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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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219 トカゲを屠れ その5

 リディーが考えた作戦はとてもシンプルなものだった。

 炎の化身と化したリズボンに、私の閃光魔力弾を当てて一時的に炎を消す。

 その隙間にリディーが矢を放ち、リズボンを討ち取るのだ。

 ただ、この作戦には問題がある。

 一つは、私が魔力不足である事。

 もう一つは、今のリディーは目が見えない事である。


「おっさん、魔力は足りるか?」


 目を瞑りながらリディーが心配そうに尋ねてきた。

 私は自分の中に流れる魔力に集中する。

 この異世界に来てから得た魔力という意味不明な力。

 何度も何度も体内に流れる魔力を操作したので、今の魔力量がどのくらいあるのか、感覚的に分かる。


「大丈夫。一発ぐらいなら撃てるよ」


 リディーに心配させない為、私は元気良く答えた。ただの空元気だけど……。

 本当は魔力が底を尽き掛けているので、体調はすこぶる悪い。

 頭は痛いし、目の奥も痛い。鼻血も出ているし、力が入らず気怠い。今すぐにでも地面に倒れて、眠ってしまいたい気分だ。

 何とか意識を保っていられるのは、周りが炎に包まれた溶岩地帯になっているからだろう。

 非常に熱い。

 湧き出る汗などすぐに蒸発し、ジリジリと肌を焼いていく。

 その原因を作り出したのは、真っ赤に燃え続けているリズボンだ。

 体中に炎を纏い、地面を溶かしながらゆっくりと私たちの元まで近づいている。

 リズボンさえ倒せば、あとは眠るなり気絶するなり出来る。

 こんな状況を作ったのは、兵士の長であるリズボンだ。囚人の私が、力尽きて休んでも兵士はとやかく言わないだろう。

 さっさと終わらせて休んでやる。

 

「やろう!」


 自分自身に気合を入れるように声を出す。

 私の魔術で視力を奪われているリディーは、目を閉じたまま弓と矢を構える。顔を地面に向け、ピクピクと小刻みに耳を動かして、弓矢の位置を微調整する。

 弓矢に狙われているのに、リズボンは意識のない生きる屍のようにズルズルと地面に炎の線を引きながら、私たちに近づいている。

 

「おっさん、僕の体に触れていて。それでおっさんの魔力を感じられる」


 理屈は分からないが、リディーに触れる事で私が放つ閃光魔力弾のタイミングを掴めるようだ。

 私は言われた通り、リディーの背中に左手を沿えた。

 小さく柔らかい背中。

 細身のリディーであるが、今の私には大きく頼もしく見える。

 

 「ふぅー……」とリディーが呼吸すると、弓に番えている矢が青く光り出した。

 リディーが矢に魔力を注ぐのを見て、私も右手に魔力を集めていく。


「……ッ!」


 頭の中と目の奥にガラスが突き刺さったような痛みが走り、声無き叫びを上げる。

 脂汗が流れ、呼吸が荒くなるのを目を瞑って耐える。

 どんなに苦しくても、耳を澄ませて集中しているリディーの邪魔はしない。


「……むっ!」


 ビクンと耳を立たせたリディーは、ガバッと顔を上げると「何かするぞ!」とリズボンの方を向いた。

 リディーの言う通り、ゆっくりと私たちの方へ歩いていたリズボンの足が止まる。そして、体を纏っている炎が一段と燃え広がった。

 鱗が剥がれ、筋肉を破って炎が吹き出している。

 リズボン自身、自分の炎に耐え切れず、体が崩壊し始めているようだ。

 このまま自滅してくれれば有り難いのだが、と思っていると……


「ギィエェェーー!」


 ……と、リズボンを中心に爆発が起き、無数の火の塊が飛び出した。

 「うわっ!?」と私が逃げ出そうとするのをリディーが「待て」と引き留める。


「大丈夫、僕たちには当たらない」


 目が見えなくても小刻みに耳を動かす事で、四方八方に飛んでくる火の塊を把握しているようだ。

 ただ直接当たる事は無くても、目と鼻の先にドコドコと地面や壁に当たっているので、非常に怖い。さらに熱い。


「リ、リディー! あれは大丈夫!?」


 リズボンが両手を上空に掲げると、炎が集まり、徐々に巨大な火球を作り始めた。


「あ、あれは……駄目だな」


 長い耳をペコンと垂れ下げたリディーから情けない声が返ってくる。

 うん、聞かなくても分かっていた。


「い、今すぐに攻撃するぞ!」

「無理無理、間に合わない! 攻撃中止! 壁を作ろう!」


 二人でアワアワしていると、火球を作り出しているリズボンの背後から人影が現れた。

 

「させるかよ!」


 気絶していたディルクだ。

 ディルクは、丸太を抱えながらリズボンの背後に迫る。

 リズボンの体を覆う炎に近づいた瞬間、丸太に火が燃え移り、ディルクの体も炎に包まれた。

 それでもディルクは丸太を掲げると、リズボンの後頭部に向けて振り落とした。

 一切反応を示さないリズボンの頭に丸太が直撃する。

 ぐらりとリズボンの体勢が崩れると、上空に作り出していた巨大な火球が地面に落ちた。

 リズボンとディルクの横に落ちた火球は、水風船が破裂するように辺りを炎をまき散らして爆散する。

 その衝撃で、ディルクは炎に包まれながら吹き飛ばされた。


 火の耐性があるからって無茶をする。

 でも、おかげで助かった。


「どうなっているの?」


 目の見えないリディーは、情報を得ようと落ち着きなく頭と耳を動かしている。


「今が攻撃のチャンスって事!」

「ちゃんす? ……ああ、分かった!」


 リディーが弦を引き絞ると「おっさん、撃て!」と叫ぶ。

 私は、棒立ちしているリズボンに狙いを定めると右手に集めた魔力を放った。

 溜めに溜めた魔力が無くなり、右手を伸ばしたまま地面に倒れる。

 光り輝く魔力弾がリズボンの顔目掛けて一直線に飛んで行く。

 リズボンは動かない。

 弓を限界に引き絞ったリディーも動かない。


「リディー、射って!」


 リズボンの頭部を覆う炎に閃光魔力弾が当たる。

 炎で真っ赤に染まった景色が黄色い光に塗り替わると、真っ赤な目をしたリズボンの顔が露わになった。

 だが、すぐに炎が吹き出し、再度、顔を覆い始める。

 それなのにリディーは矢を射ない。


「リディーッ!?」

「おっさん、落ち着け。分かっている。何も問題ない」


 ここでようやくリディーは引き絞っていた弦を離した。

 青い線が走ったと思った瞬間、リズボンの長い頭部が後ろへ倒れる。


「……えっ!?」


 良く見ると、リズボンの両目の間に矢が深々と突き刺さっていた。


 み、見えなかった。


 気が付いたら既に矢が刺さっている。

 瞬足の矢。

 こんなの打たれたら、避ける事すら出来ない。

 今後、リディーとは喧嘩しないでおこう。


「無事に当たったみたいだな。それで、トカゲの様子はどうだ?」


 矢を打たれたリズボンは、空を見上げるように頭を後ろに倒したまま動かない。

 生きているのか、死んでいるのか、判断が付かない。

 ただ体から噴き出していた炎が徐々に弱くなっていくのを見るに、致命傷を与えたのは間違いなさそうだ。

 そして、炎が完全に消えると、リズボンはドスンと地面に膝を付き、そのまま前方へと倒れた。


「問題無くリズボンを倒せたみたいだ」


 地面に倒れたリズボンは、体から煙を出しながらピクリとも動かない。

 坑口浴場を覆う火の粉も消えていき、山脈から下りてくる冷たい風が気温を下げていく。

 


 はぁー、助かった……。


 なぜか兵士の班長であるリズボンに命を狙われた。

 私を助ける為にフリーデとディルクが重症を負う。

 リディーも傷だらけだ。

 名前も知らない数人の兵士に至っては、命を落としている。

 私が原因で怪我を負い、死人まで出た。

 どうして、私が死ななければいけなかったのか?

 色々と分からない事だらけで胸が重くなるが、今は生き延びた事を感謝しよう。

 そして、ゆっくりと休もう。


「今頃になって、視力が回復してきた。ちょっと、顔を洗ってくる」


 地面に倒れたままの私を跨ぐと、リディーは壊れていない樽まで行き、溜めていた水でバシャバシャと顔を洗う。そして、犬のように頭をブルブルと振って雫を振り落とすと、襟元を伸ばして拭いている。

 タオルを持っていないとはいえ、やる事が男の子のそれである。

 本当に女性なのだろうか?


「少し休憩したらフリーデと傷だらけのおっさんを担いで広場に向かおう。そのぐらいの体力はあるか?」


 視力が戻ったリディーは、地面に倒れている私を見下ろしながら尋ねた。


「頭が痛くてクラクラするけど、少し休めば大丈夫だと思う」


 正直言って、今回は何もしていない。

 所々火傷を負っているだけで、怪我らしい怪我はない。

 戦いの邪魔にならないように壁際でブルブルと震えていただけなので体力もある。

 ただ、魔力が空っ穴の為、気怠くて力が入らないので、少し休んで魔力が回復すれば動けるだろう。


「そう言えば、広場には魔物が現れているんだよね。今、戻っても大丈夫かな? 魔物退治させられない?」

「僕たちの異変に兵士が駆けつけてきたんだ。あっちはあらかた治まっているんじゃない?」

「そうだと良いんだけど……あれっ!?」


 広場のある方を眺めていた私は、あるべき物が消えているのに気がついた。


「おっさん、どうした?」

「リズボンが居なくなった」


 地面に倒れている筈のリズボンの姿が消えていた。

 

「あいつ、生きていたのか!?」

「どこに行ったの? 逃げたの? それとも……ッ!?」


 キョロキョロと辺りを見回していると、すぐ横にいたリディーが弾かれるように後方へ倒れた。

 先程まで何も無かった空間にリズボンの姿が現れる。

 

 透明化!?

 

 リズボンが右手の拳を固めて、前に突き出しているのを見るに、リディーは殴り飛ばされたのだと分かった。

 急いで上体を起こすと、リズボンの足が私の顔を蹴り上げ、再度、後ろへと倒された。

 左手に握っている曲剣を重々しく引き摺りながらリズボンは私の近くに移動する。

 リズボンの体はボロボロだ。

 呼吸は荒く、体は左右に揺れ、眉間に刺さったままの矢が体に合わせてユラユラと揺れている。

 一部の鱗が剥げて、剥き出しの筋肉から赤い血が流れている。流れた血は、熱を帯びている鱗に当たると蒸発して、真っ赤な靄がリズボンを覆っていた。


「あ、あなたを殺すだけなら……い、今の私にも……出来ますよ」


 弱々しく口を開くリズボンは、両手を使って重々しく曲剣を持ち上げた。

 すぐに逃げるべきなのだが、突然の出来事で体が動かない。

 

「主様の為に……私の為に……死んでください……ね」


 「ね」と言うと同時に曲剣が振り下ろされた。

 


 ―――― 魔力を循環し…… ――――



 『啓示』の言葉を最後まで聞く前に、体に残っている僅かな魔力を動かす。


「……ッ!」


 体中に激痛が走ると、意識が一瞬途切れてしまった。

 ぐらりと傾いた私のすぐ横を曲剣が通り過ぎ、地面を抉る。


「なっ、何で!?」


 リズボンの大きな目がさらに大きく見開く。

 リズボンは、こんな至近距離で曲剣を外すとは微塵に思っていなかったようだ。

 私自身も驚いている。

 魔力を循環させて幻影魔術を作ったのか、それとも単純に体がぐらついた事で曲剣を躱せたのかは、分からない。

 ただ、どちらにしろ助かった。

 さすが『啓示』さんである。


 ―――― 攻撃してねー ――――



 『啓示』の指示を聞いた私は、地面を這いながらショートショードを拾うと、ガバッと立ち上がった。

 そして、曲剣を振り下ろしたまま動かないリズボンに、今度は私がショートソードを振り下ろす。


「うわわぁぁーー!」


 気合いを入れる為に叫んだ私は、重たいままのショートソードを重力に任せてリズボンの首筋に叩き込んだ。

 ガツンとショートソードの柄から衝撃が伝わり、手が痺れる。

 ギョロリと動いたリズボンの赤い目と視線が混じり合う。

 ショートソードは、リズボンの首に傷一つ付ける事なく、硬い鱗で止まっていた。


「何度も……何度も……言いますが……魔力の籠っていない武器では……」

「傷付ける事は出来ないのだろ。それなら問題ない」


 いつの間にか、右頬を腫らしているリディーが私のすぐ横にいた。

 リディーは、ショートソードを握っている私の手を握るように重ねる。


「大量に魔力を流してやる。屠ってやるから覚悟しろよ、トカゲ野郎!」


 そう言うなり、リディーは私の手越しにショートソードに魔力を流し始める。

 重たかったショートソードが徐々に軽くなると、刀身が光り始めた。

 

「クソ……エルフめー……」


 満身創痍で動く事も出来ないリズボンから憎々しい言葉が漏れる。

 その言葉を聞いたリディーは、ニヤリと笑うと「貫いてやれ、おっさん!」とショートショードをリズボンの腹へ突き刺した。

 ズブズブと抵抗なく進むショートソードは、リズボンの鱗を裂き、内臓を破壊して、背中を突き破る。


「イギギィィ……」


 リズボンの悲痛の嗚咽が響く。

 背中を突き破った傷跡から赤い靄のようなものが噴き出した。

 液体ではないので、血ではない。

 もしかした、魔力だろうか? それとも体内に溜まった熱だろうか?

 どちらにしろ、赤い靄の噴出に合わせて、真っ赤だった鱗が色を失せ、錆びた赤茶色へと変わっていった。さらに真っ赤だったリズボンの目も、徐々に黒色へと変色していった。

 そして、赤い靄が出なくなると、リズボンは力尽きたように地面に倒れた。



「やってやったぜ!」


 少年のような笑顔をするリディーに、私は「ああ」と短く返した。

 眉間には矢が、腹部には剣が突き刺さったまま地面に倒れているリズボン。

 今度こそ、完全に倒せたみたいだ。

 「疲れたー」とリディーが地面に座り込む。

 私もリディーの横に座ろうとした時、広場の方から数人の兵士が武器を持って、駆けつけてきた。


 来るのが、遅いよ……。


「なんだ、これは!?」


 惨憺(さんたん)たる坑口浴場を見た兵士たちの足が止まる。

 地面は抉れ、土と岩がドロドロに溶け、ブスブスと煙を上げているのだ。

 唖然とするのも無理はない。


「班長のリズボンは倒しました。問題は解決です。怪我人の手当てをお願いします」


 私は近づいてきた兵士たちに伝えた。


「リ、リズボン班長が刺されています!」


 一人の兵士が剣の刺さったリズボンを見て、叫ぶように報告が上がる。

 さらに「あっちにも死体があるぞ!」とリズボンに殺された兵士の報告も上がると、兵士たちは武器を構えながら私に近づいてきた。


「お前がやったのか?」

「えっ? えーと……」


 あれ、何だか変な雰囲気になっているだけど……。


「い、いえ、私じゃないです。いや、私もやりましたけど、私一人じゃないです」


 もしかして、私たちが置かれていた状況を理解していない?

 私は両手を上げて、何があったのかを早口で説明した。


「何で班長がお前ごときを殺す為に暴れなければいけないんだ!?」

「こっちが聞きたいよ!」


 ちょっと、命からがら逃げた兵士の人! どういう説明をしたの!?


「こいつの尋問は後だ! 今は班長と怪我人の治療が優先! お前たち、こいつを懲罰房へぶち込んでおけ!」


 そう言うなり、私は二人の兵士に腕を掴まれ、動けなくされた。


「リ、リディー! 説明して! この人たちに私が無実だと説明して!」

「あー、おっさん、悪い。僕は一般人だから、なるべく兵士と囚人のやり取りに口を挟まないようにしている。まぁ、説明は後でするから今は懲罰房で休んでくれ。……僕は疲れた」


 地面に座ったままリディーは、手をヒラヒラとさせて別れを告げられた。


「ちょっと、リディーッ!?」


 こうして、私は懲罰房へ戻されたのである。


これにて、リズボン戦は終了です。

あと二話ほど投稿して、第三部は終わりになります。

宜しく、お願いします。

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[良い点] トカゲを屠っ…! [一言] 兵士さんは心の底から困惑してそうで草
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