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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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248 マローニ作り

 朝の鐘が鳴ると同時に胸の重みが消えた。

 私の胸板で眠っていたエーリカが起きたのだろう。

 私も欠伸を噛みしめながら起き上がる。

 普段なら朝の鐘の前に起きるのだが、慣れない旅の疲れが出たようで、エーリカが起きるまでぐっすりだった。

 用意を済ませ廊下に出ると、リディーとマリアンネも同じように出てきた。朝の挨拶を済ませ、四人で食堂へ向かうとすでにヴェンデルとサシャがいて、パンをガシガシと食べていた。


「飯はパンとスープだ。スープは勝手に掬って飲んでくれだってよ」


 サシャが顎で竈に乗せてある鍋を示す。

 セルフサービスというだけあり、厨房内は戦場と化していた。

 ハンネとエッポ、そして館の料理人たちがクロージク男爵とその家族の為に朝食の準備をしている。

 あきらかに、私たちと男爵の朝食の内容が違い過ぎて、笑いが込み上げてきた。

 立場をわきまえている私は、机に置かれているお椀を持って、竈の火に掛けられている鍋からスープを掬うと、ヴェンデルの前へと座った。同じようにエーリカ、リディー、マリアンネが席につく。

 本当にパンとスープだけ。

 普段から喫茶店のモーニングみたいな朝食を食べている私とエーリカとリディーは不満顔であるが、青銅等級冒険者の三人からは不満そうな雰囲気は出ていない。逆に「このスープ、美味いぜ」と満足そうだ。

 もしかして一般の平民は朝から色々と食べないのかな? 

 

 机の上の山盛りに乗せられたパンを掴み、一口齧る。相変わらず、ボソボソで硬いパンであるが、小麦の産地というだけあり麦の香りがしっかりとしている。

 スープは、沢山の野菜屑と肉の切れ端が入っており、塩胡椒味であるがしっかりと旨味があった。

 これはスープで腹を満たせって事だな。そう判断した私は、顎が疲れるパンをそこそこに、スープを何杯もお代わりしてお腹を満たす。


「君たちは、これからどうするつもりなんだい?」


 食事が一段落ついた時、ヴェンデルから声を掛けられた。


「厨房が落ち着いたら男爵の依頼の為、料理の試作をしたいと思っています」

「料理の試作?」


 青銅等級冒険者の三人が首を傾げている。

 私が男爵の依頼について教えると、「おっさん、冒険者だよな?」「元料理人だったのか?」「食材探しの為に冒険者になったのですか?」と返ってきた。

 本当、どうしてだろうね。


「そういう事で当分の間、厨房に籠る予定。そっちはどうするの? 今日にでも帰るの?」


 自分の領土に帰ってきたクロージク男爵は、このまま半年間はダムルブールの街に戻ってこない。そういう事で、青銅等級冒険者の三人の依頼は、片道分の護衛だけである。すでに依頼は終わっているので、このままダムルブールの街に戻っても問題はない。


「いや、折角ここまで来たんだ。しばらく滞在させてもらう。その間、近くの町の冒険者ギルドで仕事をこなそうと思っている」


 ダムルブールの街だけでなく、そこそこ大きな町にも冒険者ギルドは存在する。一度、冒険者証を作れば、どこの冒険者ギルドでも依頼を受ける事は可能だ。

 私たちの代わりに、しっかりと冒険者らしい依頼を受けてもらいたい。



 朝食を終えた私たちは、厨房が一段落する間、クロとシロの様子を見に行く事にした。

 勝手口から外に出て、近くにいた使用人に厩舎の場所を聞くと、館の裏手にあると教えてくれた。

 綺麗に剪定された庭園を眺めながら館の裏に回るとアナの家の厩舎が犬小屋に見える程、立派な厩舎があった。馬が十頭以上は入れられるだろう。

 それもその筈、ここは貴族の館だ。

 貴族の館に来る客は、同じ貴族か、お金持ちの富豪だ。そんなお客は徒歩で訪れる訳もなく、馬車で来る。お客と一緒に来た馬も丁重に面倒を見なければいけない。馬もお客様なのだ。

 馬の世話をしている使用人に許可を貰ってから厩舎の中に入ると、すぐにクロとシロを発見した。

 クロたちは、私たちの事など眼中になく、黙々と餌を食べている。飼葉の中に人参やカボチャ、麦などが混ざっていた。普段食べているものよりも豪華である。

 私たちの食事よりもクロたちの食事の方がグレードが上がっているなんて……。


「この馬はお前さんたちのか?」


 腰の曲がった厩務者の老人が声を掛けてきた。


「いえ、仲間の馬で、今は借りているだけです」

「若くて、活力があって、好奇心旺盛。良い馬だ。……いや、スレイプニルだな。美味いもん食わせて、運動させれば、どんどん大きくなるぞ」


 一心不乱に餌を平らげているクロたちをニコニコとした顔で老人は見つめる。


「今までスレイプニルの世話をした事があるんですか?」

「昔、わしが若造だった時、隣国と戦争があってな。その時、軍馬を管理させてもらった。その時に少しな」


 その頃を思い出しているのだろうか、老人の表情には哀愁が表れている。

 世話をしていた馬が次々と死んでいき、兵士の食料になっていくのだ。スレイプニルも例外ではなかった筈。


「この子たちは、わしが責任を持って面倒を見させてもらう」


 何とも言えない雰囲気を壊すように、老人は楽しそうにクロたちに餌を追加していく。

 クロたちの様子を知った私たちは、「お願いします」と老人に告げてから厩舎を後にした。


 その後、雑木林の道を進み、ドングリらしきものを食べている豚たちを見たり、麦畑を眺めたりして時間を潰す。しばらくすると、青銅等級冒険者の三人が馬で駆けて行く姿を目撃したので、私たちは館に戻り、依頼達成の為に厨房へと入った。

 先程とは打って変わり、厨房内は静まり返っており、ハンネとエッポ、それと名前の知らない料理人の二人が机に座って、お茶を啜って休憩をしていた。


「美味しい料理を出すと約束していたけど、忙し過ぎて、手抜き料理しか出せなくて申し訳なかったね。パウル様たちに出す料理を多めに作っていたんだけど、予想以上に好評で全部なくなってしまったんだ」


 楽しそうに笑うハンネが昨晩の食事について謝ってくる。

 昨晩の男爵たちの夕食は、子爵家の誕生日会で提供したお子様ランチを再現したそうだ。

 家族たちは事前にお子様ランチの評判を知っていた。すでに期待値は最大限にまで高まった上でのお子様ランチだ。あっという間に完食し、追加までしたらしい。

 誕生日会の再現だね。お疲れ様です。


「紹介するよ。ここの館の専属料理人でアルバンとクラーラだ」


 ハンネが名前の知らない料理人を紹介してくれたので、簡単に挨拶を交わす。


「噂は聞いているぜ。若干、手間は掛かるが、どれも美味い料理で驚いたぜ」


 野太い声で話す二十代後半の無精髭を生やした男性がアルバン。ここの料理長であり、厨房を仕切っている。


「今までにない料理でビックリだよね。ちょっとした手間でここまで味が変わるなんて……何で今まで考えつかなかったんだろう。本当、ビックリだ」


 楽しそうに話す二十歳前後の女性がクラーラ。アルバンの料理補佐であり、二人は兄妹との事。

 ちなみにエッポは一言も話さずに静かにお茶を飲んでいる。いつもの事だ。


「パウル様から話は聞いている。早速、依頼の料理をするか?」

「ええ、前のように私が教えるので、実際に作って覚えてもらう形になります。今から出来ますか?」


 私が調理人たちの顔を見ながら尋ねると、「良し、やろう」と休憩をしていた四人が腰を上げた。



 クロージク男爵の依頼は、小麦を使った料理のレシピを教える事である。

 本日は、マローニ本体を作る事にする。

 マローニは、どこぞの国の国民食らしく、男爵が商人に頼んで買い付けてきた食べ物だ。私が見たのは、きしめんのような平たい乾麺であり、パスタに似ている。だから、私はパスタのつもりで作る。

 ただ乾麺にする方法は知らないので、生パスタを作る予定だ。

 生パスタは、私が一人暮らしの学生だった時に挑戦した事がある。

 幸せな連休中の真夜中、突如ミートスパが食べたくなった私は、真夜中にも関わらず、えっちらおっちらと小麦粉を捏ねた。それは仕方ない事で、レトルトのソースはあるが、肝心の麺がなかったのである。

 そして、出来上がったのは……うどんであった。

 小麦粉に水と塩とオリーブオイルを混ぜれば出来上がると思っていたのだが、うどんにしかならなかった。それも捏ねが足りなかった所為で、弾力のないボソボソの不味いうどんが出来上がった。

 何も調べずに思い込みで作ってしまったのが原因。失敗以前の話だね、わっはっはっ。

 だけど、大丈夫。

 その後、ネットで調べた結果、卵を加えれば作れると知った。

 あの日以来、作った事はないが、今の私にはプロの料理人が四人もいるのだ。それも自分たちで自家製パンを作れる異世界人たち。

 小麦粉を捏ねるのはお手の物だろう。

 

 分量などさっぱり分からず初めての事なので、何人かで捏ねてもらう事にした。

 参加するのは、私、ハンネ、アルバン、クラーラ、そして興味津々のリディーである。エーリカも私と一緒に作りたいと言ったのだが、ゴシックドレスが小麦粉塗れになりそうなので我慢してもらった。ちなみにエッポはメモ係である。

 私たち五人は、パン捏ね台に移動して、必要な材料を用意する。

 材料は、小麦粉、塩、水、そして卵である。

 小麦粉は一種類。強力粉や薄力粉などの区別はない。その事を話すと「何だそれ? 小麦粉は小麦粉だろ」と返された。まぁ、私も区別できないんだけどね。

 

「パンみたいに捏ねていけば良いんだよね。それなら簡単簡単。いつもやっているからね」


 新しい料理が嬉しいのか、楽しそうにクラーラが台の上に小麦粉の山を作り、塩と卵を入れて混ぜていった。

 うん、さすが手際が良い。


「一応、言っておきますが、パンじゃないので生地はモチモチでなく、硬めでお願いします」


 完成型が見えているのだろう、ハンネとアルバンも一切の迷いがなく、テキパキとマローニ生地を捏ね始めていく。

 リディーはそんな料理人たちの手元を見ながら、真似るように捏ね始めた。

 私も始める。小麦粉を山にして、中央に窪みを作る。その中に溶いた卵を流し込み、塩を入れてかき混ぜた。

 初めはボソボソであるが、混ぜている間に固まり丸みを帯びていく。

 若干、硬いかなと思い、水を加えていく。今度は柔らか過ぎたかなと思い、小麦粉を足していく。そんな調子で捏ねていくと腕が動かなくなった。

 息が上がり、腰が痛くなり、腕が重い。

 マローニ生地にコシを出す為に伸ばしては折り、伸ばしては折りを繰り返していたら体力と腕力が限界を迎えてしまった。

 私以外は平気な顔で生地を捏ね続けている。

 私の体力では、パン職人に成れないと悟った。


「このぐらいでどう?」


 ハンネが丸めた黄茶色のマローニ生地を見せる。

 私はハンネのマローニ生地を指で押して、「良いと思います」と適当に答えた。

 ちなみに黄茶色なのは、この世界の小麦粉が麦の表皮など全て粉にした全粒粉だからだ。そこに卵を加えているので、カレー色みたいになっている。正直、不味そうである。


「この後、生地を寝かせますので、台の上に置いておきましょう」


 私も出来る限り捏ねた生地を丸めて、埃が入らないように布を被せておく。


 時間が空いたので、その間にソース作りをした。

 誕生日会の時はナポリタンを作った。

 今回はクロージク男爵の自慢の豚がいるので、ミートソースに挑戦である。

 私が豚肉をミンチにしようと言うと、クラーラが「また、肉を叩くの!?」と嫌そうな顔をした。たぶん、昨日の夕食に出したハンバーグの挽肉は、クラーラが頑張って作ったのだろう。

 そんなクラーラの為に交代しながら包丁で肉を叩くように切っていく。そして、みじん切りにした玉ねぎとニンニクを炒めた後、肉を投入し、さらに炒め続ける。良い感じに火が通ったらトマトを入れて煮込んでいく。

 癖のある豚肉なので、赤ワインと適当な香草を多めに入れておいた。

 あとは煮詰めればソースは完成。

 暇をしているエーリカに焦げないようにソース作りを任せ、私たちは寝かせておいたマローニ生地に取り掛かった。


 丸めた生地に打ち粉をして麺棒で伸ばす。そして、伸ばした生地を折り畳んで、また伸ばす。繰り返す事三回、薄くまで伸ばしたら、平麺のように切っていく。

 ハンネ、アルバン、クラーラの作った生地から立派な平打ち麺のフェットチーネが完成した。

 ちなみに私の生地は、ヒビが入り、折り畳むと割れてしまった。完全に水分が足りなかった。逆にリディーの生地は、柔らか過ぎて、打ち粉をしても麺棒にベチャとくっ付いてしまった。つまり、私とリディーの生地は失敗である。

 悔しそうに小麦粉を加えて捏ね直すリディーを横目で見ながら鍋にお湯を沸かす。


「乾麺と違い、短い時間で茹で上がると思います。頻繁に試食して、硬さを見てください」


 私の注意を聞いたアルバンは、マローニをほぐしながらお湯へ入れて茹でていく。そして、私の忠告通り、何度も麺を取り出しては一口噛み、硬さを確認する。


「エーリカ、ソースの方はどう?」

「美味しいです」


 変な答えが返ってきたが、完成していると捉える。

 マローニを茹でていたアルバンが「良し」と言って、麺を取り出す。そして、水気を切ると人数分の皿に盛りつけた。ハンネがエーリカからミートソースの鍋を受け取り、麺の上に綺麗にかけて完成させた。


 早速、試食。

 ソースが絡まったマローニは、乾麺以上にモチモチとしている。ソースも簡単に作った割りにはミートソースになっている。独特の豚の臭みもトマトや香草で和らいでいた。

 

 うん、初めて作ったにしては上手くいった。美味、美味。


「昨日も試食したけど、この麺という料理は面白い歯ごたえだよな」

「食べ難いけど、慣れると美味しいよね」


 ハンネたちの話を聞くに、私たちが住んでいる国に麺料理はないらしい。もし今回を切っ掛けにマローニが広まれば、食革命が起こるかもしれない。食堂楽男爵の手腕の見せ所だ。私は教えるだけで、後の事は知らないからね。


「ちょっと柔らか過ぎる気がする。ゆで時間を短くするか、捏ねる回数を増やすか」

「茹でた麺がねちょねちょするよね。しっかりと打ち粉を払った方が良いんじゃない」

「もっと肉を入れて、薬草を減らした方が良いと私は思うな。たぶん、男爵様たちもそっちが好きそうだよ」


 料理人の三人が気が付いた事を口にしていく。ちなみにエーリカ、リディー、エッポは黙々と食べていた。……エッポ、君は料理人側なんだから口を開こうよ。



 この後、夕方まで色々な試作を繰り返した。

 まずは生地。四角形に切った生地を細い棒で丸めてペンネにしたり、名前は忘れたが中央をくっ付けてリボンの形にしたり、指先で押し付けて貝の形にしたりした。

 ソースもミートソースだけでなく、ナポリタン、ぺペロンチーノと作って生マローニとの相性をみた。なお、カルボナーラは上手く作れる自信がないので却下した。

 以前、アナからバジルっぽい薬草を貰ったのを思い出し、適当に作ったジェノベーゼ風ソースを作ったら不評で終わった。どうも独特の風味のあるバジルソースは口に合わないそうだ。だが、野菜好きのリディーだけ美味しそうに食べてくれた。


 また、何度も小麦粉を捏ねている姿を見ていたら、うどんが食べたくなった。

 うどんも作り方は同じで、小麦粉と塩水で作れる。

 私は気分転換にうどんを作ろうとしたが、スープが作れない事を思い出す。

 私の住んでいる国に鰹節と醤油はない。最悪、味噌だけでもあればと思うのだが、やはり無い物は無いし、一から作る事も出来ない。

 もしかしたら、トマトスープに入れたら美味しいかも? と思ったが、それならうどんでなくマローニを入れてスープパスタを作った方が賢明と悟り、渋々うどんは諦めた。

 私は簡単にミネストローネを作り、細く切ったマローニを入れてスープパスタ……いや、スープマローニを完成させる。

 スープマローニは好評だった。ただ、私がラーメンみたいにズルズルと啜って食べたら、みんなから凄く嫌な顔をされた。ごめんね、ついやってしまったの。


 そんなこんなで、夕方までマローニ料理を繰り返した私たちは、夕飯前にはお腹一杯になり、エーリカ以外は夕飯抜きにした。

 早速、本日作ったマローニ料理の数々をクロージク男爵とその家族に振る舞い、「扉がどんどん開かれる」と一言もらう。扉って何? と思ったが、聞いても理解出来そうにないので聞き流した。


 こうして、マローニ作りは達成したのであった。

 

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