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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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233 幕間 ディルクの追想 その5

 俺が懲罰房に入っている間、崩落事故の影響で第三横坑は進入禁止になった。その為、今まで第三横坑で作業をしていた囚人が流れ、第二横坑が囚人だらけになった。

 第三横坑が使えなくなった今、第二横坑を中心に掘り進められている。廃坑になった場所を再度見直して掘り直したり、新しい横坑を作ったりと、まさに迷路のような有様だ。

 懲罰房を出た俺は、今まで通り支保作業に専念している。ただ、崩落事故の教訓から支保と支保の間隔を短くし、天井同士に板を挟んで補強する事になった。一手間増える事になったが、囚人たちが溢れた事で支保作業の人数が増え、忙しさは軽減していた。


 そんなある日、ポメラニア伯爵の私兵と目が合い、わざと粗相をして坑道の奥へと連れていかれた。そして、私兵から「使節団が到着した」と報告を聞く。

 どこの国か分からない使節団が、こんな辺境の鉱山で貴重な魔石を売買するそうだ。

 使節団と言うからに、今回の件が上手くいけば、その謎の国と秘密裡で貿易が始まる。俺たちがいるフォーラルガルド王国と協力協定を結ばれているイディスラント公国ならまだしも、何かと問題の多いベーデル=ヴェルデン帝国だった場合は大問題である。

 ただ、冒険者で今は囚人の俺にとっては、直接、関係ない事なのでどうでもいい話だ。

 そんな俺に「使節団が到着した」と報告されても、どうにもならない。わざわざ炭鉱内に来て視察する訳でもないし、会う事は無いだろう。


 クズノハについてだが、俺が懲罰房から戻ってきた時には元気がなかった。朝礼前に挨拶をするが、どうも生返事で気力を感じない。どうやら崩落事故の影響が出ているようだ。死に掛けた事で落ち込むなんて、これから冒険者としてやっていけるのだろうか?

 そう心配していたのだが、それも時間が経つにつれ回復していった。

 今では囚人同士で商売までしている。

 商品は枕絵だ。

 木札に卑猥な姿の女性を描いて売っている。どうやらクズノハ自ら描いたらしく、これまた見た目に反して、なかなかの出来であった。

 もしかしたら、クズノハは冒険者に成る前は、絵描きでもしていたのだろうか? そう考えれば、喧嘩をした事がないのも頷ける。

 そんなクズノハの元にルドガーが男の絵を頼みにきた。

 クズノハは嫌そうな顔をしていた割りに、楽しそうに男性の絵を地面に描いていく。

 ますますクズノハという人物が分からなくなる。

 ちなみに俺にも「いるか?」と尋ねてきたが、丁寧に断った。

 俺には絵で興奮する性癖はない。それ以上にお金がない。



 待ちに待った『女神の日』が訪れた。

 全国民が女神フォラを称えるのだ。信仰の度合はあれど、女神様の為に国民がお祈りする特別な日だ。

 俺は太陽が昇る前に起き、祈りを捧げる為に隅々まで体を洗い、体と心を清めた。

 朝食を摂った後、囚人全員が広場に集められる。全員で女神様を称えるのだろう。良い事だ。

 リズボンの時間調整の挨拶を終えると、教会の鐘と共に祈りを捧げる。

 兵士も囚人も一切の物音を立てず、全員で教会の方を向き、祈り続ける。

 俺は膝を地面に付け、目を閉じて、熱心に祈った。

 女神様を称え、近況を報告し、懺悔をする。そして、見守ってくれるようお願いした。

 一通り祈った俺は目を開けると、ゆっくりと立ち上がる。

 すでに殆どの者が終わっていて暇にしていた。

 そんな中、クズノハの姿を見つけた。

 クズノハは手を前に組み、目を閉じて、熱心にお祈りを続けている。

 その姿は堂に入っており、この広場の誰よりも熱心であるように見えた。

 それもその筈、クズノハは眉間に皺を寄せながら……泣いていたのだ。

 ここまで熱心な信者は初めて出会った。

 俺は自他共に認める女神信者であるが、涙が出るほど切実に祈った事はない。

 俺もまだまだだな、とクズノハの祈りを見て、反省をする。

 アケミ・クズノハ……依頼が無くても助けてやりたくなる男であった。


 祈りが終わると、一部の兵士を残し、囚人たちが宿舎へ戻っていく。

 今日は特別な日なので、炭鉱作業はない。今日一日、宿舎から出なければ何をしても問題ない。

 囚人連中は、これからの事を思い、生き生きとしていた。

 特にやる事のない俺は、そんな連中の後に付いていくように囚人宿舎へ戻る。その途中、後ろからある兵士が声を掛けてきた。

 ポメラニア伯爵の私兵だ。


「ディルク、落としたぞ」


 何も落とした物はないのだが、何かの合図だと悟り、話を合わせておく。


「拾ってくれて助かります」

「構わん。今日は『女神の日』だ。ゆっくりと楽しめ」


 そう言って、私兵は地面に落した事になっている物を渡すと去って行った。

 囚人たちから変な目で見られる事もないやり取りだ。

 俺はそのまま自分の宿舎に入り、寝床に腰を落とす。そして、荷物を漁るふりをしながら、先程渡された物を確認する。


『渓谷側 柵の近くで待て』


 と、小さく切られた羊皮紙にそう書かれていた。


 外は既にお祭り騒ぎになっており、囚人たちが大きな熊を焼いていたり、ホビットの演奏で踊っていたり、拳闘したりしていた。

 見張りの兵士は、普段よりも少なく、木柵の周りを巡回しているぐらいだ。

 俺はゆっくりとした足取りで祭りを見て回る。そして、ドワーフが売っている酒を一杯購入すると、不自然にならないように囚人たちから離れていった。

 渓谷に近づくにつれ、囚人の姿は見えなくなる。

 羊皮紙に書かれた通り、渓谷側の木柵近くに行くと、巡回の兵士と目が合った。

 俺に羊皮紙を渡したポメラニア伯爵の私兵ではない、もう一人の私兵だ。

 近づいてくる様子もないし、合図を送ってくる様子もない。

 俺は素知らぬ様に近くの石に腰を落とすと、川の音を聞きながらドワーフの酒を楽しむ。

 

 ……うむ、酷い味だ。


 舌がヒリヒリと痺れ、喉と胃が焼けそうになる。

 これ、飲んでも大丈夫なのだろうか? と心配になってくる。

 飲まずに捨てるか、なけなしの金で買ったから飲み干すべきか、と悩んでいると巡回をしている私兵の元に、羊皮紙を渡した私兵が合流した。

 二人の私兵が俺の方を向いて手招きをする。

 俺は周りに人が居ない事を確認すると、グラスの中身を地面に捨て、私兵の元まで向かった。


「これをお前に渡す。何が何でも隠し通せ」

「これは?」


 私兵の手から一つの鍵を受け取った。

 人差し指ほどの長さの小さな鍵で、根本には小石のような魔石が嵌め込まれている。


「契約書類や紋章印が入れてある箱の鍵だ。魔術具になっていて、男爵が直接、鍵に魔力を注がないと蓋が開かない。その鍵がなければ、使節団との取引は出来ない筈だ」


 不正の証拠も入っていると言うので、とても重要な鍵だと認識した。

 それにしても、どうやって盗んだんだ?

 これほど大事な鍵になれば、肌身離さず持ち歩いている事だろう。


「詳しくは分からないが、男爵と使節団の間に問題が起きたらしい。男爵が右往左往していた。その隙を付いて盗んでやった」


 そう早口で報告すると、「伯爵以外、誰にも渡すな。命に代えても隠し通せ」と言って、私兵は去って行った。

 元からいた私兵に「お前も行け」と指示されたので、俺はお祭り騒ぎになっている場所に戻り、囚人たちと一緒に熊肉を食べて楽しむ。

 その間、俺のズボンのポケットには、男爵の鍵が入っていた。


 さて、どこに隠せば良いだろうか?



 『女神の日』のお祭りは、雨が降り始めた事により中止になった。

 それだけでなく、次の日の炭鉱作業も中止で、二日も休日が続いた。

 これは異例の事のようで、囚人連中は非常に驚いていた。

 ポメラニア伯爵の私兵が言っていた使節団との問題の影響なのだろうと俺は考えるが、何も知らない囚人連中は、「男爵が食べ物を喉に詰まらせて倒れた」とか、「坑道が崩落した」とか、「女神様が囚人の為に休みにした」とか、好き勝手言っている。


 さすがに三日後からは通常の炭鉱作業に戻った。

 ただ、この連休の間に新しい洞窟が発見したらしく、沢山の囚人はそちらに回されるとの事。あまりにも狙ったかのように発見された洞窟……何だか嫌な気分になる。


 普段通り横坑で支保作業をしていたら、突然、兵士たちから「地上へ戻れ!」と指示が飛ぶ。

 理由は告げられず、炭鉱内にいた囚人たちは兵士に急かされるように外へと連れ出される。そして、坑口浴場で体を洗う事もなく囚人宿舎へ戻された。

 兵士からの説明は一切ない。

 夕方過ぎまで何も情報がなく、囚人同士で様々な憶測が飛び交う。そんな中、兵士の一人から情報を聞き出した囚人がいた。

 囚人曰く、新しく発見した洞窟から魔物が現れたそうだ。それも蟻の魔物。

 寄りにも依って、狭い坑道内で蟻の魔物と遭遇とは考えただけで鳥肌が立つ。あいつらは、一体一体は大した事ないのだが、とてつもない数で襲ってくるので非常に危険だ。武器もなく魔力も使えない状況で巻き込まれたら、為す術もなく餌にされる事だろう。

 その情報を聞きた俺は、居ても立っても居られない気分になった。

 新しい洞窟で作業をしていた囚人の中にクズノハがいた筈だ。あいつは無事だろうか?

 俺が心配した所で結果は決まっている。もう既に数時間が経っているのだ。

 クズノハがどうなったか分からずにさらに時間が経つ。

 そして、クズノハを含め、ブラッカス、ルドガーと知っている囚人が助かり、懲罰房へ入れられたと就寝前に情報が流れてきた。

 沢山の死人が出た。

 長年、冒険者をしている俺にとって、人が魔物に殺される事など特に珍しい事ではない。依頼であるクズノハが助かったという報告だけ聞ければ、後は心置きなく眠れた。

 

 白白(しらじら)と夜が明ける頃、騒ぎが起きた。

 数人の兵士が就寝中の囚人たちを叩き起こし、「死にたくなければ、お前たちも戦え」と宿舎の外へと追い出された。

 まったく状況が分からないまま薄暗い広場に行かされると、兵士と昆虫の魔物が戦っている最中であった。状況から察するに、炭鉱内に生息していた魔物が地上に出てきたのだろう。

 中型の魔物は数匹いるが、ほとんどが小型の魔物なので、兵士だけでも何とかなりそうだ。だが、数が多いので囚人の手を借りたいのだろう。

 寝起きとはいえ、久しぶりの魔物退治で血が(たぎ)る。

 やる気になっていた俺の元にポメラニア伯爵の私兵の一人が駆けつけて、「懲罰房へ行くぞ」と言われた。

 どうやら、懲罰房を見張っている兵士に事情を知らせに行くそうだ。その中にクズノハも居るので、俺を連れて行くとの事。


 無事に懲罰房へ辿り着き、兵士に説明し、囚人たちを開放する。

 魔物退治と聞いたブラッカスたちは、片腕を振り回しながら楽しそうに広場へ走って行った。


「クズノハの姿が見えないが、あいつも入っているんだよな」

「奥にも懲罰房があるからそっちだろう」


 渓谷の奥へ向かおうとした時、クズノハが現れた。

 酷く汚れているクズノハは、女性兵士とエルフが一緒であった。

 女性兵士はたまに見かけるので驚きはないが、何でここにエルフがいるのだろうか?

 一度、依頼で別の街に行った時、女性のエルフを見た事がある。間違いなくクズノハと共にいるのは女性のエルフだ。だが、髪型や服装、話し方からして男性のように振る舞っている。気にはなったが、何か理由がありそうなので、聞くのを止めておいた。

 そんな俺たちは、広場に向かう為に移動する。

 そして、なぜか炭鉱の入口で兵士長のリズボンと戦う事になってしまった。



 リズボンの隣には、顔を隠すように黒色のローブを羽織った怪しい人物がいる。その二人は、俺たちを見るなり忽然と消えた。

 俺たちが呆気に取られる中、ポメラニア伯爵の私兵がリズボンに報告をすると、突然、リズボンが剣を振り、私兵の首を斬った。

 私兵を殺したリズボンは、ただの教育だと言い張る。それだけでなく、クズノハが死ななければいけないとも言う。

 どう考えても正気ではなかった。

 話し合って、止めさせる事も出来ない。

 囚人である俺が兵士長であるリズボンに立てつくのは非常に不味い。

 だが、伯爵の依頼でクズノハを守らなければいけない俺に選択肢はない。

 クズノハの命を狙うなら兵士長であるリズボンを倒すしかないのだ。


 兵士長にまで登り詰めただけの事はあり、リズボンは非常に強い。

 魔力が封じられているとはいえ銅等級冒険者である俺が、剣技だけで子供扱いされている。完全に手を抜かれ遊ばれていた。部下の訓練に付き合う上官みたいである。

 そのおかげか、クズノハを殺すと断言していたのに、積極的にクズノハを狙わない。

 それを良い事に、俺とリディーと呼ばれるエルフの二人でリズボンに向かう。

 だが、それでも互角にはならない。

 その後、クズノハの力で俺に掛かっている束縛魔術を解除して、万全の状態になった。だが、それでも魔法を使い始めたリズボンには遠く及ばない。

 怪我を負ったリディーをクズノハが助けている。

 俺は、リズボンを挑発して攻撃を集中させる。

 怒りに任せた大振りの攻撃を俺は躱し続ける。

 一瞬でも気が緩めば、命はない。

 突破口は見いだせずにいる俺は、ただ時間を稼ぐ事しか出来ないでいた。

 

 そして、何も出来ないまま、俺は気を失った。



 ………………

 …………

 ……



「……目が覚めました」


 男の声で意識が戻る。

 見知らぬ部屋に見知らぬ男が俺の体に触れていた。

 どうやら、俺はベッドの上に寝かされているようだ。


「後は俺が変わる。ご苦労だった」


 男が立ち去るとポメラニア伯爵の私兵が顔を覗きこんで、「調子はどうだ?」と尋ねた。

 どういう状況なのか分からないが、今は言われた通り、ベッドから上体を起こし、自分の体を確認する。


「筋肉が引き攣る痛みがある。それ以外は、問題ない」

「治療魔術で火傷を治しただけだからな。あとは自分で何とかしろ」

「ここは何処だ? どうして俺はここに居るんだ?」

「お前はリズボンにやられたんだ。酷い怪我だったが、今さっき魔術で応急処置をした」


 私兵の言葉を聞いて、記憶が蘇ってくる。

 大事な時に意識を失った事を思い出し、血の気が引いた。


「クズノハはどうなった!?」

「起きてすぐにそれか? 依頼とはいえ、お前は真面目な奴だな。……まぁ、いいや。動けるなら移動するぞ」


 私兵は、俺の質問に答えず、部屋から出て行く。

 俺も後を追うようにベッドから下りて、廊下に出た。

 体中がズキズキと痛み、思うように動かないが、顔には出さず平然を装い歩く。

 色々と聞きたかったが、私兵の後を追うのがやっとで黙って付いて行った。

 綺麗に掃除が行き届いている廊下の窓から外を眺めると、朝礼をした広場と囚人宿舎が見える。今いる場所が兵舎宿舎だと分かった。

 私兵がある部屋の前で立ち止まると「ちょっと待て」と言い、ドアをノックして入る。そして、すぐに戻ってきて「入れ」と指示を出す。

 部屋の中に入ると、簡素な机と椅子が置いてあるだけの小さな部屋だった。その机の前にヘルムート・ポメラニア伯爵と見た事のない貴族らしき男が座っている。その後ろには数人の屈強な男が護衛をするように立っていた。


「目を覚ましたばかりで悪いが、すぐにでも報告を聞きたくてな。まずは座ってくれ」


 ポメラニア伯爵の言われた通り、俺は貴族と対面するように椅子に座る。

 扉の前に俺を案内した私兵が一人で立つ。そこで俺は、もう一人の私兵がリズボンに殺された事を思い出し、腹の底が少し重くなった。

 ポメラニア伯爵は、隣に座っている男の紹介をする。

 ゲルハルト・ビューロウ子爵。

 俺が不敬を働いて炭鉱送りになった原因の貴族で、初めて会う人物である。

 そういう設定だったと心の中で笑っていると、伯爵は机の前に俺の身分証である冒険者証を置いた。


「まずはこれを返す。今をもって君は、囚人でなく冒険者へ戻った。この場には私の私兵しかいないので、ありのままに報告をしてくれ」


 気楽な様子で話す伯爵であるが、この場には別の貴族がいる手前、二人っきりで会うような態度で話す事は出来ない。とは言え、貴族向けの言葉使いなど出来ないので、なるべく簡潔に報告をする。

 囚人になってから何が起こり、どう行動したかを述べ、今がどういう状況かを逆に聞いてみた。


「フリーデと呼ばれる女性兵士とここで働いているエルフの娘の報告によると、君は兵士長であるリズボンの攻撃を受けて気絶したのだよ。私の命令で君は兵士宿舎で治療を受け、目が覚めたから報告をしてもらっている次第だ」


 それは既に分かっている事。俺が聞きたいのは、リズボンとクズノハがどうなったかだ。

 俺の様子を見て、「ふっ」と伯爵が笑う。どうやら、顔に出ていたみたいだ。


「リズボンは、エルフの娘とアケミ・クズノハの二人で倒したそうだ。死んではいないが、君以上に重症を負っている。重要な犯罪者なので、今現在、治療中である」


 俺はそれを聞いて、心底驚く。

 魔法と剣を使い始めたリズボンは、手が付けれない状況だった。

 俺とリディーの二人掛かりでは何も出来なかった。それがクズノハが代わった事で撃退したのだ。

 見た目に反して、腕力も体力も経験もないのに、どうやったのだろうか? 

 機会があれば、今度、詳しく聞いてみよう。


 その後、ポメラニア伯爵からテオドール・ロシュマン男爵が死んだ事を聞いた。早朝に起きた魔物の襲撃での出来事らしい。

 その影響で、炭鉱作業は一時中断している。ルウェンの町を管理している男爵が死に、兵士を束ねるリズボンが重症で動けないので仕方がない。


「使節団についてはまったく分からない状況だ。証拠がまったく残っておらず、本当に居たのか怪しいぐらいだ。だからこそ、ロシュマン男爵が保管している重要な書類をいち早く確認したいと思う」


 そこで俺が私兵から譲り受けた鍵の事を思い出し、自分の衣服を見回した。

 リズボンと戦った時のままの衣服で安堵する。治療で服を変えられていなくて良かった。


「君がロシュマン男爵の鍵を隠したと聞いたが、すぐにでも案内出来そうか?」

「その必要はないです」


 どういう意味だ? と首を傾げる貴族たちに笑うと、俺は長さを調整する為に折り畳んでいた袖口を広げていく。

 一回、二回と袖口が戻ると、カツンと人差し指程の長さの小さな鍵が机の上に落ちた。

 それを見た貴族たちは、ギョッとしたように驚く。


「服の中に隠していたのかね、君は?」

「堂々と隠していた方が、逆にばれないものです」


 囚人たちが行ったり来たりする環境下で生活をしていたのだ。下手に隠して、見つかるかもしれないと常に心配するよりも、肌身離さず持っていた方か安心する。尻の穴に隠すつもりはないが、もし見つかりそうになったら飲み込んでやろうとも思っていた。


「では、私が責任を持って預かろう。何が入っているか楽しみだな」


 悪い笑顔を見せるポメラニア伯爵は、鍵を受け取ると、俺の方を向き直った。


「これからアケミ・クズノハを呼んで報告を聞く。彼の報告内容によっては、三日後の馬車でダムルブールの街に帰す事になるかもしれん。もしそうなったら、君は彼と共に帰ってくれ。無事にダムルブールに戻った所で、今回の君の任務は完了とする。何も無いと思うが、くれぐれも気をつけてくれ」


 帰るまでが依頼か……。


「三日後ですね、分かりました。その間、俺は何をすれば良いですか?」

「まだ本調子ではなかろう。治療を受けていた部屋に戻り、ゆっくりと休むと良い。もし不味い飯と硬いベッドが恋しいなら囚人宿舎に戻っても構わん。ただ、囚人連中に釈放された理由を聞かれても、素直に答える事は出来ないので、良い言い訳を考えておくように。その辺を考えた上で、君の好きにしたまえ」

「……先程の部屋で休ませて貰います」


 もう会う事もない囚人連中だ。別れの挨拶をする相手もいない。俺が居なくなっても問題は無い。このまま雲隠れした所で、魔物に殺されたと思ってくれるだろう。

 そういう事で、俺は馬車が出発する間、兵士宿舎の部屋でのんびりと寝起きをしたのであった。



 ルウェンの町を出発する日。

 クズノハだけでなく、なぜかエルフであるリディーまで同行する事になった。

 そして、どういった経緯か分からないが、女性兵士のフリーデに感謝の言葉を告げられる。感謝される事をした覚えはないが、時間が無いので黙って頷いておいた。

 馬車の道中、俺は口を閉ざし、クズノハとリディーの会話に耳を傾ける。

 クズノハには色々と聞きたい事があるのだが、今は依頼中なので我慢した。

 黙って会話を盗み聞きして分かった事なのだが、クズノハはリディーと一緒に生活をしていたみたいである。

 男女が同じ部屋で生活させたら、それなりの関係になり、囚人の扱いとしてはどうなのか? と兵士の判断に疑問を感じたが、どうやら男女の関係にはなっていないみたいである。

 おっさんと小娘という二回りも歳が離れた二人だ。男女だからといって、そうなるものではないのだろう。まぁ、エルフの外見と年齢は乖離しているので、絶対とは言えないが……。

 そんなリディーは、ダムルブールに居る妹に会いに行く為に同行するようだ。

 

 そんなどうでも良い情報だけが入ってくる中、馬車は砂漠へ入り、そしてダムルブールの街へ到着した。

 これで今回の依頼は完了だ。後は、ポメラニア伯爵が街に戻ってきたら依頼料を貰うだけである。

 今回の依頼は、正直、何もしていない。重要な情報も得られなければ、守らなければいけない対象を最後まで守れなかった。俺が貢献できたのは、精々鍵を隠し通しただけである。

 消化不良な結果であったが、個人としては得る物はあった。


 十数日ぶりに戻ってきた街に、冒険者仲間である脳みそ筋肉の連中は、まだ戻って来ていない。

 つまり、俺の休業はまだ継続中との事。

 当分の間、暇である。

 クズノハには冒険者ギルドで会う事はないと言ったが、俺から会いに行っても良いだろう。

 その時は、二人でダムルブール大聖堂でお祈りをしてから適当な飯屋で酒でも飲もう。そして、疑問に思っていた事を聞こう。

 あまり人間に興味のなかった俺が、人を誘うなんて笑ってしまう。

 だが、たまには良いだろう。

 アケミ・クズノハは、そう思える男だった。


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