229 幕間 ディルクの追想 その1
俺はダムルブールの街に二組しかいない白銀等級の冒険者だ。
ただ白銀等級と言っても、『炎石』と『氷石』の姉弟と違い、俺たち個々の能力は、銀等級と銅等級でしかない。俺たちは、五人一組で白銀等級冒険者なのだ。
こんな訳の分からない状況にあるのは、ある貴族が権力を使い、冒険者ギルドが承認したからである。
冒険者ギルドは全ての街に設立されており、各冒険者ギルドには、冒険者の数や依頼達成率などによって評価されている。
特に上位の冒険者が居れば居ほど高評価らしく、無理矢理ではあるが俺たちは銀等級と銅等級の集まりであるにも関わらず、白銀等級として数えられているのだ。それだけ白銀等級以上の冒険者は貴重と言える。
俺自身は、分不相応で辞退したいのだが、仲間たちは「強い魔物と戦える」と嬉しそうに白銀等級を名乗っているので、俺も名乗らざるを得ないのだ。
そんな俺たちであるが、現在、解散の危機であった。
理由は単純。
仲間が魔物退治から帰って来ないのだ。
武器使用禁止という謎設定を課しながら近場で魔物狩りをしていた時、俺たちの元にブラック・クーガーが現れたという知らせが届いた。
急いで街に戻った俺たちは、各々の住処まで武器を取りに戻った。そして、俺が待ち合わせの北門へ向かうと、既に四人の仲間が集まっていた。いつも時間を守らない連中なのに、こういう時だけはしっかりと守るのだ。腹立だしい。
「遅い!」「クソでもしてたのか!」と遅れた俺に文句を言うのは、アーロン、アーベル兄弟だ。兄のアーロンは身の丈もある大剣を使い、弟のアーベルは身の丈もある戦斧を使う。この兄弟の脳みそは筋肉で出来ている。
「ブラック・クーガーが逃げてしまいますよ」と物腰柔らかい口調の男はバルナバス。先端に棘のついた大木のような杖を持っている。一応、魔術師であるが、魔術を使うよりも大木のような杖で殴る方が多い。その所為で杖は赤黒く変色している。こいつも脳みそが筋肉になっている。
「ブラック・クーガーは食べた事がない。強いと噂だからさぞや美味いのだろう」と倒した魔物を食べるのが趣味の男はグイード。丸太のような太く長い槍を使う。こいつは、俺たちの中で唯一の銀等級で、金を持っているにも関わらず、貧民地区の安宿に泊まっている守銭奴だ。やはり、こいつも脳みそが筋肉である。
ちなみに俺は、ドワーフ製とはいかないが業物のロングソードとショートソードの二本を使う。仲間から「魔物ごと岩を斬ったら折れるぞ」と心配されるが、そもそも岩など斬ったりしないので問題ない。
ちなみに俺の脳みそは普通だ。傷付けば痛がるし、命が危なければ逃げる。未知の魔物を見かければ、まず殴ってから様子をみたりはしないし、いつも真正面から突っ込んでいったりもしない。
体中傷だらけで他人から怖がられる俺であるが、こいつらと違い、極々普通の銅等級冒険者である。
雨が降りしきる中、俺たちはブラック・クーガーを狩る為に北門を抜ける。そして、すぐ近くの林で空を見上げた。黒く厚みのある雲に稲光が走り、何度も地面に雷が落ちた。
仲間たちは「おお、スゲェー」「当たったら、痛そうだな」「お前の魔術とどっちが強い?」と呑気な言葉を吐く。
俺の仲間たちは、すぐに別の事に気を取られるのだ。
「……なっ!?」
ブラック・クーガーの事を忘れ、雷雲を眺めていたら、突如、林の上空に羽の生えた巨大なトカゲが現れた。
「おおっ、すげー」
「ブラック・クーガーよりも面白いのが現れたな」
「殴りがいがありそうです」
「あれは絶対に美味いぞ」
そう言うなり、四人の仲間は武器を構える。
「ワイバーンだ! 下手に突っ込むと炎のブレス……クソっ!」
すでに戦う気満々の仲間たちは、俺の言葉を聞く前に林の中へと入っていった。
ワイバーンは、下位とはいえ飛竜だ。空を飛び、全てを焼き尽くす炎のブレスを吐く。地面を這う人間では攻撃手段がない。魔法や魔術、または弓などで攻撃は可能だが、耐性の強い竜種に傷を付けるのは無理だ。
それなのに、こいつらはどうやって戦うつもりだ?
何も考えていない仲間が喜々としてワイバーンの元へ向かった。
本当は逃げ出したくて仕方がないが、あいつらの手綱を握らなければいけない俺も向かうしかない。
雨で泥濘んだ林を抜け出すと、家が建っている開けた場所に出た。
そして、家と馬場の間にワイバーンの炎で燃やされる男が目に入った。
被害者が出た!
燃やされた男は力尽きたように地面に倒れる。
その男に向けて、少女の叫び声が聞こえた。
歯を食いしばりながら俺は上空を見上げる。
ワイバーンは上空に停滞していた。
バルナバスが大木のような杖から氷の魔術を放つ。他の仲間は地面に転がっている石を持ち上げて、投げつけていた。
氷の魔術と岩が当たってもワイバーンは、何事も無いように羽ばたいている。そして、俺たちに見向きもする事なく方向を転回すると、俺たちの頭上を通り過ぎていった。
「追い駆けろー!」「逃がすなー!」「お前の肉を喰わせろー!」と、武器を構えた仲間たちがワイバーンを追い駆ける。そして、俺の横を楽しそうに通り過ぎて行った。
俺は再度ワイバーンの被害に遇った男へと視線を向ける。少女と女性の二人が、男の体を燃やしている火を消していた。
ワイバーンの炎だ。残念ならが助からないだろう。
彼女たちから視線を逸らした俺は、林の中へと駆け出し、ワイバーンを追い駆けた。いや、ワイバーンを追い駆けている仲間を追い駆けた。
ワイバーンは街の城壁に沿って飛んでいき、南門の先に広がる砂漠へと行ってしまった。
徐々に小さくなっていくワイバーンに視線を外さない仲間たちは、「うおぉー!」と雄叫びを上げながら走り続けている。とんでもなく重たい武器を構えながら、ただただ走り続けている。
「お前ら、いい加減、諦めろ! 空を飛んでいる奴に追いつける訳ないだろ!」
俺の叫びなど耳に入らない仲間たちは、そのまま砂漠へと入って行った。
普通の感性を持つ俺は、崩れるように地面に倒れる。
足の筋肉が痙攣を起こし、立ち上がる事が出来ない。
上手く呼吸が出来ず、酸欠で目の前がチカチカとする。
北門から南門まで全力疾走したんだ。魔力強化しているとはいえ、これ以上は走れない。と言うか、どうしてあいつらは走り続けられるんだ? 痛覚がないのか? いや、何も考えていないだけか……。
地面に倒れていた俺は、体調が治るとゆっくりと立ち上がった。
赤茶色の土や岩が広がる砂漠を見渡す。砂漠の先には、キルガー山脈が広がっている。人が住まうには厳しい場所だ。さすがに脳みそ筋肉のあいつ等も諦めて戻ってくるだろう。
俺は報告の為、ダムルブールの街へと戻った。
ワイバーンを追い駆けて、かれこれ十五日が経つというのに誰一人と帰ってこない。
もしかしたら、ついに死んだのだろうか?
いや、骨折や大火傷をしても嬉しそうに魔物と戦う奴らだ。死ぬ事はないだろう。
俺の予想では、山に籠って体を鍛えているか、どこかの村に滞在して魔物を狩っていると思われる。
そういう事で、今の俺は冒険者稼業を一時中断している。良い機会なので、その間、何もせずにのんびりと体を休めていた。
そんなある日、貴族からの呼び出しを食らった。
「誰も戻って来ていないらしいな」
行き慣れた館の見慣れた執務室で対面している貴族が、俺を見て苦笑を零した。
白髪の交じった初老の貴族……ヘルムート・ポメラニア伯爵である。
ダルムブールの全貴族を束ねる大貴族だ。
彼とは、ある護衛任務の時に知り合った。
ポメラニア伯爵は、周辺の街を巡回する為に、私兵とは別に魔物に詳しい冒険者を雇い、道中の護衛を任せた。その冒険者が、当時名が売れ始めた銅等級の集まりの俺たちだった。
巡廻中、特に問題は起こらず、このまま順調に終わると思われていた。だが、帰り道にオークの群れに遭遇してしまった。逃げる事も出来ない状況に陥った俺たちは、沢山の死傷者を出しながら護衛対象のポメラニア伯爵を守り抜いた。
その件以来、俺はポメラニア伯爵の依頼を何度か受けた事で信頼を得る事が出来た。
本来は、伯爵のような大貴族に銅等級の俺が直接話しをする事は出来ないのだが、ポメラニア伯爵の人柄と俺との信頼感で、今では二人だけで話をする間柄にまでになったのだ。
「あいつらの手綱を握れると思い、君に託したのだが……手を焼いているようだな」
「手綱ごと引き千切って突っ込んでいく連中だ。一般人の俺では、荷が重い。俺の心労を考えるならこのまま帰って来ない方が良い」
この場に他の貴族や使用人が同席していれば、伯爵相手に普段通りの話し方はしない。二人だけだからこその会話だ。ポメラニア伯爵も気にする事なく、「違いない」と笑いながら同意した。
ちなみに今の仲間たちは、伯爵がどこかの街から連れてきた連中だ。そして、仲間の死を切っ掛けで解散し、一人になった俺に組ませたのである。
その行為は有り難いのだが、寄りにも依って、脳みそ筋肉を四人も見つけて来なくても良いのにと思ってしまう。
無論、脳みそ筋肉集団である俺たちに出来る依頼など魔物退治ぐらいしかない。
その事を予想していたポメラニア伯爵は、危険過ぎて冒険者ギルドが諦めた魔物や未知の魔物を討伐する専属の冒険者となった。
そんな危険度の分からない魔物を相手にする異例の冒険者集団という事で、これも異例として銀等級一人、銅等級四人だというのに、五人で白銀等級冒険者としてしまったのだ。
そういう事で、現在の俺はポメラニア伯爵の専属冒険者として魔物退治をしている。まぁ、実際に戦っているのは四人の仲間で、俺は戦闘支援と道具の準備と伯爵の連絡ぐらいだがな。
「少し、真面目な話をしよう」
会話に一段落付くと、伯爵はワインを一口啜って姿勢を正した。
「君に依頼を頼みたい」
「依頼? 先程も言ったが、仲間が戻って来ていない現状、冒険者稼業は休業中だ。魔物退治なら本物の白銀等級の姉弟に頼んでくれ」
『炎石』と『氷石』の二人は俺たちと違い、色々な貴族と知り合い、手広く依頼を受けている。今までポメラニア伯爵が『炎石』と『氷石』の二人に依頼を出したという話は聞いていないが、伯爵が依頼をすれば引き受けてくれるだろう。
「いや、彼らには頼まない。私の冒険者は君たちだ」
俺たちの実力を認めてくれる事は嬉しいが、便利扱いされている感じもするので素直に喜べない。
「なら、俺一人で出来る魔物退治か?」
「魔物関連の依頼ではない。これを見てくれ」
そう言うなり、ポメラニア伯爵は机の引き出しから一枚の木札を取り出した。
そこにはテオドール・ロシュマンという男爵の事が書かれている。
「ロシュマンという男は、キルガー山脈の中腹にあるルウェンの町を管理している貴族だ」
「ルウェンといえば炭鉱の町で、囚人が送り込まれる場所だと聞いた事がある」
「囚人だけでなく、一般の炭鉱夫もいる。作業場は区別されているが、それらをまとめて管理している貴族だ」
一般炭鉱夫と聞いて、俺は眉を顰める。
あまり聞きたくない単語だ。
「その男爵がどうかしのか?」
「良くない噂が後を絶たない。その証拠を掴んで、辞めさせようと思ってな」
ロシュマン男爵は、炭鉱で採れた魔石や宝石をくすねては、個人の資産としているらしい。
国の鉱山で採れた資源は全て国に徴収しなければいけないのだが、少し懐に入れたぐらいで目くじらを立てる事だろうか? 誰でもやっている事だと俺は思った。
そう言うと、ポメラニア伯爵は「それだけではない」と話を続ける。
「坑道内には、長年管理し保管されている大きな魔石があるそうだ。それをどこかの国に売るつもりだと報告が入った」
「どこかの国?」
「今の所、どこの国かは分からない。大きな魔石が何なのかも分からない。たが、一つの町を管理している男爵が、中央の許可も取らず、勝手に他国に魔石を売る行為は、断じて見て見ぬふりをする訳にはいかないのだ」
「それで証拠を掴んで、辞めさせようと……伯爵なら証拠を掴む前に一言言えば辞めさせれるのでは?」
ダムルブールの街で一番偉いポメラニア伯爵だ。一番位が低い男爵など紙に一筆書けばそれで終わりそうな気がするが……。
「出来なくはない。だが、やれば角が立つ。貴族というのはどいつも腹黒く陰湿だ。私を没落させて笑いたい者は、善人以上にいるのだよ」
貴族の世界も単純ではないようだ。
それにしてもこの流れ……非常に良くない話になりそうだ。
「そこで君はルウェンの町に入り、悪事の証拠を掴んで欲しい」
やはり、そうきたか。
「俺はただの冒険者という事を忘れていないか? 魔物退治のついでに町に入ったとしても男爵には会えない。……もしかして、兵士のふりでもさせる気か?」
ポメラニア伯爵は、俺を新人兵士としてルウェン鉱山へ行かせようと考えているのだろうか? 兵士の心得など俺は知らないぞ。
「そんな馬鹿な事はしない。それに兵士の中には、すでに私の私兵を忍ばせている」
「では、俺に何をさせたいんだ?」
「自分の顔を見た事はないのか? 兵士よりも似合う立場があるだろ」
自分の顔など見たくもない。
今まで色々な魔物と戦い、その都度、死に掛けた。その名残で俺の顔や体は傷だらけだ。冒険者としては、自慢できる名誉な傷跡かもしれないが、そのおかげで他人には遠ざかられている。
他人から怖がられる俺だ。
一般人も出来なければ、兵士も出来ない。
もしかして……。
「君には、囚人としてルウェン鉱山へ潜入してもらう」
「冗談だろ? 囚人なんて、余計に男爵には近づけないぞ」
「重々、承知している。君の役目は、囚人の視点から炭鉱の現状を見てほしい。そして、私の私兵と連携して、男爵の悪事や謎の魔石を調べ、もし魔石が他国に売られそうになれば阻止をしてもらいたい。囚人だからこそ、出来る事はあるだろう」
「囚人になったら行動は制限され、出来る事は限られてしまう。無駄な依頼になるぞ」
見た目があれな俺でも囚人には成った事はない。だが、想像は難しくない。常に兵士に監視され、行動は制限されるのだ。貴族と囚人では天と地ほども身分に差が出てしまう。話し掛ける事は勿論、近づく事さえ出来ないだろう。
「それ込みで君に依頼を出すつもりだ。どうせ暇なのだろう」
仲間が戻ってこない今、冒険者の依頼は受けていない。
個人として冒険者ギルドで受けても良かったのだが、金には困っていないのでやる気は失せていた。
「あと……ついでではあるが、ある囚人を見ておいて欲しい」
「ある囚人?」
「アケミ・クズノハという鉄等級冒険者だ。教会内部に無断で進入した罪で、炭鉱送りが決まった」
「そんな奴を見てどうするんだ? 囚人連中に虐められているのを黙って見ていれば良いのか?」
理由はどうあれ、女神を崇める神聖な教会で不祥事を起こすなど、囚人連中に尻の穴を掘られればいい。ついでに教会の価値を下げた神官たちも合わせて炭鉱送りにすればいい。
こんな見た目だが、俺は敬虔なる女神信者だ。
「逆だ。困っていたら助けてやってくれ」
「何で助けるんだ? 罪を償う為に行くんだろ。辛苦を味わえば良いと思うぞ」
「ある貴族に頼まれた事だ。それに私も少しだが顔見知りで、悪い印象を持っていない。ちなみに、君にも少しだけ関わりのある人物だ」
俺は目を閉じて記憶を探る。
だが、どう思い出そうとしてもアケミ・クズノハなる変わった名前の冒険者の記憶は無かった。
「ワイバーンに燃やされた人間がいたと報告しただろ。その燃やされた人間が、アケミ・クズノハだ」
「生きていたのか!?」
遠目で見ただけだが、完全に燃え尽きていて助からないと思っていた。
もしかしたら、俺と同じで炎の耐性でもあったのだろうか?
「そう言う事だ。出来る限りで良い。目の届く範囲で良い。ついでに見ておいてくれ」
まだ依頼を受けるとは言っていないのに、すでに依頼を受けた風にポメラニア伯爵は話を締めくくった。
これに関してはいつもの事で、ただの銅等級の俺では、断る権利すらないのだ。
囚人になってルウェン鉱山へ行く。
そこでロシュマン男爵の不正を暴く。
ついでに、アケミ・クズノハなる囚人の面倒を見る。
冒険者がやる依頼ではない。
特に炭鉱になんか行きたくない。
だが、断われない俺は、渋々受ける事になってしまった。




