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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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231 幕間 ディルクの追想 その3

 囚人たちの喧噪で目が覚めた。

 体の節々が悲鳴を上げている。

 木板の床と丸太の枕、薄いシーツだけの寝床。さらに気温が下がり、非常に寒い中でも就寝で、嫌でも体が痛くなる。

 魔物退治の依頼で野宿する事は多々とあるのであまり変わりは無いのだが、これが毎晩続くとなると心が沈んでくる。

 外に出て、井戸水で顔を洗った後、寒さで固まった体を温める為に少しだけ体を動かす。

 生活環境が変わったが、今の所、不調を訴えていない。

 宿舎に戻り粗末な朝食を食べたら、早速、炭鉱作業である。


 本日の支保作業は、第三横坑での作業だった。

 第三横坑は、炭層を探す為に手探りで掘り進められており、随所に穴が続いている。その内の一つ、現在、力を入れて掘り進めている横坑の支保を設置する事になった。

 第二横坑と違い第三横坑は、暑さも湿度も高い。それだけでなく、至る所で水が滴り、地面や壁を濡らしている。その事から岩盤が非常に脆いのが分かる。

 崩落の危険性が高い第三横坑で、岩盤がしっかりしていた第二横坑と同じ要領で支保を設置していて良いのか不安に駆られるが、兵士の指示が「いつも通り」の一点張りなので、その通りに作業をしていた。


 三カ所目の支保を設置し終えると一回目の休憩時間が訪れる。

 第二横坑と違い、第三横坑の休憩時間は賑やかであった。仲の良い囚人連中と集まり、好き勝手話し始めている。ドワーフ連中など酒盛りまで始める始末だ。

 そんな囚人に混じって兵士も会話をしたり、酒を飲んだりしていた。作業現場が違うだけで兵士の対応も変わってくるようだ。

 特に騒がしい場所があったので、近くまで行き様子を見る。

 囚人たちの輪の中で二人の囚人が殴り合っているを見るに、昨日俺も参加した拳闘であった。

 こんな暑苦しい場所でやらなくてもいいのにと思いつつ、俺は壁に(もた)れながら殴り合っている男たちを眺める。

 今、拳闘をしているのは、昨日俺と戦い、さらに夜中に忍び込んできた男だ。賭け事をしている囚人の声を聞く限り、ルドガーと言う名前らしい。

 そんなルドガーであるが、昨日の気絶が無かったかのように対戦相手を一方的に殴って勝利した。

 試合に満足いかなかったルドガーが、次の対戦相手に指名したのはクズノハであった。

 始めクズノハは断っていたが、ルドガーの安い挑発に乗ってしまい、試合をする事になってしまう。

 鉄等級とはいえ同じ冒険者であるクズノハが、どんな戦いをするのか気になり、見やすい場所に移動する。


「よう新入りの兄ちゃん。ただ見はいかんぞ。賭けねーなら見えない場所に行きな」


 元締め役の囚人が俺に話し掛けてきたので、昨日手に入れた小銭をポケットから取り出し、囚人に渡した。


「クズノハに賭ける」

「クズノハ?」

「ハゲのおっさんだ」

「そうかい……今の所、ルドガーに賭けている奴が多い。儲かると良いな」


 「ヒヒヒィ」と笑う囚人を無視して、クズノハに注目する。

 外見だけならルドガーよりもクズノハの方が強そうだ。だが見た目と違い、物腰柔らかいクズノハである。

 

 さて、どういう戦いをするのか……。


 期待に満ちた気持ちで試合を見ていたが、これは駄目だ、とすぐに悟った。

 一方的に攻撃を仕掛けるクズノハだが、完全に腰が引けており、子供の喧嘩みたいになっている。

 様子を見ているルドガーも拍子抜けした表情で攻撃を防いでいた。まだゴブリンと戦った方が迫力があっただろう。


 クズノハという男は、本当に冒険者か? 

 魔物はおろか、人間同士で喧嘩をした事もないのか?

 どれだけ見た目と乖離した人物なんだ。

 どんどんクズノハという人物が分からなくなる。


「こりゃ駄目だな。残念だが、お前さんの賭け金は没収だ」


 「ヒヒヒィ」と嬉しそうに笑う囚人に言われなくても分かっている。

 ルドガーが、クズノハを攻め立て始めた。

 防御に徹したクズノハだが、ルドガーの猛攻にすぐにでも崩れそうだ。

 そんなクズノハに賭けていた囚人たちから落胆の声が上がる。

 俺も既にクズノハが勝利する未来は見えず、諦めかけている。

 そんな中、信じられない事が起きた。

 棒立ちのクズノハに殴り掛かったルドガーの拳が外れたのだ。

 誰もが確実に当たると思っていた攻撃が、なぜかクズノハの顔スレスレを通り過ぎて空振った。


「おいおい、あれを外すとは何をやっているんだ。目に汗が入ったにしては情けないぞ」


 囚人の言う通り、目に汗が入ったとか、足がもつれたのかもしれない。だが、この後も同じ現象が起きた。

 確実に当たると思われるルドガーの拳が当たらないのだ。

 囚人からルドガーがわざと外していると言う者がいるが、ルドガーの表情や言動でそれはないと分かる。

 それならクズノハが魔法か魔術の類でルドガーの攻撃を逸らしているのだろうか?

 いや、俺たちと同じで、クズノハにも魔力を封じる束縛魔術が掛けられている。だから、魔法や魔術は使えない。

 ますます意味が分からなくなった。


 そして、誰もが諦めていた試合だが、クズノハが不思議な現象で逆転勝利をしてしまった。

 

「おいおい、弱っちいおっさんが勝っちまったぞ。お前さん、儲けたな」


 別に使い道のない金が無くなっても問題ないのだが、クズノハが勝った金を受け取るのは、何だか気分が良い。

 俺は喜んで元締め役の囚人から金を受け取ろうとした時、「……っと、まだ試合は終わってないな」と金を握っていた手が引っ込んだ。

 まともに膝を食らったルドガーが立ち上がったのだ。

 一方のクズノハは、体力の限界で地面に座ったまま立ち上がる事が出来ない。

 まだ余力のあるルドガーと不思議な現象が起きるクズノハ。

 そんな二人の試合が再開すると思われた矢先、珍入者が現れた。

 ブラッカスと名乗る岩のような筋肉の塊だ。

 ブラッカスは、意味不明な理由でルドガーを殴り、ついでにクズノハも殴って気絶させた。そして、懲罰房へと送られてしまった。

 何がしたかったのか、さっぱり分からん。

 こいつの所為で、試合は無効となり、賭け金は戻ってきたが儲けはなかった。



「ディルク、新人を起こしてやれ。目が覚めたら、支保作業をさせろ」


 クズノハを間近で観察する良い機会だ。

 兵士の指示通り、俺は桶に水を汲むと地面に倒れているクズノハに掛けてやった。

 目を覚ましたクズノハは、痛みで顔を歪ませながら起き上がる。

 先程のルドガーとの闘いについて色々と聞きたかったのだが、ブラッカスに殴られた顔が酷く腫れていて、まともに話が出来る状況ではなかった。

 そんなクズノハだが、俺たちの指示を素直に聞き、黙々と作業をしている。

 愚痴も零さず、痛みを理由に休む事もしないその姿に好感が持てる。

 ただ拳闘をした時にも感じた通り、見た目に反して体力と腕力はない。大して重くない材木を腕を振るわせながら持ち上げたり、資材の搬入に外と坑道を往復するだけで息を切らしていた。

 あと不思議な事が一つある。

 俺よりも一回りも二回りも歳上にも関わらず、なぜか会話をしていると俺よりも歳下に思えてくる。その為、クズノハが困っていたりすると、つい手を貸したくなる。これに関しては、クズノハの人徳なのかもしれない。

 

 

 次の日の朝、不思議な現象を見た。

 クズノハの顔の腫れが嘘のように治っているのだ。これまでの経験上、治癒魔法でも掛けない限り、綺麗に治る怪我ではなかった筈だ。それなのに治っている。

 クズノハ曰く、大した怪我ではなく、傷薬を塗ったら治ったと言った。

 どんな傷薬だ? 高級な傷薬でも一晩では治らないぞ。

 俺が冒険者に戻ったら、ぜひともその傷薬を分けて欲しいな。


 顔の腫れが治ったにも関わらず、朝礼で再度顔を殴られたクズノハと共に第三坑道へと向かった。

 今日のクズノハは、横坑の奥の切羽の作業との事。

 毎日、作業場が違っていたり、寝起きをする場所が違う事からクズノハの扱いは、明らかに他の囚人とは違っている。この辺も貴族の権力が絡んでいるのだろう。


 俺たち支保作業班は、随所に掘り進められている第三坑道を歩き、支保の状況を見て回った。

 湧水が多く岩盤が脆い為、設置してある支保が外れていたり、緩んでいたりする。それを直して回るのだ。

 岩盤の圧力で根本が折れてしまった柱を直していると誰かに見られている事に気が付いた。

 後ろを振り返ると兵士と目が合う。

 

 あれは確かポメラニア伯爵の私兵……。

 つまり……。


「新しい木材を持ってくる」


 適当な言い訳で作業場を離れた俺は、兵士の前を通り過ぎる。そして、わざと腰に下げていた道具を地面に落した。


「貴様! 大切な道具を落とすとは何事だ! こっちに来い!」


 すぐさま兵士から怒鳴り声が飛び出し、俺を通路の奥へと連れて行った。

 そして、周りを見回すと兵士が小声で話し始める。


「お前、懲罰房へ入れ」

「……は?」


 兵士の言った言葉が理解できずに、つい間抜けな返答をしてしまう。


「少し長めの話をしたい。その為に懲罰房へ入れ。手段は問わん」


 私兵の間で何か進展でもあったのだろう。それを俺に聞かせ、手伝わせるつもりだ。

 だからと言って、懲罰房送りになるのは気が進まない。


「どうしても必要か?」

「ああ、二言三言で終わる内容じゃない」

「今、ここでお前を殴れば入れるか?」

「それは勘弁してくれ」


 苦笑いする兵士は、「他の兵士を殴っても良いが、殴り殺される可能性があるから止めておけ」と忠告する。

 渋々了解した俺は、精根注入をされてから元の場所へ戻された。

 作業仲間から「災難だったな」と同情されると、支保作業へ戻った。


 さて、どうやって懲罰房へ入るかな?



 休憩時間になり広場へ向かうと、壁に凭れかかりながら座っているクズノハを見つけた。

 俺はクズノハの横に座ると、一緒に休憩する事にする。

 他愛のない会話をしていると、クズノハに対して名前を言った記憶がない事に気が付いた。常にクズノハを探し、観察していたので、今更本人の前で名前を言う事にむず痒さが起きる。

 その所為かどうか分からないが、なぜか話の流れで一般炭鉱夫の話になってしまった。

 どうしてそんな話をするのか? とクズノハが怪訝な顔をしている。

 俺自身も分からない。

 遠回しの言い方になっているが、俺の幼少の頃の話を聞かせたかったのかもしれない。

 鉱山で亡くなった両親を弔う事もせず逃げ出した話。つまり、これは懺悔なのかもしれない。

 ただのおっさんであるクズノハに、俺の懺悔を聞かせる。

 何の冗談だ?

 結局、有耶無耶に話を終わらせた。


 

 休憩が終わり、支保作業に戻る。

 切羽に続く横坑の支保が崩れていると報告があり、補修しに向かう。

 岩盤の一部が崩れた事で柱に隙間が出来てしまい崩れてしまっていた。

 

「柔過ぎる。直した所ですぐに崩れるぞ」

「文句を言うな。やらなければ、壁や天井が本当に崩落するぞ。岩でもかまして、固定していくしかない」


 支保作業の仲間が文句を垂れながら支保の補修をしていく。

 そんな仲間の愚痴を黙って聞いている時、異変に気が付いた。

 壁の奥から唸り声のような音が聞こえてきたのだ。

 

「山鳴りか? それにしても長いな」


 仲間もその異変に気が付く。

 遠くの方でする音が徐々に近づき、音が大きくなっていく。


「魔物という可能性はないのか?」


 俺が冒険者だからだろう、地中を移動する魔物が俺たちに向かって一直線に近づいてくる光景が頭を過る。だが、仲間は首を振って「違う」と断言した。


「山鳴りで間違いない。だが、異常だ。これは……」


 地面が揺れ始め、天井や壁がボロボロと崩れ始める。

 それに合わせて、支保が外れ、崩れていく。


「崩落するぞ! すぐに逃げろ!」


 仲間が休憩した広場まで逃げようとするが、俺は逆に奥の方へ走った。

 

「どこに行く!? そっちは行き止まりだ!」

「奥にいる連中を逃がす」


 俺が叫ぶと、「クソッ」と仲間が俺の後を追ってくる。

 この先の切羽でクズノハが作業をしている。クズノハだけは助けなければ依頼は失敗に終わる。他の囚人は知らん。

 俺は自分の使命の為に、崩れ始めた横坑を駆け抜けた。


 炭層を探す為に掘られた空間に出た。

 モグラの穴みたいな小さな横穴が至る所に空いている。

 その場所にクズノハが呆けた顔をしながら棒立ちになっていた。

 土塗れになった姿を見るに、一度生き埋めになったのだろう。

 俺たちは怒鳴るように避難を呼びかけて、囚人たちを広場まで移動させた。

 完全に崩落が始まり、切羽は崩れ、横坑も崩れ始める。

 何人かは助からないだろう。最悪、俺と少し後ろを走るクズノハが助かれば良い。

 後ろを振り返る事も出来ず、急いで走り続ける。

 無事に広場まで辿り着くと横坑は完全に崩落し、土と岩で塞がった。

 塞がれた横坑を囚人たちは呆然と眺めている。その中にクズノハがいて、俺は安堵する。

 地上まで避難すると兵士の指示が飛ぶ。

 だが、僅かな囚人が生き埋めになった囚人を助けるとその場に留まった。

 兵士と囚人たちは、第二横坑へと上がっていくのを見送りながら、残った囚人たちは道具を持って、崩れた土を掘り始めた。

 

 無駄な事を……。


 岩盤は脆く、掘った個所から次々と崩れていく。少し掘っては支保を組んで支えていかなければ、掘り進める事は出来ないだろう。

 今現在、生きている者はいるかもしれない。だが、俺たちが辿り着く頃には息絶えるだろう。

 さらにこの広場も安全とは言えず、いつ崩落するか分からない。すぐにでも外に出る必要がある。しかし、この場にクズノハが残った事で俺も残り、渋々手伝う事になった。


 案の定、崩れた横坑を掘り返す事は出来ないでいる。人間一人分も掘り返せず、残った囚人から悪態が飛び出してくる。

 そんな時、兵士長であるリズボンが数人の兵士を連れて、現場に現れた。

 リズボンは大きな目をギョロギョロとさせながら、崩落した横坑を観察する。

 そして、すぐに封鎖を決定した。


 現場の責任者だ。やはり、そう判断するよな。


 残っていた囚人たちの表情が固まる。

 囚人の中で一人だけ納得していた俺は、ある事を思い出し、真逆の行動を取る。

 本心とは逆の事をリズボンに対して口出しをする。

 「まだ間に合う」「助けるべきだ」「見殺しにするな」と言った言葉をリズボンにぶつける。

 そんなリズボンは、俺の本心と同じ理由で却下した。


 さて、上手くいくだろうか?


 ただの囚人である俺が、兵士長にまで登り詰めたリズボンだ。

 今まで口調や姿勢から判断するに、自分が話している途中で口を挟むのを嫌う筈だ。それもただの囚人にだ。

 そんな俺に対して教育をするだろう。

 鉄拳制裁だけで終わる可能性が高いが、運の良い事に、昨日ブラッカスが懲罰房に入れられた。無論、その報告は兵士長であるリズボンにも届いている筈である。

 つまり、今のリズボンは懲罰房という単語がすぐに浮かぶだろう。

 もし鉄拳制裁だけに終わったら、抵抗したり、逃げるふりでもしてやろう。

 そんな惨めな行動を起こす必要もなく、リズボンは俺を懲罰房二日を命じた。

 他の囚人たちから憐みの目が向けられる。

 だが俺は予定通りに事が運び、内心で笑っていた。


 これでポメラニア伯爵の私兵の願い通り、懲罰房へ入る事が出来た。


 まぁ、罰を受ける為の懲罰房だ。

 良かったのか悪かったのか、判断に困るのだがな。


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