223 リディーとの話し合い その2
ヴェクトーリア製魔術人形二型五番機リディアミア。通称、リディー。エーリカの一つ上の姉であり、エーリカをこよなく愛している。
そんな彼女は、私がエーリカと主従契約をした事を知り、机に突っ伏して動かなくなった。
「うぅー……」と唸っている事から寝ている訳ではない。
私はそんなリディーを見ながら、零れた果実水を拭いて、グラスに新しい果実水を入れる。そして、私が炭鉱の崩落事故で心に傷を負った時のように、リディーが自力で立ち直るのを待ちながらチビチビと飲んでいた。決して、面倒臭いからほかっている訳ではない。そう決して……。
「……おっさん」
ちょっとだけ顔を上げたリディーは、ジト目で私を見つめる。目元が腫れていないので、泣いていた訳ではなさそうだ。
そんなリディーに「なに?」と答え、新しいグラスを前に差し出す。
「おっさんの魔力に染まったエーリカは、髪の毛が抜けたり、髭が生えたり、体が臭かったりしていない?」
どういう質問だ?
私ってそんなにも体臭がきついの?
「いや、ないけど……もしかして、魔力にそんな効果あるの?」
「いや、聞いた事ない」と言って、リディーは果実水を一口啜り、姿勢を正した。
ようやく理性が戻ったみたいでホッとする。
「エーリカは楽しく生活しているの?」
「えーと……たぶん、楽しそうだと思うよ」
「その曖昧な言い方は何だ!?」
ガタッとリディーが立ち上がったので、私はとっさにグラスを持って距離をあける。
「だから、落ち着いて。仕方が無いだろ。いつも眠そうな顔をして、あまり感情を表に出さないんだから」
「そこが可愛いんじゃないか!」
リディーの言う事は分からないでもない。
出会って早々は、何を考えているのかさっぱりのエーリカであった。
そんなエーリカと常に行動して、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしたおかげで、ここ最近は無表情なりにも雰囲気で何とかく考えている事が分かるようになった。
何を考えているのか当てた時は、結構嬉しい。
「感情の起伏は少なく落ち着いた雰囲気だけど、やたらと甘えてくるよね」
「ふふ、エーリカは末っ子だからな。みんなに甘えられて育った。逆に年上扱いされる事も満更ではない」
アナに先輩呼びさせたり、村の子供たちに年上として面倒をみたりしていた事を思い出し、私は「そうそう」と同意する。流石、エーリカを溺愛している姉のリディーである。良く知っている。
「料理を沢山食べるのも可愛い。頬を膨らませながら黙々と食べ続ける姿を見ていると、胸が幸せに満たされる」
「幸せっていうか、胸やけじゃない?」
「胸やけじゃない! 幸せだ!」
「あっ、そう……そう言えば、リディーの食べる量は普通だね」
「エーリカが特殊であって、僕は普通だよ」
「ティアも見た目以上に食べるから姉妹全員が大食いかと思った」
「ああー、ティアの名前が出ていたなー」
エーリカと違いティアの名を聞くと、リディーは眉間に皺を寄せた。
「良く良く考えれば、僕だけが普通だった。湯水の如く酒を飲み続ける姉や何でも噛み砕いて消化する姉がいる。うんうん、僕だけだな。まともなのは」
しばらくエーリカをネタに話が盛り上がった。
そして、一区切りした所で、私は本題の続きを始める。
エーリカと出会った私は金貨一枚の借金を背負ってしまった。
借金を返済する為、私とエーリカは冒険者の依頼をこなしつつ、一緒に生活をしていく。
その後、アナと出会い、三人で冒険者をしながらアナの家に居候する事になる。
アナについて説明すると、珍しくエーリカ以外にリディーが興味を示した。
「その子も風の精霊魔法を使うの?」
「ああ、エーリカがアナに精霊魔法の使い方を教えた事があったけど、あれはリディーを参考にしていたんだね」
行方不明のベアボアを探す為に風の精霊を使った。その時にエーリカが、精霊との絆を深めろとアナにアドバイスを送ったのを思い出す。
「良くエーリカと一緒に歌を歌って、精霊たちを楽しませていたからな」
懐かしそうな顔をするリディーは遠くを見るように床を見る。床には、リディーが片付けていない雑貨が散らばっているだけだ。
「こうして、しばらく三人で冒険者の依頼をこなし、一緒に生活していたんだ。そして、私が死に掛けた後……」
「死に掛けた!?」
ギョッと瞳を大きく開いたリディーは、「何があったの?」と尋ねてきた。
あの時の事はあまり覚えていない。
ブラッククーガーと死闘した後、何処からともなくワイバーンと黒い騎士が現れ、私を丸焼けにした。冒険者ギルドでも調べたらしいが、結局の所、ワイバーンも黒い騎士も分からずじまいであった。
「ワイバーンか……良く助かったな」
「エーリカとアナが助けてくれた」
「さすがエーリカだ」
「その後だね、ティアと出会ったのは」
リディーが「ふーん……」と呟くのを見るに、ティアについてはあまり関心が無いみたいだ。
「私が炭鉱に送られた原因でもあるから、興味が無くても聞いてほしい」
教会にお祈りに行った時、エーリカが教会内部から声が聞こえるというので、許可も取らずに宝物庫に進入した事を話す。ちなみに『啓示』については教えていない。説明すると脱線してしまうので今は止めておいた。決して、話し疲れて面倒臭くなった訳ではない。そう、決して……。
「宝物庫に入った私たちは、そこに置いてあった宝箱を開けて、ティアを開放したの。ティアは、長年、宝箱に閉じ込められていたらしいよ」
「そのまま閉じ込めておけば良かったんじゃない」
当時のエーリカと同じ事を言う。やはり姉妹だ。
その後、ティアも加わり、四人(ティアは分裂するけど)で生活を始めた。
そして、快気祝いと慰労会をしていた時に私は攫われ、地下道でゴブリンたちと戦った。その時にティアと主従契約をした事を報告した。
「うげー、状況からして仕方ないとはいえ、ティアと主従契約とは……おっさん、大丈夫? 余計に纏わり付いて大変になっていないか?」
普段から煩いティアが、余計に私の周りを羽虫のように飛び回っているのではとリディーは心配してくれるが、別段、契約前と後で変化はなかった。
あるとすれば、『啓示』の言葉使いがティアに似たぐらいであるが、これは分裂したティアの一人を私の体に取り込んだのが原因だと思われる。
その事を話すと、「あー……だからか」とリディーが納得したように呟いた。
「何か理解できる事でもあるの?」
「ん? ああ、こちらの事。気にしないでくれ。それで、その後は?」
凄く気になるが、今は私の話を終わらせる事にする。
ゴブリン戦で命からがら助かった私は、貴族の依頼である誕生日会を成功させ、借金を返済する事が出来た。
そして……。
「冒険者ギルドで、依頼達成の報告を済ませた私たちは、その後、教会の連中に捕まったんだよ」
この先は、先程、貴族に報告をした内容を思い出しながら伝えた。
「それで今に至ると……やはり、ティアは宝箱に入れ直すべきだったな」
と、私の話をリディーが締めくくった。
話し疲れた私は、果実水を一口飲み、小さく溜め息を吐く。
リディーには異世界転移してからの話をして、貴族には炭鉱に来てからの話をした。
異世界に来てからたった数ヶ月しか経っていないのに、色々な事が起きた。
前の世界とは生活水準が違い過ぎて、何度も落ち込んだ。
命を失いそうになった事も何度もあった。
それでも何とかこの世界で生きていけるのは、エーリカやアナ、ティアといった出会った人による所が大きい。
そして、目の前のリディーがいなければ、炭鉱送りになった私は潰れていただろう。
前の世界で人との繋がりなど皆無だった私にとって凄い変化である。それだけ、この世界は、私のようなただの女子高生のぼっちでは生きていけない世界だと実感した。
「うん、エーリカが無事で楽しそうなのが分かって良かった。おっさん、教えてくれてありがとう」
「えーと……結局、エーリカに落ち着くの? 私の話だったのに?」
「当たり前だろ」
「ふん」と鼻を鳴らしたリディーは、私の顔を見ながらニヤッと少年のような顔で笑う。
「それにしても、おっさんの住んでいた街にエーリカが居たとは……すぐ近くに居たのに気付かないとは、姉失格だな。今すぐにでも会いに行きたくなってきた」
「近くと言っても、馬車で一日掛かるよ。それも砂漠を越えなければいけない」
砂漠と聞いて、リディーは長い耳を垂らしながら「うげー」とげんなりする。
余程、暑いのが苦手のようだ。
「おっさんが、なぜ僕の事……自動人形の事を知っているのか疑問に思っていたが、すでにエーリカとティアと知り合い、その上、魔術契約までしていたんなら知っていて当然だな」
エーリカの話ばかりだったが、元々その疑問に答える為に私の話をしたのだった。
「それに、おっさんが別の世界から来たのも理解した」
「えっ、そこも理解しているの?」
教会の連中が私を強制転移したからといって、正直、異世界から来たとは信じてもらえないと思っていた。それなのにリディーは、まったく疑いもしていない。
「おっさんに魔力を流してもらってから、変な知識や情景が頭の中に流れてきて、混乱していたんだ。だけど、おっさんの話を聞いて納得した。この変な情報は、前の世界のおっさんの記憶なんだな。まぁ、未だにおっさんが、実は女だというのは信じられないけど……」
「えーと……魔力を流しただけで、相手の情報を認識できるものなの?」
冒険者ギルドの魔術具に魔力を流すと、顔写真や名前も表示される。本当に魔力って何なの?
そう不思議に思っていると、リディーから「まさか」と否定された。
「相手に魔力を流すだけで相手の情報が流れていたら、回復魔術をする度に相手に情報が流れてしまうぞ」
回復魔術は、怪我をした場所に魔力を流して、怪我をした組織を活性化させて直すそうだ。死に掛けの重症者には、魔力を入れ替えるぐらいに流す事があるらしい。それなのに、今まで相手の情報が流れたという話は聞かない。つまり、魔力を流しただけでは、魔力を与えた者の情報は流れない事になる。
「じゃあ、何で私の情報がリディーの頭に流れ……って、もしかして……」
私はある事を悟り、言葉に詰まってしまった。
そんな私の様子を見ていたリディーは、視線を逸らして「……契約したからだ」と素気無く答えた。
「け、契約!? 私とリディーの間に主従契約が完了しているの? なぜ? どうして?」
「どうしても何も、しちゃったんだから仕方が無いだろ」
細い眉を吊り上げてリディーは答える。
「いやいや、問題あるでしょう。一生を左右する問題だよ。契約を解除する方法も分からないのに……あの時、契約する直前に離れてと言ったよね」
リズボン戦の時、リディーに私の魔力を流して、戦力強化を図った。ただ、魔力を流し続けると主従契約が発生するので、契約する直前にリディーの方から離れてくれと頼んでいた。
私は、契約せずに魔力だけを渡せたと思っていたが、失敗していたようだ。
あわあわと私が慌てていると、リディーは「仕方ないだろ」と頬を染めながら視線を逸らす。
「僕だって初めてだったんだ……止め時なんか分からない」
「そ、そんなぁー……」
私が愕然と肩を落とすと、リディーは下から私を見詰めるように睨んできた。
「おっさん、エーリカやティアと契約しておいて、僕との契約は嫌なのか?」
同意して契約した訳ではないのに、なぜかリディーは眉を吊り上げて怒っている。
「えっ、いや、そう言う訳では……」
「状況が状況だ。ティアの時と同じ。まぁ、僕も契約するとは思ってなかったので、驚いているがな」
「リディーは私と主従関係になっているだよね。それで良いの?」
「良いも何も既に成っているんだ。エーリカと同じ立場になったと思えば、納得する。あまり、深く考える必要はないさ」
今のリディーを見るに、私との主従契約で後悔や絶望を感じている様子は無かった。それどころか、いつも通りである。
私は目を瞑って、心を落ち着かせた。
まぁ、リディーの言う通り、契約しちゃったものは仕方がない。
リディーを見るに、特に私に対する変化はない。エーリカは良く分からないが、ティアも契約したからって特に変化はなかった。主従契約をしたからといって、何かしら変化が起きる訳ではなさそうだ。
「うん、リディーが良いのなら私も覚悟を決めるよ」
「まぁ、そう言う事だ。これからも宜しくな……ご主人さま」
揶揄うように言ったリディーの長い耳は、赤く染まっていた。
ただの照れ隠しのようだ。
そんなリディーに「ご主人さま」と言われ、私の顔も赤く染まる。
そして、お互いの顔を見ながら笑った。
こうして、ぼっちだった私に新しい絆が生まれたのである。




