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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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24 ミミズ退治 その3

 村長たちは、体を動かさず、頭と目だけでキョロキョロと辺りの様子を窺っている。


「エーリカ、私が武器を使えれば、何とかなると思う?」


 大ミミズは地中を移動するので、いつ地面に現れるのか分からないのが一番の脅威だ。

だが、それさえクリアすれば、巨大な歯をガジガジとしながら暴れるだけなので、比較的大人しい穴付近の胴体を攻撃すれば、安全にダメージを与えられるだろう。

 だが、私はレベル三の冒険者で、今まで手斧しか使った事がない。

 安全地帯とはいえ、あのビッグサイズの大ミミズに傷をつける事は出来るのだろうか?


「わたしに案があります。ご主人さまは、大船に乗ったつもりでいてください」


 こんな状況なのに、相変わらず眠そうな目で、エーリカは私を見つめる。

 それなら、先にその考えを教えて欲しいのだが……。

 


 後ろから、建物が崩れる音がした。

 振り向くと、畑の隅に建てられている掘っ立て小屋が崩れ、鳥の鳴き声が響く。


「鶏小屋がやられた!」


 村長が叫ぶ。

 崩れた小屋の近くに別の小屋から一匹の子羊が飛び出してきた。

 メェーメェーと鳴きながら、畑の中を逃げ回る。


「俺の子だ!? ドリス、ドリス! 動いちゃ駄目だ!」


 若い男性がドリスと名前を付けられた子羊の元へ走って行ってしまった。


「バカ! お前まで行ってどうする!? 食われるぞ!」


 村長が叱るが、若い男性は止まらない。


「ご主人さまは武器を受け取ってから付いて来てください」


 私に指示を出したエーリカは、若い男性の後を追う。

 私も村長から剣を受け取ると後を追う。

 飼い主の声を聞いた子羊のドリスは動きを止めた。

 その直後、子羊のドリスの地面が膨れ上がった。


「ドリースッ!」

 

 若い男性が声をあげて叫ぶ。

 子羊のドリスが若い青年の方へ走り出すと同時に、大ミミズが地中から飛び出した。

 走り出したおかげで食べられる事は無かったが、子羊のドリスは、地中から現れた大ミミズの衝撃で、若い男性の方へ吹き飛ばされた。


「ご主人さま、このまま仕留めます」


 大ミミズが地面に倒れた子羊のドリスに向かって巨大な口を開けながら這いずっていく。


「はっ、はっ!」


 右手を突き出したエーリカは走りながら魔力弾を放つ。

 右手から飛び出た二つの魔力弾は炎を(まと)い、子羊のドリスに襲い掛かる大ミミズの頭に直撃する。頭に当たった魔力弾は、水風船が破れたように炎の膜が大ミミズの頭に広がった。

 焼ける痛みで仰け反る大ミミズは、ズズズッと穴の中へ戻ってしまう。


「また、地面の中へ入ってしまった!?」

「このまま追撃します」


 無事に立ち上がった子羊のドリスに泣きながら抱きしめている若い男性の横を通り過ぎて、大ミミズの穴へ向かう。

 エーリカは穴の中に右腕を突っ込み、魔力弾を放つ。


「はっ、はっ、はっ!」


 炎の帯びた魔力弾が穴の奥へ入り、暗闇を赤く染める。


「まだまだです」


 可愛い声でエーリカが炎の魔力弾を撃ち続けると、二十メートル先の地面が盛り上がり、ブスブスと赤茶色の肌を焼かれた大ミミズが飛び出してきた。


 村長から借りた武器は埃だらけのショートソード。

 鞘から剣身を引き抜いて構える。

 刃は錆びこそ浮かんでいないが、光沢がなく、古臭さが見て取れる。

 それよりも……


 ……重い!


 構えているだけで、腕が震える。

 両手で持って、上下に振るうのがやっとだ。

 私は焼け爛れた大ミミズの頭を迂回して、胴体の方へ回る。

 そして、ショートソードを上段に持ち上げると、剣の重さに任せて振り下ろす。

 分厚い大ミミズの肌に当たった刃先は、ゴムタイヤのように弾かれた。


「ご主人さま、魔力を流して使用してください」


 魔石を混ぜて作られているのが武器。その魔石に魔力を流す事で、武器本来の力が宿るらしい。

 気を取り直して、エーリカの言われた通り、体中に流れている魔力を手の平に集め、剣へ流していく。

 魔力を流すと、光沢の失った刃先が艶を帯びていく。そして、徐々に剣の重さが軽くなっていった。今なら上下だけでなく、左右にも振れそうだ。

 武器に対してこんな言い方はおかしいが、死んでいた剣が生き返ったみたいである。


 これならいける!


 私は確信し、先程のように剣を上段に持ち上げて、振り下ろす。

 剣先は弾かれず、分厚いミミズの肉に傷をつける事が出来た。


「やった! 斬れたよ、エーリカ!」


 私は嬉しくて、エーリカの方を向くと、大ミミズの鋭い歯が私に向かってきていた。


「ご主人さま!?」


 エーリカの叫び声が聞こえる。

 もっと、頭から離れた胴体を斬るべきだった。そんな後悔を胸に、恐怖で体が(すく)んでしまった私は、迫りくる大ミミズの歯を見ている事しか出来ないでいた。



 ―――― 剣を前に ――――



「ッ!?」


 私は無意識に剣先を前に突き出した。

 ズブズブッと柄から嫌な感触が伝わる。

 私が突き出した剣先が、大ミミズの歯茎に突き刺さり、迫る勢いで剣先の半分が歯茎の中へ減り込んでいく。

 大ミミズの重さと、私を食べようとする勢いに押され、剣を握ったまま後ろへ倒れた。

 大ミミズは、剣が刺さってもなお、未だに私を食べようと鋭い歯を私に向けて歯噛みする。

 私を食べようと大ミミズが前へ前へと進む為、剣先がどんどん歯茎の中へ減り込んでいく。

 剣が刺さった歯茎からドロリとした赤い血液が私の顔に落ちてくる。


「いい加減、離れろ!」

 

 私は必死の思いで、剣を捻ったり、大ミミズの頭を足で蹴ったりするが、びくともしない。


「いえ、このままが良いです。このまま待機です」


 私の元へ来たエーリカは、私と大ミミズの間に滑る込むように入ってきた。

 そして、大ミミズの歯噛みするタイミングをみて、エーリカは大ミミズの口の中に右手を入れた。


「はっ、はっ、はっ!」


 エーリカの右手から炎を纏った無数の魔力弾が飛び出し、大ミミズの口の中へ入っていく。

 ボボボンッとお腹の中で弾け、口の奥から外へと炎が溢れ出し、私とエーリカは軽く火傷を負ってしまった。

 大ミミズが炎の痛みで後ろへ仰け反る。その反動で握っていた剣は、大ミミズの歯茎から抜けた。

 大ミミズは、バタンバタンと地面を叩き付けながら苦しんでいる。


「おお、苦しんでいる。凄く痛いんだろうな」


 お腹の中を炎で焼いたのだ。想像を絶する痛みだろう。

 何か酷い事をしてしまったと罪悪感が湧く。

 やったのはエーリカです。恨むならエーリカを恨んでね。


 これで死に体だ。とどめを刺してやろう。

 私は大ミミズの胴体が出ている穴まで進む。

 私の一振りでは、致命傷にならないので、何回も何回も斬りつけてやるつもりだ。

 私が魔力を注いだ剣を持ち上げると、ズズズッと足元の下から微かな振動が伝わった。


「えっ?」


 地中から伝わる振動の位置を目で追いかけると、火傷で苦しむ大ミミズを観察していたエーリカの方へ向かっているのが分かった。


「エーリカ、何かおかし……」


 私が最後まで言う前に、エーリカの足元が盛り上がり、地面の土と一緒にエーリカが大きな口の中へ飲み込まれた。

 私や遠くで待機している村長たちは言葉を失う。

 エーリカを飲み込んだ大ミミズは、何事も無かったかのように出てきた穴から姿を消した。


 えっ!? 

 なに? 何が起きたの?

 さっきまでいたエーリカが、居なくなったんだけど……。


「大ミミズは二匹いる!」

「つがいだ!」

「何てデカさだ!」


 ミミズは雌雄同体だ。夫婦の概念はない。そんなツッコミも忘れ、私の思考は真っ白になっている。


 エーリカが食われた。

 私はどうすれば良い?

 何をすれば良い?

 えーと……。


 頭の中が洗濯機のようにグルグルと回る。それに合わせて視界も回る。力が抜けて、地面に座ってしまいそうになる。

 

「冒険者さん、あなたも危険だ! 早く、避難を!」


 村長の声で我に返る。


 そうだ、助けねば!


 私などどうでも良い!

 エーリカを助けなければ!


 私は、急いでエーリカが食べられた穴へと向かおうとしたが、火傷で苦しんでいる大ミミズが暴れていて、穴の方へ行けない。

 仕方なく、先に暴れている大ミミズを仕留める事にした。

 剣の柄からありったけの魔力を流し込む。

 剣先が艶を帯び、光り出す。どんどんと剣に魔力を流し込み続けると、刀身に電気のようなスパークが発生した。

 私は軽くなった剣を上段へ構え、腕の力と剣の重みだけで、大ミミズの胴体目掛けて振り下ろす。


「邪魔ッ!」


 振り下ろした剣先は抵抗もなく肉を切り裂き、地面に当たった。

 大ミミズの太い胴体を輪切りに切断をする事は出来なかったが、胴体の半分以上が斬れた。断面からピンク色の肉が見え、その間から赤色の血液が流れ出す。

 一際大きく暴れた大ミミズは、徐々に動きを止め、細かい痙攣を起こしている。


 これで一匹は仕留めた。


 動きを止めた大ミミズを迂回して、エーリカを飲み込んだ穴へと走った。


「エーリカ、エーリカ、エーリカッ!」


 私は、必死に穴の中に向けてエーリカの名を叫んだ。


「冒険者さん、音を出しては駄目だ!」

「また、大ミミズが襲ってくるぞ!」


 村人たちが私の行動を止めようと叫ぶ。


「大ミミズが来なければ、エーリカを助けられない!」


 私は拳で地面を叩く。


 来やがれ、大ミミズめ! 

 輪切りにして、エーリカを助けてやる。


「そんな剣でどうやって、大ミミズと戦うんだ!」


 村長が叫ぶ。


「どうって……えっ?」


 手に握っていた剣を見ると、剣身が根本で折れていた。

 混乱していて気付かなかった。

 地面に叩きつけてしまったからか? 

 それとも、私が魔力を流し過ぎたからか?

 どうしようと焦っていると、逆に混乱していた頭が落ち着いてきた。



 ―――― 避けて ――――



「ッ!?」


 足元に僅かな振動を感じ、私は急いで横へ飛ぶ。

 さっきまでいた地面から大ミミズが勢いよく飛び出してきた。

 大ミミズの衝撃で、私は後方へ吹き飛ばされる。


 「ぐふッ!」


 地面に叩きつけられた私は、土煙を巻き上げながらゴロゴロと転がる。


「大丈夫か!?」


 村長が私の姿を見かねて駆け寄って来てくれた。

 腕から血が流れていて痛いが、擦り傷や打撲だけで済んだ。


「はい、大丈夫です。ただ……」


 エーリカを飲み込んだ大ミミズを見る。


 とてつもなく大きい。

 私が輪切りにした大ミミズよりも二回りも大きい。

 エーリカを助けたいが、どうすれば、こんな化け物サイズの大ミミズを倒せるんだ?

 肝心の武器も壊れてしまったし、パンチやキックをしただけでは、傷すらつけられない。

 後先考えず、怒りで大事な武器を壊してしまった事に後悔が襲う。

 そして、エーリカを助けられない絶望感が心を押し潰していく。


 ……私は何て矮小で、弱い存在なんだ。


 エーリカを飲み込まれた怒りも、助けようとする焦りも消えていく。

 血の気が引き、力の抜けた私は、ただただ巨大な大ミミズを眺める事しかできなかった。


「冒険者さん、あの大ミミズ……何か、おかしくないですか?」


 私と同じように青褪めていた村長が呟いた。


「……言われてみれば」


 村長が言うように、確かにおかしい。

 何となくもがき苦しんでいるように暴れている。

 上へ下へ左へ右へと長い体を土煙を巻き上げながらくねらせている。

 穴に突っ込んでいる残りの体も地面を割って、地表へと姿を現した。

 全長十メートルの巨大な大ミミズ。

 私たちは為す術も無く、その大ミミズを眺めている事しか出来なかった。

 苦しんでいる大ミミズは、魚が陸へ上げられたように、一際大きく空へ跳ね上がる。そして、土煙を巻き上げなら地面へ落ちた。

 大ミミズは小刻みに痙攣を起こし、しばらくして動きを止めた。


「えーと……死んだのかな?」

「どうなんでしょう?」


 本当にどうしたんだろう?

 人形を食って、食中毒でも起こしたのか?

 私は恐る恐る巨大大ミミズへ近づくと、お腹の中から変な音が聞こえた。


 ……ん? 何の音だ?


 キュイーンと機械が回転しているような音がミミズの腹から聞こえてくる。

 私は好奇心にかられ、もっと近くで観察しようと音のする方へ近づく。

 音はだんだんと近づく。

 回転する機械音が目と鼻の先まで来た時、危機感が最大限に高まり、急いで大ミミズから離れようとしたが、時既に遅し。

 私が避難しようとした瞬間、大ミミズの皮膚が膨れ、そして飛び散った。

 目の前にいた私は、大ミミズの血と肉と体液を体中に浴びる。

 キュイーンと鳴る音と共に、大ミミズの傷口が広がり、辺り一面、血と肉片が飛び散る。

 そして、ボロボロになった傷口から――


「無事に脱出できました。ご主人さま、ご無事で何よりです」


 ――大ミミズの血と肉と体液で汚れたエーリカが現れた。


 呑気な声で話すエーリカの左手には、突起のついた三角錐の物体がくっ付いていた。

 それはさながらドリルのようである。


 大ミミズに飲み込まれたエーリカは、そのドリルを使って大ミミズの体内を破壊して、肉を破って、脱出してきたのだろう。

 つまり、大ミミズの死因は、人形を食べた食中毒でなく、人形の寄生虫だったようだ。

 チェ〇トバスターも真っ青である。


「二匹の大ミミズを退治。これで、心置きなくリンゴの収穫が出来ますね」


 キュイーンとドリルを回転させて、顔や服についている大ミミズの肉片を落としているエーリカを見て、私の顔に笑顔が戻る。


 もう駄目かと思った自分の相棒が無事に戻ってきた。

 そして、村を脅かす巨大な魔物も始末した。


 極度の緊張から解放された私は、肉片に汚れた地面に向けて、盛大に吐いた。


無事に大ミミズを退治しました。

二人ともミミズの体液まみれです。

お疲れさま。


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