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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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225 引っ越し準備と最後の夜

 囚人でなくなった私は、三日後の馬車でリディーと共に、ダムルブールの街に帰る事が決まった。

 短い時間で出立の準備をしなければいけないのだが、私自身は、着の身着のままこの町に連れて来られたので、準備する事は殆どない。

 荷物は着替えと布と石鹸ぐらい。後はエロ絵で稼いで買った木札が数枚あるだけだ。革袋に詰め込んでも一杯にならない程、私の私物は少なかった。

 だが、リディーは違う。

 一年間、暮らしていた事もあり、私物は山のように多い。床に散らばっている雑貨だけでなく、日用品や調理器具なども含めると、本当に山のようにあり、これを整理して木箱に詰め直すとなると一苦労である。

 引っ越し業者がいれば楽なのだが、生憎とここは異世界である。さらにリディーは、エーリカが持っている収納の魔術具やティアが使える収納魔術を使う事が出来ないので、全て自分たちで梱包して、運ばなければいけない。

 つまり、大仕事なのである。


 リディーは朝一で兵舎の厨房へ行き、料理長に事情を説明して、辞める旨を伝えた。

 料理長はとても残念がっていたが、特に引き留める事はせず、納得してくれたようだ。

 リディーは腕利きの狩人として獣を狩り、新鮮な肉を調達していた。それをすんなり納得したのは、リディーの心情を察してという事もあるが、それ以上に、今、兵士と囚人が余っているのが大きいそうだ。

 炭鉱作業が復旧していない現在、余剰の兵士と囚人がいる。その連中の仕事を与える事で、リディーの穴を埋める算段らしい。実際にリディーがこの町に来る前は、そうしていたので問題ないとの事。

 そういう事で、その日の内に仕事を辞めたリディーは、私と一緒に荷物整理をしている。


「ねぇ、リディー、全てを持っていく事は諦めて、本当に必要な物だけを木箱に詰めて、いらない物は売るなり、捨てるなりするんだよ」

「ほとんど必要な物だから片っ端から木箱に詰めていけば、すぐに終わるさ」


 全ての物を持っていくつもりのリディーに唖然とした。

 全ての荷物を木箱に入れて、ダムルブールの街まで運ぶとなると、荷物用の馬車を別で頼まなければいけない。

 お金はそこそこ持っているリディーであるが、使わなくても良い事にお金を使うのは良くない。これは借金を背負って苦労をした私の考え。

 それに断捨離ではないが、新しい場所での生活だ。過去の物を捨て、新しい物を入れて、心機一転しなければいけない。

 私は心を鬼にする事にした。

 ありがた迷惑なのは百も承知であるが、これもだらしないリディーの為である。

 ご主人さまである私は、木箱を並べて、目につくリディーの荷物をポンポンと仕分けしていった。


「この服、袖がほつれているじゃない。古着屋へ」

「まだ着れる!」

「この下着、お尻の所に穴が空いているじゃない。廃棄」

「まだ履ける……って、見るなー!」

「刃の欠けたナイフと包丁。鉄屑屋へ」

「研げば使える!」

「黒焦げの鍋。鉄屑屋へ」

「スープ作るのに丁度良い大きさなの!」

「ゼロに近い石鹸が五個。破棄」

「くっつければ、大きくなる!」

「カビの生えた毛皮。健康に悪いので破棄」

「洗えば使える!」

「意味不明な薬剤。怖いから破棄」

「何の薬か分からないけど、何かに使える!」


 こんなやり取りをしながら、私の独断と偏見で、持っていく物、売る物、破棄する物と仕分けした。


 雑貨の中には、リディーが暇潰しで作った木彫りの動物や木板を彫って作ったレリーフみたいな物も転がっている。どれも素晴らしい出来で、リディーの木工細工の腕は職人レベルなのを初めて知った。だけど、残念ながらすべてが途中で終わっており、完成している物がない。リディーは長期的な集中力がないようだ。

 持っていくか迷っていると、リディーは「ちゃんと完成させる」と宣言するので、持っていく用の木箱に入れた。……完成したら私の部屋に飾ろう。


 以前、リディーが丁寧になめしていた山賊ウサギとキルガーベアの毛皮が、なめし液に漬けたままの樽が小屋の横に置かれている。

 大きいキルガーベアは別にどうでも良いのだが、山賊ウサギの毛皮は枕にすると言っていたので、ぜひとも持って帰りたい。ただ完成するまで百日近くはなめし液に漬けていなければいけないので、どうするか迷った。

 うーんと悩んでいると、「フリーデに任せよう」とリディーが言ったので、置いていく事にした。フリーデが兵士を辞め、私たちの街に来る時に一緒に持ってきてもらう。リディーと違い、フリーデの荷物は常識の範囲内のはずなので、頼めるだろうと二人で勝手に決めていく。


 それならと、持っていくのが大変な荷物も売ったり捨てたりせず、全てフリーデにお願いしようとリディーが決め出したので、急いで止めた。

 さすがにフリーデが可哀想だ。

 そこで私はリディーを宥める為に、ほとんどの荷物をこの小屋に残す事にした。まだ使える調理器具や食器類は小屋に残して、後日、誰かがこの小屋に住む者に使ってもらうように提案を出す。

 始めリディーは渋っていたが、この小屋を使ってくれる人に気分良く暮らせるように、使い勝手の良い物を残しておくべきだと力説したら、納得してくれた。


 すでに太陽は傾き、夕方に差し迫っている。

 一応、私も本当の鬼ではないし、今後のリディーとの関係に遺恨を残さない為に、仕分けした荷物の最終判断はリディーにしてもらうつもりである。

 持って行かない荷物を一つ一つ手に取り、私の顔色を窺いながら悩みだすリディー。どう私に言えば持っていけるかを悩んでいるようだ。

 この様子だと、本当に終えるのは夜中になりそうだ。



 翌日、私とリディーは朝一で町へ行った。

 昨日、仕分けしたリディーのいらない荷物を売り、新しい日用品を買い足すのが目的である。さらに馬車の位置や時間も確認する。

 兵舎から借りた荷車に分別した木箱を乗せて、二人でのんびりと牽いていく。

 道を封鎖している兵士の前に着くと、二言三言、説明をしたら道を開けてくれた。すでに私の事は周知されているようだ。


 活気のない寂しいルウェンの町に辿り着くと、木箱に入っている衣服や雑貨、鉄屑を各お店で売った。

 徐々に木箱の中身が少なくなるにつれて、リディーの口数は少なくなり、長い耳が垂れ下がっていく。どう見てもテンションがだだ下がりである。だが安い値段で買われたお金で、新しい日用品を購入すると、リディーの長い耳はグングンと上がり、同時にテンションも上がっていった。どうやら身近に物が溢れているだけで、幸せのようだ。


 私は帰りにリディーからお金を借りて、リンゴやブドウといった果物を購入した。

 短い間だったが、囚人たちには色々と迷惑を掛けたし、命を助けられたのだ。別れの挨拶代わりに囚人に配ろうと思っている。

 酸っぱいだけで大して美味しくない果物であるが、毎日、大した食事が摂れない囚人には、喜んでくれるだろう。まぁ、一人二個ぐらいしか渡せないけど……。


 空いた木箱に購入した果物を入れて、元来た道を戻る。

 小屋に戻ると、リディーは狩りの道具を持って、山の方へ行ってしまった。

 リディーは今日の夕食時、厨房の人たちとお別れ会の予定が入っている。その食材として、最後の狩りを楽しむそうだ。主役が率先して食材を調達するとは……まぁ、良いんだけどね。

 ちなみに私も誘われたのだが、昨日まで囚人だった私が、見も知らない厨房の人たちと食事するのには気が引けたので、丁重にお断りをした。そう言う事で、ルウェンの町の最後の夕食は一人でする事になっている。


 私は、囚人たちが労働を終えて戻ってくる時刻まで小屋の掃除に専念した。

 私にとっては一ヶ月、リディーに至っては一年間、お世話になった小屋だ。綺麗にしてから引き払うべきだろう。決して、時間潰しで掃除をする訳ではない。

 私は床を掃いたり、窓を拭いたり、竈の灰を捨てたりする。さらに小屋と兵舎の間にある私専用になっていたトイレも掃除した。



 時刻は太陽が沈み始めた夕方。

 作業現場から囚人たちが戻ってくるのを確認した私は、荷車を牽いて囚人宿舎へ向かった。

 一人でえっちらおっちらと荷車を牽いて宿舎に辿り着くと、何事かと囚人たちが集まり出す。

 一番近くにいた囚人に事情を説明して、荷台に置いてある木箱を下ろしてもらい、みんなに配るようにお願いした。

 本当は全員に手渡しをするべきなのだが、囚人の数は多いし、ほとんどが知らない連中なので諦める。ただ、私に気が付いた顔見知りの囚人には直接手渡しして挨拶を済ませた。


「もし僕の元女房と娘に会ったら、元気にしていると伝えてくれ」と疲れ切った顔をしたペーターにお願いされた。だが、残念ながら元奥さんと娘さんの名前を聞くのを忘れてしまったので、その願いを叶えられるかは定かではない。


「おお、リンゴの人。帰るのか? めでたい、めでたい。元気でいろ」と蟻酸で顔の半分が焼けてしまったオルガが自分の事のように喜んでくれる。そんなオルガには、おまけでリンゴを三個渡した。オルガは、目の前でガブガブと美味しそうに食べてくれた。

 

「何で果物なんだ! 筋肉には肉だろ、肉! 俺の立派な筋肉をもっと見たいと思わないのか!?」と相変わらず自分勝手な事を言うブラッカス。「それならやらん」と言うと、私の手から奪うように果物を取るとバクバクと食べてしまった。そして、「お前とは一勝一敗だ。決着は俺が出所したらするからお前も鍛えておけ!」と訳の分からない事を吐き捨てると子分のハンスと共に行ってしまった。


「明日、行くのか? それなら今晩は俺の宿舎に泊まれ」とこれまた訳の分からない事を言うルドガー。私は速攻で断るとしかめっ面になった。そして、「俺が出所するまで、浮気をするなよ!」と吐き捨てると走って行ってしまった。

 ブラッカスと同じ、ルドガーも出所する気満々らしい。この二人が戻ってくる前に、絶対に元の世界に戻ろうと誓った。


「坑道内で見つけてきたぞ。持って帰れ」と髭だらけのドワーフが汚れたスコップを渡してきた。同じ顔で区別がつかないが、どうやら彼はキルガーアントと戦った時のドワーフらしい。

 そのドワーフは、キルガーアントと戦った時に即席で作った武器のスコップを坑道から持ち帰ってくれたようだ。

 正直、変な染みがこびり付いた汚いスコップなどいらないので、「炭鉱作業で使って下さい」と遠回しに断ったら、「一度使った武器は最後まで責任を持って使うべきだ。これはもうお前専用の武器で、壊れるか、もしくはお前が死ぬまで使え」と果物と交換で押し付けてきた。

 こうして、私の第二の武器はスコップになってしまった。折角だから家庭菜園の時にでも使おうかな。


 一通り知り合いに別れを告げたが、残念ながらディルクには会えなかった。彼はまだ治療中で、どこか別の場所で安静にしているようだ。

 色々と世話になったので、挨拶ぐらいしたかったのだが……。

 もしかしたら今の私は一般人なので、兵士に頼めば会いに行けるかもしれない……と思ったが、そこまでする気力はなかった。ごめん、ディルク。私、こういう人間なんです。


 その後、囚人たちに食事を誘われたので、一緒に摂る事になった。

 内容は、パン粥と干し肉、そして薄めたワインである。

 地下牢の生活を思い出し、断われば良かったと後悔した。

 そして、ドワーフ製の密造酒も飲まされ、さらに後悔した。

 酒の入った囚人たちは、くだらない話で馬鹿笑いをして、私に酒を注いでいく。

 そして、出所する私を祝い、「色街への軍資金だ」と囚人連中から小銭をかき集めてくれた。そんな所に行くつもりはないが、有り難く貰っておく。

 そんな彼らを見ていると、リディーとの同棲が無くても、何とかやっていけたかもしれないと今になって思った。

 その後、ルドガーが「そんな場所に行かせるか!」とお金を取り上げようとした事で、カンパした囚人たちと争いが起きた。そして、どんちゃん騒ぎを聞きつけた兵士たちが雪崩れ込んだ所で、私はコソコソと兵舎を後にした。

 

 こうして、炭鉱の町ルウェンの最後の夜は、馬鹿騒ぎで終わったのであった。


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[良い点] さらば監獄よ! また来る日まで!(二度と来ない)
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