252 六人での旅路 その1
ようやく章の本編に入った感じです。
と言う事で、第四章のタイトルが付きました。
また、これまでの章のタイトルも少し変えました。
初見の方だと、若干、ネタバレなタイトルですが……気にしません。
これからも宜しく、お願いします。
ドワーフの村に行く事が決まった。
出発は明日の為、旅の準備をしなければいけない。ただ、着替えや食料などの荷物はエーリカの収納魔術に入っているので、準備らしい準備はない。エーリカとリディーも同じである。
今すぐにでも出発しても良いぐらいだが、同行する青銅等級冒険者の三人が帰ってきていないし、さらにクロージク男爵から料理レシピの催促が入っているので、予定通り、明日に出発する。
クロージク男爵の執務室を退室した私たちは、外に出て、館の裏に周り、馬場の近くで作業をしていた厩務者の老人に声を掛けた。
明日からクロとシロを連れて出かける旨を伝えると、旅に向けてクロたちの手入れや栄養のある餌を与えておくと言ってくれた。さらに馬具の調整もしてくれるらしいので、余程、クロたちが気にいっているようだ。
ついでに青銅等級冒険者の三人も一緒に行く旨を伝えたら、彼らの馬も見ておくと請け負ってくれた。馬好きの老人で助かる。
私たちは、しばらく馬場内を駆けているクロとシロを眺めてから館に戻り、厨房へ入った。
メイドさんたちと一緒にクッキーとお茶を楽しんでいた料理人四人に明日から出かける旨を伝える。その間、天然酵母の面倒を見てもらう為、再度、作り方と注意事項を伝えた。
そして、クロージク男爵の要望で、本日中に新しい料理を作る事になったので、早速、料理教室の開催をお願いした。
作るのはマローニ料理の応用……になるのか分からないが、ラザニアとグラタンを選んだ。
まずはラザニア。
材料は、ラザニア生地、ミートソース、ホワイトソース、チーズである。
マローニ生地をペラペラになるぐらい薄く伸ばし、形を整えたら軽く茹でた後、水で締めて水分を切る。
ミートソースは、今まで通りに作ってもらう。クラーラが「またミンチ肉作り!」とげんなりしているが、我慢してもらった。
ホワイトソースは、溶かしたバターに小麦粉を加えて熱しながら混ぜていく。サラサラで良い香りが出てきたら牛乳を加えていき、トロリと滑らかになったら塩胡椒で味を調えて終わり。
材料が揃ったら耐熱皿にホワイトソース、ミートソース、ラザニア生地の順に重ねていき、最後にチーズを乗せて、竈で焼き上げれば完成である。
次はグラタン。
材料は、マカロニ、鶏肉、玉ねぎ、マッシュルーム、ホワイトソース、チーズである。
厨房に鶏肉が無かったので、エーリカの収納魔術から取り出したホーンラビットの肉で代用。
ホーンラビットの肉を一口大に切り、適度な大きさに切った玉ねぎと一緒に鍋で炒める。火が通ったらマッシュルームのようなキノコも加え、ラザニアで作ったホワイトソースを入れて、煮込んでいく。
マカロニは、以前、細い棒で丸めて作ったペンネの要領で作った。そのマカロニを軽く茹でてから、ホワイトソースの鍋に入れて、軽く煮込んでから塩胡椒で味を整える。
そして、耐熱皿に移し、上にチーズを乗せて、竈で焼き上げて完成である。
うろ覚えの割りには、上手く出来たと自画自賛する。
味はまぁ、何か物足りない感じではあるが、不味くはない。
やはり鶏肉でなくホーンラビットを使った所為か、または野菜や牛乳の質か、はたまたコンソメがない所為か、私の覚えているラザニアやグラタンとは微妙に違う。
だが、これに関しては仕方がない。
ここは現在日本と違い、異世界だ。材料も足りないし、野菜などの質も違う。それに私はプロの料理人ではないのだ。不味くなければ良しとしよう。
私が心の中で反省している一方、エーリカとリディー、それと料理人四人は大変満足していた。
「どれだけマローニを使った料理があるんだ!? それにこの白いソースは何だ!? 牛乳にこんな使い方があったのか!?」
「ミートソースもこの白いソースもこれだけでもすっごい美味しいのに、まだまだ色々と使えそうだよね。パウル様じゃないけど、扉が開くねー。意味、分かんないけど」
今までにない料理にアルバンとクラーラが騒いでいる。それを聞いているハンネとエッポもコクコクと頷いていた。
ちょっと、大袈裟じゃないかな?
まぁ、これを機に食堂楽男爵の料理人として、塩胡椒だけの異世界料理に新たな料理方法を広めてほしい限りである。私は教えるだけで、食革命はしないからね。だって、冒険者なんだもん。
などと思っていたら、「おっさん、冒険者辞めて、アナの店を切り盛りした方が合っているんじゃないのか?」とホワイトソースを気にいったリディーが美味しそうにマカロニを食べている。
凄い速さなのに、なぜか優雅に食べ続けるエーリカも「その時はわたしも協力します。試食はわたしの担当です」と眠そうな目で期待に満ちた顔をしていた。
私、絶対に料理人には成らないからね!
その後、クロージク男爵とその家族の夕食まで、料理人四人を中心にラザニアとグラタンの試作を重ねた。
材料の見直しから始まり、作業工程や調理方法と素人の私では思い付かない事が次々と出てくる。そして、試作を重ねる度に味が美味しくなっていく。さすがプロの料理人である。
やはりと言うべきか、試食を重ねた所為で、青銅等級冒険者の三人が戻ってくる頃には、お腹一杯でエーリカ以外は夕飯抜きになった。
戻ってきた青銅等級冒険者の三人を捕まえて、明日以降の事を伝える。
案の定、三人は慌ただしくなってしまった。
クロージク男爵に面会を取り付け、依頼の確認をする。私兵を捕まえて、道中の町や村の位置、野宿する場合のおすすめ場所、または魔物について聞き出す。さらに旅の備品が足りないとの事で、真っ暗の中、サシャが近くの村まで馬を駆けていった。
まったく準備をせず地図を見ながら進めば何とかなると軽く考えている私たちと違い、旅慣れしている青銅等級冒険者の先輩たちは用意周到である。うん、勉強になるな。
道中は彼らに任せておけば何とかなると考えた私たちは、特に旅の準備をする事もなく、明日に備えて、早めに休んだのだった。
次の日。
朝食を早々に済ませた私たちは、厩務者の老人に綺麗にされたクロたちに跨り、クロージク男爵の館を後にした。
私とエーリカはクロに、リディーはシロに、ヴェンデル、サシャ、マリアンネはレンタルしている馬に乗って、のんびりと麦畑を進む。
別段、急ぎの旅ではないので、私のお尻とヴェンデルたちの馬に合わせて、駆け足程度の速度でのんびりと行く事になっている。
「本当、貴族っていうのは自分勝手だな。普通、相手の予定なりを聞いてから、依頼内容を打診する筈だぞ」
「それ込みの依頼料と思っておこう」
「確かにね。ドワーフの村に行くのはあまり気が進まないけど、依頼内容に比べて、値段は破格よね。貴族の依頼が癖になりそうだわ」
先頭を走るサシャ、ヴェンデル、マリアンネが馬に揺られながら、のんびりと会話している。
ヴェンデルたちには、ドワーフ村の視察と可能であれば問題解決をする内容で伝えてある。そのついでに私たちがフィーリンに会うのだ。
もし、本当は私たちの護衛と知れたらヴェンデルたちは、おまけ扱いで嫌な顔をするかもしれない。そう思っての計らいである。まぁ、冒険者が冒険者に護衛されるのもどうかと思う次第であるが……。
そういう事で、昨日、慌ただしくしていたヴェンデルたちであるが、依頼自体は特に嫌がる内容ではなかった。逆に貴族値段の依頼料を知り、やる気になっているぐらいである。
「すみません、私たちは地図を見るのが苦手で、これからどのような予定で進むのか教えてください」
地図を見るのが苦手というのは嘘だ。私は苦手だが、エーリカとリディーなら地図と景色を見れば、目的地にたどり着けるだろう。ただ、まったく情報収集をしてこなかった私たちよりも、右往左往してくれた青銅等級冒険者の三人に道案内を丸投げした方が確実と思っての発言だ。決して、楽をしようと考えた訳ではない。
そんな私の態度に「本当に冒険者なのか? 地図が読めないと、この先大変だぞ」とサシャが呆れた顔をしながら心配してくれた。
「私たちも初めはそんな感じだったじゃない。ようは慣れよ、慣れ」
「マリアンネの言う通りだな。今回は、僕たちの方で色々と調べたので、僕たちが良いと思った道順で行くけど、それで良いかい?」
何の計画もしていない私たちを責める事もせず、ヴェンデルは律儀に確認した。そんな人の良いヴェンデルたちに私は「先輩たちにお任せします」とやはり丸投げである。
「このまま進めば、ミンスターという町に着く。そこから南に向かう街道が走っているので、基本、その街道を進めば、風吹き山の近くまで行ける」
要所要所の場所には道が通っているので、迷う事はないそうだ。
こういったインフラ設備も土地を管理している貴族の手腕に掛かっている。管理している貴族によってはまったく道が機能していない場所もあるそうだ。その点、南アルトナを管理しているクロージク男爵は食だけでなく、最低限の事はしているみたいである。
その後、ヴェンデルから本日はこの村で一泊とか、二日目はこの辺で野宿とか、この道は野党がいるので回り道するとか、細かく予定を聞かされる。流石、青銅等級冒険者のリーダー。私とは違うね。
「今から行くミンスターの町で少し情報を集めるので、冒険者ギルドに寄るよ」
「情報ですか? まだ何かあります?」
「クロージク男爵の私兵からある程度魔物の生息地域は聞いている。ただ、風吹き山に広がる『迷いの森』の情報がまったく入らなかった。どんな魔物が生息して、どう行けばドワーフの村に辿り着けるかを知らなければいけない」
ああ、その森、魔物の巣窟とか言っていたね。
エンカウント率百パーセントの森に行き当たりばったりで入ったら、すぐに逃げ帰るはめになる。本当、情報って大事だね。と今更ながら思うであった。
「あと、男爵様を護衛した時の依頼料を換金するつもり。そのお金で食糧を買いたいから、若干時間が掛かるわ。あなたたちも必要な物があれば、買っておいた方が良いわよ。この先、小さな村しかないからね」
マリアンネが「何を買おうかな」とヴェンデルとサシャの三人で楽しそうに相談している。余程、護衛の依頼料が良かったのだろう。
麦畑が途切れ、緩やかな丘陵地帯が続く。
昼頃までゆったりとした足取りで進むと、堀に囲まれた町が視界に入った。
ここが最初の目的地であるミンスターの町らしい。
ミンスターの町は、クロージク男爵の館の近くにあるボーダールの町と対して変わらない大きさだ。ただ、数世代前に起きた内乱の際に砦として作られた場所らしく、今でも堅牢な石造りの町になっている。
ミンスターの町に入った私たちは、一番に冒険者ギルドへ向かう。
すぐさま青銅等級冒険者の三人はクロージク男爵の護衛の依頼料を換金した。あえて金額を聞いていないが、三人の蕩けそう顔を見る限り、相当な金額なのは聞かずとも分かる。
その後、魔物の分布について聞く。
街道沿いの魔物については、ダムルブールの街の周辺と変わりないので問題はないのだが、肝心の『迷いの森』については詳しい情報は得られなかった。
それもその筈、深く険しい樹海の為、雑多多様な魔物が生息しているからだ。スライムから始まり、昆虫系、獣系、鳥系、花系の魔物の巣窟であり、人間を排した独自の生態系で成り立っている。特別な理由がない限り、そんな場所を細かく調べようとはしない。一度、どこかの学者が冒険者を雇って森に入ったのだが、全員、帰ってこなかったそうだ。
何それ、怖い!
そう言う事で冒険者ギルドでは、『迷いの森』の先にあるドワーフの村の行き方も分からなかった。
そもそもドワーフの村にフィーリンはどうやって辿り着いたのだろうか?
さすがに魔物の巣窟である森を突破したとは思えない。
ドワーフが行き来しているので、安全なルートがある筈だ。
もしかしたら、案内看板が立っているのだろうか?
そう思っていたら、エーリカとリディーから「フィーリンねえさんの事です。お酒の匂いに誘われて、魔物を蹴散らしながら森の中を最短で進んだのでしょう」、「何も考えずに森に入って、たまたま辿り着いた可能性もあるな」と言われた。
どちらにしろ、フィーリンは魔物の巣窟に入っても無事に脱出できる人物らしい。
まだ見ぬフィーリンが化け物に思えてきた。
依頼の換金と情報を得た私たちは、武器、防具、さらに薬や魔法道具が売っている冒険者ギルド印のよろず屋に入った。
懐が暖かいヴェンデルが、楽しそうに武器と防具を品定めしている。お金があるって良い事だね。
良い機会だし私も新しい防具でも新調しようかな? と思い、以前購入したかった鎖帷子を手に取る。
サイズの合う鎖帷子を持つとズシリと重みが伝わり、腕がプルプルと震え出した。
重いは重いのだが、今の私なら無理をすれば着れなくはないだろう。
どうしようかと悩んだ後、店員に値段を聞いたら、速攻で諦めた。
無理をすれば買えなくはないが、今すぐに買う必要はない。今度、お金に余裕が出来た時にでも買いにいこう。……などと思っても結局買わないんだよなー。一人暮らしをするとケチが身についてしまうのだ。
武器、防具コーナーを通り過ぎて、薬コーナーを覗く。
そこにはマリアンネが常備薬として、回復薬、毒消し、虫避け、魔物避けの薬を購入していた。
今まで色々なゲームをしてきたのに、そういった薬を一個も持っていない事に気が付く。冒険者失格である。
良い機会なので、私、エーリカ、リディー用に各一個ずつ購入し、各自で持つようにした。
一番奥に行くと、サシャが魔法道具と睨めっこしていた。いや、厳密には値段と財布を交互に見ている。
魔法道具は色々とあり、各属性の攻撃魔法を放つ道具だったり、防壁が出る道具だったり、毒や麻痺といった効果を与える道具だったりと戦闘に役立つ物が並んでいる。ただ、どれも値段が高く、依頼料の入ったサシャでも悩む程だ。
色々な魔術が扱えるエーリカがいる私たちには必要がないので、冷やかし程度に見て回って終わった。
よろず屋を後にした私たちは、食品が並んでいる露店を見て回る。
ヴェンデルたちは、干し肉、ドライフルーツ、カチカチのパン、チーズといった長い間保存できる食糧を買い込む。
私たちは、エーリカの収納魔術に沢山の食材が入っているので、わざわざ買う必要はない。たが今回は先輩である青銅等級冒険者の三人に倣って、普通の冒険者がどのような旅をしているのかを知る為に彼らに合わせるつもりでいる。そこで彼らに倣い、同じ物を購入した。
尚、エールやワインといったお酒は、ここでもお一人さま一杯と限定されているので、皮袋に入れて持って帰る事が出来ず、サシャがブーブーと文句を言っていた。
最後に古着屋に寄る。
今回の旅がどのくらいの日数が掛かるか分からないので、足りなそうな衣服や下着類を購入していく。
その後、寒々しい私の頭を見たヴェンデルとサシャが、旅の必需品である帽子、外套、長靴を買うように勧められたので、そちらも購入。
日差し雨避けの帽子は、皮製で少し重い。だが、これで冷たい風で頭が痛くなる事はないだろう。
外套はアナから借りた物があるのだが、正式に自分用に欲しくなったので購入。値段の安いベアボアの皮を使った外套でズシリと重い。だが、防寒防水に優れているのでお得である。
残念ながら長靴はサイズが合わなかったので、購入は見送りにした。
買い物を終えた私は、女性コーナーに視線を向ける。
そこには、マリアンネがエーリカとリディーに似合う服を見繕っていた。
どれも旅向けではない、可愛い服ばかりである。
「必要ありません」とか、「こんな可愛いの着れるか!」とエーリカとリディーに断られまくっている。だが、そんなマリアンネは気にする事なく、可愛い服を見つけてはエーリカとリディーの体に合わせて、「うんうん、可愛い、可愛い」と楽しんでいた。
うわー、私も混ざりたい!
エーリカとリディーに色々な服を着せて愛でたい衝動に駆られるが、ハゲで筋肉で強面のおっさんの姿である私が混ざったら、衛兵を呼ばれそうなので我慢する。
一通り用事を済ませた私たちは、ミンスターの町を後にする。
そして、本日の宿泊場所である村に向けて、のんびりと進むのであった。




