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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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241 男爵を追い駆けろ ~問題発生~

 パウル・クロージク男爵が管理しているアルトナ郡南方アルトナは、ダムルブールの街から東の端に位置している。

 アナの家から向かうには、林の間にある畦道を通る方が速い。畦道の突き当たりを左に進むと名も無き湖のある北へ向かえる。逆に右に進むと東の方に通じる街道に交わる。

 東に向かう私たちは、畦道を右に曲がり、街道に出るまでクロとシロを走らせた。


「ちょ、ちょっと、速くない!? もう少し速度を落とさないとクロたちがバテるよ!」


 未だに私は乗馬に慣れていない。特に今はアナ特性クッションをお尻に敷いているので、鞍の上で安定するのが難しい。それならクッションを退かせばと思うだろうが、私の股の方が大事だ。あれ、凄く痛いんだよ。

 そういう事で、クロたちの体力を理由に速度を落とす事を提案するのだが……。


「何を言っているんだ。まだ早歩き程度だぞ、おっさん」

「クロちゃんやシロちゃんがこの程度で疲れないわよー。クロちゃんたちも全力で走りたいと言っているし、大きな道になったらもっと速度を上げるからねー」


 リディーとティアから却下された。

 私は前に座っているエーリカにギュッと抱きしめながら「ひぃー!」と叫び続ける。

 そんな私にエーリカは、「わたしは幸せです」と呑気な事を言っていた。



 しばらく林の中の小道を進むと開けた場所に出た。

 緩い丘陵地帯であるが見通しは良く、地面を固められた道が続いている。

 ここが街道の分岐点である。


「えーと……この道で間違いないな」


 石の道標が置かれているが、念の為、リディーに地図の木札を見てもらう。

 

「そんな落書きのような地図で分かるの?」


 クロージク男爵の執事であるトーマスに貰った地図は、街や村と街道だけ描かれた簡素な地図だ。どっちが北で、どっちが南かすら分からない。地理がまったく知らない私では、迷子必須アイテムだった。


「方角があっているから間違いない」

「道具も無いのに分かるの?」

「太陽と星の位置で方角は分かる。風の流れでも大まかに分かるぞ。道中、暇だからおっさんにも教えようか?」


 ここは異世界だ。

 地球と同じように、太陽が東から昇って西へ沈むとは限らないし、異世界の大地が地球と同じ球体をしているとも限らない。もしかしたら、この大地は亀の上や世界樹の中にあるかもしれないのだ。

 誰かに聞けばいい話なのだが、今まで知らなくても問題はなかったし、聞いたら聞いたで混乱しそうなのでスルーする事にした。

 そういう事で混乱防止の為、リディーの提案は丁重に断った。

 ……ごめん、ただ面倒臭かっただけです。

 余談だが、犬が排便する時は南北を向いてする事が多いらしい。もし方角が知りたかったら犬を探して、ピンク・フラミンゴみたいにうんこ待ちをすれば分かる、とこの世界で使えるか分からない情報をリディーに教えたら「アホ臭」と一蹴された。


「道も広いし、飛ばすわよー」


 シロの頭にしがみ付いているティアの指示で、先頭を走るシロの速度が上がる。それに合わせて、後ろを走るクロの速度も上がる。

 私はエーリカにしがみ付き、振り落とされないように我慢する。

 「力を抜かなければ、余計に疲れるぞ」とリディーの助言が飛ぶが、無理なものは無理。

 エーリカは、「このままで良いです」と私の心配よりも自分の気持ちを優先する。

 そんな私であるが、時間が経つにつれ慣れていく。

 背筋を伸ばす事は出来ないが、景色を楽しむ余力は生まれた。

 どこまでも続く、広々とした道。

 遠くの方で山々や木々に囲まれた森が見える。

 急ぎでなければ、ゆっくりと会話を楽しみながら乗馬をしたかった。


 東に行く商人の馬車を何度も追い越した。

 徒歩のようにゆっくりと走る馬車。合流する男爵の馬車も同じ速度だ。

 これなら男爵が寄り道して追い越さない限り、南方アルトナに付く前に合流できそうである。

 

 適度に小休憩を挟んでいく。

 走りっぱなしのクロとシロを休ませるのが一番の理由だが、乗馬に慣れていない私を休ませるのも理由の一つだ。

 乗馬マシンのダイエット器具があるように馬の上に乗っているだけで非常に疲れる。

 クッションのおかげで股擦れは起きていないが、体の脱力が酷く、毎回、地面に降り立つと倒れてしまう。

 経験の差なのか、リディーとエーリカは平然としている。ティアに至っては、走るシロの鬣の中でぐーすかと熟睡までしていた。どうなっているのだ?


「まったく疲れない訳じゃないぞ。ようは慣れだ、慣れ。まだ先は長い。貴族に合流する頃には、おっさんも慣れるだろ」


 地図と景色を交互に見ていたリディーが、「力を抜け」と今日で何度目かの助言が出る。

 それにしても、相当走ったと思うが、まだまだ目的地は遠いそうだ。ゲロゲロー……。


「わたしはこのまま慣れないで良いと思います。このまま一生、ご主人さまに抱きしめられながら乗っていたいです」


 私を殺す気か、エーリカ!?



 何度目かの休憩後、丘陵地帯を越え、山の中に入って行った。

 

「これから山越えだ。地図では分からないが、結構な標高だな。崖から落ちないように気を付けろよ」

 

 山の側面に沿って作られた道を進む。すぐ横が崖になっており冷や冷やするが、道幅は広く、地面は固められているので余裕で進む事は出来た。だが、道は良いとはいえ、無理して走る事はせず、徒歩のような速度で進んで行く。

 初めの内は、背の高い木々が生い茂っていたのだが、どんどん坂道を登っていくと木々は消え、草が疎らになり、岩肌が露わになっていった。気温も下がり、肌寒くなっている事からリディーの言った通り、標高の高い山だと今更ながら感じた。

 それにしても鳥の囀りも虫の鳴き声も無く、ただ風の音しか聞こえない。うす気味悪い山であった。

 

「何か変な感じだな。静か過ぎる」

「生き物の気配すらしないねー。嫌な感じー」


 リディーとティアも同じ感想を抱いた。

 

「エーリカ、何か聞こえる?」


 長い耳をピクピクと動かして周りの様子を探っていたリディーは、いつもの表情のエーリカに意見を聞く。だが、エーリカは「いえ、特に何も」と素っ気なく答えた。


「リディアねえさん、逆にそれが変です」

「変と言えば変だが……山の上ともなれば、こんなものなのかな?」

「リディアねえさん、訂正します。前方から音が聞こえます」

「前から誰か来たよー!」


 シロの頭にしがみ付いているティアが道の先を指差す。

 目を凝らすと、前方から馬に跨った中年の男性が私たちの方へ駆けつけてきた。


「お前たち、この先に行くのか?」


 男性は、私たちの前に止まると息を切らしながら後ろを振り返った。


「何かあったのですか?」

「ああ、この先で魔物が集まっていやがる」

「魔物!?」

「ゴブリンどもだ。無理して通ろうとしたが、数が多くて荷車を置いて逃げてきた。おかげで荷物は駄目になっちまった。赤字だよ、赤字。昨日はいなかったのに、何で俺が戻った時に現れるんだ! くそゴブリンどもめ! 俺は近くの街に行って、冒険者ギルドに報告してくる。お前たちもすぐに引き返せよ」


 余程、焦っていたのだろう、私たちが冒険者だと気づかず、男性は走り去って行った。

 男性の姿が見えなくなると、私たちは顔を見合わせる。


「魔物だって? どうする?」

「どうするも何も行くしかないだろ」

「ゴブリンって言っていたわよねー」

「大した事ありません。蹴散らしましょう」


 姉妹たちはそのまま前に進むつもりらしい。


「いやいや、こんな狭い場所だよ。ゴブリン相手でも場所が悪い。君子、危うきに近寄らずって言うし」


 弱い私でもゴブリンは倒せる。以前、無双した事もある。それだけゴブリンは弱い。

 だが、今は山越えの真っただ中だ。道は狭いし、足場は悪いし、すぐ横は崖である。地の利は無いに等しい。


「くんし? 何それ?」

「ご主人さまの魔力を調べた限り、人の名前らしいです。それ以上は分かりません」

「誰それ? 知らなーい」


 うん、実は私も詳しく知らない。


「まぁ、おっさんの言う事も間違っていないし、少し様子を見てくるよ」


 そう言うなり、リディーはシロの背中から飛び降りると走って行ってしまった。


「ご主人さま、地図と地形を見合わせた所、この道を通らずに目的地に向かうには、相当迂回をしなければいけません。予定時刻までには到着しないと予想します」


 地図の絵を暗記しているエーリカは、崖下の景色を眺めながら私に伝えた。

 迂回、大いに結構。魔物という絶好の言い訳が出来た事で、どうせ遅れるならゆっくり進もうと提案が出せる。

 だが、如何せん。私たちは冒険者なのだ。ゴブリン相手に逃げてくるな、と怒られてしまう。

 さて、どうしようか?


「エーリカは、どうすれば良いと思う?」

「リディアねえさんの情報次第です。今の段階では、判断出来ません」


 しばらくすると偵察に行っていたリディーが戻ってきた。

 リディーが真面目な顔をしているのを見るに、あまり良い状況ではなさそうだ。


「それでゴブリンはどんな感じなの?」

「この先は山を切り開いた細い道がある。その入り口に六匹のゴブリンと三匹のスモールウルフがいた。おっさんが言っていた通り、荷物を漁っていたぞ」

「そのぐらいの数なら問題なさそーね。リーちゃんとエーちゃんがいるんだから、皆殺しに出来るんじゃない」


 私が数に入っていないのが情けない。


「その切り開いた道って短いの? それとも長いの?」

「知らん。途中で曲がっていたから奥まで分からない」

「道に入ったらゴブリンの巣窟って事はないよね?」

「その可能性はある」

「でも、所詮はゴブリンでしょー。順番に殺していけば問題ないと思うよー。危なくなったら引き返せば良いんだしー」


 気軽に考えるティアだが、そんな簡単に事が運ぶだろうか?


「リディアねえさん、顔色が優れませんが何か気がかりな事でもあるのですか?」


 リディーの表情を見ていたエーリカは、私と同じ感想を抱いたようだ。

 そんなリディーは、私の方を向くと口を開け閉めして悩んでいる。


「リディー、何を悩んでいるの?」

「……細い道の奥から声が聞こえるんだ」

「声? ゴブリンの?」

「いや、人間の声だ。若い女性の声で助けを求めている」

「襲われているって事!?」

「もしくは捕らわれているかだ」

「どちらにしろ、助けに行かなければ!」


 別段、私は正義感が強い訳ではないし、お人好しでもない。

 だが、困っている人がいたら、見て見ぬふりは出来ない。

 ここに別の人がいて、その人が助けに向かうならその人に任せててしまうのだが、生憎と今ここには私たちしかいない。

 私一人だったら足踏みして悩んでいただろう。だが、私の横にはエーリカとリディーがいる。

 この二人がいれば、無事に助けられるかもしれないのだ。


「おっさん、ちょっと待て。僕が悩んでいるのは、罠の可能性があるからだ」

「えっ、罠? ゴブリンが人間の声を真似ているって事?」

「ゴブリンにそんな芸当は出来ない。今、襲われている最中なら急いで助けに向かうべきだろう。だが、すでに捕らわれていて、わざと助けを求める声を叫ばせていたら……ゴブリンの罠に掛かりにいくようなものだ」


 助けに来た人間を狩る為に巻き餌のように叫ばせている可能性があるとリディーは言う。

 考え過ぎではないだろうか?

 ゴブリンにそんな知恵があるとは思えない。ただ本能に任せて襲ってくるイメージしかない。そう言うとリディーは、「ゴブリンも馬鹿ではない」と返ってきた。


「罠の可能性を踏まえた上で、おっさんはどうしたい?」


 最終判断は私が決めろとリディーは視線を向ける。

 私の考えはすでに決まっている。

 助けられるなら助けたい。

 出来る範囲で出来る事をしたい。

 やって出来なかったら諦めもつく。だが、やらずに諦めたら罪悪感が残る。

 結局、人助けも自己満足でしかない。

 だが、それで良い。私なんてその程度の人間だからだ。


「罠だろうが、命の危険があるなら助けたい。だけど、私一人では無理。手を貸してくれる?」


 私は、みんなの顔を順番に見ながらお願いした。


「ご主人さまの指示に従います」

「所詮はゴブリンの罠だ。ゴブリンごと蹴散らしてやるさ」

「そうよ、ゴブリンごときに逃げていたらヴェクトーリア製魔術人形の名折れだわー。あたしが何とかしてやるんだからー」


 お互いに頷き合うと、クロとシロを走らせる。

 ゴブリン退治の始まりだ。


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