224 フリーデとの話し合い
私とリディーの間に主従契約が成立していた。
予期せぬ出来事に私は戸惑ってしまったが、リディーとの話し合いで一応は納得する。
これで私は、エーリカ、ティア、リディーの三人と主従関係が起きている。
三人の自動人形と出会うように誘導した『啓示』。
主従契約も『啓示』の予定調和なのだろうか?
そう思うと、私は『啓示』の手の平で踊らされている気がする。
一体、『啓示』は何を考えているのだろうか?
そして、私に何をさせたいのだろうか?
……さっぱり、分からん。
「お前たち……そういう関係だったのか?」
顔を赤らめながらリディーと笑い合っていると、急に後ろから声を掛けられた。
ビクッと後ろを振り向くと、部屋の入口にフリーデが立っており、私とリディーの顔を交互に見ながら、冷たい視線を向けていた。
「えーと……フリーデさん……いつからそこにいたのかな?」
私が恐る恐る尋ねると、冷たい視線が私に突き刺さる。
「真剣な話をしていたから、邪魔をしてはいけないと様子を見ていたんだ」
「……それは有り難い対応をどうも」
「そしたら、初めてだったとか、ご主人さまとか聞こえたけど……」
小虫を見る目で私を見るフリーデは、何か変な方へ想像を巡らしているようだ。
「勘違いだから! フリーデが思っている事は何一つしていないから! ねぇ、そうだよね、リディー!」
「ああ、僕がおっさん色に染められただけの話さ」
「リディー!?」
私の反応が楽しいのか、リディーはお腹を抱えて笑うと、「後は任せた」と台所へ逃げていき、夕食の準備は始めた。
「し、ん、じ、んっ!」と腰に下げているナイフの柄に手を添えたフリーデに、「説明するから」と私は空いた席を勧めて、私とリディーの関係を早口で説明する。
リディーはエルフに似せた自動人形で、リズボン戦の時、私と魔術契約を交わした事で主従関係に成った事を伝える。
そうしたらフリーデは「意味が分からん」と頭を抱えてしまった。
「リディーは本物のエルフでなく、人形だったって? 信じられるか!?」
「本当、本当。極限までエルフに似せて作られた最高傑作だからな。人形と言われても分からないだろ」
料理の乗った皿を食卓に並べながら、リディーは自信満々に言う。
リディーの姿を上から下へジロジロと観察するフリーデだが、未だに信じていないようだ。
「うーん……仮に人形だとして、どうして、その事を早く教えてくれなかったの? もしかして、知られたくなかった?」
「いや、別段、隠すつもりはなかった。単純に言う機会を逃しただけ」
エーリカとティアも冒険者ギルドでは、自分が自動人形である事は公言しているので、リディーがわざと隠していた訳ではないだろう。
ただ、一年近く友人として接していたフリーデにとっては、隠し事をされていたように感じてショックを受けているようだ。
「それで、こんな変なおっ……んん、歳の離れた男と主従契約をしてしまって大丈夫なのか?」
今、変って言おうとした? ねぇ、言おうとした?
「さっきもおっさんに言ったけど、契約をしたからって特に変化があるわけじゃない。僕は僕のままさ」
そう言うと、リディーは「それよりも食事にしよう」とフリーデが持ってきたワインを開けて、グラスに注いでいく。
まだ色々と聞きたそうにしているフリーデであるが、食事の用意が出来た事で口を閉ざした。
久しぶりのまともな夕食。
内容は、厚切りベーコンと目玉焼き、スープ、硬いパン、そして温野菜である。
朝食のような内容であるが、ここ数日間、パン粥と干し肉しか食べていなかった私にとっては、十分過ぎる内容だ。
「怪我の調子はどう?」
バクバクと食べながら私は、話のネタとしてフリーデに尋ねる。
フリーデの左腕は、リズボン戦で骨折と火傷を負ってしまった。
今のフリーデの左腕は、そえ木で固定され、首から回された布で支えられている。
「回復魔術や薬で殆ど直っている。まだ腫れていて痛みはあるが、あと数日の治療で完治するだろう」
私の常識では、骨折と火傷が数日で完治するものではない。だけど、ここは異世界。魔術や魔法は、医者泣かせである。
「新人……いや、もう新人じゃなかったな」
フリーデは右手に握っている木製のフォークを机に置くと、真剣な表情で私の方を向いた。
「報告は聞いている。気絶していた私を守ってくれたらしいな。本当は私がお前を守らなければいけなかったのに、逆になってしまった。ありがとう、アケミ・クズノハ。おかげで、またリディーの食事を楽しむ事が出来た」
私が囚人でなくなったとはいえ、素直に感謝を述べるフリーデは、改めて真面目な性格だと悟った。
悪い気はしないが、面と向かって感謝されると、どうもこそばゆい。
「私だけじゃないよ。リディーもディルクも守っていた。いや、みんなお互いを助け合っていた。だから、あのリズボンに勝てたと思うし、生き残れたと思う」
私だけ感謝されると恥ずかしいので、リディーとディルクも巻き添えにする。
「リディーには既に言ってある。ディルクは囚人だから、まだ治療中だ。今度、会った時に同じように言うつもりだ」
兵士のフリーデと違い、囚人のディルクは回復魔術や高価な薬で治療して貰えないので、回復まで時間が掛かるそうだ。そんな囚人のディルクにも感謝の言葉を言うつもりのフリーデは、本当に真面目な性格をしている。
その場の流れでコロコロと考えを変える私とは大違いだ。
フリーデの感謝を受けた後、リズボンと何とか男爵の話へ移った。
リズボンは、ビューロウ子爵が言っていた通り、治療を受けて順調に回復中との事。事故の捜査には積極的に協力をしているのだが、私たちが襲われた数日間の記憶が曖昧で、なぜ私の命を狙ったのかは本人も分からないそうだ。そして、自分の部下を殺し、私たちを襲った事に反省し、不甲斐ない自分を責めているとフリーデから教えられた。
今後、私を狙う事はないと断言しているので、ほっと一安心である。
「リズボン班長は、自分にも他人にも厳しい方だった。そんな彼が乱心し、厳罰に処する事に兵士たちから残念の声が上がっているよ」
毎回、朝礼で鉄拳教育を受けたり、事故で生き埋めにされた囚人を見捨てたり、命を狙われたりで、私のリズボンに対するイメージは最悪だ。だが兵士の間では、評価の良い兵士長であったようだ。
この町を管理していたテオドール・ロシュマン男爵については、就寝中に魔物の昆虫が現れ、急いで外に逃げ出した所で倒れたそうだ。寝起きで体を動かした事により、体に負荷が掛かり、地面に倒れた所を巨大な芋虫に丸呑みにされてしまって死亡したとの事。
「最悪なのが、その芋虫は死ぬと筋肉が岩のように硬直してしまう魔物で、男爵の死体を回収するのに丸一日掛かってしまったらしい」
うわー、芋虫の体内で死ぬなんて、想像しただけで鳥肌が立つ……と腕を擦っていると、大ミミズと戦った時、エーリカも同じ状況だった事を思い出し、さらに鳥肌が立ってしまった。
それにしても、現場の指揮をしていた時に魔物に襲われて亡くなったと聞いたが、実際は違っていたみたいだね。
ちなみに行方をくらました使節団と黒いローブを纏った謎の人物については、何も分かっていないそうだ。
何日も滞在し、接待していた筈なのに、そんな事あるのだろうか?
その後、レンガのような硬いパンをガシガシと噛み砕いているフリーデから現在の囚人たちの状況を教えてもらった。
私が地下牢で惰眠を貪っている間に魔物襲来の後始末は終わり、今は炭鉱の復旧作業をしている。
封鎖された入口を開けて、腕利きの兵士と腕力に自信のある囚人で炭鉱に入り、残っている魔物を駆逐しているようだ。他の囚人たちは、壊れた道具などを新たに作ったり、修理をしているとの事。
「調査に来た貴族を中心に作業をしている。貴族たちは、急いで炭鉱事業を復活させようとしていないようで、兵士や囚人も気楽にやっているぞ」
なにそれ!?
私もそんな時に囚人になりたかった!
一通り食事を終えた私たちは、塩を掛けただけの焼きキノコを肴に食後のワインを楽しんでいる。
お酒が苦手な私はチビチビと、リディーとフリーデはグビグビと飲んでいる。アルコールに弱いリディーが倒れないか心配だ。
「ねぇ、フリーデ。おっさんは囚人でなくなった」
「ああ、聞いている。私もついさっき聞いて驚いた。……良かったな」
ワインで顔を赤くしているフリーデから「二度と戻ってくるなよ」と言われた。
「おっさん、いつ、この町を出るんだ?」
「えーと……三日後に馬車が出るから、それに乗れと貴族から指示があった」
「そうか……三日後か……」
押し黙ってしまったリディーはグラスに入っているワインを見つめる。そして、クイッとワインを飲み干すと、真剣な表情でフリーデに向き直った。
「フリーデ、僕はおっさんと一緒にこの町を出ようと思っている」
意を決したように言ったリディーは、どう反応するかを見るようにフリーデの表情を観察する。
フリーデは、優しく微笑むと「そうか……」と答えた。
「別れた姉を探さなければいけないからな」
「ん? いや、フィーリンを探す訳じゃない。あいつは酒さえ切れなければ死なない奴だ。ほかっておいても問題はない」
キルガー山脈を越える際、行き別れた姉の名はフィーリンと言うらしい。何番目の姉で、どんな容姿をしているのか聞きたかったが、どうも真剣な話を始めたので、口を挟むのを止めておいた。もし聞いても「権限がない」と断られそうだしね。
「僕が会いたいのは最愛の妹……エーリカに会いたいので、おっさんと一緒に町を出ようと思う」
そう言った後、小声で「おっさんと契約もしているし……」と付け加えた。
顔を真っ赤にしているリディーの呟きを聞いて、フリーデは「ふふっ」と笑う。
「そうか」
「フリーデ、それだけ?」
「そうだが? お前と会った時からいつかは行き別れた姉妹を探しに行くと言っていたからな。覚悟はしていたさ」
「いや、だって三日後だよ。急な話だよ。それなのに……」
「むー」と上目使いにフリーデを睨むリディー。フリーデの素っ気ない態度に、リディーは寂しさと怒りの混じった表情に変わる。
もしかしたら、引き留めて欲しいのかもしれない。
一年という短い付き合いであるリディーとフリーデであるが、別れる事に抵抗が起きる程には親交を深めていたようだ。
「今回の件で私も色々と考えさせられた」
「ん?」
フリーデが別の話を始めたので、膨れていたリディーの表情が元に戻り、首を傾げる。
「まぁ、お前と会う前から思っていた事だが……私は前々から兵士に向いていないと思っていた」
「えっ、そうなの?」
「囚人たちに厳しく教育したり、上からの命令で無茶な事をしたりする事に抵抗を感じている」
「…………」
「そういう訳で、今回を機に兵士を辞めようと思っているんだ」
「兵士を辞めるの? もしかして、僕たちと一緒に町を出る?」
期待に満ちた顔をするリディーに対し、フリーデはゆっくりと首を横に振る。
「すぐって訳ではない。何人も兵士が亡くなり、人手が足りないからな。落ち付くまで兵士を続けて、時期を見て辞めるつもり。その後の事は何となく考えているが、今は言えない」
今度はリディーが「そうか」と返した。
「そういう訳だ。兵士を辞めたら、私の方からリディーに会いに行くよ」
「ああ、絶対に来てくれ。僕の可愛いエーリカを紹介して、羨ましがらしてやるからな。だから、絶対に来るんだぞ!」
嬉しそうにするリディーに「ティアもいるよ」と私が追加したが、ガン無視されてしまった。
ティア、可哀想。
そして、私たちはグラスを掲げると……
「待ちに待った出所に!」
「最愛の妹の再会に!」
「新しい門出に!」
……とお互いを祝って、グラスを重ねた。
そして、ガブガブと飲み続けたリディーとフリーデは、私を残して酔い潰れてしまった。




