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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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220/347

220 その後

すみません。

懲罰房から牢屋へ移動しただけの話になってしまいました。

とほほ……。

 昨日から災難続きである。

 新しく見つかった洞窟で巨大な蟻と戦い、小さな蟻の軍団に追いかけられ、寒さと虫だらけの懲罰房で一晩を過ごし、朝方にはトカゲ兵士のリズボンと戦った。

 どれも命懸けで、何度も死に掛けた。

 リディーやフリーデ、ディルクやその他囚人がいなければ、私は間違いなく死んでいただろう。

 今から思い返しても、どうしてこうなったのか、さっぱり分からない。

 そして、生き延びた安堵に包まれる事なく、最後は懲罰房へ戻される事になった。

 理由は、リズボン殺害疑惑。

 兵士の長であるリズボンを囚人の私が殺したのだ。

 疑惑でなく事実ではあるのだが、しっかりとした理由はある。

 ……いや、違う。理由はなかった。

 一方的にリズボンが私を殺しにきたので、それを抗う為の正当防衛である。

 それも私はただ壁際で震えていただけで、大半はリディーとディルクが戦っていた。

 私は最後に止めを刺しただけである。

 その事を駆け付けた兵士に説明をしたのだが、囚人の私の言葉など信じてくれなかった。

 同じ兵士のフリーデの意識が戻っていれば、私の言葉を裏付けてくれただろう。だが、生憎とフリーデは気絶中であった。

 唯一、私を擁護できたリディーは「疲れた」と言って、弁明を後回しにされてしまった。

 そういう事で、私は懲罰房へ出戻ってしまったのである。

 とほほ……。



 二人の兵士に渓谷の沢まで引き摺られた私は、何棟か並んでいる懲罰房の一つに押し込められた。

 懲罰房は、昨晩、誰かが使用していたものらしく、汚物の匂いが充満している。その匂いを嗅いた私は、魔力欠乏症に輪にかけて吐き気が込み上げてきた。ただ昨日の朝食から何も食べておらず、水も洞窟作業の休憩中に飲んだきりなので、吐きたくても唾しか出ない。


 ううー、最悪……。


 自分の手すら見えない暗闇の中、扉に両腕を付いて額を乗せる。そして、体重を前に預け、中腰のまま目を閉じた。

 昨日、見つけた楽な体勢だ。

 今の私は手枷足枷を嵌めていない。

 私に掛かっている筈の束縛魔術が解除されている事を兵士たちは知らなかったみたいだ。朝方、昆虫の魔物に襲われたので、兵士たちも後始末で確認をする余裕がなかったようだ。それか、囚人の腕に束縛魔術が無くなっている事など露ほども思っていなかったのだろう。

 そういう事で私は昨日に比べて、非常に楽な体勢を保たれていた。さらに太陽が昇っているので、寒くもない。

 匂いさえ気にしなければ、ゆっくりと休めそうだ。

 未だに頭と目の奥がズキズキと痛く、吐き気がして体が気怠いが、命が助かった緊張感から解放された事から一気に眠気が襲ってくる。

 私は睡魔に抵抗する事もなく、意識を落とした。



 ………………

 …………

 ……



 ガチャガチャと扉が揺れる音で目が覚めた。

 どのくらい眠っていたのだろうか?

 頭と目の奥の痛みが引いていた。

 その代わり、無理な態勢で眠っていたので、首と体が強張り、体の節々が痛い。

 扉が開かれた。

 暗闇一色の懲罰房に茜色の光が射し込む。

 汚物の匂いで充満していた内部に、冷たく新鮮な空気が入り込み、心と肺が洗われる。


「出ろ。移動するぞ」


 扉を開けた兵士から声が掛かる。

 兵士は二人。

 一人は私の様子を確認し、もう一人は少し離れた場所で待機していた。

 私は言われた通り、凝り固まった体でヨチヨチと外に出ると、空を見上げ、深呼吸をする。

 すでに太陽は傾き、夕方近くになっていた。


 うーむ、疲れていたとはいえ、座る事も出来ない懲罰房で十時間近く熟睡していたとは……余程、疲れていたのだろう。


 ぐぅーと体を伸ばす。兵士から怒鳴り声が飛ばない。それを良い事に私は、肩をグルグルと回したり、軽く膝を曲げて屈伸運動をする。


 ……うん、体調は良さそうだ。


「もう良いか? ……移動するぞ」


 私の様子を黙って見ていた兵士は、急かす事なく、ゆっくりとした足取りで歩き出した。

 私を挟むように、もう一人の兵士が黙って後ろを付いていく。


「どこに行くんですか?」


 今までなら勝手に口を開けば教育と言う名の鉄拳が飛んでくるのだが、この兵士なら答えてくれると思い、恐る恐る尋ねてみた。


「お前が報告した内容の裏が取れた」


 前の兵士が足を止めて、教えてくれた。


「えーと……リディーとフリーデが何が起きたか説明してくれたって事ですか?」


 ちなみにディルクの名を出さなかったのは、私と同じ囚人だからだ。囚人の言葉など兵士は信じないのだ。


「ああ、二人から説明を受けた。それだけでなく……いや、私の口から言う事ではないな」


 なぜか、最後の方で口籠ってしまった兵士。

 何を言いかけたのか分からないが、リディーは約束通り説明してくれたみたいである。

 あとフリーデも説明してくれたという事で、意識が戻り、治療をされているのが分かった。


「言っておくが、お前の罪が晴れた訳ではない。最終判断は貴族がする」

「貴族が最終判断? もしかして……えーと……あの男爵が?」


 名前は忘れたが、このルウェンの町を管理しているガマカエルの見た目の不健康な男爵が私を裁くのかな? 「面倒臭ぇーから死刑」と言われそうで嫌だ。


「その様子だと知らないのか? いや、無理はないか……」

「えっ、何?」

「いや、何でもない。お前を裁くのは、テオドール・ロシュマン男爵ではない。別の貴族だ。それまで別の場所で待機する」


 そう言うなり、兵士は口を閉ざし、歩き始めた。


 沢を下り、坂道を登るとリズボンと戦った坑口へと出た。

 半日近く経った坑口浴場は、戦いのあったまま放置されている。

 地面の至る所が黒く焦げて、石や土が歪な形に溶けて固まっていた。

 水を溜めておく浴槽の殆どが壊れ、破片が散らばっている。

 これでは当分炭鉱作業をした後、体を洗う事は出来ないだろう。

 坑口付近の様子を見てから、選炭場の横を通り過ぎ、広場へと辿り着いた。

 運動場のような広場の至る所に火が焚かれており、灰色の煙が上空へと立ちのぼっている。

 その火の周りに兵士と囚人が集まり、楽しそうに何かをしていた。


「魔物の解体をしているんだ」


 私が不思議そうに眺めていると、前を歩く兵士が教えてくれた。

 朝方、魔物に襲われていた事を思い出す。

 私やリディーたちが命懸けでリズボンと戦っていた近くで、兵士と囚人たちは昆虫と戦っていたのだ。

 その後始末を兵士と囚人がしているとの事。

 蟻やムカデ、カマドウマやダンゴムシと言った見知った虫だけでなく、見た事もない気味の悪い虫の死骸が山のように積まれている。どれも人間サイズで全身に鳥肌が立つ。

 そんな虫の死骸をバラバラにして、素材として使えそうなものは荷車に積み、いらない部位は焚き火に放り込んで燃やしていた。


「食べたりはしないの?」

「お前、食べたいのか?」


 阿呆な子を見るように、兵士が振り返る。

 私はブルブルと顔を振って否定する。


「昆虫を好んで食べる囚人はいたな」


 囚人の中には、人間ではない亜人も混じっている。昆虫を主食にする亜人もいるだろう。ハーフオークのオルガも食べると言っていた気がする。


 囚人宿舎近くの焚き火では、洞窟で対峙した巨大なキルガーアントの死骸を数人の囚人が解体をしていた。


 あんなのまで現れたんだ……さぞ大変だったろう。


 私は感慨深く巨大キルガーアントの死骸を見ていると、そのすぐ近くの地面に人間が寝かされているのに気が付いた。

 全員シーツに包まれ、綺麗に並べられている。そのシーツから赤い染みが滲んでいるのを見て、私は眉を寄せた。

 

 これって、もしかして……。


 兵士も囚人も楽しそうに昆虫の魔物を解体しているので、何事もなく退治出来たのだと思っていたのだが、必ずしも無事ではなかったようだ。

 犠牲者は出ている。怪我をした者はもっと多いだろう。

 それなのに、みんな楽しそうに作業をしている。

 生と死が近い異世界だからなのか、それとも囚人たちが特別なのか分からないが、彼らは、生き延びた事を喜び、死んでいった者たちの為にも頑張って生き続けるようとしている。

 私は、そう見えた。



 広場を突き進み、兵舎の前まで来た。

 リディーの小屋が見え、帰りたくなるのを我慢して、私は兵士と共に兵舎の中に入る。

 そして、廊下を進み、兵舎の奥にある厳つい扉から地下へと降りた。


 ……おや?


 地面が剝きだしの地下。

 物音が一切しない。

 窓はなく、通路に置かれているランタンの光が唯一の光源で、非常に暗い。

 そんな地下の通路側面に四つほどの小さな部屋が並んでいた。

 廊下と部屋を遮る壁は、鉄製の格子になっており、廊下から丸見えになっている。

つまり、ここは牢屋であった。

 油断していた。

 囚人の私でも気さくに受け答えをしてくれる兵士に連れられたので、まともな場所に案内してくれると思っていたが、まさかの牢屋。

 それも雰囲気からして、とても怖い。

 今から拷問が行われたり、犯されたりされそう。

 結局の所、私は囚人なんだと改めて理解した。


「入れ」


 一番手前の部屋の格子を開けた兵士が、顎を動かして、行けと指示を出す。

 薄暗い六畳ほどの部屋。

 地下なので窓は無く、簡易のベッドとおまるが置いてあるだけ。


「飯を持ってくる。大人しくしていろ」


 そう言うなり、二人の兵士は格子の扉に鍵を掛けて行ってしまった。

 見張りはなし。

 つまり、地下の牢屋は私一人だけ。

 とても、寂しい……さらに怖い。

 地表が剥き出しの地面を踵でカツカツと叩いてみる。

 とても硬い。

 岩盤をくり抜いて作ったのか、または魔法や魔術を使って地面を固めたのか分からないが、穴を掘って脱出する事は出来ないだろう。……する必要もないけど。

 空気の通りのない息苦しい空間。

 明かりは廊下に置かれているランタンが一つ。

 ベッドとおまるがあるだけの閉鎖的な場所。

 寂しくて怖いが、先程まで懲罰房にいた私からすれば快適な場所だった。

 ベッドに横になり、薄暗い天井を見る。

 こうやって横になれるだけでもありがたい。

 安い人間に成ったものだな。


 しばらく天井を眺めていたら、先程の兵士が現れた。

 一人は料理の乗った盆を持ち、もう一人は水の張った桶と衣服を持ってきた。


「飯だ。それと着替えだ。貴族と面会するんだ。しっかりと綺麗にしておけ」


 私の体を上から下へ見た兵士は、扉を開けると食事の乗った盆と桶と衣服を置いて出て行った。

 昨日の朝から何も食べていない。

 色々とあり過ぎて空腹の飢えは通り過ぎていたのだが、食べ物を前にすると、お腹の虫が動き出し、クゥーと可愛く鳴った。

 今すぐにでも食事を摂りたかったが、先に体を清める事にする。

 洞窟作業で汗を掻き、水に浸かり、昆虫の体液塗れになり、そこを炎の熱でガビガビに乾燥している体だ。体も心も綺麗になってから食事を楽しみたかった。


 誰も居ない事を良い事に私は汚れた服をスパパッと脱ぎ捨てて、水の張った桶に向かう。桶の中には布の切れ端が沈んでおり、それを絞って体を拭いた。

 ゴシゴシと肌が赤くなるまで擦り、昨日から溜まった汚れを落とす。

 そして、新しい囚人服に着替え終わると気分が落ち着いた。

 さて、ようやく食事だ。

 内容は、パン粥と干し肉二切れ、そして薄々の赤ワインだった。

 薄味すぎるパン粥をかきこむ。

 美味い、不味いなど関係ない。お腹さえ壊さなければ、何でも良い。

 それだけお腹が空いていた。

 途中で木板のような硬い干し肉をパン粥に入れて食べ続け、最後にワインで流し込んだ。

 まったく足りないけど、腹は落ち着いた。

 フゥーと息を吐いて、ベッドに倒れ込む。

 やる事が無いので、何も考えずに目を瞑る。

 硬いベッド。シーツや枕はない。

 それでも横になって眠れる事が嬉しく、私はゆっくりと意識を失っていった。



 ………………

 …………

 ……



「起きろ。飯の時間だ」


 兵士の声で目が覚めた。

 昨晩と同じ二人の兵士が料理の乗ったお盆を持ってきた。

 どうやら朝まで熟睡していたようで、十二時間ぐらいは眠っていたようだ。

 あまりにも眠り過ぎて、自分でも呆れてしまう。だが、おかげで体の痛みも魔力も回復して、絶好調である。

 

「貴族の取り調べは、いつ行われるの?」


 教えてくれるか分からないが、試しに聞いてみた。


「今日の昼にルウェンに到着する予定だ。取り調べの時間は分からん。俺たちが迎えにくるまで、大人しくここで待っていろ」


 ガマカエルの男爵でなく、別の貴族が取り調べると言っていたけど、別の場所に住んでいる貴族がわざわざここまで来るようだ。

 ご苦労な事である。

 兵士たちは、新しいおまると体を洗った桶を交換すると出て行った。

 朝食は昨晩の夕飯と同じ内容。

 桶の水で顔を洗った後、朝食を食べ、水に浸かっている布で歯を磨く。

 そして、ベッドに倒れた。


 ……うーむ、やる事がない。


 普段なら貴族の取り調べなど逃げ出したくなる程に嫌なのだが、あまりにも暇過ぎて、早く終わって開放してほしいと思っている。

 だが、肝心の貴族は今日の昼頃に到着する予定なので、それまで我慢しなければいけない。

 体調の戻った私は暇潰しに体のストレッチをしたり、筋力トレーニングをしたり、歌を歌ったり、惰眠を貪って時間を潰した。

 そして、いつもの兵士が夕食を持ってきた事で、今が夜になっている事に気が付いた。

 結局、貴族からの呼び出しはない。

 今日もこの何も無い薄暗い部屋で一晩を過ごす事になった。



 ………………

 …………

 ……



「起きろ」


 兵士の声で目が覚め、硬いベッドから起き上がる。

 眠り過ぎて頭の芯が重い。さらにベッドが硬すぎて体が痛い。

 

「貴族様の呼び出しがあった。朝食の後に行う。体を綺麗にしておけ」


 兵士たちは、朝食と一緒に新しい水桶と着替えを置いていった。

 料理内容は、毎回同じ。

 囚人用の料理とはいえ、もう少し何とかならないだろうか?

 げんなりしながら朝食を食べ終えた私は、歯を磨き、水桶で体を清め、新しい服に着替えた。

 これで、いつでも貴族の呼び出しがあっても問題は無い。

 ようやく、この何も無い部屋から出られると思い、今か今かと待ちわびる。

 だが……


 結局、貴族の呼び出しがあったのは、夕方近くであった。


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