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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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243 男爵を追い駆けろ ~山下り~

 小道を抜けた先は崖だった。

 切り立った断崖で、速度を落としていなかったら、そのまま谷底へ転落していた事だろう。

 こんな危険な場所、本当に街道なのだろうか? 危険過ぎて誰も使わない気がするが……あっ、さっき居たね。おっさんが……。


「目的地に行くには、向こう側の山に渡らなければいけません」


 目の前の断崖は、渓谷のようで下の方で水の流れる音がする。その渓谷を挟んだ先にも同じような山が連なり、私たちはそこへ向かわなければいけなかった。

 だが、渓谷の間は距離が開いており、このままでは渡る事は出来ないでいた。

 

「下ってみるか」


 山に沿って下りの道が続いている。

 すぐ横が崖になっている砂利の道。馬車二台分の幅はあるが、慎重に進まなければ転落である。


「後ろからゴブリンたちが追いかけてきたわー。もう、しつこいんだからー」

「いちいち相手にしていられん」


 そう言うなりリディーはシロを動かし、山沿いの砂利道を下っていく。私が乗っているクロもその後に続いた。

 砂利道にもゴブリンがパラパラといて、先頭を走るリディーとエーリカとシロで対処する。リディーは矢を撃ち、エーリカは魔術弾を放ち、シロは体当たりをする。

 道しるべのようにゴブリンの死骸を作り上げる事しばし、向こう側の山に通じる吊り橋に辿り着いた。


「これで渡れるねー」

「ちょっと壊れかけているけど、渡れそうだね」

「豚がいなければの話だけどねー」

「そうだね。豚さえいなければね」


 私とティアは、飽きれた顔で道の先を眺める。

 危機は去ったと思っていた矢先、吊り橋の入口に二メートルを超える巨大な豚が立ち塞がっていた。

 その豚は、二足歩行で仁王立ちし、幅広い包丁のような剣を地面に付き立てている。間違いなく私たちを迎え撃つ為に用意した魔物だろう。

 

「寄りにも依って、橋の入口に配置しているとはな。あのフードの女、性格が悪すぎだろ」

「どうする? 無視して橋を渡る事は出来ないよ。後ろからゴブリンが来ているから後退する事も出来ない。やはり、戦うしかないかな?」


 道幅が狭く、崖から落ちたら即死の危険な場所だ。そんな場所で明らかに危険そうな魔物と戦うのは愚の骨頂。絶対に避けたい状況である。

 

「いや、止めておこう。無視して向こう側にいく」


 戦闘でリーダーシップを発揮するリディーは別の選択肢をした。


「無視って……どうやって? 完全に道を塞いでいるじゃない」

「問題ない。ティア、クロたちの練習の所為かを見せる時だ。橋の手前でやる。出来るな?」

「もちろんよー。クロちゃん、シロちゃん、いけるわよねー」


 ティアがクロたちに告げると、「ヒヒーン」と返事をした。

 

「ちょっと、一体、何をさせる気? 危なくない? ねぁ、危なくない?」

「おっさんとエーリカは、落ちないようにしっかりと掴まっていろ」


 私の言葉を無視したリディーはエーリカから手綱を受け取ると、シロの腹を蹴って、豚のいる吊り橋に向けて全力で駆け出す。

 ティアの指示でクロも駆け出し、私は「ひぃー!」と今日何度目かの悲鳴を上げながらクロの背中にしがみ付いた。

 砂利道の下り坂を凄い速さで下っていく。

 このまま豚の魔物の頭上を越えようとしているのだろうか?

 だが、私たちの存在に気が付いた豚は、赤錆の浮いた汚い剣を地面から引き抜き、私たちに向けて構えた。


「豚を飛び越えようと考えてる!? その前に剣で斬られるって!」

「そんな事はしないから安心しろ。飛び越えるのは豚じゃない。谷だ!」


 リディーの言葉が分からなかった。

 谷?

 渓谷を飛び越えるって事?

 吊り橋が掛かっている場所でも十メートル以上あるんだよ。

 魔物であるスレイプニルのクロたちでもそれは無理だって!

 

「出っ張りがある。あそこから行くぞ!」

「無茶だってー!」


 私の叫びを無視したリディーたちは、吊り橋の手前の崖目掛けて突き進み、シロをジャンプさせた。

 崖と崖との間は十数メートル。崖下は数十メートルある。

 落ちたら終わり。そんな場所を飛んだ。

 

「ひぃー、やっぱり駄目だ!」


 凄い跳躍をしたシロだが、重力には逆らえず、向こう側に辿り着く前に崖下へ落ちていく。


「シロ、行け!」


 崖下へ落ちていく中、リディーはシロの腹を蹴る。

 突如、シロの足元が緑色に輝く。

 そして、再度、空中で跳躍をした。


 二段ジャンプ!?


 空中でジャンプしたシロは、無事に向こう側の道へ着地する。


「凄い! ゲームみたいだ!」


 興奮冷めやらぬ私に、「おっちゃん、あたしたちも行くよー」とティアはクロの速度を上げる。


「いやいや、怖い、怖い……って、豚が来た!」


 ブヒブヒッと二足歩行の豚が近づき、剣を構える。

 

「このまま突っ切るよー! 『幻身』!」


 ティアの魔術が発動すると同時に、豚が幅広い包丁のような剣を横薙ぎに振る。

 体がぶれる魔術がクロに掛かり、豚の剣がクロの頭をすれすれで掠めていき、私の頭上も通り過ぎていった。

 そして、豚の横を通り過ぎると崖の端で飛んだ。


「うわぁぁーー……」

 

 渓谷に私の悲鳴が木霊する。


「クロちゃん、今よー!」

「……ぐぇ!?」


 崖下に落ちていく浮遊感を感じたと思った瞬間、跳躍の衝撃が襲い、舌を噛んでしまった。

 恐怖と舌の痛みで頭の中が真っ白になっている間に無事に向こう側の山へ着地する。


「練習通り、上手くいったな」

「当たり前よー。クロちゃんたちは凄いんだからー」


 リディーとティアの言葉が耳に入ってこない私は、クロの背中からズルリと滑り下りると地面に倒れた。

 

 力が入らない……腰が抜けた。


「リディアねえさん、豚の魔物が向かってきます」


 縄で作った老朽化の激しい吊り橋を豚がブヒブヒッと渡ってくる。相当、怒っているのか、豚の瞳は真っ赤に染まり、橋床を踏み鳴らしながら向かって来ていた。


「仕方が無い。エーリカ、豚を引き留めてくれ」


 リディーの指示通り、エーリカはシロの上から雷属性の魔術弾を豚にぶつけ、吊り橋の中央で動きを止める。

 それを見たリディーは、素早くシロから下りると、吊り橋の近くまで行き、「『空刃』!」と風の魔術でボロボロのロープをスパスパと切断していく。

 支えを失った吊り橋は崩れ、豚諸共、谷底へと落下していった。


「ちょっと、何て事したの!?」


 地面に倒れたまま私は叫ぶ。

 今にも壊れそうなボロボロの吊り橋とはいえ、一応、ここは街道だ。これから通る人がいたら立ち往生で困ってしまうだろう。


「おっさん、崖下を見たか?」

「えっ、見てないけど」

「馬車の残骸が沢山ある。この道を通って、何台も落ちているようだ」

「うそ!?」

「たぶんだが、この峠の道、正規の道じゃないと思う」


 やはり、そうだったか。


「元々壊れかけて危険だし、作り直す切っ掛けが出来て良かったとしておこう。それとも、立ち上がる事も出来ない状態で、豚の魔物と一戦交えたかったのか?」


 それを言われると困る。

 今回の私はただただ情けなく叫んでいただけ。

 今も腰を抜かして動けないでいる。

 ただのお荷物であった。


「さすがにゴブリンどももこっちまで渡ってくる術はないようだな」


 私たちを追い駆けてきたゴブリンは、向こう側の山から「ギャアギャア」と喚き、玩具のような弓で矢を撃ってくる。だが、ゴブリンの腕では、私たちまで矢は届かない。


「このままゴブリンを他っておいて良いのかな?」


 一匹二匹ならまだしも、ゴブリンはまだ十数匹はいる。

 何も知らない一般人が山越えをしてきたら襲われる可能性がある。


「荷車を襲われたおっさんが冒険者を呼んでくると言っていただろ。すぐに冒険者がきて退治してくれる。さらに僕たちが殺したゴブリンも処理してくれる筈だ。全て彼らに任せよう」


 倒した魔物の処理は自分たちで行うのがルールなのだが、命を掛けて渓谷を渡った私たちが、再度向こう側に渡る気力はすでにない。

 リディーの言う通り、他人にお任せするしかなさそうだ。まぁ、ゴブリンの魔石が手に入るのだから、タダ働きにはならないだろう。二束三文だが……。


「ゴブリンが煩いので、少し距離を空けて休憩にしましょう」


 エーリカがお腹を押さえながら、小休憩を申し出る。

 ゴブリンの姿が見えない位置に移動した私たちはしばしの休息に入った。

 今回の立役者であるクロとシロは、エーリカとティアからリンゴを貰って、美味しそうに食べている。

 戦闘を仕切ってくれたリディーは、火を起こし、お湯を沸かしている。

 そして、私は未だに力が入らず、地面に倒れたままであった。



「つまり、リディーとティアは、クロとシロに二段ジャンプを練習させていた訳だ。こっそりと」


 只今、標高の高い山を順調に下っている。

 道中、ゴブリンなどの魔物も会わず、のんびりと会話をしながらの下山である。


「ジャンプって言うのは跳躍の事だな。いまいち、おっさんの言葉に慣れないが……まぁ、良いや。アナを驚かそうと狩りの間に練習していたんだ」

「クロちゃんたちは優秀で、教えるあたしも優秀だからすぐに出来たわー」

「エーリカは知っていた?」

「いえ、わたしも知りませんでした」


 私の前に移動したエーリカは、ふるふると首を振る。

 

「エーリカはおっさんから離れないからな。たまには僕と一緒に狩りに付いてきて欲しい」

「ご主人さまが行くなら、わたしも行きます」


 ダムルブールに戻ってから無気力になっていた私にも何度か狩りの誘いがあった。だが、その都度、断わっていたので、常に私の側を離れないエーリカも狩りに行く事はなかった。


「あたしがいるから問題ないでしょー」

「ティアはうるさいから動物が逃げる」


 「なにをー」とシロの頭の上でぷりぷりしながら騒ぐ。うん、うるさいね。


「何もない空間を飛ぶなんて、やはりクロたちも魔物なんだね」

「まだ若いから片鱗は見えないが、もっと魔力が溜まれば、魔術も魔法も撃てるようになる」

「空だって自由に駆けたり出来るんだからねー」


 今までアナはクロたちを家族のように接しており、魔物として教育をした事はない。

 教育次第では凄い魔物に成長するようで、軍馬として重宝しているスレイプニルだけはあるようだ。


「今はまだ一回しか空間を跳躍出来ないが、これからも練習すれば、高い崖だって登っていけるだろう。成長が楽しみだ」

「あたしがしっかりと教えてあげるからねー」


 リディーとティアのやる気が伝わったのか、クロとシロが「ヒヒーン」とやる気のある声を上げる。

 一応、アナには許可を取ろうね。飼い主なんだから……。


 こんな会話を交わしながらゆっくりと山沿いの道を進むと、山地に囲まれた盆地のような場所に出た。

 色々とあったが、無事に峠を越えたようである。


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