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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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250 ドワーフの来訪

 あー、もう無理! 我慢できない!


 朝食を食べていた私は、パンを放り出して顎を擦る。

 香ばしい小麦の香りを十全に放つ美味しいパンなのに、硬すぎて一個を食べただけで顎が限界に達してしまった。

 せめて『カボチャの馬車亭』ぐらいの硬さなら後数個は食べられるのに……残念である。

 いっその事、『カボチャの馬車亭』のパンみたいにエールを混ぜて作ってもらおうかな? 

 いや、どうせならもっと柔らかいパンを作っても良いかもしれない。

 パンの材料である小麦はある。プロの料理人もいる。一応、時間もある。

 良い機会だし、挑戦してみるのも良いかもしれない。


「ねぇ、クラーラ。モチモチとした柔らかいパンがあったら、みんな喜ぶと思う?」


 朝食の準備を終え、私と一緒に食事を摂っているクラーラに声を掛けた。


「柔らかいパン? なにそれ?」


 何を言っているんだ、このおっさんは? と思っているだろうクラーラは、バリンと歯が欠けそうな音を出しながらパンを一口齧る。

 パンは硬い物と認識しているこの世界の住人にとっては、柔らかいパンを想像するのは難しいのだろう。


「レンガのようなガチガチのパンでなく、指で押すとへこみが出来るふわふわもふもふのパン。凄く美味しいし、何より顎が疲れない」

「まったく想像できないけど、あったら面白そうだね。……もしかして、作れるの?」

「作った事は無いけど、たぶん出来ると思う」


 知識はある。非常に簡単だったのを思い出す。だが、今までやった事もないし、日数が掛かるので挑戦する気にはならなかった。


「クズノハさん、やる? 今すぐやる? ねぇ、ねぇ!」


 好奇心旺盛のクラーラが机に手をついて跳ねている。

 一応、実年齢は私より上なんだから落ち着いてほしい。

 私は食べかけの朝食を平らげるとクラーラと共に厨房へ入った。ちなみにエーリカとリディーは、ゆっくりと食べている私を置いて、クロたちの様子を見に行っている。

 

「おっ、また何か作るのか?」


 厨房で作業をしていたハンネ、エッポ、アルバンが集まってくる。


「ええ、天然酵母を作ろうと思いまして」

「天然……こう……何だ、それ?」


 耳慣れない言葉を聞いたみんなは一様に首を傾げる。説明するのが面倒な私は、「エールみたいなものです」と適当に教えた。

 たぶん間違っていないと思う。作り方も似ているし、同じ発酵食品だしね。

 初めから上手くいくとは思えないので、ありったけの容器でいろんな種類の酵母を作るつもりだ。ようは実験である。

 まず容器をお湯で煮沸消毒する。

 その後、容器ごとに酵母にする材料を入れ、砂糖と水を加え、蓋をする。入れるのは定番のレーズンとリンゴ。リンゴは皮と芯。実験という事もあり、余り物の果物やドライフルーツ、野菜も試してみる。


「時間が経つと、泡が付着していきます。一日に一回、攪拌し、中の空気を入れ替えてください。蓋を開けた時、勢い良く空気が漏れて、エールみたいにあわあわになったら完成です」


 作業をしながら、簡単に説明していく。


「ふーん、それを作ったら、どうすれば良いの?」


 リンゴの皮を剥いているハンネが、良く分からない顔をしながら尋ねてきた。

 私は、天然酵母を使ったパン作りの流れを説明する。とはいえ、捏ねて寝かせると膨らむぐらいしか違いはないけどね。


「そうすれば、ふわふわの柔らかいパンが出来るのね」

「上手くいけばね」


 名前の知らない果物を容器に入れたクラーラの顔は期待に満ちていた。

 全ての容器に食材、水、砂糖を入れ、蓋をして完成。数にして十個。この内、一つでも上手く出来たら良いな。

 その後、保存に適した温度や発酵温度など、数珠繋ぎの記憶を思い出しながら注意点を伝えておく。

 特にカビが生えたり、酸っぱい匂いがしたら失敗で捨てるように、と強く言っておいた。天然酵母作りで腹痛を起こし、それで貴族を殺したらここにいるみんな死刑になってしまうからね。


 一段落した頃、クロたちの様子を見に行っていたエーリカとリディーが戻ってきた。

 私たちが厨房で作業をしているのを見たエーリカは、トトトッと素早く近寄ると「新しい料理ですか?」と眠そうな目をしながら期待に満ちた声で尋ねてきた。

 簡潔に天然酵母の説明をした私は、「飲み物じゃないから飲まないように」とエーリカに釘を刺しておく。


 天然酵母の容器を邪魔にならない場所に移動していると、リディーが「何か聞こえる」と長い耳をピクピクさせている。


「外の方が騒がしいな。何かあったみたいだぞ」


 聞き耳を立てているリディーが、玄関の方向を向き、みんなに伝えた。


「どんな音が聞こえるの?」

「うーん……言い合っているな。ちょっと様子を見てくる」


 野次馬根性丸出しのリディーが楽しそうに行ってしまった。

 「まったく、仕方が無いな」と言いつつ、興味津々の私はエーリカと一緒にリディーの後を追う。ちなみにクラーラも行こうとしていたのをアルバンが首根っこを掴んで止めた。

 勝手口に出ると、確かに聞こえる。野太い男の声と落ち着き払った女性の声だ。

 正面玄関の方から聞こえるので、壁に沿って近づくとリディーが建物の角から顔を覗かして様子を見ていた。完全に怪しいエルフである。


「どんな感じ?」

「突然来たドワーフをメイド長が阻止しているみたいだ」


 長い耳で私たちが来たのを知るリディーは、振り返る事なく答えた。

 

「ドワーフ? 何でドワーフが来るの?」

「今さっき来た僕に分かる訳ないだろ」


 ご尤もです。

 私は中腰になっているリディーの上から顔を出して、正面玄関の様子を見る。エーリカは、リディーの下から覗く。完全に怪しい三人組である。

 玄関の前には、背の低いずんぐりむっくりの樽のような二人のドワーフがいた。顔中髭だらけなので、年齢も表情も分からない。

 そのドワーフから館を守るようにメイド長である初老の女性が仁王立ちをしていた。このメイド長は、私たちが初めてクロージク男爵の館に訪れた時に部屋まで案内をしてくれた使用人である。


「何度も言うように、あなたたちにパウル様を会わせる訳にはいきません」

「突然、来た事は謝るぜ。だから、これからすぐに面会できるように取り成してくれ」

「面会予定のない方には無理です。お引き取りを」

「じゃあ、今すぐに予定を組んでくれ。太陽が沈む前までなら待ってやる」

「出来る訳ないでしょう。これ以上、居座るなら兵を呼びますよ」


 どうやら、二人のドワーフはクロージク男爵に会いたいらしい。

 それにしても、貴族が相手なのに上から目線が凄い。私の知っているドワーフもこんな感じだったのを思い出す。いや、単純に口が悪いだけか。


「こっちにも事情があるんだ。そう簡単に引き下がれるか」

「どうせ酒類の取引禁止の撤回を要請に来たのでしょう」

「分かっているなら話が早い。俺たちは盗賊じゃない。ちゃんと賃金を払って買っているんだ。それを俺たちドワーフに酒を売らないようにするなんて、横暴にも程があるぞ!」

「あなたたちは、やりすぎなのです。理由はどうあれ、一般市民に影響が出る以上、パウル様に会われても変わる事はありません」


 初老のメイド長は、男爵夫人の相談役であり、側使えでもある。半年も留守にするクロージク男爵の代わりに土地を切り盛りする男爵夫人のメイド長という事で、色々と知っているみたいだ。


「俺たちの村の今後を左右する事態なんだ」


むっ、村が左右する事態とは……何だか聞き捨てならない言葉が出てきた。


「……一応、何があったのかを聞かせてもらいましょう」


 流石、領地を管理している貴族のメイド長だ。断りの一辺倒だったメイド長が逆に尋ねた。


「すっげー美人の娘っ子が、俺たちの村を訪れているんだ」

「誰よりも酒が強い。鍛冶の腕も良い。愛想も良い。是非とも村長の嫁さんになって、俺たちの姫様になってほしいんだ」


 「だから、うめー酒が必要なんだ!」と二人のドワーフが怒鳴る。

 なるほど……ただの接待であったみたいだ。


「俺たちには、今すぐに美味しい酒が必要なんだ。近くの町や村で買う事が出来ないなら男爵の秘蔵の酒を分けてくれ。金なら払うし、壊れた鍋があったら直してやるぞ」

「必要ありません」


 くだらない事情と分かったとたん、メイド長の声色は無機質に近いものに変わる。

 その後、色々と罵声のように懇願するドワーフをメイド長が淡々と断っていった。

 

「くそ、話にならん。また来る」

「今度来たら、兵士に相手してもらいます」


 二人のドワーフは木製の荷車を牽いて、引き下がっていく。

 メイド長は、ドワーフが見えなくなると館へ入っていった。


「エーリカ、あのドワーフが言っている娘って、やはり……」

「はい、わたしもそんな予感がしてきました」


 リディーとエーリカは顔を見合わせて頷き合っている。


「良し、確認しに行ってみよう」

「はい」


 リディーとエーリカが建物の影から飛び出す。

 私が「どこ行くの!?」と言うと、「ドワーフに聞きたい事がある」と二人は駆け出して行った。

 私も後を追う。

 目的のドワーフはすぐに追い付いた。


「兄貴、美味そうな豚だな。酒の代わりに持って帰るか?」

「貴族の豚だったらまずいぞ。怒りを買ったら、ますます酒を寄越さなくなる」

「林の中に放置されているんだ。きっと野良の豚に間違いねーよ、兄貴」

「それもそうだな、弟よー」


 ドワーフの二人は、雑木林の道の真ん中でドングリらしき木の実を食べている豚を眺めていた。それにしても、この二人のドワーフ、兄弟だったんだ。どっちが兄で、どっちが弟か顔を見ただけでは判断できない。


「その豚は貴族の豚です。盗んだら炭鉱送りです」


 ドワーフたちに追いついたエーリカとリディーが引き留める。


「持って帰るだけで、別に盗むつもりはねーよ。それで人間の娘とエルフが俺らに何の用……兵士を呼んで、殴りにきたのか!」


 息を切らせて追い付いた私を見るなりドワーフの二人が、腰に下げているハンマーに手を添えた。


「いえ、尋ねたい事があります」

「聞きたい事?」

「あなたたちの村に来たドワーフの娘の事です」

「人間とエルフが姫様の事を聞きたいだと?」


 エーリカの言葉にドワーフの声色が変わる。ハンマーの握る手に力を入れているあたり、警戒されているようだ。


「そのドワーフの特徴ですが、髪の色は茶色で、後ろ髪を三つ編みにして束ねていますか?」

「…………」


 エーリカの問いにドワーフの二人は無言で返す。


「わたしよりも頭一つ分背が高く、間の抜けたような話し方をしていませんか?」

「……名前は?」

「わたしはエーリカです」

「お前の名前じゃねーよ! 姫様の名前を言ってみろ!」

「フィーリンです」


 エーリカが言うと、ドワーフたちの手がハンマーから離れた。


「お前たち、姫様とはどんな関係だ?」

「フィーリンは、わたしたちの姉です」

「姉だぁー? ふざけんじゃねー! 姫様の妹が、人間とエルフな訳ねーだろ! 鏡を見てから物を言え!」


 ドワーフから地響きが起きそうな怒鳴り声を発するが、エーリカはいつもの表情を崩さない。


「兄貴、酒の入っていない連中の言葉を鵜呑みにするんじゃねーよ。どうせ俺たちから姫様を攫おうとしているだけだ」

「そうだな、そうだな。この事は護衛の二人に知らせておこう。早く戻るぞ、弟よ」


 そう言うなり、二人のドワーフはドスドスと短い足を踏みながら行ってしまった。

 エーリカたちは、そんなドワーフたちを黙って見送っている。


「えーと……追い掛けなくて良いの?」

「ん? 何で?」


 今まで黙ってエーリカの後ろにいたリディーが首を傾げる。


「フィーリンって、リディーと一緒に山越えをしたお姉さんだよね。途中で行き別れて、どこかへ行ってしまったお姉さん」

「ああ、そうだよ」

「折角、居場所が分かったんだから会いに行く為にドワーフに付いて行くとかしないの?」

「しないな」


 「じゃあ、何で尋ねたの?」と私が聞くと、エーリカとリディーは、一連の酒問題に姉のフィーリンが関わっているのでは? と思っていたのを確認したかっただけみたいだ。

 

「粗野で野暮なドワーフが住む村なんか行きたくない」

「フィーリンねえさんの無事を確認できれば、それで良いです」


 そう言うなり、リディーとエーリカは館へと戻って行く。


 おい、それで良いのか、姉妹たちよ!


 本当の家族との関係が希薄な私でも、それはないんじゃないかと思ってしまった。



 ―――― 村に行こうねー ――――



 『啓示』は、エーリカたちとは違う考えのようだ。

 うん、私も『啓示』の言葉に賛成。

 会いに行くのは、エーリカたちの姉だ。

 ぜひ、会ってみたい。

 いや、会う必要がある。

 『啓示』の指示がなくても、私はそう感じたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 三つ編み茶髪で間抜け口調の…ドワーフ! ヴェクトーリア博士はいい趣味してますね [一言] ヒゲまみれにしたアケミおじさんならちょっと大きいドワーフとして紛れ込めるかもしれない
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