226 アケミおじさんの帰還
「朝食用に残しておいた食材がまだ残っている。フリーデの欲しい物があったら使ってくれ。残りは厨房に届けておいてほしい」
「ああ」
「家具や食器、調理器具は残したままにしてある。今後、この小屋を使う者に譲ってやってほしい」
「そうする」
「なめし中の毛皮が入った樽がベッドの横に置いてある。これは……」
「私がダムルブールの街に行った時に一緒に持っていくんだろ。聞いた」
「後は……」
フリーデは、見送り兼荷物運びの為に朝一番で来てくれた。そんなフリーデにリディーは色々と頼んでいるが、すでに言った事ばかりでフリーデが呆れている。
そんな二人を見ながら私は、荷車に木箱三つとスカスカの革袋、あと汚いスコップを荷台に乗せていく。
「全部乗せたよ。そろそろ行かないと馬車が出発しちゃうよ」
私の忠告を聞いたリディーはフリーデから視線を外し、小屋を眺めた。
私も小屋に視線を向ける。
初めはボロボロの掘っ立て小屋だったのをリディーが時間を掛けてリフォームして、今のようなログハウスのような小屋へと作り直した。一ヶ月しか住んでいない私と違い、リディーには色々と思い入れのある小屋なのだ。時間は気になるが、リディーが満足いくまで眺めさせておこう。
しばらくすると、「良し、行こう」とリディーが荷車に手を掛けたので、私も取っ手を引っ張って牽いていく。
道を塞ぐ兵士たちの横を通り、渓谷沿いの崖下をゆっくりと進む。そして、町に続く手掘りのトンネルに差し掛かった時、私は後ろを振り返った。
これで炭鉱とはおさらばだ。
リディーの小屋から離れる時は哀愁を感じたが、今はホッと胸を撫ぜ下ろしている。
暑く、暗く、湿っていた劣悪な環境の中で肉体労働をしていたのだ。炭鉱作業の事は思い出したくないし、戻りたいとも思わない。
悪い事をするべきではない。
囚人になるべきではない。
そんな当たり前の事を身を持って教えてくれた場所であった。
私は逃げるようにトンネルを抜けて、ルウェンの町へ入った。
寂れた店並みを進み、教会を通り過ぎた先がルウェンの町の入口になる。
そこに二匹の馬が繋がれた少し大きめの馬車が停車していた。昨日、荷物として三つの木箱を運びたいとお願いしたので、丁度良い大きさの馬車を用意してくれたみたいだ。
ちなみに馬車代は貴族持ち。細かくいえば、街や国の税金から支払われるので、馬車の大きさが変わっても私たちの懐は痛まない。
貴族の支払いと知っていれば、もう少しリディーの荷物を増やしても良かったかもしれないな。
馬車に近づくと、見知った人物が居るのに気が付いた。
「あれ、何でディルクがいるの?」
リズボン戦で負傷したディルクは、今もどこかの場所で治療中だと知らされていた。それが、包帯もしていない五体満足のディルクが、革袋を肩に下げながら私たちを眺めている。
「何でって、俺も同じ馬車に乗るからに決まっているだろ」
当たり前のような顔をして返答をするディルク。改めてディルクの姿を見ると、囚人服でなく、リディーのような一般人が着ている服を着ていた。
「もしかして、ディルクも囚人じゃなくなったの?」
「その様子だと、何も聞かされていないみたいだな」
私とリディーはフリーデの方を見る。フリーデは、フルフルと首を横に振って、「聞いていない」と言った。
「貴族どもに報告した時に言われた。俺の罪は晴れて、元の場所へ帰れって」
「えーと……つまり、無罪だったって事? 冤罪だったの?」
「そのようだ」
うわー、それ酷くない? と思っていると、「良くある事だ」とディルクが苦笑いをしている。
まぁ、司法があるかどうか怪しい異世界だ。教会や貴族、兵士の匙加減で罰の重みが変わる。私も危うく怒鳴り散らす神父によって死刑になる所だった。しっかりと取り調べもせずに、罪人にされてもおかしくない世界なのだ。
そう思うと、後で無罪と分かり、釈放されたディルクは、運が良いのだろう。
「そもそもディルクは何の罪で炭鉱送りになったの?」
今まで聞いていないなと思い尋ねてみたら、「つまらない事さ」と笑って濁された。
フリーデがディルクの元へ向かい、リズボンから助けられた事に感謝を伝えている。
そんな二人の会話を聞きながら私とリディーは、荷車から馬車へ荷物を入れていく。
三つの木箱を荷台の奥へ押し込み、私の革袋を隙間に埋めると、荷台は半分も埋まってしまった。
まぁ、私とリディーとディルクの三人しか乗らないので問題はない。
「お客さん、用意が出来たら出発しますんで、乗って下さい」
くたびれた服を着た初老の御者が座席に着く。その隣には、剣を携えた筋骨逞しい若い男性が座る。彼は一般の護衛である。兵士が送り届ける訳ではないようだ。
私は後方から荷台に乗り込み、板張りの椅子に座る。
フリーデとの会話を終わらせたディルクも荷台に乗り込み、なぜか私の横へ座った。
「お前たち、二度と戻ってくるなよ」
私とディルクに対して、兵士の顔をしたフリーデが声を掛けてくれたので、「ああ」と大きく頷いて答えた。
「じゃあ、ダムルブールの街で待っているからな。必ず来てくれよ」
「ああ、ちゃんと行くから心配するな」
リディーは、フリーデと別れの挨拶を済ますと、ピョンと荷台に飛び乗った。
リディーが対面の席に座ると、ディルクが「行ってくれ」と御者に言葉を掛ける。
ガタゴトと馬車が動き出す。
上下左右に揺れながら、帆が開け放たれている後方から景色を眺めた。
徐々に小さくなっていくフリーデの姿が見える。
彼女は、ずっと私たちを眺めていた。私とリディーもフリーデの姿が見えなくなるまで見ていた。
整備されていない道をゆっくりと下っていく。
山脈の中腹に位置していたルウェンの町から一気に標高が下がっていくと緑豊かな景色へと変わっていった。だが、途中で渓谷から流れていた川が横へ逸れると徐々に緑が無くなり、景色が一変していった。
草木は無くなり、岩や石が目立ち始める。土は赤茶色へと変わり、気温がグングンと上がり始めた。
砂漠の始まりである。
初めてこの砂漠に入ったのは、新鮮なベアボア肉を得る為に狩りに行った時だ。
その時はクロとシロに乗っていたので、全身に風を受けていて、そこまで不快には感じなかった。
だが、今は帆で遮られた荷台にいる。後方の帆は開いているので、行きの時よりかは楽であるが、それでも暑い。
暑さだけではなく、ガタゴトと揺れる事でお尻は痛いし、馬車酔いも起きている。
私は砂漠に入って早々にげんなりしていた。
無論、暑さと寒さが嫌いなリディーも限界を迎えていた。
「あっちぃー……引き返したい……」
青い顔で汗だくになっている私の目の前で、リディーは木板の椅子に寝そべり蕩けていた。ズボンの裾や袖口を折り曲げて、胸元のボタンを外している姿は、女性とはまったく思えない。
そんなリディーの右手は自分の顔に向いており、魔術で風を起こしていた。
「ねぇ、リディー。その風、役に立っているの?」
「……んー?」
まともに返事もしないリディーは、右手だけ私の方に向けると風を当ててくれた。
その風は、温風だった。
「うわー、暑い、暑い! これ、涼しくならない。体温が上がるだけで、魔力の無駄」
「んー……息苦しいよりかは良いと思うぞ」
気怠く腕を戻したリディーは、再度、自分の顔に温風を当てていく。
すでにリディーの脳汁は茹っていて、正常な判断が出来ないのかもしれない。
「リディーは風だけでなく、氷や水の魔術は使えないの?」
「使えない。風だけだ」
それは残念。使えたら氷の塊を作って貰ったり、水で顔を洗ったりしたかった。
「それなら精霊にお願いして荷台の中に風を流してくれる事は出来ないの?」
「それは無理。今の僕は精霊を呼べない」
「えっ、どうして?」
リズボン戦の時、風の精霊を呼んで戦っていたのを思い出す。なぜ今のリディーが風の精霊を呼べないのか理解出来ない。
「おっさんに魔力を流して貰ったら、精霊が寄り付かなくなってしまった」
「リズボンの時は使っていたよね?」
「あの時は、まだ僕の魔力が残っていたから精霊に指示が出来た。だけど、今はおっさんの魔力に変わっている。これは契約したからなのか、沢山魔力を注いだからなのかは、僕にも分からない」
「そ、そうなんだ……」
「言葉通り、僕はおっさん色に染められたって訳さ」
空元気に茶化すリディー。うーむ、冗談に聞こえないのだけど……。
「魔力が変わったって……それって大丈夫なの?」
「うーん……精霊が呼べないのは寂しいけど、数年前から使えないのが当たり前だったから今更感はあるな。威力は低くなるけど、魔術は使えるから問題ない」
「どうして、私の魔力に染まったら使えなくなったのかな?」
「精霊と魔力には、相性がある。おっさんの魔力が風の精霊に受け入れられないだけだろう」
ここで加齢臭のする魔力が嫌だからと言われたら、汗とは別の水分が瞳から流れていただろう。
「ねぇ、ディルクは理由が分かる?」
私の隣で腕を組み、瞳を閉じて、暑さを我慢しているディルクに尋ねてみた。
「知らん。俺は精霊魔法は使えないから精霊については何も言えない」
瞳を開けたディルクは、ギロリと睨みながら答えてくれた。
暑いから話し掛けるなと雰囲気が漏れている。
だが、黙っているよりも会話していた方が暑さとお尻の痛さと馬車酔いが紛れるので、迷惑だろうが話し続ける事にした。
「ディルクは、火属性があるんだよね。それでも暑いんだ」
「耐性があるだけで、暑いものは暑い」
炎攻撃などのダメージが軽減されるだけで、熱湯をガブガブと飲んだり、熱湯風呂を平気で入れる訳ではないようだ。
「なぁ、傷だらけのおっさん」
リディーが呼ぶと、ディルクの片眉がピクリと上がった。
「おっさんじゃない。ディルクだ」
何かこんなやり取り、以前も聞いたな。
「ああ、悪い、悪い。ディルクのおっさん」
「変わっていない……まったく……」
悪気のないリディーにディルクは軽く首を振って諦める。そして、小声で「俺はまだ三十手前なんだがな」と呟いた。
「えっ!?」
傷だらけで強面のディルク。
どう見ても四十歳前後だと思っていたら、十以上も若かくて驚いた。
まぁ、ディルクも私には言われたくないだろう。
私は中身十七歳のおっさんだ。リディーに至っては百歳越えである。つまり、ディルクも含めれば、見た目詐欺の三人組であった。
そんなディルクの年齢に驚いていると、「何だ?」と睨んできたので、ブンブンと首を振って「何でもない」と返しておいた。
「ふん……それで、どうした?」
「いやー、何か涼しくなる方法でもないかと思って尋ねてみた」
今にも蕩けてバターになりそうなリディーが気怠そうに言うと、ディルクは顎に手を当てて、真面目に考えこんだ。
「そうだな……休憩の時に魔水ヘビでも捕まえてくるか」
出た、魔水ヘビ!
ヘビの魔物で、血が水の代わりになり、死ねば氷のように冷たくなり、腹が減れば食べられる優れた魔物だ。これで熱中症で倒れたペーターを介抱したのを思い出す。
ただ、アイスリングのように蛇の死骸を首に巻くのには抵抗がある。
結局、魔水ヘビは一匹した見つけられず、私は勿論、リディーも速攻で断ったので、蛇のアイスリングはディルクが巻く事になった。
太陽が傾き、気温が下がり始めた頃、ダムルブールの街の城壁が見え始めた。
心身共に疲れ切った私とリディーに気力が戻ってくる。
ようやく、辿り着いた。
砂漠越えとはいえ、この世界の旅は大変である。
そう思っていると、私は重要な事を思い出した。
「私、身分証を持っていない」
私の荷物は、着替えと石鹸と木札と汚いスコップだけで、身分証となる冒険者カードは身に付けていなかった。兵士に捕まる前に小物入れをエーリカに渡したので、たぶん、その中に入っていると思われる。
「リディーは持っている?」
「隣の国の辺鄙な場所から山越えをしてきたんだ。ある訳ないだろ」
ですよねー。
「ディルクは?」
「俺はある。兵士に取り上げられていたのを返してもらった」
一人だけ、ずるい!
まぁ、身分証が無くても、お金を払えば入門出来るのだが、何かお金を払うのがもったいない。
この馬車は南門から入り、街を縦断し、北門の近くで停車する。
私たちの最終場所はアナの家なので、馬車から下ろされたら、すぐに北門の外へ出なければいけない。
何の為に通行税を払ったのかと思ってしまう。
うーむ、借金を背負った経験から、ケチになっている気がするな……。
「お前たちの家は、北門の近くなんだろ。道を変えて、そっちから回れば良いじゃないか?」
ディルクから良案が出たので、御者に頼んで城壁を回り、北門の手前で下ろして貰う事にした。
「ああぁぁーー!」
パカパカと城壁に沿って進んでいると、突然リディーが叫んで立ち上がった。
「どうしたの!?」
「今の僕、汗臭いかも!」
私とディルクが、白けた顔をする。
「どうしよう。これからエーリカとの再会なのに、こんな状態では会えない」
「安心して、リディー。特に臭くないから」
自分の体をクンクンと嗅ぎ出すリディーを真似て、私は横にいるディルクの匂いを嗅ぐ。
汗の匂いはしないが、頭を千切った魔水ヘビの血の匂いがした。
「それは、おっさんたちも臭いから鼻が可笑しくなっているだけだ」
「それなら着替えれば? 私もディルクも目を瞑っておくから」
「うーむ……どうしよう……」
着替えは三つある木箱のどこかに適当に詰め込まれているので、探すのは一苦労だろう。
うーん、うーんとリディーが唸っている間に、北門近くまで来てしまったので、結局、着替えている時間はなくなった。
「あれ? 林が無くなっている」
私は御者に頼んで、馬車を止めてもらい、外へと出た。
アナの家に通じている雑木林の一角が綺麗に伐採され、地面が整地され、道が出来ている。遠くの方にアナの家が見えるので、場所は間違いない。
「風の精霊魔法を使う……確か、アナスタージアとかいう子の家はあそこなの?」
外に出たリディーが私の横に並びアナの家を指差したので、「ああ」と頷く。
「お客さん、ここで良いなら荷物を下ろして下さい。あっしらは、このまま街の中に入ります」
御者に言われ、ディルクの手を借りながら荷車から木箱を下ろす。
「ディルクはこれからどうするの?」
「お前と同じ、俺は囚人になる前は冒険者だった。また戻るだけさ」
「それならギルドで会えそうだね」
「俺の場合はちょっと特殊でな。そう滅多に冒険者ギルドには顔を出さない」
「そうなんだ」
特殊って何だろう? と疑問に思っていると、ディルクはニヤッと笑う。
「滅多に行かないが、もし会ったら飯でも食いにいこう」
そう言って、ディルクは馬車に乗って、ダムルブールの街へと行ってしまった。
後でティアの収納魔術で回収してもらう為、私たちは通行の邪魔にならないよう木箱を街道の脇に寄せる。そして、新しく出来た道を進み、アナの家に向かった。
新しい道は砂利道であるが、良く地面を固められていて、歩きやすかった。
「あれれ……ここも変わっている」
道を進んだ先には家庭菜園があった筈なのに、今は綺麗な地面になっている。それだけではなく、家庭菜園に面していた建物の一部が壊され、木材が積み重なって置かれていた。
ここ、本当にアナの家だろうか? 別の家に迷い込んでないよね?
以前の記憶と少しだけ違う所為で、余計に混乱してしまう。
「あっ、おっさん。馬がいる。綺麗な馬だ……って、あの馬、足の数が多くないか?」
リディーが指差す先の馬場内でクロとシロが走っていた。
やはりアナの家で間違いない。
クロとシロは私たちの存在に気が付くと、ゆっくりと私たちの方へ向かい、柵の前でヒヒーンと鳴いた。
それを合図に、クロの頭から手の平サイズの人間が飛び出してきた。
「ああー、やっぱり、おっちゃんだー!」
ティアである。
ティアは私の存在に気が付くと、凄い速さで家の中へ入っていった。
「おっちゃんが帰ってきたよー。女を連れて、帰ってきたー!」
間違ってはいないが、誤解を招く言い方をしないでほしい。
「相変わらず煩いな」とリディーは懐かしそうに呟く。
凄い勢いで家のドアが開かれると、滑るようにエーリカが外へと飛び出してくる。
その後ろから駆け出すようにアナと三人のティアも出てきた。
「ご主人さまを誑かした相手は……」
「エーリカッ!」
エーリカの姿を見るや否や、隣にいたリディーが風を切るような速さで駆け出した。
「エーリカ、エーリカ、僕のエーリカ! 会いたかったよー!」
エーリカは急な事で眠そうな目を白黒させている。
そんなエーリカにリディーは、スリスリと頬を擦り合わせながら抱きしめている。長い耳がエーリカの目に当たりそうで怖い。
久しぶりの再会なのに、アナもティアもリディーの奇行で言葉を失っていた。
「すぐに会いに行けなくてごめんね。大事な時に助けに行けなくてごめんね。汗臭くてごめんね」
「その声、その態度……もしかして、リディアねえさんですか?」
「えっ、気づいていなかったの!?」
ここでようやくリディーはエーリカから離れた。
「あー、リーちゃんだったのかー」と三人のティアが納得している。
「髪が短くなっていますし、言葉使いが変わっていますし、服装が違うので気づきませんでした」
「ま、まぁ……色々とあったからね」
少年のように短く刈った髪を指先で触りながら、リディーは照れたように呟く。
へぇー、前のリディーは髪が長かったのか……ぜひ、見てみたかった。
「それにリディアねえさんの魔力が違うような……これは、ご主人さまの魔力?」
クンクンとリディーの体を嗅いたエーリカは、ジロリと私の方へ視線を向けた。
懐かしいエーリカの眠そうな瞳には、妬みや不安といった負の感情が光っている。
「リーちゃんもおっちゃんの毒牙に掛かったかー」とティアが訳の分からない事を言う。
それを聞いたアナが、顔を赤らめて口元を押さえる。
「ちょっと、人聞きの悪い事を言わない! こっちにも色々とあったんだからね!」
私はゆっくりとした足取りでエーリカたちの元へ向かう。
理不尽な別れの後、苦労の連続である炭鉱から帰ってきた再会だというのに、変な状況の再会になり拍子抜けしてしまった。
「アナ、こちらエーリカとティアの姉妹で、名前はリディー。リディー、この子が精霊魔法を使うアナ。今後、彼女の家に泊まらせてもらうからね」
何も知らないアナにリディーを紹介する。
エーリカから離れたリディーは、すくっと立ち上がると衣服の乱れを直してからアナの前に進み出た。
「話を聞いている。僕はエーリカの姉のリディアミア。これまでエーリカを助けてくれてありがとう。これからもエーリカを宜しく頼む」
リディーは背筋を伸ばし、真摯な態度でアナに挨拶をする。
「は、はいっ! わ、私はア、アナスタージアです。わ、私の方が先輩……いえ、エーリカさんに助けられています。こ、こちらこそ、よ、宜しくお願いします……はぃ……」
あわあわと挨拶を交わすアナに、リディーはニコリと少年のような微笑みを浮かべる。
その笑顔を見たアナは、顔が真っ赤に染まると、両手で顔を隠した。
「アナちゃん、一応言っておくけど、リーちゃんは女の子だからね」
ティアのツッコミが入るが、アナの心情は同意せざるを得ない。
おっさんの姿をしている私でも、未だにリディーの顔を見て、ドキリとしてしまう事があるからだ。
私はエーリカ、アナ、ティアの顔を順番に見回す。
新しい道が出来ていたり、建物が壊れていたので戸惑ったが、みんなは変わっていなかった事に安堵する。
「みんな、心配を掛けてごめん。色々とあったけど、何とか無事に戻ってこれたよ」
「おじ様が無事で良かったです」と瞳に涙を溜めるアナ。
「何か逞しくなって帰ってきたなー。強面顔に磨きが掛かってるぞー」と茶化しながら嬉しそうにするティア。
空気を呼んだのか、馬場の方でクロとシロもヒヒーンと鳴いた。
帰ってきた。
ただ、それだけで嬉しい。
帰れる場所。
迎えてくれる者。
日本に住んでいた時には感じなかった感情が胸を満たす。
裾がクイクイと引かれた。
横を見るとエーリカが私の裾を掴んで、じっと見つめている。
黒色のゴシックドレスを着た金髪ツインテールの美しい少女。
この異世界に来て、初めて仲間になった少女。
私を慕ってくれて、何度も助けてくれた少女。
私はそんなエーリカの瞳を見つめながら、「ただいま」と声を掛けた。
エーリカは……
「お帰りなさい、ご主人さま」
……と返してくれた。
何事もなく、無事に戻ってきました。
これにて第三部囚人冒険者は終わります。
この後、幕間を挟んでから第四部に入りたいと思います。
宜しく、お願い致します。




