22 ミミズ退治 その1
「大ミミズの移動した穴が地中にありました。皆を避難させますので、冒険者さんも村へ戻ってください」
そう言って、村長はリンゴの収穫をしている村人の元へ走っていった。
ミミズって、土を耕してくれる益虫だよね。そんなに恐れる事かな? まぁ、見た目は気持ち悪いし、ここは異世界で『大』と付いているから、アナコンダサイズくらいのミミズかな? うわ、そう思うと凄く怖いね。いや、気持ち悪いね。ブルブル……。
「大ミミズの全長は六メートルほど。土の中を移動する際、土も石も木の根っこも全て食べてしまいます。枯れたリンゴの木は大ミミズが原因の可能性が高いでしょう」
村へ移動しながらエーリカが大ミミズについて説明してくれた。
村長はリンゴの木を枯らす程の虫はいないと言っていたが、ちゃんといたね。
残念、村長。間違いでした。
「肉が厚いので、普通の道具では傷をつける事が出来ません。地中を移動しますので、攻撃をするタイミングも難しいです。非常に厄介な魔物です」
「普通の道具が駄目って事は、武器ならいけるの? そもそも道具と武器の違いって何なの?」
私が使っている手斧は、武器でなく道具だった為、安く購入できた事を思い出す。
「魔石が入っているかどうかです。魔石を混ぜて作られたのが武器に成ります。魔力を通す事で、切れ味や耐久性、または魔法が付加されて、魔物相手にダメージを与える事が可能です」
動物と魔物の違いは、魔力量の多さで決まる。魔力量が多い魔物は、その魔力で身体強化されている為、普通の刃物ではダメージが通らない。
ただ、私が倒したグリーンスライム程度の弱い魔物なら武器を使わなくても倒せる。
全てが全て、魔物は武器が無ければ倒せないという訳ではないが、今回の大ミミズでは、私の手斧では役に立たないそうだ。
村へ到着した私たちは、すれ違う村人に大ミミズが現れたので家で待機するように伝えた。
大ミミズの事は口から口へと広がり、村人たちは自分の家へと避難していく。
「村人に伝えてくれたんですね。助かります」
戻ってきた村長と三人の男性が私たちの元へきた。
「冒険者さんは、見習いだったね。大ミミズを退治するのは可能か?」
「残念ながら力不足です。私が使っている斧は武器でもない、ただの手斧ですから」
エーリカから取り出してもらった手斧を見せる。
ちなみに、レベル三だという事は言わないでおこう。
「それで、これからどうします?」
「村人は避難がすんでいる。家畜も怖がって自分の小屋から出てこない。あとは、冒険者ギルドへ行って、応援を呼んでこよう」
「それなら、俺が行こう。俺の馬が一番早い」
日焼けで肌が黒くなっている中年の男性が胸を叩く。
―――― 避けて ――――
「……ッ!?」
私は腕を広げてエーリカと村長と他の男性を、体当たりするようにまとめて押し倒した。
倒れると同時に、私たちがいた地面が盛り上がり、巨大な物体が土埃を巻き上げながら、飛び出してきた。
「んな!?」
地面に倒れた私たちは、口を開けて、茫然とする。
地面から出てきたのは、太さ直径一メートル。ツルツルとした赤茶色の表面。大きな口は牙が生えている気味の悪い生き物。
その生き物は、三メートルほど地面から飛び出しており、残りは地中に埋まっている。
デカすぎだ!
大ミミズじゃなくて、巨大ミミズだ!
テレビで、動物を丸のみにして動けなくなったアナコンダが紹介されているのを見た事があるが、それよりも一回りも二回りも大きい。
ミミズと言うよりも地底生物グラボイズである。
地面から突き出た大ミミズは、グラグラと揺れ、そして私たちの方へ傾く。
私たちは地を這うように急いで離れると、土煙を巻き上げながら私たちのいた場所に倒れた。
ツルツルとした頭に牙の生えた巨大な口が私たちを捕食しようと噛み付いてくるので、急いで大ミミズから距離を取る。
「今の内だ!」
三本刃の鍬を構えた若い男性が、大ミミズの横腹へ移動する。
そして、大ミミズのお腹目掛けて、鍬を振り下ろす。
「無駄だ!」
村長が叫ぶ通り、鍬は大ミミズの腹を傷付ける事が出来ず、ゴムを叩いたように弾かれる。
無駄でも攻撃できる絶好の機会だ。
気持ち悪いけど、私も大ミミズの横へ移動して、腰に差してある手斧を掴む。
「ご主人さま、危ない!」
エーリカの忠告と同時に、大ミミズの上半身が暴れ出し、私と鍬を持った青年が弾き飛ばされる。
弾力のある肉厚の大ミミズの胴体に弾かれた私は畑の柵を飛び越え、土の上へ転がるように落ちた。
畑の土は耕されたばかりだった為、怪我はない。
無事とはいえ、肥料まみれの土だ。私の体は土と肥料(あえて何の肥料かは考えない)でドロドロだ。
エーリカが私の元へ駆け寄ってくる。
一緒に飛ばされた青年もヨロヨロと立ち上がっているので無事のようだ。
大ミミズは……姿が見えない。
「ご主人さま、無事ですか?」
エーリカが泥まみれの私を支えて立たせてくれる。
「大ミミズがそっちへ行ったぞ!」
村長の声が響くと同時にエーリカが私を突き飛ばす。
私が地面に倒れると同時に、大ミミズが斜めに飛び出し、牙の付いた大きな口でエーリカの左手に食らい付いた。
「エーリカッ!?」
大ミミズが暴れる度に、手首を噛まれているエーリカも振り回されている。
私は急いで、エーリカの元に駆け付け、振り回される体に覆い被さり、動きを止める。
私ごと振り回されそうになるのを、腰を落として踏ん張る。
村長たちも私たちの所へ駆け寄り、暴れる大ミミズを取り押さえると、ようやく動きが治まりだした。
エーリカの左手首は、大ミミズの口の中に入ったまま。
私は腰に差してある手斧を掴み、大ミミズの口元に叩き付けたが、分厚いタイヤを叩いているように刃先が弾き返されてしまう。
「離せ! 離せ! 離せ! エーリカの手を離しやがれ!」
何度も何度も手斧を叩き付けるが、その都度、刃先が逸れてダメージを与えられない。
傷一つ付かない大ミミズの表面を見て、絶望に染まる。
「ご主人さま、離れてください」
「馬鹿、諦めるな! 私は絶対にエーリカを助ける!」
私が叫ぶとエーリカは首を振る。
「違います。わたしが魔術を叩き込みます」
エーリカの右手からバチバチと電気が流れているのを見て、私や村長たちはすぐに大ミミズから離れた。
エーリカは大ミミズの頭部に魔術を込めた右手を叩き付ける。
大ミミズの長い胴体に光り輝くスパークが流れると、大ミミズが一際大きく跳ね上がった。その反動で、エーリカは弾き飛ばされ、畑の土へと転がる。
大ミミズは苦しそうに暴れて、飛び出した穴へと戻っていった。
「倒せた?」
私は土と肥料で汚れているエーリカを助け起こす。
「いえ、表面に電流が走っただけで、ダメージは少ないです。電撃ではなく炎の方が良さそうです」
今まで大ミミズに噛まれ、振り回されていたのに、エーリカはケロリとしている。
「冒険者さん、今の内に家の中へ避難しましょう」
村長の提案に私たちは近くの家へ向かう。
村長たちの背中を見ながら、近くの家へ走っているとエーリカが「大ミミズが来ました」と報告してきた。
後ろを振り向くと、土を盛り上げながら私たちの後を追いかけてきた。
速い!?
ボコボコボコっと、凄い速さで土が盛り上げながら迫ってくる。
私は前方を走るエーリカを抱え、走り出す。
「来ます、来ます、来ます」
エーリカの報告を聞きながら、足を動かす。
地面に落ちている石や家畜の糞で足が滑りそうになるのを耐えて、前へ進む。
「もうすぐで追いつかれます」
「エ、エーリカ……黙ってて……」
息が上がり、呼吸が出来ない。
エーリカを抱かえている腕に力が入らなくなってきた。
「冒険者さん、早く、早く!」
先に着いた村長たちが家のドアを開けて退避している。
「うおおぉぉーー!」
呼吸が出来ないのに、雄たけびをあげてしまい、目の前がチカチカする。
「大ミミズ、追いつきました」
家が目の前という所で、エーリカの報告が飛ぶ。
必死に動かしている足の裏に、地面が盛り上がる感触が伝わる。
私の体を持ち上げるように地面が盛り上がり、大ミミズの頭が飛び出した。
「うわっ!?」
足がもつれ、そのまま倒れた私たちは、飛び出した大ミミズの頭に押されるように、家の入口に目掛けて、弾き飛ばされた。
「ぐぇっ!」
運よく飛ばされた私たちは、家具にぶつかりながら、家の中へ入る事が出来た。
地面から飛び出した大ミミズも勢いが付き過ぎて、家の入口を破壊し、体の一部を家の中へ侵入させてきた。
土と煤で汚れた床に倒れている私の目の前に、大ミミズの巨大な口が迫ってくる。
牙をガシガシと開け閉めする大ミミズの口が目の前までくる。
私は横に倒れている木製の椅子を掴んで、大ミミズの口へ放り込んだ。
口の中に投げた木製の椅子は、簡単に噛み壊されるが、その隙に、私は這いずるように大ミミズから距離を取る。
バタンバタンと大ミミズが家の中で暴れ回り、部屋が壊されていく。
竈の前で中年の夫婦が腰を抜かしていた。どうやら、この家の家主みたいだ。
火の付いている竈には、大きめの寸胴鍋でスープが煮込まれているのに気が付いた。
私は急いで竈の近くにいき、「手伝ってください!」と叫ぶ。
「どうするつもりだ?」
日焼けした男性が私の元まできて尋ねた。
「お腹を空かしているみたいなので、この熱々のスープを食らわせてやるんです」
グツグツと湯気を出す鍋の取っ手を掴むが、熱すぎて手を離してしまった。
少し、火傷してしまった。
「これを使って」
腰を抜かしている中年のおばさんが、竈の横に置いてある手拭いを指差す。
私と日焼けした男性は、手拭いを取っ手に被せて、熱々の鍋を持ち上げる。
私たちは慎重に運び、大ミミズの近くまで行く。
そして、大ミミズの口が大きく開くのを見計らい、熱々のスープが入った寸胴鍋を放り込んでやった。
鍋ごと噛み砕いた大ミミズは、猫舌だったようで、火傷の痛みで余計に暴れ回り、椅子や机を破壊しながら、家の外に空いている穴の中へ戻っていった。
「スープが美味しかったみたいですよ、奥さん」
私が軽口を言うと、腰を抜かしている奥さんは顔を引きつらしながら笑ってくれた。
冒険にトラブルは付き物。
簡単に昇級出来そうにありません。
よりにもよって、気持ち悪いミミズが相手です。




