253 六人での旅路 その2
南アルトナをさらに南に向けて進む。
買い物をしたミンスターの町からは小さな村が点在しているだけで、主だった場所はない。その為、街道を行き来する旅商人などの姿は見かけない。
精々街道で見かけるのは、獣と魔物ぐらいである。
今の私たちは、冒険者五人と狩人一人。
街道に魔物がいれば安全の為、退治するべきなのだが、毎回立ち止まっていては着く場所も着かない。
その為、迂回できれば迂回して無視を続けた。ただ、無視できない場合があり、その時は仕方なく退治しなければいけなかった。
例えば、雑木林を進んでいた時、道の真ん中でフォレストクーガーに出会った。脚力のあるフォレストクーガーから逃げるのは至難の業。そこで、以前退治した事のある青銅等級冒険者の三人がフォレストクーガーに挑んだ。
盾持ちのヴェンデルがフォレストクーガーを足止めし、その隙にサシャが後ろや横からチクチクと攻撃していく。後方に控えているマリアンネは補助役で、ヴェンデルとサシャが怪我をした際、すぐに回復に回っていた。
長年一緒に冒険者をしているだけあり、ほれぼれする連携で安心して見ていられる。時間は掛かったが、何事もなくフォレストクーガーを撃破。フォレストクーガーの牙や毛皮は高く買い取ってくれるので、サシャが頑張って解体した。その間、猫好きの私は目を背けている。なお、肉は不味いので、穴を掘って燃やして埋めた。
また山間の狭い道でホブゴブリン一匹とただのゴブリン六匹が山賊まがいに立ち塞がっていた。
初めて見るホブゴブリンは、普通のゴブリンよりも頭二つ分ほど背が高く、それなりに筋肉も付いている。欠食児童のようなゴブリンと並ぶと父と子供のように見えた。簡単に言えば、強そうなゴブリンである。
「ここは僕が出よう」とリディーが前に出た。
「ギャアギャア」と騒ぐゴブリンの前に進んだリディーは、シロの上から呪文を唱える。
「風よ、集まれ。渦を巻き、踊れ戯れよ。――『旋風』!」
リディーが手をかざすと、ホブゴブリンを中心につむじ風が巻き上がる。
以前、サハギン戦の時、アナも同じ魔法を使った。その時は、落ちてくる槍の軌道を反らすぐらいの威力であったが、リディーの『旋風』は、かまいたちのような鋭い風の刃が発生し、ホブゴブリンの周りにいたゴブリンの頭や首や体を切り裂いていった。
体中を切り裂かれたゴブリンたちは、地面に倒れ「ギャアァァーー」と痛みの叫びを上げる。
体付きの良いホブゴブリンは、ひ弱なゴブリンと違い、かすり傷程度であった。
ホブゴブリンが「グギャァー!」と怒りの声を上げる。だが、すぐにドスンと倒れ、静かになった。
何が起きたのか分からず倒れたホブゴブリンを良く見ると、額に一本の矢が刺さっていた。いつの間にか、リディーが弓矢を撃ったようである。
その後、シロを動かして、痛みで動けなくなっているゴブリンを踏み潰して、止めを刺していった。
うーむ、手際が良いのだが、シロで踏み潰さなくても……。折角、厩務者の老人が綺麗にしてくれたのに、ゴブリンの血で汚れてしまった。
その後しばらく進むと、橋の上に銀色の鱗を纏った大きなトカゲが昼寝をしていた。
「アイアン・リザードだ。鉄のように硬い鱗を持ち、さらに毒まで持っている。危険な魔物だ」とヴェンデルが説明する。
「どうする? 寝ている内に走って飛び越えるか?」とサシャが提案するのを、「わたしが仕留めます」と私の前に座っていたエーリカがクロから下りた。
エーリカは、眠っているアイアン・リザードに近づきながら右手を外し、黒光りする大口径の魔術具を嵌める。
「みんな、耳を塞いで!」と私が叫ぶと同時にエーリカから爆発音が響く。
クロとシロとレンタルしている馬が音に驚いて、飛び跳ねたり、後ろ脚で立ち上がったり、回れ右して逃げ出そうとして、落馬しそうになる。
そんな私たちに気にする事なくエーリカは、「無事、退治完了です」と告げた。
エーリカの言う通り、橋の上は血と肉と内臓が飛び散った酷い状況になっていた。
その光景を見た青銅等級冒険者の三人がドン引きしている。だが、すぐに馬から下りて、銀色に輝く血塗れの鱗を集め出した。アイアン・リザードの鱗は高く買い取ってくれるらしい。
日が傾き、気温が下がり始めた時、林の中から一匹のホーンラビットが現れた。
私たちは「ホーンラビットか」と興味なさそうに通り過ぎようとする。
ただ、エーリカだけは「食材です」とクロを止めて、退治する気でいた。もうエーリカは、ホーンラビットを魔物でなく食べ物としか認識していない。
そこで私は、「今度は私だ」とエーリカを押さえて、クロから下りた。
これまで皆が魔物相手に戦った。宿泊予定の村は目の前。最後ぐらい私も活躍したい。
リディーが「おっさん一人で大丈夫か?」と心配してくれるが問題は無い。ホーンラビットは何匹も止めを刺したし、メタボリックなホーンラビットも一対一で倒した事もある。そして何より、これまで何回も死闘を潜り抜けた経験があるのだ。
私はレイピアを抜き、道の端でキョロキョロと周りを見回しているホーンラビットにゆっくりと近づく。
私に気が付いたホーンラビットは、魔力で光り輝いているレイピアを見て、目を赤く光らせ、地面をダンダンと叩き出した。
「『光刃』!」
レイピアを振って、光の刃をホーンラビットに放つ。
ホーンラビットは、ピョンと飛んで、易々と光の刃を躱した。
あらら、失敗。
久しぶりに放ったから仕方がないよね。
それなら、これでどうだ! と右手に魔力を溜めると「みんな、目を閉じて!」と注意してから光の弾を放った。
飛んできた光の弾を今回もホーンラビットはピョンと跳んで躱す。だが、近くで破裂した強い光で視力を奪われ、地面に倒れた。
うむうむ、さすが光の弾。私の十八番。卑怯っぽいが命を掛けた闘いなので、目潰しも許される。
ブルブルと頭を振っているだけのホーンラビットに近づき、レイピアで心臓を一突きする。
久しぶりの感触にゾワリと鳥肌が立つが、すぐに手際良く退治した事による満足感が上回った。
うん、私も確実に成長し、強くなっている。
どうだ! と言わんばかりにドヤ顔で振り返ると、エーリカ以外、目を擦って見ていなかった。
青銅等級冒険者の三人が私の目潰し攻撃を知らずに視力をやられるのは仕方がない。だがリディー、君は知っていたよね。
この後、仲間のホーンラビットが現れるかと思い、しばらく様子を見ていたが現れる気配はなかった。その為、一匹分の食材を回収し、すぐ近くの村に入った。
現村長の名前が付けられたジーモン村は、十世帯程度の小規模な村で、ほそぼそと野菜と家畜を育てている特に語る事もない村である。
旅人を招く余裕のない村の為、宿屋はない。そこで村長に許可を得て、納屋を借りる事ができた。
食事は、パンとチーズ、それと先程倒したホーンラビットだ。ホーンラビットはサシャに解体してもらい、塩胡椒をかけて、焚き火で焼いただけ。
青銅等級冒険者の三人に倣っての食事内容である。
エーリカは、お腹を擦っていて満足していない様子だが、我慢してもらう。
食事も終わり、やる事もないので、さっさと就寝する。
穀物などの備蓄に囲まれた床で雑魚寝である。
誰も文句は言わない
野宿に慣れた青銅等級冒険者の三人は、「壁と天井があるだけまし」との事。
エーリカは、「ご主人さまがいれば、どんな場所でも快適です」とこっそりとリンゴを齧っている。
リディーは、「極寒の山で過ごす事に比べれば、文句などない」とエーリカに抱き着いている。
うーむ……みんな頼もしいな。
私だけ綺麗なベッドで眠りたいと思いつつ、ベアボアの皮で作った外套に包まり、眠りについたのであった。
翌朝、挨拶もそこそこに村を出る。
ここ最近、クロたちに乗る事が多かったおかげで、私もある程度乗馬に慣れてきた。未だにアナお手製のクッションをお尻に敷いているが、駆け足の速度でも背筋を伸ばして、周りを楽しむ余力がある。
今では私一人だけでクロに乗っているぐらいだ。
その為、エーリカはリディーと一緒にシロに乗っている。その横にマリアンネが並行して会話を楽しんでいた。
私はというと、左右にヴェンデルとサシャが並行して、会話をする事もなく進んでいる。
つまり、女性組と男性組に別れる事が多くなった。……私、外見以外は女性なんだけどね。
旅の初めの頃は、サシャが先頭を走り、周りを警戒しながら進んでいたのだが、あまりにも危険な魔物や野党が出ないので、今では緩み切っている。まぁ、耳の良いエーリカとリディーがいるので、問題があればすぐに分かるだろう。
「ねぇ、三人は幼馴染なんだよね。どうして、三人とも冒険者になったの?」
あまりにも暇過ぎて、適当な話を振ってみた。
「僕たち三人は、小さな町の孤児院で育てられたんだ」
「えっ、孤児だったの!?」
「ああ」と何でも無いようにヴェンデルが頷く。
重たい話になりそうで、聞くんでは無かったと後悔する。
「別に珍しくないぜ。ダムルブールの貧民地区に行けば、ごろごろいる」
うーむ……そういうものなのか。
「僕たちは歳が近かったから自然と三人でいる事が多くてね。孤児院を追い出された後、マリアンネは教会に、僕とサシャは日雇いの肉体労働で生きながらえていた」
孤児院の運営は税金で賄っているのだが、その額は雀の涙ほど。いつまででも居座っていたら新しい子を迎えられない。その為、孤児院の子供たちは、里親が見つからなければ、ある一定の年齢に達すると自立と称して追い出されてしまう。
無論、学もお金も家族もない孤児がいきなり社会に放り出されても、まともな仕事には付けず、殆どの者が貧民地区で惨めに生活するか、または犯罪集団に入ってしまうそうだ。
「マリアンネが会いに来なければ、今頃、僕たちも犯罪を犯して、炭鉱に送られていただろう」
「どういう事? マリアンネから冒険者に誘われたの?」
「そうそう、何をやっていたか知らないが、教会で女神さまに遣えていたら神聖魔法が使えるようになったから冒険者をやろうと言ってきた。二年ぶりに俺たちを探しだしたと思ったら、開口一番がこれだ」
「そうだったな。子供の事、良く冒険者の真似事で遊んでいたのを覚えていたらしい」
当時の事を思い出したのか、二人とも楽しそうに笑う。
その後は、マリアンネに押し切られるように冒険者になり、色々と苦労を重ねながら今に至るらしい。
「マリアンネは神聖魔法で支援をしてくれる。サシャは元々器用だから色々な武器や道具を使えた。逆に僕は不器用でね。初めの方は苦労したよ。槍や斧、弓矢なども使ったけどどれも上手く使えない。結局、盾で相手の攻撃を受け止めるぐらいしか出来ないでいる」
三人の中で一番、ヴェンデルがしっかりしているので以外だ。
ただ本人はそう言っているが、素人目で見ても立派な盾役をこなしていると思う。
サシャもマリアンネも安心して任せているのを見るに、自己評価が低いだけかもしれない。そう言った事も含めて、リーダーに向いているのだろう。
「変な事を聞くけど、男女混合の冒険者って、上手くやっていけるの?」
ヴェンデルたちは男性二人女性一人のグループだ。漫画やゲームでは男女混合グループは良く見かけるが、実際は上手く機能するのだろうか?
トイレ、寝床、身支度、または月のものと男女では色々と気を使わなければいけない。さらにそこに恋愛関係が発生すれば、グループ内に歪みが発生するだろう。
「同性同士で組むのは基本だね。今まで何組か混合の冒険者を知っているけど、どれも喧嘩別れして終っている。だから、僕たちみたいなのは珍しい。お互い知り尽くしているとはいえ、喧嘩しないようマリアンネの事は気を使っているよ」
「まぁ、他の事はともかく、恋愛関係には成りえないな。俺とヴェンデルは年上好きだ。妹みたいなマリアンネに変な感情は抱かないぜ」
ケラケラと笑うサシャと違い、ヴェンデルは前方にいるマリアンネを暖かい目で見つめる。
「女神の元、操を立てると言っているし、マリアンネ自身も僕たちと同じ考えだと思うよ」
教会出のプリーストがどのような戒律を課しているのか分からないが、やたらとエーリカとリディーにベタベタしているのを見るに、そっちの気があるか、または面食いの可能性もある。
「俺たちの事ばかり聞くが、自分はどうなんだ? おっさんの周り、全員女じゃねーか。人形のような嬢ちゃんに始まり、妖精、不動の魔術師、さらにエルフまで揃えやがって。何がしたいんだ?」
「えっ……えーと……」
「ふふ、どれも美人ぞろい。羨ましい限りだ」
サシャには睨まれ、ヴェンデルには笑われる。
私自身、心は女性なので男女混合パーティーという意識はない。だが、傍から見れば、男一人に女性多数の状況だ。それも一緒に生活までしている始末。妬み恨みで刺されないよう夜道には注意しよう。
そんな私は「ははは、何なんでしょうね」と笑って濁しておいた。
山を越え、川を越え、野原を進む事、夕方近く。
遠くの方で山脈を背景に独立した高い山が視界に入った。その山の裾野には、山を囲うように森が広がっている。
「あれが風吹き山だね。ようやく辿り着いたわ」
マリアンネが馬の上で背伸びしながら呟く。
私も風吹き山を眺めながら腰を叩いた。一日中、乗馬しているとお尻だけでなく、体の至る所が痛くなる。
「まだ距離がある。今から向かった所で真っ暗になってしまうだろう。今日は、この辺で一泊しよう」
そう言うなりヴェンデルは周辺を見回し、「あの辺が良いだろう」と崖下の窪地を指差した。つまり野宿である。うん、知っていた。周りには町も村もないからね。
完全に暗くなる前に火を起こし、車座になって食事を摂る。
食事内容は、パン、干し肉、チーズ、ドライフルーツである。昨日と違い、ホーンラビットの肉が無いので余計に質素であった。
チラチラとエーリカとリディーが私の顔を見てくる。たぶん、お腹に溜まる料理を作ろうの視線だろう。だが、私はあえて無視する。今回は、青銅等級冒険者の三人から本来の旅の仕方を学ばせてもらっているのだ。決して、食材があるので料理をします、と今更言うのが恥ずかしい訳ではない。
その代わり、食後にミント茶を振る舞った。
サシャとマリアンネ以外、美味しそうに飲んでくれた。
食事を終え、少しおしゃべりしたら就寝である。
今回は、野宿と言う事で見張りを立てる事になった。
食事内容の時と同じで、エーリカの結界については話していない。
時間は適当で、星の位置がこのぐらい動いたら交代だと言われた。
順番は、私、エーリカ、リディー、マリアンネ、ヴェンデル、サシャである。
一度眠ったらエーリカが忍び込んできても起きない私が一番にしてもらった。他の人たちは適当。
各々、毛布や外套に包まって地面に寝そべる。
私は見通しの良い場所に移動し、背中に焚き火の温もりを感じながら真っ暗な景色を眺めた。
何も見えない暗闇一色。魔物が近づいてきてもすぐに発見できそうにない。
頼むから、何も来てくれるなよ。
そう願っていると、ストンと私の横に誰かが座った。
「わたしもご主人さまと一緒に見張ります」
エーリカである。
私は外套を広げて、エーリカと一緒に包まる。
エーリカは、袖口からリンゴを取り出して、シャリシャリと食べ始めた。
私もリンゴを貰い、暗闇の奥を眺めながら食べる。
みんなが眠っている事もあり、特に会話らしい会話はしない。
風の音、虫の鳴き声、獣の遠吠え、薪が弾ける音、誰かの鼾を聞きながら、私はエーリカと一緒に二人分の見張りをしたのだった。




