221 貴族への報告
「このような形が再度会うとは思わなかったよ、アケミ・クズノハ君。まずは椅子に掛けたまえ」
兵舎の一室に連れて来られた私は言われた通り、部屋の中央に置かれている簡素な椅子に座った。
調度品など一切なく、机と椅子が置かれているだけの部屋。
急遽、取り調べの為に用意したような部屋で、決して貴族が利用する場所ではなかった。
そんな部屋の窓際に二人の貴族が机を挟んで座っている。
私は一度もやった事はないが、漫画やアニメで見た企業面接の一場面に似ていた。
面接官は貴族、面接対象者は私。
ただ、違うのは、貴族の背後に鋭い目つきの人が控えている事だろう。たぶん、この人たちは護衛だ。
そんな貴族二人と護衛に見られた状態の私は、胃がキュッとなって、ジクジクと痛みだす。
ううぅー、これが噂に聞く圧迫面接というやつか。これなら牢屋で暇していた方が良かった。
「我が子の誕生日以来だな。元気そうで何よりだ」
胃痛でまったく元気がなくなった私は、お腹を擦りながら目の前の貴族を見る。
名前は思い出せないが、以前、顔を合わせ事のある貴族だ。
一人は、クロージク男爵の依頼で子供の誕生日の料理を提供した際、その子供の親である子爵様である。もう一人は、その誕生日会に呼ばれた、ダムルブールの街を取り締まっている伯爵様だったはず。
何でそんなお偉いさんが、わざわざこんな炭鉱の町に来て、直接私を取り調べるのだろうか?
もう、嫌……お腹、痛い。
「一応、公式の場なので、改めて紹介をしよう。こちらがヘルムート・ポメラニア伯爵。私はゲルハルト・ビューロウ子爵だ」
ポメラニア伯爵は軽く頭を動かしただけで、一度も口を開かない。この場を仕切るのはビューロウ子爵のようだ。
「君も名前を名乗ってくれ」とビューロウ子爵が言うので、私は素直に自分の名前を告げる。
こんな取って付けたような部屋が公式の場になるの? と疑問に思っていると、部屋の隅に座っている人がカキカキと羽ペンを動かし始めたのを見て、この場の会話は記録に残されると気が付いた。……変な事、言わないでおこう。
「私たちが来た事に疑問に思っているだろうから先に教えておく。今回の騒動でルウェンを管理していたテオドール・ロシュマン男爵が逝去された。その後始末と今後の調整にヘルムート・ポメラニア伯爵と私が急遽、この町に来た次第である」
「えっ、亡くなったのですか?」
あのガマカエルの面をした不健康そうな男爵が亡くなった事に素直に驚く。それと同時に目の前の貴族がこの町に来た事に納得した。
男爵は、貴族階級で言えば一番下であるが、一つの町を管理していた貴族が亡くなったのだ。それも変な事ばかりが起きた町で……。
ダムルブールで一番偉い伯爵が直接現場に来てもおかしくはないだろう。
「ああ、ロシュマン男爵は魔物にやられた」
ビューロウ子爵がロシュマン男爵の死因を教えてくれた。
朝方起きた魔物の襲撃。その現場指揮をしていた時に大型の魔物に襲われ、食べられたそうだ。
食べ物を喉に詰まらせて死んだ方が納得いく見た目であったが、どうやら逆に魔物に食べられたらしい。ガマカエルのような見た目だがら、蛇の魔物にでも食べられたのかな?
「そう言う事で私たちが直接、このルウェンの町に来て、事故の調査と再発防止、炭鉱事業の見直しなどをしなければいけない。やる事は山積みだ」
まぁ、責任者が亡くなったのだ。原因究明は必須だろうし、代わりの貴族を選ぶにも、現状を把握する必要がある。
「さっそくだが、君の話を聞こう」
前置きが終わり、ようやく本題に入る。
私は姿勢を正して、頭を動かす。
どこから話をすれば良いのだろうか?
トカゲ兵士のリズボンが襲ってきた所か? それより前のキルガーアントに襲われた所か? いや、それよりも漆黒のローブを纏った怪しい二人組の話をするべきだろうか?
貴族の二人がどこを重要に思っているのか分からないので、私はつい口籠って「うーん……」と唸ってしまった。
「悩む事はない。グレゴール助祭に連れ去られた所から話をすればいい」
出だしに悩んでいる私を見かねてビューロウ子爵が助け舟を出す。
グレゴール助祭とは、私を盗人だと決めつけ、罵声を浴びせまくった神父だ。
つまり……。
「そ、そこからですか?」
「私にはもう一つ、教会から頼まれた仕事がある。教会の代理として、君の様子を見て、話を聞かなければいけないのだ」
囚人になってから一ヶ月近く経っているので、つい忘れてしまっていたが、そもそも私は、教会内部の不法侵入と迷惑を掛けたお詫びで炭鉱送りになったのだ。
本来は、お金を寄付したり、無料奉仕をするだけで済んだのを『啓示』の指示で炭鉱労働者をする羽目になってしまった。
つまりビューロウ子爵は、私がしっかりと奉仕をしているのかどうか、教会に代わって見に来たと言っている。
その所為か、平民で囚人でもある私に対して、しっかりと話を聞く態度を取っていた。
貴族がみんなこんな感じなら怖がられないんだろうね。
「教会から大まかな話を聞いているが、細かい所は知らない。何を切っ掛けで囚人になり、どんな作業をして、どんな生活をしているのかを教えてくれ。そして、今回の騒動を君の視線で報告して欲しい」
「えーと……相当、長くなると思いますが?」
部屋の窓から太陽が沈み始めるオレンジ色の光が見える。報告が終わる頃には完全に夜になっているだろう。
「時間は気にしなくていい。ゆっくりで良いので、順番に聞かせてくれ」
ここ数日間、僅かなパン粥と干し肉しか食べていないんです。今もお腹ペコペコなんです。早く夕飯を食べたいんです。背中とお腹がくっ付いて大変なんです。早く終わらせましょう。
……などと貴族の前で言える訳もなく、仕方無く事の始まりから順番に報告する事にした。
始まりは、エーリカの借金を返し、冒険者ギルドで報告を終えた後に起きた。
衛兵を連れたグレゴール神父に犯罪者扱いされ、兵士詰所に連行されたのだ。
理由は教会の宝物庫に無断で入り、そこに置かれていた宝箱を開け、中身を盗んだ罪。
はい、私が犯人です。
ただ、この事は『啓示』の指示でうやむやにして、ただの不法侵入で終わらせた。勿論、目の前の二人の貴族にも同じ事を伝える。
私の言葉を信じているのかどうか分からないが、ビューロウ子爵は相づちを交えながら黙って聞いていた。一方、ポメラニア伯爵は目を瞑り、身動きを一切せず、黙って話を聞いている。もしかしたら寝ているのかもしれない。
その後、教会のお偉いさんが現れた事を話すと、ポメラニア伯爵は瞳を開けた。
「マルティン大司教とは、どのような会話を交わした?」
今まで一言も口を開かなかったポメラニア伯爵が尋ねてきた。
私は当時の事を思い出しながら伝えていく。
私の事情を率先して尋ねたり、口を開けば罵声しか飛ばないグレゴール神父を宥めたり、怪しい私を擁護してくれた事を話す。
一通り話を終えると、興味深そうに聞いていたポメラニア伯爵は、大司教について色々と尋ねてきた。雰囲気はどうだった? グレゴール神父とのやり取りはどんな感じだった? 副助祭とはどうだった? と事細かに尋ねてきた。
そこ気になる所かな? と思いつつ、思い出せる範囲で私は素直に答えていく。
そして、魔法で私が嘘をついていないかどうか調べられたと報告すると、「ほう」とさらなる興味を示し、さらに深く聞かれた。
だが嘘発見器の魔法など私はさっぱりなので、「分からない」を連呼して終った。
「神聖魔法で君の無罪は証明された訳だ」
「はい」
ポメラニア伯爵の質問が途切れた所で、ビューロウ子爵が口を挟む。
「だが無実が証明されたにも関わらず、君は囚人として炭鉱送りを希望した。どうしてだね?」
『啓示』の指示です……とは言えず、適当に答えておく。
「えーと……し、神聖な場所である教会に無断で立ち入り、さらに迷惑を掛けてしまったので……その……罪を償う方法が……思い浮かばず……こうなりました」
「だからと言って、過酷な炭鉱を希望しなくても……ああ、君は熱心な信者だったな。だからか」
えっ!? 私、教会の信者なの? 初耳なんですが? と驚くが、なぜか私が信者という事で納得しているので、訂正しないでおこう。
その後、囚人になった後の話に切り替わるとポメラニア伯爵は、再度目を瞑り、寝ているのか聞いているのか分からない態度になった。
数日間、兵士詰所に監禁された私は、ベアボアが牽く馬車で砂漠を横切った。
とても暑かった事を伝えると、「昨日、私たちも体験した」とビューロウ子爵は同情するように頷いてくれる。
ルウェンの町に到着した私たちは、教会に一泊し、早朝に男爵の挨拶を受けた事を報告した。死人に鞭を打つようで悪いが、「面倒臭ぇー」と呟いていたのを追加報告しておく。見た目とその言葉ぐらいしか、男爵の印象がないからだ。
その報告を聞いたビューロウ子爵は、「あの男は……まったく……」と眉を寄せる。
「テオドール・ロシュマン男爵と初めて会ったのはこの時だな。別の場所で顔を合わせた事は?」
「いえ、ないです」
「まったくか? 会話とかもないか?」
「はい、私はただの囚人でしたので……遠目で見かけた事が一度ありました。それ以外は接点はありません」
「遠目? どこで?」
なぜかビューロウ子爵は、私と男爵の関わりを気にしている。
私は素直に町で買い物した時の話をして、使節団の人と一緒に歩いているのを見かけたと伝えた。
「使節団か……ふむ……」
瞳を閉じていたポメラニア伯爵も顔を上げて呟く。
突如、行方を眩ませた使節団。
それと同時期に何かが紛失した。
非常に怪しいよね。
そこで私は重要な事を伝えた。
「リズボン班長に襲われる前、使節団の人がリズボン班長と一緒にいました」
「うむ、そうらしいな。……詳しく、教えてくれ」
リディーとディルクは使節団の顔を知らなかったが、兵士であるフリーデは知っていたので、リズボンと戦う前に一緒にいたのが使節団の人だとすでに報告はあったようだ。
それでも私の方から詳しく報告を望むので、貴族の二人も重要と思っているに違いない。
とは言え、私が伝えれるのは大した内容ではなかった。
町で買い物をした時、男爵と共に歩いているのを見かけたのと、リズボンと戦闘する前に、忽然と消えてしまった事を報告する。
貴族二人は、どんな人物か? どんな会話をしたのか? リズボンの様子はどうか? と細かく聞いている。
「真っ黒なフードを被っていたので顔は分かりません。直接、私たちに話し掛けられた訳ではないので、声も聞こえません。ただ、立ち振る舞いから女性ではないかと思います」
「うむ……それで?」
「リズボン班長に耳打ちしたと思ったら姿が消えました」
「消えたとはどういう事だね? 後ろへ下がって行ったという意味かね?」
そう言われると困る。
本当に消えたのだ。影に隠れるように空間からスッと消えてしまったのだ。もしかしたら、リズボン自身も姿が消える事が出来たので、魔法か魔術かもしれない。
そう伝えると、「うむ、そうかもしれん」と返ってきた。
「使節団が消えた後はどうなった?」
「なぜかリズボン班長が私を目の敵にしていました」
「なぜ、君の命なんだね? その場にいた他の者たちではないのかね?」
「分かりません。私は坑道で死ぬ運命だったとか、この場で死んでも変わりないとか、自分の手で殺してやるとか……それで戦闘になりました」
「君は、兵士長であるリズボンと何度か関わりがあったりしたのかね?」
「いえ、ないです。ただの兵士と囚人の関係です。……ただ何となくですが、リズボン班長の意志と言うよりは、誰かに指示されていた感じがしました」
そこで私はリズボンとの戦闘を手振り身振りで説明していく。
すると貴族二人だけだけでなく、後ろで護衛している人たちも私の説明に興味深く聞き耳を立てていた。男という生き物は、職業問わず、戦いに興味があるようだ。
「なるほど……報告を聞く限り、君たちは巻き込まれただけで、原因はリズボンと謎の使節団であるようだな」
「え、えーと……こう言っては何ですが、私の言葉を信じるのですか?」
兵士が何人も亡くなっているのだ。
私が保身の為にリズボンに責任を押し付けているとは思わないのだろうか?
私は囚人である。囚人の言葉など信じないがまかり通る場所だ。
それなのに目の前の貴族は、当たり前のように私の話を信じていた。
私の疑問に対して、ビューロウ子爵は「別の者にも話を聞いている」と教えてくれた。
「ああ、リディーとフリーデがいたか……彼女たちからも報告を聞いたんですね」
リディーは一般人、フリーデは兵士だ。私の言葉よりも信頼は厚いだろう。
「彼女たちは勿論、リズボン本人からも聞いている」
「えっ、リズボン!? 生きているんですか?」
「ああ、彼は一命を取り留めた。今、別の場所で治療中だ」
眉間に矢が刺さり、お腹を剣で貫いたのに生きているとは……人間以上にトカゲは生命力が強いのだろう。また命を狙われないか心配だな。
「意志の混濁があり本人も分からない事だらけで、要領の得ない報告をしている。だが自分が一般兵士の命を奪い、君たちを襲った事ははっきりと自白している。加害者はリズボン。これは間違いない」
「回復次第、彼は裁かれる事になる」とポメラニア伯爵は断言した。
リズボン班長、兵士の長から犯罪者へ大降格であった。
「では、話を戻そう。炭鉱作業はどんな感じだった?」
一息ついた所で、ビューロウ子爵は報告の続きを即した。
私が炭鉱でどのような作業したのか、どんな現場だったのか、囚人たちとどう接したのかを話した。
暑くて、暗くて、息苦しい環境で、力仕事ばかりさせられた。兵士には何度も殴られた。道具や設備も酷く、効率性などなかったと、愚痴に近い報告をする。
「君は何度も兵士に殴られたのかね?」
朝の挨拶に殴られ、力尽きて休んでいれば殴られ、囚人と会話すれば殴られ、くしゃみをすれば殴られ、転びそうになれば殴られ、兵士の視界を塞げば殴られた。
兵士たちは、一日十回は鉄拳教育しろとノルマでも課せられているのだろうか?
それだけ私の炭鉱作業の記憶には、殴られた記憶が刻み込まれている。
私の話を聞いてくれる貴族が目の前にいるので、今後、是正してくれるかもと願い、思いつく限りズラズラと伝えた。
すると……。
「そうか……それは大変だったな」
私の報告を聞いたビューロウ子爵は、他人事のように言った。
うーむ、囚人なので鉄拳制裁は当たり前と思っている節があるね。囚人のみんな、ごめん。これは是正されないね。
囚人の扱いにはあまり興味の無い貴族であるが、新しい洞窟で巨大なキルガーアントと戦った話をすると、また身を乗り出して聞いていた。
そして、大量のキルガーアントに追い駆けられ、懲罰房で虫塗れになった事を報告すると、嫌な顔をして私から少し距離を取った。
「囚人として、炭鉱で作業するのは大変だっただろう。だけど、君は通常の囚人と違い、特別な待遇をしていたのではないかな」
「ありました。理由は知りませんが、私には恩赦があったようです」
誰が与えたのか今も分からないが、私には罰などを軽減する恩赦が与えられていた。
そのおかげでリディーの小屋に住めた。
快適な場所で美味しい食事が毎日食べられた。
他の囚人には悪いと思う反面、もしリディーと一緒に生活出来なければ、心も体も壊れていただろう。
ただただ、恩赦には感謝しかない。
その事を話すと、ビューロウ子爵は満足そうに頷いた。
もしかして、恩赦を与えたのは……。
「取り調べは、このぐらいにしておこう」
ビューロウ子爵は、粗方話し終えた私に告げると、隣にいるポメラニア伯爵に視線を向けた。
ポメラニア伯爵は閉じていた瞳を開けると、コホンと咳払いしてから口を開く。
「教会の代理として告げる。アケミ・クズノハ、本日をもって奉仕活動を終了とする」
「えっ? えーと、つまり……」
急な事で一瞬、何を言われたのか理解できない。
奉仕活動が終了?
つまり、それって……。
「今この時を持って君は囚人ではなくなった。これから炭鉱で作業をしなくていい」
キョトンとしている私にビューロウ子爵は、ニヤリと口角を上げて告げた。
お……
おおぉぉーー!
一ヶ月ほどの囚人体験が終了した。
これで肉体労働から開放される。
これは特上の吉報であった。
私が感極まって泣きそうになると、私の顔を見た二人の貴族がガタッと腰を浮かせ距離を取り、背後に控えていた護衛たちが腰に下げている剣に手を伸ばした。
ちょ、ちょっと!
ただ嬉しい顔をしただけだから!
気味の悪い物を見る目で、警戒しないで!
だから、剣を手に掛けないで!
「う、うむ……そう言う事だ。三日後にダムルブール行きの馬車が出る。それに乗って、戻りなさい。そして、ダムルブールの街に着き次第、冒険者ギルドとパウル・クロージク男爵に報告するように。……以上」
そう言うなり、ビューロウ子爵は、私に退室を求めた。
私は素直に部屋を出る。
話し疲れた私であるが、その足取りは軽い。
嬉しくて、スキップしそうになる。
うおぉー! と叫びたくなる。
それぐらい、感極まっていた。
私は、自由だぁぁーー!
後二話ほどで第三部は終わりとお知らせしましたが……ごめんなさい、無理でした。
後、もう数話あります。
いつもの事ですね。
とほほ……。




