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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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236 幕間 フリーデの追想 その3

 リディーと出会ってから七日が経過した。

 七日も経てば、私とリディーは友達と呼べる間柄になっていた。

 だが、リディーは私以外の兵士や従業員とは一切会っていない。精々、私の上官と面接したぐらいである。


 兵士宿舎の東棟は、女性専用になっている。男性兵士が使用している西棟は、人数過多により相部屋が当たり前なのだが、人数の少ない女性兵士は一人一部屋が当てられている。その為、空いている部屋が幾つかあるので、リディーには私の隣の空き部屋へ移動してもらった。


 隣国シーボルト王国の間者の疑いのあるリディーであるが、特に移動制限は掛けられていない。精々男性兵士が使用している西棟や囚人のいる場所には行かないように注意しただけだ。町にも行って良い事になっている辺り、上官もリディーが間者である可能性は低いと判断しているのだろう。それだけキルガー山脈を越える事は不可能と考えているのだ。

 そんな状況にも関わらず、リディーは殆ど部屋から一歩も出ない生活をしていた。

 食事は食堂で食べず、私が部屋まで運んで一緒に食べている。

 さすがに便所や風呂の時だけは部屋から出るのだが、その時は顔まで隠れるフード付きの服を羽織り、長い耳を活用して、コソコソと人に会わないように移動していた。

 風呂は兵士が仕事から戻ってこない一番風呂か、一番最後に入っている。

 傍から見ると非常に怪しく、間者疑惑が浮上しても可笑しくない行動をしている。ただ、これは人見知りなだけだった。

 リディー曰く、「目立つのは嫌いだ」との事。

 どの文献にも載っている通り、エルフは言葉では言い表せないほどの美男美女である。現にリディーも嫉妬も湧かない程の顔立ちをしている。そんな美女であるリディーだ。嫌でも目立ってしまう。

 ここは男社会の職場だ。男性兵士がリディーを見て、変なちょっかいをかけて問題が起きる可能性があるなら、私としてはコソコソと行動してくれていた方が、正直助かっていた。

 そういう事で、引き籠っているリディーが暇をしているだろうと思い、私は頻繁に会いに行っている。仕事が終われば、就寝まで一緒にいる。休みの日も会っている。

 だから、色々と話をし、色々と聞いた。



 まず滞在の理由を聞いてみた。

 行き別れた姉がいるというのに、どうしてルウェンの町に滞在する事にしたのか? そう聞いたら、「山越えで疲れた」との事。ここは食事もあるし、前に住んでいた場所よりも暖かいからしばらく厄介になるそうだ。

 それとリディーの姉は酒さえ切らさなければ倒れる事はないらしいので、特に別れたからといって、心配する必要はないらしい。

 他にもやる事はあるらしいのだが、それも何年も保留にしてあるので、情報が何もない状況の中、今すぐに行動する必要はないそうだ。流石、エルフ。気長なものである。

 おまけだが、「フリーデは良い人なので、安心して暮らせる」と言ってくれた。素直に嬉しかった。


 次に聞いたのは、キルガー山脈の経路である。

 キルガー山脈を越えた時の事を細かく聞いたら、以下の通りであった。

 大寒波で降り積もった雪を掻き分けて山を登り、体が吹き飛ばされそうな強風の中、人一人が通れる崖沿いを進み、魔物が住み着いている洞窟を突破し、氷柱をくっ付けて梯子を作り崖を下り、魔物の部位でロープを作って反対側の崖を渡ったりしたそうだ。さらに簡易のソリを作って雪山を滑走したり、筏を作って渓谷を下ったりもしたとの事。

 ありったけの衣服を着込んでも思うように動かない程の極寒の地。食糧もすぐに底を尽き、道中の魔物や獣を狩って、飢えを凌いでいた。

 そんな数十日にも及ぶ山脈越えの実情をリディーは、光の消えた瞳になりながら教えてくれた。


 うん、これは人間では無理だ。


 私たちが知りたかった隣国に通じる経路は、不可能な道だと判断した。


 リディーとは色々な事を話したが、リディーの姉については、重度な酒飲み以外は教えてくれなかった。それだけでなく、隣国に住んでいた以前の事も教えてくれない。

 何回か尋ねたのだが、その都度「権限がない」と意味不明な事で口を閉ざされてしまう。

 リディーの思考や性格については分かり始めたのだが、生い立ちなどは一切分からずじまいであった。



 そんなある日の事。

 コソコソと隠れるように便所に行っていたリディーと廊下で鉢合わせをした。

 この頃になると、他の兵士から怪しい人物が兵舎を徘徊していると噂が立っている。

 その事をリディーに伝えると、「うーむ……」と何かを考え込み始めた。


「そう言えば、厨房の手伝いで狩りをしてほしいと言っていたね」


 以前、厨房の仕事をお願いしてみたら、「考えておく」と保留にされていた件が浮上した。


「ええ、体調も回復した事だし、この町に居るなら何かしら仕事をして欲しいの。リディーもタダ飯を食べ続けるのは気が引けるでしょう」

「いや、私はまったく気にしないけど……狩りは好きだから、やっても良いと思っている」

「それなら、すぐにでも厨房の責任者に会わせるけど……会える?」


 リディーは人見知りだけど、何回か話せば、すぐに慣れてくれる。

 私の上官も何回かリディーと話をした。二回目まではまったく話しすら出来なかったが、三回目ぐらいでようやく会話がなりたった。そのおかげで、間者の疑いが掛かっていたリディーが、ただの行き倒れの迷い人であると認められたのである。さらに隣国に住んでいた割りには、まったく情報を思っていない事も分かった。

 疑いが晴れたのは良かったのだが、逆にリディーをルウェンの町に引き留めておく理由が無くなった。上官からしたら、仕事もしないただの居候扱いである。さっさと出て行って欲しいと思っている事だろう。

 仲良しになった私としては、ずっと居て欲しいので、仕事でもして町の関係者になってほしい所だ。


「その事で相談だけど……あまり目立たないようにするには、どうすれば良いと思う?」


 エルフというだけで嫌でも目立ってしまう。

 それが人見知りのリディーにとって心の負担になっているのだろう。


「うーん……料理長だけ会うって事は難しいよね。料理人は他にもいるし……それにこの部屋から距離があるから、毎回コソコソと隠れながら移動するには負担が大きいよね」

「私もなるべくやりたくない」

「目立ちたくないなら、目立たなくしてみたらどう? 例えば、服装を一般服にするとか?」


 今のリディーの服装は、若葉色のヒラヒラとした可愛い服を着ている。それを極々普通の一般人が着ている服に変えるだけでも見た目は違うだろう。

 私は冗談で「思い切って、男性の服を着るのも良いかも」とちょっと男装姿のリディーを見てみたい衝動に駆られ言ってしまった。

 そうしたら、「それ良い案だ」となぜかリディーが同意する。


「姉の中に男装をしているのがいるんだ。それを参考にしよう。フリーデは人の髪を切った事がある?」

「えっ、髪? 一応、兄たちの髪は私が切っていたけど……もしかして!?」

「私の髪を短く切ってくれ」


 リディーの髪は、初めて会った時と違い、毎日風呂に入って洗っているので、今は薄緑色の綺麗な髪になっている。ただ、残念な事に肩口まで伸びている髪は、斜めに切り揃えられていて変な感じになっていた。

 それを整える訳ではなくバッサリと切れと言っている。


「どうせなら、服装も髪型も言葉使いも男性の真似をしようと思う。ここには男性が多いんだろ。私が男だと分かれば、変な目でちょっかいを掛けない筈だ。私自身の保身の為にはこれが必要だ」


 冗談で言った事が本当になってしまった。

 考え直せと言い返すが、リディーは既に決めたようで、声を「あー、あー」と徐々に低くしていき、小鳥の鳴くような綺麗な声が中性的な声へと変えていった。さらに「僕……僕……」と自分の呼び名まで直していく。


「そう言う事だ。わた……僕のナイフを使ってくれ」


 そう言うなり、ベッドのシーツを剥がすと自分の首に巻いて、切った髪の毛が体に付かないようにした。

 小さく溜め息を吐いた私は、机に置いてあるリディーのナイフを掴むと、シーツに包まれたまま椅子に座っているリディーの背後に立つ。


「本当に良いのね?」

「わた……僕の髪は元々腰ぐらいまであったんだ。だけど山越えの時、魔物に寝込みを襲われて、髪を持っていかれた。今更、短くなるぐらい何ともないさ」


 長い髪のリディー……見て見たかった。同様に短い髪をした男装のリディーも見てみたい。エルフという種族は、どんな姿でも似合うのだろうな。

 父や兄の髪を切ってきたので、男性っぽい髪型にする事は容易である。だが、相手は肉親ではない他人だ。それも整った顔のリディーである。変な髪型にならないよう最善の注意が必要だ。

 少し癖のあるリディーの髪を掬いナイフを動かす。

 何の抵抗もなくパラパラと髪の毛がシーツの上に落ちた。


 このナイフ、凄い切れ味!


 魔石が埋め込まれていないただのナイフでこの切れ味。まさかドワーフ製か? と刃先を見るが、刻印は刻まれていない。

 リディーの綺麗な肌を傷付けないよう、さらに集中して髪を切っていく。

 何度も横や前に回って、髪型を確認しては、チマチマと切る。

 息をする事も忘れるほど集中する。

 そんな私の緊張感も知らず、リディーはコクリコクリとうたた寝を始めていた。

 すぐそばにナイフを持っている人間がいるというのに、このエルフは危機感が無いのだろうか? まぁ、私を信じているのだろうと思い、そのまま寝かせておいた。


 

「フリーデ、凄いじゃないか。綺麗に切ってくれてありがとう。これでどう見ても男性に見えるな」


 リディーは、窓ガラスに映る自分を見て満足している。

 肩口まであったリディーの髪は、私の手によって地肌が見えるか見えないぐらいの長さまでになっている。横髪のもみあげだけは、私の趣味で少し長めに残しておいた。

 リディーはこれで男性に見えると言うが、男性というよりも少年のように見え、逆に際立ってしまった気がする。

 余計に中性的な見た目になり、男性兵士よりも女性兵士に声を掛けられそうだ。

 だが、それも服装を変えた事により落ち着いた。

 次の日、私は男性用の一般服を調達し、リディーに渡した。

 地味な一般服に着替えたリディーは、声色を変え、自分の事を「僕」と呼ぶ事で外に出る決意が出来たのである。


 男性のふりをする事で、ようやく厨房の料理長を紹介できた。

 早速、その日の内に数頭の鹿を狩り、厨房関係者から称賛の声をもらう。

 その日の夕食は豪華であった。

 

 順調に仕事をし始めたリディーは、今も同じ部屋を使っている。

 男性のふりをしているだけで、流石に男性兵士が使っている西棟に移る事はしない。その為、女性兵士にはリディーの姿を頻繁に見られていた。事前に「リディーは人見知りであるから、なるべく声を掛けないでくれ」とお願いしてある。

 なぜか、男性のふりをした事で、私とリディーが付き合っていると噂が広まった。その都度「リディーは女性だ」と教えているのだが、浮ついた話が一切ない女性兵士たちからは「それが良いんじゃない」と黄色い声が返ってくる。

 まぁ、正直言って、私も満更でもない。



 そんな生活が続いた頃、『女神の日』が訪れた。

 私とリディーは、廊下の窓から広場を眺めている。

 広場には囚人が集められ、町にある教会の方を向いて、熱心にお祈りをしているのが見えた。

 熱心な信者ではないが私も廊下から祈りを捧げる。リディーは信者ではないので、祈る事はしていない。


「あの建物は使っているの?」


 私が祈りを終えるとリディーは、外に建っている掘っ立て小屋を指差した。


「あそこは、夜間の見回りをする兵士が一時的に休む場所よ。兵舎がすぐ近くにあるから、殆ど使われる事がなく、ほったらかしになっている」


 私も一度使った事がある。隙間風が酷く、非常に寒い。さらに掃除もしていないので床にキノコが生えている。無論、それ以降、使っていない。


「それなら僕に使わせてくれない」

「うーん、どうだろう? 上官に許可を取れれば良いと思うけど……どうするつもり?」

「住む」

「住むの!? 一応、お湯を作る竈はあるけど、床や壁の板は腐っていて、住むには厳しいと思うよ」

「その辺は時間を掛けて、作り直すよ」

 

 その後、リディーは「兵士でもない僕が未だに兵舎で寝起きをするのは不味いだろ」と付け加えた。あまり、そう言った事に気を使う性格ではないリディーなので、たぶん女性兵士の視線が我慢出来なくなってきたのだろうと推測する。


「それなら上官に報告してみるよ」


 結果、簡単に許可が下りた。

 だが、使われていないとはいえ実際は兵士の建物の為、立て直した後も所有権は兵士の物である。その為、兵士の都合で利用する事もある。という条件付きであった。

 「それで良い」と条件を飲んだリディーは、その日以降、時間を見つけてはボロボロの掘っ立て小屋を建て直し始めた。

 どこからか調達してきた木材を運んでは、腐りかけの壁や床を張り直す。立て付けの悪い扉を自分で作り、付け替える。ベッドも家具も自家製だ。

 森で生活しているエルフと言うべきか、木工作業はお手の物らしい。

 そう褒めると「小屋作りは、最愛の妹に教えてもらった。石や土の細工は出来ないけど、木工なら任せておけ」と嬉しそうに笑った。

 一度、飽きがきて間を空けた事はあるが、四回目の『女神の日』が終える頃には、見事な小屋が完成した。

 その日以来、リディーはその小屋で生活する事になる。

 私も頻繁に小屋を訪れた。

 その時はお酒を持参し、リディーの手料理を食べた。

 リディーの料理は、非常に美味しい。

 気心しれた相手と美味しい料理で酒が進む。

 酒に弱いリディーはすぐに酔い潰れて寝てしまうので、私はリディーの寝顔を肴に酒を楽しむのが日課になっていた。

 足繁く小屋に通い、時には酔い潰れて小屋で一泊したりした事で、再度、女性兵士たちから変な噂が流れ始めた。実際に変な事をしている訳ではないので、堂々と訂正している。


 

 そんな生活が一年ほど続いたある日、上官から眉を寄せる命令が下りた。


「次の囚人の補充に特別な奴がいる」


 執務室に呼ばれた私に上官は挨拶を抜きにそう口を開いた。


「特別というのはどういう意味ですか?」

「さる貴族が擁護している囚人だ。他の囚人とは別に特別扱いをしなければいけない」

「そんな事が許されるのですか?」


 罪を犯した者は誰であろうと平等に償わなければいけないと私は思っている。それが貴族だろうが、教会の関係者だろうが、兵士だろうが。


「元々大した罪を犯していない。教会内に無断で侵入しただけで、誰も害を負っていない。精々教会の連中が迷惑を被っただけの事らしい」


 不法侵入でも罪は罪なのだが、炭鉱送りになる罪ではない。ただ入った場所が悪く、傲慢で権力の強い教会に目の敵にされて送られただけと上官は無言で語っている。


「本来は簡単な奉仕で済む所を炭鉱作業で償うという事になったそうだ」

「奉仕の内容が炭鉱送りって……」

「その辺は、教会と本人の話し合いで行われたようなので同意の上らしい」


 本人も希望したって事? 炭鉱作業は過酷だ。とても信じられない。たぶん教会の連中が有無を言わさずに押し付けたのだろう。


「そう言う事で、その囚人は他の囚人とは違う扱いをする」

「どう特別に扱うのですか?」

「囚人の目がある所では、特別扱いをしないと決めた。囚人連中から妬みや恨みを生ませたくないからな。だから、炭鉱作業自体は囚人と同じ扱いをする」

「教育もですか?」

「ああ、同じ扱いだ」


 それは特別扱いと呼べるのだろうか?


「そうなると、住む場所を分けるとかになるのでしょうか?」

「そう言う事だ。食と住を囚人たちと分ける。そこでお前に話がある」


 ここでようやく本題に入った。

 私は姿勢を正して、上官の顔を見つめる。


「兵舎の離れにエルフがいるだろう。今もそこに住んでいるのか?」

「え、ええ……まさか!?」


 ここで私が直接上官に呼ばれた意味が理解した。


「エルフが住んでいる場所にその囚人を住まわせる」

「リディーは一般人ですよ。囚人と一緒に住まわせるには問題があります」

「本来、あそこの場所は兵士の所有物だ。エルフには貸しているだけに過ぎない。我々が使用する可能性を踏まえた上で同意した筈だ。違うかね」


 痛い所を突かれた私は、上官から視線を逸らし、小声で「違いません」と答えた。


「別に一緒に住めとは言わん。その囚人が使っている間、エルフは兵舎に移せば良い」


 すでにあの小屋はリディーの一部になっている。食器も家具も食材もリディーの物であり、それを訳の分からない囚人に使われて良い気分にはならないだろう。

 それにリディーが小屋に移動した理由は、他人との接触を極力避ける為だ。

 リディーはあの小屋から離れる事はないだろう。

 

「不服のようだな」

「はい、同意出来ません。リディーが小屋から移動する事はないでしょう。囚人と一緒に生活する事になります。リディーは女性です。囚人との間に問題が発生したら、我々兵士も困るのではないですか?」


 送られてくる囚人は全員男性だ。

 絶対とは言えないが、男と女が一緒の部屋で住むのだ。問題が起きない筈がない。


「あのエルフは、男性のふりをしているのだろう。それを貫き通せばいい」

「一緒に食事をして、同じ場所で寝るのです。すぐにばれますよ」

「ばれようが、ばれなかろうが我々には関係ない」

「関係ないって……」

「君が反対するのは、友であるエルフを守りたいという私情からのものだろう」


 「私情」と言われ、私は口を噤んでしまう。


「この件に関しては、男爵の指示のもと決められた。つまり、命令だ。その意味は分かるな」


 私は、リディーの友達である前に一人の兵士だ。

 上からの命令は絶対に従わなければいけない。

 どんな理不尽な命令でも従わなければ、兵士失格であり、最悪、罰せられる。

 訓練の時、常にそう教育されてきた。

 兵士である私には、上からの命令は絶対なのだ。


「……了解しました」

「うむ……では、君にはその囚人の担当官に任命する」

「担当官ですか?」


 囚人を刺激しない為、なるべく女性兵士を関わらせないのが鉄則である。それなのに私が担当官になるなんて、全てが異例すぎる。


「もしエルフと囚人が同居する事になったら、問題が起きないよう君が直接目を光らせておけばいい。頻繁にエルフのもとに出入りしている君が適任だと判断し任命したのだが……他の者に頼むか?」


 これは上官からの最大限の譲歩と受け取った。

 ダムルブールの街で兵士をしていた時とは大違いである。恵まれた上官に出会えて、感謝しかない。


「やらせて貰います」


 私が同意すると、上官は「よろしい」と大きく頷いた。



 上官との話し合いから数日が経過した。

 未だに私は、囚人についてリディーに話をしていない。

 新しい囚人の手配などで会う時間が取れなかった……という理由で、先延ばしにしてしまった。どう話をもっていっても嫌がるのは目に見えている。

 逃げるようにリディーから距離を取っていた私の目の前には、新しい囚人たちが並んでいる。

 私は手元にあるダムルブールの兵士が作成した報告書に目を通した。


 名前はアケミ・クズノハ。年齢は三十。元鉄等級冒険者。以前の経歴は不明。性格は温厚。貴族の面識あり。恩赦による特別待遇望む。


 と、私が担当する囚人の情報が簡潔に書かれていた。

 顔を上げた私は、再度、囚人たちの顔を順番に眺める。

 全員で八人。

 どいつがアケミ・クズノハだろうか?

 虫も殺せなさそうな細身の男だったら問題は起きそうにないな。

 傷だらけの男は、一見強面だが、真面目そうである。

 端にいる男は……絶対に駄目だ。極悪人、間違いない。

 私が値踏みしていると、囚人たちが兵士に連れられて宿舎へ移動していった。

 そして、一人残された囚人が私の前に立つ。

 

 ……嘘だろ。


 寄りにも依って、極悪人が残ってしまった。


 年齢三十だと!? どう見ても、四十はいっている!

 鉄等級冒険者だと!? 銅等級以上はありそうな体付きだ!

 温厚な性格だと!? 犯罪者集団の頭か、汚れ仕事専門の犯罪者みたいな顔じゃないか!


 この報告を書いた兵士は、絶対に眠って書いただろ! それとも金でも握らされたか? どちらにしろ、ダムルブールの兵士は今も昔もクズしかいない。

 この場に誰もいなければ、空を見上げて、怒鳴り散らしていた事だろう。

 だが、今の私は一兵士として立っている。感情を殺して、平静な顔を維持していなければいけない。囚人に侮られてしまっては兵士失格なのだ。


 アケミ・クズノハと呼ばれる強面の囚人を引き連れて、リディーの住む小屋へ向かう。

 気持ちが沈み、足の運びは重い。

 こんな危険な囚人をリディーに会わせたくない。それ以上に一緒に住まわせたくない。

 だが、どんなに嫌がっても上から命令が下りた時点で、私は遂行しなければいけない。久しぶりに思い出す兵士の実情に、心の中で罵声を上げる。

 案の定、リディーは凄く嫌がった。

 私は、後ろめたさから報告の遅延を知らぬふりをしてしまう。それだけでなく、素っ気ない態度で押し付けてしまった。

 リディーに何と言われようと状況を変える事は出来ないので、私は逃げるように小屋を出た。

 囚人には釘を刺したので、すぐさま問題を起こす事はしない筈だ。


 私は振り返り、暗闇に浮かぶリディーの小屋を眺めた。

 不甲斐ない私と違い、力のある女神にお願いをしておこう。

 

 私もリディーも、どうか平穏無事に過ごせますように。


 だが、私の祈りは女神に届く事はなかった。

 良くも悪くも、この日を境に私とリディーの生活は一変するのであった。


これにて幕間は終わります。

次話から第四部に入ります。

宜しく、お願いします。

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