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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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244 男爵を追い駆けろ ~野宿~

 山を下りた私たちは、草木が疎らに生えている街道をゆっくりと進む。

 急ぐ道程であるが、日も傾き始めているので、本日の旅程を終わらせ休む場所を探さなければいけない。


「そろそろ泊まれる場所を探さなきゃいけないね。近くに村か町はないかな?」

「地図を見る限り、この先に宿場町がある。だけど、まだまだ遠いな。急いで行っても辿り着く頃には真っ暗になるだろう」


 先頭を歩くリディーは、沈み始めた太陽を眺めた。


「じゃあ、どうするの?」

「野宿するしかないだろう」


 うそー!?

 私、おっさんの姿だけど、少し前まで女子高生だったんだよ。キャンプすらした事のない私が野宿なんか出来ないって……と思ったが、野宿よりも酷い懲罰房で一晩過ごした経験があった。本当に女子高生か、私?


 村や町はなくても、どこかに一軒家とかないかと辺りを見回す。

 西部劇などでは辺鄙な場所にぽつんと家が建っていて、突然旅人が尋ねても気兼ねなく食事と寝床を用意してくれる。一応、家主はお人好しの警戒心ゼロではなく、一泊の代わりに旅人から外の情報を聞く為に泊まらせるそうだ。

 私もある事ない事教えるから誰か泊めてくれないかな、と見回すが……何もない。

 あるのは草木と岩と道だけ。


「魔物に襲われる可能性があるんだ。余程、腕に自信のある奴か、集団から追い出された問題児しか、一軒家では暮らさない」


 ここは人を攻撃する危険な魔物が住まう異世界だ。

 野宿を前提に旅をする人でも護衛の冒険者を雇ったりして、必ず一人で旅をしない。まして生活する場となれば、町や村といったコミュニティーを形成した場所でなければ生きていけないそうだ。


「それでー、どこで寝るつもりなのー? あたしはクロちゃんたちがいれば、鬣に包まって眠れるからいいけどー、おっちゃんたちは駄目だよねー」

「わたしはご主人さまが居れば、どこでも眠れます。むしろ、熟睡できます」


 ティアとエーリカの条件が緩すぎて眩暈がする。

 私としては、壁と天井とベッドとお風呂があれば文句は言わない。そんな事を言ったら、リディーから文句言われるだろうけど……。

 そんなリディーは、ぐるりと辺りを見回し、思案する。


「街道沿いは駄目だ。魔物だけでなく、盗賊だっているから目立つ場所は控えよう。それに早馬が来たら、轢かれる可能性もある。だから、水の確保が出来る川沿いが良いと思う」


 少し離れた場所に川が流れている。先程、登った山に流れていた川の支流だろう。

 私たちは道を外れ、川辺に辿り着く。


「動物や魔物が水を飲みにくるから川のすぐ近くは止めておく。出来れば風を防げる場所で、地面が平坦なのがいいな」

「リディアねえさん、あそこはどうですか?」


 エーリカが指差すのは、川の浸食で削れた窪みである。川からも離れており、急な斜面の土手があるので、夜風を防ぐ事も出来そうだ。

 「流石、エーリカ。良い所を見つけた」とリディーのお眼鏡に適い、野宿する場所が決定した。



 場所が決まると、邪魔な石を退かして地面を均し、木材を集めて火を起こした。

 太陽の姿は消え、光だけが残る淡い橙色に染まったマジックアワーの時間。そんな肌寒くなり始めた頃、エーリカとティアは川に入り、ゴブリンの血と体液で汚れたクロとシロを洗っている。

 エーリカは、キャミソールのような下着とドロワーズの姿。ティアは、白色ワンピース水着のような姿。

 クロたちのついでに自分たちの体も洗うという事で私とリディーも誘われたが、丁寧にお断りした。

 だって、寒いんだもん。

 渓谷から流れているからか、水温は非常に低い。さらに太陽も沈んでいるので気温もどんどん下がっていく。そんな状況で川で体を洗うなんて正気の沙汰ではない。


「あの二人、寒くないのかな?」

「エーリカは寒さの耐性を持っているからな。ティアは……何も考えていないのだろう」


 私とリディーは、焚き火に手をかざしながら鍋に入れた水が沸騰するのを待っている。


「うー、もっと暖ければエーリカと一緒に川に入りたかったのに……」


 悔しそうにするリディーだが、エーリカに対する愛よりも寒さが勝ってしまったようである。


「今度、街の近くに綺麗な湖があるから、みんなで泳ぎに行こうか。サハギンがいるけど……」


 今思い起こせば、名も無き湖は綺麗な湖だった。冒険者の依頼や魔物の襲来がなければ、ゆっくりと湖畔キャンプをするには素晴らしい場所であろう。

 そう誘ったら、「良いな」と同意してくれた。

 今回の依頼が済んで何も予定がなければみんなで遊びに行こう、と心のメモ帳に記入する。


「うー、汗臭い。埃っぽい。お風呂、入りたい」

「我慢して入ってこれば? 今日一日、誰よりも頑張って疲れている筈だから、すっきりすると思うよ」


 リディーは、道中もゴブリン戦でも私たちを率いてくれた。汚れもあるし、疲れもあるだろうと思い、何気なく言ったら、「いやらしい」と冷たい目線を向けられた。

 うーむ……リディーには私が女性であると伝えたし、私の魔力で真実を知っている筈なのだが、どうも男としか見られていない気がする。

 信用していないのか、見た目重視なのか、それとも私の妄想と思っているのか……。


「そう言うなら、おっさんが入ってこれば良いじゃないか。エーリカは喜ぶぞ」

「無理無理。寒くて焚き火から離れられない。お湯が湧いたらそれで体を拭くだけにする」

「僕もそうする」


 お湯が沸いたのでリディーと分け合い、布を浸かして身綺麗にしていく。ちなみにリディーは私に見えないように少し離れた場所で行っている。

 一通り体を綺麗にするとエーリカたちが戻ってきて、新しい服を出してもらい着替え直した。

 その後、アナから借りた野宿用の道具をエーリカの収納魔術から出してもらう。

 地面に敷く厚めのシーツ。夜風を守る外套。虫よけの草。料理道具一式。そして、食材。


「もうすぐ真っ暗になります。食事はどうしますか?」


 虫よけの草を焚き火に放り込んだエーリカは、お腹を押さえながら私と食材を交互に見る。

 モクモクと変な匂いのする煙から遠ざかりながら本日の夕食を考える。

 野宿とはいえ、焚き火を囲ったキャンプのようなものなので、どうせならそれっぽい事をしてみたい。

 とはいえ、キャンプ飯など林間学校でしかやった事がない。その時食べたのは、美味くも不味くもないカレーと飯盒炊飯で炊いた焦げ臭いご飯だ。

 カレーは食べたいが、生憎と材料が足りない。カレー粉などの調味料は勿論、肝心の米がない。よって却下である。


 次に思い浮かんだのは、塩窯である。肉や魚を大量の塩(卵白を混ぜたもの)で包んで、スキレットで焼いたりするのだ。何でこれがキャンプ飯になるのか分からない。ただ、余分な水分がなくなり、旨味が凝縮されるのでとても美味しいらしい。やった事はないけど……。

 だが、残念。食材を包み込める程の塩を持ち合わせていないので、やはり却下である。


 私は薄暗くなった川に視線を向けた。

 エーリカの電撃魔術弾を使って、川魚を捕まえられないかな? と考える。

 私が住んでいるダムルブール周辺の川では小魚しかおらず、食材にならないと聞いた。精々ナマズぐらいしか主食にならないそうだ。

 だが、標高の高い山を越えたこの川ならもしかしたらマスぐらい居ないだろうか? 

 試してみたいのだが、真っ暗の中、エーリカに頑張ってもらうのは悪い気がする。今度、明るい時にでも挑戦してみよう。


 ここはオーソドックスに串焼きにして、バーベキューにするかな。

 私はエーリカが広げた食材に目を通す。

 兎肉、鹿肉、猪肉、名前の知らない鳥の肉がある。どれもリディーとティアが狩りで捕ってきた戦利品だ。それと名も無き湖で倒したヌシの切り身もある。あとは、数は少ないが野菜とキノコもパラパラとある。

 真っ暗の中、串に刺して、塩胡椒をかけて、焼いていく。……簡単なようで、何だか面倒臭い。

 もう少し手間を掛けずにやりたい。

 それにバーベキューは、生焼けか焼け過ぎになる事が多く、こんな真っ暗の中、上手く焼ける自信がない。

 そこで考えついたのが、焼きマシュマロ。串に刺したマシュマロを焚き火で炙って食べるあれである。

 一口サイズにした食材を串の先端に刺して、個人で焼いて食べていくのだ。そうすれば、料理の手間も掛からず、自分好みの焼き加減で食べられる。……うん、これにしよう。


 寒さ対策に沢山の衣服を着込んでいるリディーに「矢を四本ちょうだい」とお願いした。

 胡乱な目で理由を尋ねられたので、正直に食材を刺すと答えると、「阿呆か!」と怒られた。


「僕が毎日毎日ちまちまと作った矢をフォークの代わりにするのか!?」


 リディーの矢は自家製だ。

 武器屋に行けば矢は売っているのだが、質の良い矢はそれなりの値段がする。逆に安いと枝が曲がっていたり、羽根が劣化していたりして精密射撃が得意なリディーには向いていない。

 そこでリディーは、矢用の枝と羽根を大量に仕入れ、時間がある時に一本一本作っているのだ。

 ちなみに、その材料や完成した矢は、全てエーリカの収納魔術に入れてある。


「食べ終わったら洗って返すつもりだけど……駄目?」

「睡魔と戦いながら作った矢だ。駄目に決まっている」

「うーむ……そうか……困ったな?」

「まったく……串の代わりになれば良いんだな。エーリカ、矢用の枝を四本出してくれる」


 エーリカから枝を受け取ったリディーは、シュッシュッとナイフで枝を整えると私に渡した。

 結局、同じような気がするのだが……まぁ、良いか。


 私たちは、串を水で洗い、食材を一口大に切り、パンや飲み物を用意して食事を始めた。

 みんな好きな食材を枝に刺して、焚き火にかざして焼いていく。

 エーリカとティアは肉ばかりを焼いてはパクパクと食べ続ける。

 リディーは野菜とキノコが多い。

 私は満遍なく食べる。ただ、鹿肉と猪肉は一口食べて終わった。美味しかったのは名も無き湖のヌシで、最後はそればかり食べていた。

 硬いパンも焚き火で温めるとパリパリになって食べやすくなる。薄く切って、肉を乗せて食べるのも美味かった。

 クロとシロも私たちに合わせて飼葉を食べている。飼葉はティアの収納魔術に入れて持ってきたみたいだ。


「まさか魚の切り身まであるとはな。エーリカは色んな材料を持ち合わせているな」

「はい、何があるか分かりませんので、在庫は多い方が良いです」


 エーリカの収納魔術には、食材が山のように入っている。

 『カボチャの馬車亭』の売れ残りのパン、リーゲン村のリンゴ、リディーたちが狩ってきた獣肉、薬草採取のついでに取った野菜やキノコもある。中には、エッヘン村に現れたゼーフロッシュというカエルの魔物肉まであるらしい。


「ワインもあります。飲みますか?」


 エーリカの袖口からワインの入った皮袋が取り出されると、「飲む、飲むー!」とティアが嬉しそうに飛びついた。

 それを切っ掛けに宴会のようなノリになってしまった。

 暗闇の中、焚き火を囲んで、ダンスをしたり、歌を歌ったりする。

 誰よりも良く話すティアは、終始、演奏に回る。

 エーリカは、私と踊ったり、リディーと一緒に歌ったりして、いつもの表情であるがどことなく楽しそうだった。

 リディーも私と踊ったり、横笛を吹いたり、一人で歌ったりする。意外だが、歌はあまり上手くなかった。だが、酒の力もあり楽しそうであった。

 そんな中、私は中腰の状態でエーリカと踊った事で腰を痛めてしまった。さらにワインを飲んで動いたから気分が悪くなった。

 うーんと唸っている私を見て、リディーとティアはケラケラと笑う。

 エーリカは、フミフミと私の腰を踏んでマッサージしてくれた。それを見たリディーとティアが「僕も踏む」「あたしもー」と私の背中に乗ってきた。見た目バラバラの三姉妹に踏み付けられるおっさんの図。傍から見たら、さぞやシュールな光景だろう。



 ………………

 …………

 ……



 夜が更けいく。

 夜風で正気を取り戻した私たちは、のんびりと焚き火に当たりながら星々を眺める。

 特に会話はない。

 たぶん眠いのだろう。

 

「ううー、寒くなってきた。そろそろ寝ようと思うけど見張りはどうする? じゃんけんで順番を決める?」

「じゃんけんと言うのは良く分かりませんが、見張りは必要ありません」


 そう言うなり、エーリカは腰を上げて、少し離れた暗闇に向かう。

 何をするのだろうと見ていると、エーリカは地面に手を付いて移動していく。すると、エーリカの後を追うように地面から光が浮かび上がり、私たちを囲んでいった。


「魔物避けの結界魔術よー」


 私の足の間でワインを飲んでいたティアが教えてくれた。


「へー、エーリカもそういうの出来るんだね」

「エーリカは、全属性が使えるからな」


 リディーは、自分の事のように自慢する。

 ただ、全属性が使える代わりに複雑で強力な魔術は使えないとの事。つまり器用貧乏らしい。私と同じである。


「ティアねえさん程ではありませんが、一応、結界を張っておきました。魔物や獣、人間が視認出来ず、避けて通るようにしてあります。もし間違って入ってきてもわたしが気付きますので、気兼ねなく眠ってください」

「うんうん、エーちゃんもやるようになったわねー。あたしの結界よりも範囲は狭く、半日しか持たないけど、寝る分なら問題ないわよー。あたし程じゃないけど、ゴブリンやウルフぐらいなら入ってこれないわよー。安心して眠って良いわよー」


 しつこく「あたし程じゃないけどねー」とティアが言うので、エーリカは「ティアねえさんも気兼ねなく、さっさと消えてもらっても良いですよ」と言い返す。

 目の前のティアは、早朝には消えてしまう。今日だけの分身体である。

 明日はティアなしで移動しなければいけない。若干煩いが、居なければ居ないで少し寂しく感じる。


「ティア、付き合ってくれてありがとう。明日からは、アナの手伝いをお願いね」

「あいよー。おっちゃんたちが戻ってくる頃には、料理屋を完成させとくー」


 私と視線を合わせたティアは、無い胸を反らして自慢気に言う。

 うーむ、料理屋が完成するまで長居したくないのだが……。


「あんたたち、頼れるお姉ちゃんが居なくてもしっかりとやるんだよー。あたしの代わりにクロちゃんとシロちゃんの面倒を見るんだよー」


 エーリカとリディーを激励するティアだが、まったく姉らしくない。

 そんなティアにエーリカたちは、「はいはい」と塩対応で返す。

 「まったく……」と苦笑いするティアは、「寒い、寒い」と叫びながらクロたちの元へ向かう。そして、シロの鬣の中に潜り込んでしまった。

 ちなみにクロは立ったまま、シロは地面に膝を折って休んでいる。兄妹として育ったクロとシロだが、性格は違うみたいである。


「明日も長い時間、走るんだ。僕たちも眠ろう」


 珍しく酔い潰れずにいたリディーは、大きく欠伸をすると厚手のシーツに包まって横になった。

 私とエーリカも横になる。

 私のすぐ横にエーリカ。その横にリディーがいる。エーリカを挟んだ川の字である。

 肌寒い夜風に吹かれながら、焚き火の温もりを感じつつ、私たちは眠りについたのであった。


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