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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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217 アケミおじさんとリディー

 後ろから抱えるように移動させるとリディーは、そのまま私にもたれ掛かるように休んでいる。

 離れようとしない所を見るに、リディーの怪我は思っている以上に深刻かもしれない。


「僕の魔力が戻っていれば、あんなトカゲに引けを取らないのに……」


 リディーは、悔しそうにディルクとリズボンの戦闘を眺めている。

 今もディルクは、リズボンの猛攻を避け続けていた。

 頭に血が昇ったリズボンの攻撃が大振りになっているので、何とか成っている状況だ。ただ、一発当たれば死ぬかもしれない攻撃を休みなく避け続けているのだ。ディルクの心労は計り知れないだろう。


「少し休めば動けるようになるから、しばらく休憩だ。ディルクのおっさんには頑張ってもらおう」


 私にもたれたまま動かないリディーであるが、意外と口数が多い。もしかしたら、大した怪我ではないのかもしれない。


 ディルクが命懸けで時間を稼いでいるが、正直、この後どうすれば良いか分からない。

 リディーが復活したからといって、状況が改善される事はない。

 万全の状況の二人でもリズボンには敵わなかったのだ。それが今では、怪我まで負っている。

 リディーが戻った所で勝てる見込みはなかった。

 逃げるか。と思ったが、私の後ろには怪我を負って気絶しているフリーデがいるのだ。意識のないフリーデを抱かえて逃げれば追い付かれるし、置いていく事はリディーは許さないだろう。

 どちらにしろ、逃げる案は取れない。


 やはり、ここは……と思い、頭越しに見えるリディーの胸元に視線を落とした。

 面白味のない一般服の中に胸元を覆う肌着が見える。

 その肌着は、小さな膨らみがあり、僅かに谷間も確認できた。


 うん、間違いなく女性の胸だね。


 控えめで、お淑やかで、清楚で、自己主張のないシンデレラバスト。

 元の姿の私と同じぐらいの胸のサイズで、なぜか親近感が湧いてくる。

 良い機会なので、私はリディーにストレートに聞いてみた。


「ねぇ、リディー」

「何?」

「君、女の子だったんだね」


 背中越しに頭を上げたリディーは、私の言葉を聞くと大きな目がさらに見開いていく。

 そして、バッと頭を下げると自分の衣服が乱れているのに気が付き、ズザザッと地面を擦るように私から遠ざかっていった。


「な、な、何を馬鹿な事を! いや、見たのか!? 見たんだな、おっさん!」


 耳まで真っ赤に染めたリディーは、胸元を隠すように衣服を正し始める。

 怪我の心配はなさそうだ、と思っていたら、「痛ぁー!」と涙目になりながらリディーは臀部を擦り出した。地面に倒れた時、お尻でも打ったのかもしれない。


「いやー、見たと言うか、見えたと言うか……」

「うわー、最悪だぁー!」

「そこまで恥ずかしがらなくても良いんじゃない?」

「うるさい、馬鹿! 嫌らしい! 汚らわしい! 如何(いかが)わしい!」


 元々私は女性なので、女性の胸を見ても「ちっ、私より大きい」「うむ、私ぐらいだ」「私よりも小さい……って、ゼロじゃん」ぐらいにしか思わない。

 それに男性だと思っていたリディーが、実は女性だという事実も大して驚きはなかった。

 今まで一緒に生活をしていた時、実はリディーは女性では? と思う事はしばしあった。

 ゲームや漫画でお馴染の美男美女として描かれる事が多いエルフだ。そんなエルフのリディーであるが、男性のエルフとしては、あまりにも女性的な顔立ちで美しすぎた。

 髪は短く、一人称が『僕』で、本人も『男性』と宣言していたが、身近で見ていると「流石にそれはない」と言う感じだ。

 そんなリディーは、今も「僕は、男だ! 忘れろ、忘れろ、忘れろ!」と喚いている。


「リディー、落ち着いて。君が女性だからといって、何かが変わる訳じゃない。元々、ある程度予想はしていた。それが分かっただけだ」

「前々から気が付いていたって事!? 何で確認しなかったのさ!」


 囚人で居候の身の私が、言える訳がない。

 もしリディーに「女の子だよね」と確認したら、身の危険を感じて追い出される可能性があったのだ。食と住がしっかりしているリディーの小屋を追い出されたら、私の心は潰れていただろう。


「私自身、リディーが男性でも女性でも特に変わりはないよ。リディーはリディーだ」

「ま、まぁ……そうだけど……」


 耳も顔も真っ赤なリディーの顔色が徐々に戻っていく。

 ようやく落ち着きを取り戻したリディーを見て、私は本題に入る事にした。


「ねぇ、リディー。以前、君は姉と二人で山脈を越えたと言ったよね」

「あ、ああ……途中で(はぐ)れたけど、姉と二人でキルガー山脈を越えた。……それがどうした?」

「もしかして、他にも姉妹が居るんじゃない? それも六人姉妹じゃないかな?」

「えっ、何で知っているの!?」


 この反応、やはり間違いなさそうだ。

 私は、リディーの胸元にある魔石に視線を移した。

 灰色に近い黒い魔石。

 鎖骨の間に嵌め込まれている魔石は、エーリカとティアにも付いている。

 六人姉妹で、胸に魔石が嵌め込まれているエルフの女性。

 つまり、リディーは本物のエルフではなく、限りなくエルフに似せて作られた何とか博士の自動人形で、エーリカとティアの姉妹の一人だ。

 はっきりとリディーに確認をしていないが、間違いないと私は確信している。


 まったく、『啓示』さんは……。


 『啓示』の指示で囚人になり、炭鉱送りになった。

 当時は、どうして、こんな訳の分からない事をするのか? と疑問に思っていたが、今なら分かる。

 私とリディーが出会ったのは偶然ではない。必然だ。

 会うべきして会った私とリディー。

 『啓示』が私たちを出会わせたのだ。

 どうして、そんな縁結びの神のような事をするのだろうか? と尋ねたかったが、どうせ聞いた所で答えてくれないだろう。

 私と『啓示』さんの間は、一方通行なのだ。

 困ったものである。


「さっき魔力があれば、リズボンを倒せるとか言っていたよね。本当に何とかなりそう?」

「ん? んー、たぶん……」


 何、その曖昧な答え。滅茶苦茶、不安なんだけど。


「理由があって、今の僕の魔力は著しく少ないんだ。一日に使える魔力量は限られている」

「それが戻ったら、どうなるの?」

「そうなれば、風の精霊を呼んで、ただ熱いだけの火の精霊を吹き飛ばしてやるさ。まぁ、無い物強請りをしても仕方が無いんだけどな」


 チラリとディルクの方を見る。

 今も私たちの為に単独でリズボンの相手をしていた。

 いつ体力や集中力が途切れて、リズボンの一撃を受けるか分からない。

 あまり、のんびりとしている暇はなさそうだ。


「リディー、私ではリズボンをどうにかする事は出来ない。だから、私の魔力をあげるからリディーが何とかしてほしい」


 昨日、坑道内の祭壇に置かれた魔石に魔力を吸い取られ、一時、魔力が底をつきかけた。だけど、狭くて寒くて真っ暗な懲罰房で、うつらうつらと眠ったおかげで、それなりに魔力は回復している。

 リディーに上げるぐらいはある筈だ。

 結局、人任せである。


「魔力って……食べ物じゃないんだから、簡単に上げられないぞ。どうやるんだ?」

「ここ」


 私は、自分の鎖骨の中央を指差す。

 一瞬、理解が出来なかったリディーは目を細めて首を傾げるが、すぐに自分の胸の魔石を触り、私の考えを悟った。


「どうして、おっさんがこの魔石の事を知っているんだ!?」


 疑問ばかり浮かぶリディーには悪いが、今ここで私の事やエーリカとティアの事を話している時間はない。根掘り葉掘りと尋ねられたら、ディルクが力尽きてやられてしまう。


「私の魔力を使ってほしい。勿論、契約まではしないから安心して」

「契約の事まで……おっさん、本当に何者なんだ?」

「朝食の時にでも話すよ」


 魔力を譲渡すると、私とリディーの間で主従契約をしてしまう可能性がある。

 エーリカの時は成り行きで、ティアの時はお互い納得した上で契約をした。

 今回は、魔力が目的なので主従契約は必要ない。

 人生を左右する契約だ。

 リディーにとって、数週間しか付き合いのない囚人のおっさんと契約をしたいとは思わないだろう。

 主従契約は、完全に魔力が満たされた段階で完了するとティアが言っていた。それなら、完全に魔力が満たされない、腹八分目ぐらいで止めれば契約は起こらない筈だ。

 

「そ、その……どうかな? 私の魔力、もらってくれる? 嫌なら他の方法を考えるけど……」


 無茶な頼みだという事は理解出来る。

 魔力を貰うという事は、ゲスな方向に飛躍すれば、性行為に近い行為になるかもしれない。

 ハゲで筋肉で加齢臭のする中年のおっさんの魔力なんか、女性のリディーにとって嫌悪感しかないだろう。

 だけど、今の私に出来る事はこれしかなかった。

 他の方法を考えると言ったが、まったく思いつかない。

 「うん」と言ってくれる事を祈りながら、私はリディーの顔を見つめる。

 なんか愛の告白をして返事待ちをしている気分で、分厚い胸がドキドキしてきた。告白なんかした事ないけど……。

 私の話を聞いたリディーは、私の顔を見つめ返す。

 無言のままなのは、頭の中で色々と考え、葛藤をしているのだろう。

 しばらく見つめ合っているとリディーは、ディルクとリズボンの方をチラリと見てから、気絶しているフリーデに視線を移した。

 そして、私の方に視線を戻すと、「……分かった」と言った。


「おっさんの魔力をもらう。僕におっさんの魔力をちょうだい」


 赤く頬を染めたリディーが、真剣な表情で同意してくれた。

 私はリディーの近くに移動する。

 リディーは上着を肩口までずらし、魔石が見えるようにすると、恥ずかしそうに顔を逸らした。

 凄く胸がドキドキしてきて、私の顔も赤くなり始める。

 魔力を渡すだけなのに、命懸けで戦っているディルクに罪悪感が湧いてきた。

 そう、これはみんなを助ける為の行為であって、嫌らしい事をする訳ではない。

 リディーの同意も取ったし、さっさと済ませよう。うん、そうしよう。


「今までの経験から魔石に魔力を流すと、私の意志では指が離れなくなる。魔力が完全の満たされそうになったら、リディーの方から離れてくれる。そうすれば、契約までは起こらない筈」

「本当、おっさんは色々と知っているんだな。ちゃんと後で教えてくれよ」

「ああ、ちゃんと話す。だから、後の事はお願い」


 そう言った私は、リディーの魔石を優しく触れた。


「……ッ!」


 グングンと魔力が吸い出される。

 予想して通り、体中の魔力が指先に集まり、強引にリディーの魔石に流れていく。

 ギュッと瞳を閉じたリディーの口から「くぅぅ……」と艶めかしい息が漏れる。

 灰色に近い黒色の魔石が、徐々に緑色へと変色していく。

 頭がクラクラしてきた。

 頭と目の奥がジクジクと痛みだす。

 満タンに近かった私の魔力が、あっという間に無くなりかける。

 魔石から指を離そうとするが、ぴったりとくっ付いて離れない。


 このままでは不味い!

 

「リ、リディー、は、離れて! 死んじゃう!」


 弱々しく私が言うと、パッと両目を見開いたリディーは、指先が離れるように距離を空けてくれた。

 ドサッと私は地面に倒れる。

 頭痛と眩暈で、景色が歪む。

 私が思っていたよりも魔力は回復していなかったようで、すぐに空っ穴になってしまった。

 リズボンを倒せる程、リディーに魔力を上げられたかは分からないが、これなら主従契約は問題なさそうだ。


「リ、リディー、どう? ちゃんと魔力は流れた?」


 地面に倒れたままリディーに尋ねる。

 顔を紅潮させているリディーは、自分の両手を見ながら「……大丈夫」と答えた。


「おっさんの魔力は凄いな。体の痛みも無くなった」


 お尻の状態を確認したリディーは、スッと立ち上がった。


「後の事は僕に任せて。おっさんはここで休んでいてくれ」


 地面に倒れている私に、リディーはニヤリと笑う。

 少年のようなリディーの笑顔は、自信に溢れていて、とても頼もしく見えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 衝撃の事実! でもあの姉妹と分かった途端にポンコツ臭がするのは何故だろう
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