り上がっていたり、枯れ葉が落ちていたりはしない。

 クロたちに乗って駆けても問題なさそうな道であった。

 

 私たちを案内するように兄弟が先頭を歩く。

 私たちはそんな兄弟から少しだけ距離を空けて、後を追う。

 気軽に話しているが、これまで私たちと兄弟とは距離を空けたまま話していた。

 それは仕方が無い事でこの兄弟、血と肉片で汚れたままである。近づくと鉄と生臭さで嘔吐しそうになる。

 それだけでなく、今現在も巨大なヒルと無数の針鳥がへばり付いているのだ。

 もしかしたら、ドワーフのお土産でお持ち帰りしているのかもしれない。またはヒルに血を吸われるのが好きだったり、針鳥にツボを刺される健康療法かもしれない。何にしろ、言う機会を逃してしまい、言えずじまいでここまで来てしまったのだ。

 マリアンネなど一番後ろを歩いてエーリカとリディーにしがみ付いている始末。

 そんな二人にようやくリディーが告げた。


「なぁ、おっさん。その姿で村に帰るのか?」

「ん? どういう事だ?」

「わっはっはっ、兄貴、腕を見ろ。ヒルが付いたままだぞ」

「おお、気づかなかった。どうりでムズムズしていた訳か」


 えっ、気づいていなかったの? 八十センチもあるヒルが血を啜っているんだよ?


「そういうお前こそ、鳥が刺さったままだぞ」

「ん? ああ、本当だ。胸板で見えなかった」


 そんな問題か? どうなっているのだ、この二人は?


 兄のアーロンは、吸盤のように左腕にへばり付いている巨大ヒルを強引にベリベリと剥がす。そして、ベチッと地面に捨てると片足を持ち上げて踏み付けた。ブチュとヒルの口から腹に溜まった血が飛び出す。それを見たマリアンネから「ヒッ!」と悲鳴が上げた。

 血を吸われていたアーロンの左腕からダラダラと血が流れ、地面を赤く染めていく。

 私たちがチラリとマリアンネを見つめると、マリアンネはブンブンと首を振る。回復魔法を使う気はないようだ。

 一方の弟のアーベルは、体に刺さったままの針鳥を埃を払うように落としていく。

 スポッと綺麗に抜けた針鳥は逃げるように飛んで行くが、(くちばし)が根本で折れてしまった針鳥は地面の上でもがいていた。

 アーベルは、体に刺さった嘴をブスブスと無造作に引き抜いていく。

 傷跡から血が流れていくので、再度マリアンネに視線を向けるが、やはりブンブンと首を振って拒否した。


 特に治療をする事もしない兄弟に「体を綺麗にした方が良いんじゃない」とついでに言っておいた。


「体か……少し血で汚れているな」


 少し!? どこが!?


「酒臭いドワーフは気にしないと思うが、お嬢は嫌がりそうだな」

「ネチョネチョするし、どこかで洗ってから村に戻るか」

「兄貴、森の中に沼があったよな。そこで洗おう」

「ケルビーがいた沼か。場所は分かるか?」

「たぶん、あっちの方だ。いや、こっちかな?」

「なら、あっちとこっちの真ん中を進もう」


 兄弟は「体を洗ってくる」と言って、大剣と戦斧で道を作りながら森の中へと入っていった。

 すぐに枝や蔦が伸びて、二人を閉じ込めるように道が塞がれていく。

 そして、森の中から「プギッ!?」とか、「ギャギャッ!?」といった魔物の悲鳴が森の奥から響く。その音も徐々に遠ざかり、そして静かになった。


 しばらく待ったが、兄弟が戻って来る事はなかった。


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