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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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238 暖かく平穏な半日

 ダムルブールの街に帰ってから六日目の朝を迎える。

 今日こそは動くぞ! と言う事で、朝食は私が作る事にした。まぁ、単純に食べたい物があったからだけどね。

 私が食べたいのはスフレパンケーキ。ふわとろのパンケーキだ。

 たまには女子力がある所をみんなに知らせなければいけない、と意気込んで厨房に立ったのだが……泡だて器が無くて、速攻で諦めた。スプーンやフォークでメレンゲを作れる自信はない。

 妥協として普通のパンケーキを作ろうと思ったのだが……ベーキングパウダーや重曹が無いので、これも諦めた。無くても作れた筈だが止めておく。みんなに失敗作を食べさせたくないからね。

 そういう訳で、チーズオムレツ、ベーコン、硬パン、昨晩の残ったスープという定番の朝食になってしまった。

 とほほ……。

  


「あっ、誰か来たー」


 みんなでのんびりと朝食を摂っていると、三人いるティアの一人が外へと飛んで行った。


「何も聞こえなかったけど、エーリカやリディーは聞こえた?」


 地獄耳のエーリカと聴覚の鋭いエルフのリディーに尋ねると、食事の手を休めずに「聞こえない」と素っ気なく返ってきた。

 来客が来るかもと思い、私は食事の手を止めて扉を見ていたら、ティアが「誰も居なかったー」と戻って来た。


「本当に誰か来たの?」


 食事に戻ろうとしたティアに尋ねたら、先程飛んで行ったティアが机の中央まで進み出て、「間違いないわー」と答えた。

 ちなみに残りのティアたちは、我関せずと黙々と朝食を食べ続けている。


「あたしが張った結界に反応があったんだよねー」

「結界?」

「以前、アナちゃんの家の周りに結界が張ってあったと聞いたのよー」

「え、ええ、認識阻害の結界です。私がまだ幼い時、父が専門の人に張ってもらったんです。一人で無事に留守番が出来るよう防犯用に……今は壊れてますけど……」


 アナの補足を聞いて、ブラック・クーガーの件を思い出した。

 確か、あの時に結界が壊れたんだったね。


「だから、あたしが代わりに結界を張り直しておいたのよー」


 ティアが無い胸を反らして自慢気に言うと、アナは「そうだったんですか!?」と驚いていた。そんな重要な事、家主には教えておこうよ。


「つまり、進入する事が出来ない結界に誰かが入ってきたって事?」

「そんな大層な結界じゃないわー。結界を通り抜けたら、あたしが分かるようにしてあるだけー。あたしが迎えに行ってあげるんだから」


 誰よりも早く来客を知り、一番にお出迎えしたい訳だな。完全に出来た使用人だ。


「それで結局、誰もいなかった訳だ。気のせいとかじゃなかったの?」

「あたしの魔力で作った結界よー。気のせいな訳ないじゃなーい」


 結界の原理は分からないので何とも言えないが、魔力で感知する結界なので勘違いや誤作動という訳ではないそうだ。


「なら、タヌキやネズミが引っ掛かっただけじゃないの?」

「対象を人と魔物にしてあるからそれもないわねー」


 それもそうか……小動物や虫まで対象になっていたらきりがない。


「それなら急に道が出来たから誰かが様子を見て帰って行ったんじゃない?」

「そうかもしれないけど……昨晩も同じ事があったのよねー。気になるわー」

「昨晩? 夜中の事?」

「そうそう、真夜中にも結界を越えた者がいたのよー。急いで見に行ったけど、誰もいなかったわー」


 真夜中というのは気になる。

 いや、気になるよりも怖い。真夜中の来訪者。サスペンス映画やホラー映画みたいだ。


「単純にティアねえさんの結界魔術が欠陥魔術だっただけでしょう」


 今まで黙々と朝食を食べ続けていたエーリカがガシガシと硬パンを齧りながらボソリと呟いた。それを聞いたリディーは「それだ。さすがエーリカ!」と同意する。


「欠陥魔術って何よー! あたしの魔術は完璧よー!」


 ティアがプリプリしながら怒る。

 結局、ただの勘違いなのか、それとも本当に侵入者がいるのか分からないまま朝食は終わった。



 午後からは冒険者ギルドに行く事になった。

 私が逮捕され囚人として炭鉱送りになった事は冒険者ギルドは知っている。これからも冒険者として働くので、無事に戻ってきた報告をしなければいけない。ついでに私のリハビリも兼ねて簡単な依頼を受ける予定になった。

 そういう訳で朝食を終えると、各自、午後まで自由時間である。


 最大数に分裂したティアたちは、蜘蛛の子が散るように働き始めた。

 掃除、洗濯、皿洗いの家事班。クロとシロの世話班。スライムと共に行う家庭菜園班。料理屋の増改築をする建設班。そして、冒険者の依頼を受ける班、と誰よりも動いていた。


 アナは、クロとシロの餌である飼葉を搬入してくれる業者が来るという事で、世話班のティアたちと一緒に厩舎内を掃除している。

 業者は馬糞を買い取ってくれるので、アナたちは急いで馬糞を集めていた。

 何度か私も手伝った事があるので分かるが、馬糞は重い。土の塊みたいな物だ。

 肉体労働の馬糞集めなのだが、そこで重宝されるのが、私が炭鉱から持ち帰ったドワーフ製のスコップである。魔石が埋め込まれているおかげで、魔力を流すとスコップの重みが軽くなる。

 その僅かな軽減のおかげで馬糞集めが楽になったとアナとティアは喜んでくれた。

 さすがドワーフ製である。


 リディーは、料理屋の扉を作り直している。

 扉自体はすでに出来ているのだが、どうもエーリカの作った扉は、無駄を省いた面白味のない扉で、ティアとリディーから酷評されてしまった。そこでリディーが少し手直しする事になり、小さなナイフを使って、質素な扉に模様を掘っている。

 気分を悪くしているかな? とエーリカを見るが、昔から言われているようで特に気にしていなかった。


 そして、私はというとエーリカと一緒に準備運動をしていた。

 鈍った体を鍛える為に軽く運動でもしようと思ったのだ。

 暖かい太陽の下、エーリカと並び、「一、二、一、二……」と声を出しながらうろ覚えの準備運動をする。

 その後は、筋肉トレーニングだ。

 腕立て、腹筋、スクワットと限界まで行う。

 今の私の限界は十五回だ。この異世界に来た時は、十回も出来なかった。そう思うと、僅かだか力も体力も上がっている。

 もしかしたら、今の私は凄くレベルが上がっているかもしれない。

 最後にレベルを確認したのは、教会でティアと出会う前だった筈。その時はレベルが七になっていた。その後、サハギンやゴブリンやオークと戦った。さらに一ヶ月ほど炭鉱で働き、最後にトカゲ兵士と戦ったのだ。レベルが三つ四つ上がっていてもおかしくない。

 冒険者ギルドに行った時、レベルの確認を忘れずにしておこう。


 筋トレを終えた私は、ゆっくりと馬場の囲みに沿ってランニングをする。

 偽筋肉の重い体をドスドスと響かせながら走っていると、馬場内にいるクロとシロが並行して走ってくれた。ただ私の速度が遅すぎて、すぐに行ってしまう。寂しさを感じるが、すぐにぐるっと周回して戻って来た。つまり、周回遅れである。悲しい……。

 疲れなど知らないように楽しそうに走るクロたちと違い、私は馬場を一周しただけで汗だくになり、膝が震えてしまった。呼吸も荒く、肺が破れそうだ。

 前よりも体力も上がっているのだが、まだまだである。


 切株に座って私のランニングを監視していたエーリカが、レイピアを抱えながら向かってきた。


「次は、武器の練習です」


 呼吸も安定していない私にエーリカはレイピアを差し出す。ゆっくりと休ませる気はなさそうだ。

 ズシリと重いレイピアに魔力を流すと羽のように軽くなった。一月ぶりの愛剣。とても手に馴染み、つい微笑みが浮かぶ。

 「一、二、一、二……」とエーリカの掛け声に合わせてレイピアを振る。

 横へ、縦へ、前方へと繰り返し素振りをする。

 汗が流れ、息が上がる。腕と肩の筋肉が重くなり、徐々に鋭さが無くなっていく。

 魔力で軽くなったとはいえ、私の体力ではすぐに限界を迎えてしまう。

 魔力供給が途切れ、急に本来の重みに戻ったレイピアが手から離れ、地面に落ちた。


「ご主人さま、いついかなる時も武器を離してはいけません」


 肩で息をしている私に忠告をすると、エーリカは近くに落ちている木の棒を拾った。


「次はわたしと模擬戦をしましょう」


 エーリカ教官は、新兵訓練の鬼教官のように怒鳴り散らす事はしないが、決して甘やかしたりはしない。

 私はレイピアを拾うと、エーリカに向き直った。

 こうやってエーリカと手合わせをするのは初めてである。エーリカの剣技は、貴族の誕生日会の余興で知っている。間違いなく、私よりも遙かに強い。だから、私が全力で攻撃しても問題ない。

 案の定、私の攻撃をエーリカは難なく躱し、逸らし、受け止める。

 私の使っているのは魔力がこもったレイピア。重さが軽くなっているだけでなく、鋭さも増している。一方のエーリカは、ただの棒っきれ。ただの木の棒なのに、断ち切る事も表皮が削れる事もない。それだけ実力に差があるという事だ。

 元々私とエーリカの能力に差があるのは知っているので悔しくはない。

 むしろ、「脇を締めてください」とか、「剣先だけに集中しないでください」と注意してくれるので、剣技の『け』の字も知らない私にとっては有り難い事だった。

 このままエーリカの指導を受ければ、それっぽい戦い方を身に付ける事が出来るかもしれない。

 そんな淡い期待を抱くが……如何せん。

 私の体力と腕力の無さでは、すぐに模擬戦も終わってしまった。剣技云々の前に基礎能力を上げる必要があった。


「おっさんは、本当に見た目と違って、ひ弱だな」


 私たちの様子を見ていたリディーは、地面に倒れている私に近づくと呆れた顔をした。

 

「それに引き替え、エーリカは楽しそうだ」

「はい、ご主人さまの相手が出来て楽しいです。これから毎日します」


 私も朝食の時は毎日体を鍛えると覚悟をしたのだが、疲労の溜まった今では、三日置きぐらいにしておこうと誓い直す。たぶん、明日には筋肉痛で動けなくなるしね。

 「明日は僕が相手してあげるよ」と言ったリディーは、ムギューとエーリカを抱き締めると、また扉作りに戻って行った。リディーは、エーリカ成分を補充する為だけに来たようだ。


 その後、魔力操作の一環として、切株に向けて光の魔力弾を放ったり、光の刃を放ったりして、朝の訓練を終えた。



 井戸で汗を流していると、洗濯物を干していたティアが「誰か来たー」と叫び、新しく作った道へ飛んで行った。

 しばらくすると、ティアはカリーナとマルテを引き連れて戻ってきた。

 カリーナは『カボチャの馬車亭』の一人娘で、マルテはハンカチ屋の娘だ。

 どうして、この二人が北門を抜けて、アナの家に来たのだろうか?


「あー、おじさんが戻って来ている!」

「アケミおじさん、無事だったんですね」


 私の姿を見たカリーナとマルテが驚いているのを見るに、二人も私が炭鉱に送られていた事を知っているようだ。そうなると冒険者ギルドだけでなく、『カボチャの馬車亭』にも無事に戻ってきた挨拶をした方がよさそうだ。


「二人ともどうし……」

「嘘、どうして!?」

「本物のエルフだ!」


 私の言葉を遮った二人の少女は、扉作りをしているリディーを発見すると興奮するように駆けて行った。

 「な、何、この子たち!?」とあわあわしているリディーを眺めながら私はティアに尋ねる。


「カリーナちゃんたちは、何しに来たの?」

「あの子たちは、エーちゃんに絵を習いに来ているんだよー」

「絵? エーリカに?」

「そう、おっちゃんが描いた絵を参考に練習をしているのー」

「私の絵って……まさか!?」

「そのまさか」


 カリーナたちが腐レンドになったのは知っているが、まさか自分から絵を習いにくるとは……。

 カルラさん、ごめんなさい。あなたの娘さんが腐海の深淵に踏み込んでしまいました。

 挨拶に向かう筈の『カボチャの馬車亭』だが、時期を改めてからにしよう。

 


 「エーリカ先生、今日もお願いします」とカリーナとマルテの挨拶に頷いたエーリカは、袖口から一枚の木札を取り出した。


「本日の題材はこれです」


 木札に描かれているのは、キラキラと輝く男性の立ち絵であった。

 以前、私が描いた事のある絵なのだが、若干、違和感がある。それに木札に描いた覚えがない。その事を聞くと、エーリカが私の魔力から記憶を読み取り、エーリカが直接木札に描き写したとの事。

 どうりで私に似た絵なのだが、別の人が描いた感じになっていたのか。

 木札を見たカリーナたちから溜め息が漏れる。そして、その木札を見ながら、真新しい木札を使って、模写を始めた。


「念の為、聞くけど、アナに上げた絵は二人に見せた事ある?」


 アナに上げた絵は、男性同士が合体している場面を描いた絵だ。重要な部分は謎の光で隠してあるが、さすがにお年頃のカリーナたちには見せられない。


「い、いえ、流石にお見せ出来ません。私が大事に保管してあります」


 流石、常識のあるアナだ。アナの英断に安堵する。


「まずは木札に絵を描く事に慣れてください。上手くなるのは、それからです」


 職業がらカリーナとマルテは木札に文字を書く事は出来る。だが、これが絵となると話は別だ。

 私も経験があるので、エーリカの助言に納得する。

 尚、色々と淑女の嗜みを受けたエーリカだが、絵描きの教養は受けていない。無論、独学の私もだ。

 デッサンすらした事のない私とエーリカでは、カリーナたちにあれやこれやと技術的な事を教える事は出来ない。その為、絵の練習は模写だけである。


「おっさん、ちょっと来てくれる」


 離れた場所から見ていたリディーは、私に冷たい声を掛けると部屋の隅っこに連れて行った。


「おっさん、エーリカに何てものを描かせているんだ!」


 綺麗な眉毛を釣り上げたリディーに詰め寄られる。


「い、いや、私もエーリカがこんな事をしているとは知らなくて……」

「あの純粋無垢なエーリカがこんな卑猥なものを描くなんて……」


 おんおんと泣き真似をするリディーの背後から当のエーリカが現れる。


「リディアねえさん、それは誤解です。ご主人さまの描く作品は至高の一品です。現に後輩も生徒二人もご主人さまの絵に夢中になっています。私が写した絵などまだまだです」

「絵の内容が問題なんだ! 昔のエーリカは、こんな可愛い絵を描いていたというのに……」


 そう言ってリディーは懐から一枚の木札を取り出す。

 木札に描かれているのは、以前、リディーの小屋を掃除した時に見つけた落書きのような絵だった。

 いつの頃か分からないが、この幼稚園児が描いたような絵は、エーリカが描いたものだったらしい。


「こんな物、今も持っていたのですか。……没収です」


 木札を見たエーリカは、リディーから木札を取り上げると袖口の中に仕舞いこんだ。若干、頬が赤くなっている事から、たぶん恥ずかしかったのだろう。

 「そんなぁー、エーリカー」と泣きつくリディーを横目に私は外へと出る。

 この件に関しては、私は関わらない事にしよう。そう誓い、暖かい太陽を見上げた。



 うむ、今日も平和な一日になりそうだ。


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