237 これまでの事
第四部の始まりです。
まだ、タイトルは未定です。
これからも宜しく、お願いします。
炭鉱から戻って来てから五日が経過した。
ルウェンの町に滞在していたのは一月ほどである。その間、エーリカたちの方も変化があったようだ。
大きな変化としては、アナの家だろう。
アナは、亡き両親の意志を継いで料理屋を開店しようと家の増改築に奮闘していた。ただ、当人のアナよりもエーリカとティアの二人がやる気満々で、アナはそんな二人に引っ張られているように見えた。
現在の進行状況といえば、家庭菜園が移動され、その背面に位置していた寝室を取り壊し、その跡地に新しく部屋を作っている最中である。その部屋が、お客を招いて、食事をする場所との事。ただ、まだ柱を立てて、壁を貼り付けただけの状態の為、内部はがらんどうであった。
ちなみに、取り壊された寝室は、今まで浴室のあった場所に移動しており、その浴室も厨房の近くに移動している。まだ、仮設としてベッドしか置いていないが、寝るだけなので問題はなかった。浴室に限れば、アナの父親が作った以前の浴室に比べ、隙間風が無くなり、前よりも状態は良くなっている。その事を褒めるとアナは複雑な表情をしてしまった。
増改築の建物自体は、エーリカが主体で働いている。
エーリカは、私が炭鉱から帰ってくる前に完成させて驚かせたかったようだが、私の帰還が思いのほか早かった所為で残念がっていた。
内装関係はティアが考えるようだが、そこはまだ外装が終わっていないので、アイデアを煮詰めている途中らしい。ただ、椅子も机もエーリカが一から作る予定らしく、どこまでティアのアイデアが採用されるかは疑問である。
厨房担当はアナだ。
アナは今の竈の状況を心配していた。今使っている竈は小さく、お客に料理を振る舞い続けるには心許ないと思っている。さらに細かい割れが入っていたり、煤で汚れきっているので、耐久性も心配との事。
そこでアナとエーリカは、東地区のドワーフの元へ向かった。
以前知り合ったドワーフ師弟に、料理で使う包丁や鍋、フライパンなどを頼むついでに竈も作ってもらう算段らしい。無茶苦茶である。
やはりと言うべきか、無下もなく断られたそうだ。ドワーフ曰く、武器屋であって道具屋でない。さらに武器を作る炉と竈では作りが違う。金属加工はするが土弄りはしない、と怒鳴られたらしい。
だが、そこはエーリカ。
値段の高い武器を作って買い手はいるのか? 生活は出来ているのか? 酒代はあるのか? と問い詰め、口を噤んだ所をドワーフ師弟が興味を示していたエーリカの魔術具を調整させる条件で渋々同意させた。
ただ、鍋や包丁などは手持ちの材料でどうにかするそうだが、竈に関しては保留になっている。理由は、泥に藁を混ぜたレンガを使わず、鉱石を混ぜて焼いたレンガを使用するそうで、材料を集めるのに時間が掛かるとの事。エーリカのおかげで、鉄も溶かせる程の火力が出せる竈が出来そうである。
尚、値段だが、エーリカがしっかりとお酒代ぐらいまで値切っている。とは言え、その辺の道具屋で売られている価格と変わらないので適正価格なのだが、ドワーフ製と考えると破格の値段である。
ご愁傷さまです。
厨房について一つ私から注文をさせてもらった。
それは竈の排気筒だ。
竈には、薪から出る煙を外へ逃がす煙道が設置されている。ただ、この世界の排気筒は機能が悪く、逆流して部屋を煙塗れになってしまう事がある。さらに竈で料理をすると匂いが部屋に充満し、数時間も残ってしまう事もある。
健康にも悪いし、気分も悪いし、衣服に匂いが付いてしまうので、私は換気扇を付けようと考えた。
その事をみんなに話した翌日、タイミング良くクルトがアナの家に現れた。
クルトは、エーリカの髪を乾かす理由でドライヤーを作ってくれた魔術具職人である。彼にはドライヤーの売上の二割を貰う約束をしている。そんな彼は、慰労会で注文を受けたドライヤーを冒険者ギルドへ卸したので、売上の二割を納めに来たそうだ。約束自体、すっかりと忘れていた私と違い、律儀な青年であった。
そのクルトに私は換気扇を注文した。大きさはこのぐらい、ファンが回って空気を逃し、使わない時は蓋が閉まり外の空気や虫が入らないように、と日本で使っていた換気扇を思い出しながら木札に絵を描いて説明する。
ファンはドライヤーにも使われているので、私が簡単に説明しただけで理解をしてくれた。ただ、どうも乗り気ではない感じだった。
話を聞くに、彼は子供向けの魔術具を作りたいらしいのだが、母親と姉が「ドライヤーは売れるのでそれを作り続けろ」と言われているようだ。母親と姉の口コミで今も何個か注文が入っているし、今度、商業ギルドに行って量産出来ないか相談に行くそうだ。
このままではドライヤー職人になってしまい、ますます子供向けの魔術具が作れなくなると嘆いていた。
正直、幼い時から家の手伝いをする事が当たり前の異世界の子供に玩具の魔術具が売れるとは思えない。そんな物を買うお金があるのは、余裕のある貴族ぐらいだろう。
そんなやる気のないクルトであるが、エーリカが「作れないのですか?」といつもの表情で尋ねたら、「出来ます! エーリカさんの為に作ってきます!」と嬉しそうに帰っていった。
姉がいると年下好きになると聞いた事があるが、さすがにエーリカみたいな少女を好きになるのは、どうかと思うよ。
そんなこんなで、只今、アナの家は料理屋に向けて絶賛増改築中なのである。
私が留守にしていた時の各個人について語る。
まずエーリカとアナの二人は、午前中は家の改装を、午後からは冒険者ギルドの依頼を受けている。
冒険者ギルドの依頼は、午後という事で誰も受けない安い依頼しか残っていない。それに依頼時間が半日しかないので、結局、薬草採取やちょっとした雑務の依頼を受けていた。
私がいない間、冒険者稼業を休業する事も考えたらしいのだが、これから料理屋の開店で出費がかさむので、お小遣い程度でもお金は必要との事で、こんな感じになったそうだ。
そんな二人の依頼状況だが、冒険者ギルドからしたら、売れ残った依頼を片付けてくれるので非常に有り難がっていると感謝されている。
ちなみにアナだが、少し太った。
今まで私が作った料理を料理屋のメニューにする予定らしいのだが、お客に出す手前、なかなか満足のいく出来になっていない。
その為、同じ料理でも材料の分量を変えたり、調味料を変えたりと、試行錯誤している。
毎日、試作を食べ続けた結果、痩せこけて不健康だったアナは、今では若干丸みを帯びていた。とても健康的で良い事であるのだが、アナ自身、少し太った事を気にしている。
尚、掃除機のように食べるエーリカや自分の体の容量と同じぐらい食べるティアの体形は変わっていない。忘れがちだが、二人が人形なのだと改めて認識した。
ティアは、今まで以上に良く働いていた。
毎日、最大人数に分裂しては、家事に二人、クロとシロの世話に二人、家庭菜園に一人、冒険者稼業に四人、残りは家の増改築の為に働いている。
正式な冒険者になったティアは、今では私たちと同じ鉄等級冒険者に成っていた。
ただ、分裂出来るとはいえ体が手の平サイズの為、依頼出来る内容には限りがある。魔物の討伐依頼は殆ど受けず、空を飛べる利点を生かし、迷子のペットを探したり、家の壁や屋根、城壁の補修したりしていた。エーリカやアナと同じく、普通の冒険者が受けてくれない依頼を受けるので、ティアも冒険者ギルドからは有り難がられている。
驚く事に、ティア宛に貴族から指名依頼がきている。
誕生日会の時に知り合ったビューロウ子爵の依頼らしく、双子のノアとフィンに音楽を教える家庭教師の依頼らしい。ただ、貴族の子供と言うだけあり、すでに基礎的な事は出来るので、殆ど教える事はない。そこでティアは、教養としての堅苦しい演奏しか出来ない二人に、音楽の楽しさを重点に教えているそうだ。要は、みんなで楽しく歌ったり、踊ったり、楽器を奏でたりして、遊んでいるのが実情との事。
それで高い依頼料を貰えるのだから楽で良いとティアは語っていた。
そういう事で、定期的に貴族の依頼を受けている今のティアは、私たちの誰よりもお金持ちであった。
リディーだが、新しい環境下で、さらに人見知りがあるので、上手くやっていけるか心配していたが、それは杞憂に終わった。
元々、エーリカとティアは姉妹である。溺愛しているエーリカとすれ違う度にハグをして、気力を充電している。一方、口煩いティアには塩対応である。意味の無いティアの話を右から左へ聞き流しては、生返事で対応している。これを見るに、同じ対応をするエーリカは一つ上のリディーの影響を受けているのかもしれない。
問題は他人のアナだが、同じ風の精霊魔法使いであり、エーリカたちの面倒見ている家主という事で、人見知りは起きず、逆に敬意を払っていた。
さらにアナの料理を食べたリディーは、目を丸くして驚き、「今まで食べた料理の中で群を抜いて美味しい」と大絶賛し、さらに株を上げている。
顔を染めるアナは、「お、おじ様の味を真似ているだけです。私は、まだまだです」と謙遜をするが、毎回味が変わる私の料理に比べ、料理屋に向けて練習をしているアナの方がすでに料理の腕は上であった。
アナの評価が非常に高いリディーであったが、アナ自身は違った。
ツチノコ並に珍しいエルフであり、さらに見目麗しいリディーの姿に毎回ドキマギしていた。これが男女の関係なら微笑ましい姿なのだが、如何せん、同性同士なのでどう扱って良いか私は分からない。
そこでティアは、「男の服でなく元の服装に戻せばー」と案を出した。リディーは「今更恥ずかしい」と私を見ながら断るのだが、エーリカが「博士が作った服です。わたしも前の服が似合うと思います」と鶴の一声で私と出会う以前の服装に戻った。
森の中に溶け込めそうな若葉をイメージした薄緑色のヒラヒラとした服装。短いスカートであるが、スパッツのようなものを履いているので下着は見えない。さらにニーハイブーツのような膝上まである皮製の靴を履いているので、ヒラヒラとした服でありながら肌面積は少ない。そんな服装だ。
それでも以前の面白味のない服に比べ、女性っぽくなった事でアナの態度が落ち着いた。私もとても満足だった。眼福、眼福。
そんなリディ-は、百年以上ぶりに会った最愛の妹エーリカにべったりである。一方のエーリカは、一ヶ月ぶりに会った私にべったりである。その所為か、私の近くには常にエーリカとリディーがいる。
それが原因で、お風呂と寝る時に問題が起きた。
私と一緒にお風呂に入りたいエーリカだが、それをリディーが「破廉恥だ!」と非難する。私は別に一人でも良いのだが、エーリカが断固拒否して、姉妹喧嘩が勃発した。
妥協としてエーリカは「三人で入る」と言うが、リディーは「破廉恥だ!」と顔を赤らめながら私に向かって怒鳴る。私、何も言っていないんだけど……。
結局、喧嘩中に私がコソコソと抜け出して一人で入った事で、リディーとエーリカの二人で入る事になった。私が入った事でエーリカはふくれ面に成っていたが、リディーはホクホク顔であった。
寝床についても同じ感じである。
新しく設えた寝室は二部屋で、ベッドは四つ。一部屋はアナとティア用で、もう一部屋は私とエーリカ用になっている。そこにリディーが新しく入居した事で、ティアは机の上に専用ベッドを作り、アナの部屋で寝るように案を出すのだが、当のリディーはエーリカと一緒に寝ると譲らない。無論、エーリカは私と寝たがるので、ここでも口論が始まる。
結局、三人同じ部屋で寝る事になり、エーリカとリディーで一つのベッドで眠り、もう一つのベッドで私が眠る事になった。だけど、なぜか朝になると私の胸の上にはエーリカがいる。
私もリディーもエーリカが抜け出して、私の元へ忍び込んでいるのを朝まで気づかないでいた。私はどうあれ、エルフのリディーに気付かないとは、凄い特技である。
そんなリディーは、毎日、料理屋の為の増改築に手を貸している。
一人で小屋を立て直した実績のあるリディーは、エーリカと共に楽しそうに作業をしていた。
また、食事時になれば、アナと一緒に料理を作ったり、食材が無くなれば、クロとシロを連れて、狩りにまで出かけている。
リディーの新しい生活は充実していた。
最後に私自身であるが、炭鉱から戻って来てから五日間、何もしていない。
言葉の通りで、本当に何もしておらず、日がな一日、暖かい太陽の下、切株に腰を落としてみんなの働く姿を眺めていた。
これには仕方が無いのである。
ようやくエーリカの借金が返済出来たと思った矢先、炭鉱送りになったのだ。
たった一ヶ月ほどの炭鉱生活であったのだが、それでも心底疲れた。戦士の休息ではないが、私にも療養が必要である。
エーリカたちもその事を理解しているようで、特に何も言わないし、仕事も与えない。
それを良い事に私はだらけていたのだが、そろそろ私も動こうかなと思い始めていた。
これ以上は、心苦しくなってきたし、暇が辛くなってきた。
それに、何か忘れている気もした。




