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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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256 迷いの森 その3

 「キルルルゥ……」と私たちを追い駆けてきた魔物のリスたちが逃げ帰っていく。

 動きを止めた私たちを襲う絶好の機会だというのに逃げていくのを見るに、リスたちもこのトンネルには入りたくないみたいだ。

 それもその筈。

 壁や天井に張り巡らされている蜘蛛の巣には、数体のリスの魔物が蜘蛛の糸でグルグル巻きにされ、中身を吸われた状態で放置されていた。

 リスだけでなく、拳大ほどのアリ、人の顔のような模様のついた蛾、でっかい芋虫、さらにゴブリンまで同じ状態でくっ付いている。

 まるで死骸置き場だ。

 そんな場所に私たちは、絶賛、捕らわれの身である。


「すまない。出口だと思い、勢いのまま入ってしまった。すぐに気が付けば、おっさんやヴェンデルまで動けなくなる事はなかったのに……」


 サシャが悔しそうに謝るが、私とヴェンデルは彼を責める気は起きない。

 確かにサシャの言う通り、先頭を走っていたサシャがトンネルに入った瞬間に異変に気が付けば、後ろを走っていた私とヴェンデルは蜘蛛の巣に掛かる事はなかっただろう。

 だが、炎に飛び込む蛾のように薄暗い森の中、太陽の日差しが注ぐ場所を見れば、誰もが出口だと思い、走り抜けるだろう。

 その所為で三人とも速度を落とす事なく、トンネルの中間まで進んでしまい完全に蜘蛛の糸で動けなくなってしまった。

 まさに蜘蛛の思い通りの展開で、まんまと罠に掛かってしまったのだ。

 と言う事でサシャを責める事はしないが、だからと言って、この状況のままは非常に不味い。

 ゴキブリやネズミの粘着罠みたいに捕らわれた私たちは、このまま身動きできず、家主である蜘蛛に消化液を注入され、ドロドロになった内部をチュウチュウ吸われる事だろう。

 そうなる前に蜘蛛の巣から脱出しなければいけなかった。

 試しに地面に固定されている足を持ち上げるが、餅のように靴底と地面の間に蜘蛛の糸が伸びるが、すぐに引き戻されてしまう。力のない私だけでなく、サシャとヴェンデルも同じ状況なので、蜘蛛の糸というのは恐ろしく粘着力があるのだと感心してしまった。

 

「ヴェンデル、靴を脱いで、跳躍で戻れないか?」

「この体勢では無理だ。距離もあるし、地面に倒れて体ごと糸に絡まってお終いだ」

「それなら衣服を地面に敷いて、その上を素足で渡れば戻れるんじゃない?」

「最悪、それでも良いが……まだ、森の中だ。なるべく、裸同然にはなりたくないな」


 私たちはトンネルの中間まで入り込んでしまっている。

 先に行くにしても元の場所に戻るにしても距離がある。三人の上着を橋代わりにしても足りない。ズボンまで使えば何とかなりそうだが、後の事を考えると得策ではない。何といっても魔物の巣窟である森の中だ。スッポンポンで森を歩きたくない。それに両足が固定された状態で衣服を脱ぐのは至難の業だ。もし体勢を崩して地面にベチャと倒れたら、本当に蜘蛛の巣から脱出する事が出来なくなるだろう。


「サシャ、ロープとか持ってきてないの?」

「ロープ? あったらどうするんだ?」

「引っ張る力が加われば糸を剥がしながら歩けるんじゃない? 老木にロープを引っ掛けて、グイグイっと……どう?」

「なるほど……だけど、無理だ。ロープがない」


 無いなら諦めよう。


「それなら、生きている老木を刺激させて枝を伸ばしてもらい、わざと捕まえてもらおう。枝の力が加われば、歩けるんじゃないかな?」

「なるほど……だが、入り口も出口にも見える範囲にエントはいないぞ」


 居ないなら諦めよう。

 

「じゃあ、魔法や魔術ならどうにかならない? 土属性で地面を盛る上げたり、風属性で体ごと吹き飛ばしたり出来ないかな?」

「なるほど……だが、無理だ。俺とヴェンデルは魔術の類は使えない。だから、俺たちは青銅等級以上に昇級できない。おっさんは使えるか?」

「……出来ません」


 私が捻り出した案をサシャが(ことごと)く却下していく。

 あれも駄目、これも駄目と言われ、泣きたくなってきた。


「あっ、そうだ! 蜘蛛が来たらしがみ付けば良いんじゃない。糸に絡まった餌を移動させたりするんだから、簡単に剥がしてくれるよ」

「馬鹿、その前に糸でグルグル巻きにされて、完全に身動き出来なくなるわ」


 私の脱出案に駄目出しばかりするサシャに腹が立ってきた。


「じゃあ、どうするの!? このまま蜘蛛が来るまで棒立ちでもしている気なの!? 少しは考えてよ!」

「二人とも落ち着け。もっと簡単な案がある」


 一番後ろにいるヴェンデルは溜め息を漏らすと、「サシャ、ミンスターの町で買った魔法道具を使うぞ」と言った。

 ヴェンデルの言葉を聞いたサシャは、「やはり、それを使うのか……」とあまり乗り気ではなかった。


「なに? 危ない魔法道具なの?」

「危ないと言えば危ない。だけど素っ裸になったり、元の場所に戻る心配はない」

「どういう事?」

「簡単な事だ。蜘蛛の糸は燃えやすい。これ冒険者の常識だ。だから、炎が出る魔法道具で燃やしてやる。俺ら事な」


 うわー、燃えるの嫌だー!


「安心しろ。蜘蛛の糸は良く燃えるが、その代わりすぐに消える。ちょっと火傷するかもしれない程度だ。それよりも銀貨二枚を蜘蛛の巣に使うのが……」


 サシャの乗り気の無さは、魔法道具の値段だった。

 このけちんぼ!


「サシャ、用意しろ。蜘蛛が来る前……ちっ、噂をすれば!」


 前方の出口からニュッと長い足が現れた。そして一本、二本と増え、丸々とした胴体がトンネル入り口を塞ぐ。

 ずんぐりとした蜘蛛は細かい毛に覆われており、見た目はタランチュラに似ていた。ただ、蜘蛛の魔物と言うだけあり、大きさは私と同じぐらいの体格をしている。

 そんな蜘蛛は複数ある黒々とした可愛い目で私たちを見つめる。

 何の感情も感じない目が合わさり、私たちは身動きできないでいた。

 少しでも動けば、糸の振動で襲い掛かってくる気がする。だが、そんな事は関係なく蜘蛛は滑るように糸を伝い、ゆっくりと私たちに近づいてきた。


「サシャ、急げ!」

「すまん、中身がぐちゃぐちゃになってすぐに取り出せない」


 小物入れを物色していたサシャは、一旦、手を抜くと「これでも喰らえ!」と腰に差してあるナイフを近づいてきた蜘蛛に投げた。

 一直線に飛んだナイフは蜘蛛の直前で動きを止める。

 光で良く見えなかったが、天井や壁だけでなく、トンネル内部にも蜘蛛の糸が張り巡らされており、ナイフも糸によって止まってしまった。

 攻撃をした事が切っ掛けで、蜘蛛は壁や天井を素早く移動し、私たちの方にお尻を突き出した。


「糸がくる! 俺の盾を使え!」


 ヴェンデルが自分の盾を先頭にいるサシャに渡そうとするのを「私がやる」と止める。

 レイピアを頭上へ持ち上げた私は、魔力を流し、防御壁である光のカーテンを広げた。


 間に合うか!?


 蜘蛛のお尻の先端から透明の糸が飛び出す。

 私はありったけの魔力を流し、三人を包み込むように光のカーテンを広げた。

 ブワッと広がった光のカーテンに蜘蛛の糸がぶつがる。そして、透明だった糸が黄白色へ変わり、瞬く間に私たちを絡めとった。


「た、助かった……」


 間一髪である。

 直接、蜘蛛の糸が体に付く事はなく、光のカーテンに付着している。ただ凄い量の糸の為、視界は見えず、私たち三人は繭玉のように糸だらけになってしまった。

 その為、光のカーテンを解除する事が出来ず、維持し続けなければいけない。

 再度、ヴェンデルが「まだ見つからないのか?」と催促すると、サシャが「あった!」と告げた。

 その直後、衝撃が走る。

 ドスンと光のカーテン越しに押され、私とサシャは後ろへと倒れる。だが、後ろにいるヴェンデルが両手を広げて私たちを倒れないよう防いでくれた。さすが、盾役。強靭の足腰で男二人を支えてくれる。

 蜘蛛が繭玉のようになった私たちを持ち運ぼうとしているのか、この後も何度も衝撃が襲い、ヴェンデルから苦痛の呻き声が漏れだす。

 このままでは三人とも地面に倒れ、蜘蛛の食卓までお持ち帰りされてしまう。


「サシャ、今すぐに焼き払って!」


 私が叫ぶとサシャは「分かっている!」と、ポテトマッシャー手榴弾に似た魔法道具を構える。

 木の持ち手を握るサシャは、先端の筒を光のカーテンの隙間に突き出すと、「喰らえ!」と起動用の魔石に魔力を流した。

 火炎放射器にように飛び出した炎は、光のカーテンを覆っている糸を焼き、目の前にいる巨大な蜘蛛の体を焼く。

 炎に包まれた蜘蛛は脱兎の如く、明るい出口へと逃げていった。

 魔法道具の炎は止まる事なく吐き続ける。

 トンネル内部に張り巡らした蜘蛛の糸が導火線のように燃え広がっていく。

 誤算だったのが、蜘蛛の糸はすぐに消えると言う話だったのにまったく消える事はなく、左右を囲む木々や地面に落ちている落ち葉などに引火してしまい、辺り一面、炎の海へと変わってしまった事だろう。


「熱い、熱い、熱い!」


 そんな状況の為、地面にへばり付いていた靴底の糸にも火が移り、私たちの足に炎が纏わりつく。

 三人仲良く足踏みしたり、手で叩いて炎を消していく。そして、「逃げろ!」と明るい出口に向けて、炎のトンネルを走った。


「急げ、急げ!」

「天井が崩れてきた!」

「口を開くよりも足を動かせ!」


 地面は炎を纏い、上からは燃えた枝が落ち、左右からは炎が吹き上げる。

 短くも長いトンネルを必死に走り、出口に差し掛かる。だが、タイミングを計ったかのように、蜘蛛が現れた。

 複数ある目を赤く染めた蜘蛛は、出口を塞ぐように動かない。

 このまま私たちをトンネルと共に燃やそうという考えなのだろう。蜘蛛の癖して、意地悪い事をする。

 だが、そんな蜘蛛に対して、サシャは地面に落ちていたナイフを拾うと、「あっちぃー!」と言いながら炎で熱せられたナイフを投げた。

 ナイフは途中で止まる事なく蜘蛛の目に突き刺さる。

 ナイフの刺さった蜘蛛は、どこかへ逃げて行く。

 その隙に私たちは、炎と煙に押し出されるようにトンネルを抜け、開けた場所に躍り出た。

 

「はぁはぁはぁ……助かった……」


 新鮮な空気を吸い込み、生きた心地を堪能する。

 若干、皮靴が焦げただけで、目立った傷は負っていない。


「みんな無……ッ!?」


 「無事」と言い終わる前にヴェンデルに吹き飛ばされる。

 何事? と思い地面を見ると先程立っていた場所に蜘蛛の糸がべっちゃりとくっ付いていた。

 顔を上げると、複数ある目の一つにナイフが刺さった蜘蛛が私たちを睨むように対峙している。

 このまま逃がしてくれそうにない。

 戦うしかないかとレイピアを構えると、横から巨体な何かが通り過ぎ、蜘蛛の魔物を巻き込みながら地面を転がっていった。


 本当に何事!?


「熊だ!」


 サシャが叫ぶ。


「豚もいるぞ!」


 ヴェンデルも叫ぶ。


 視界が狭まっていた私は周りを見回す。

 土煙を撒き上げながら蜘蛛を押し潰したのは二メートルを超える大きな熊。

 開けた場所の中央には、仁王立ちしている二足歩行の豚がいた。


 何でもありだな、この森は……。


 私は、心底げんなりするのであった。


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