216 トカゲを屠れ その3
リズボンの目的は、私の命。
謎の二人組の指示だと思うが、理由は分からない。
リズボンと戦っているのは、ディルクとリディーだ。
初めの内は、リズボンに遊ばれていたが、今では互角の戦いをしている。
束縛魔術から解放されたディルクは、両手に剣を持ち、手数でリズボンを追い込む。後方支援に回ったリディーは、正確無比の矢と魔術でリズボンの行動を制限していた。
あと一押しと思っていた私は、フリーデの言葉を聞いて、言葉を失う。
「リズボン班長は、見た目通り、火蜥蜴族だ。精霊サラマンダーの末裔で、火の精霊と契約している。魔法を使い始めたら手に負えないぞ」
火と聞いて、筋肉が強張る。
この異世界に来てまもなくの頃、ワイバーンに体を燃やされた。
あの時の記憶はほとんどないが、無意識下でトラウマになっているようだ。
まぁ、この異世界に来てからトラウマばかり植え付けられている私だ。昨日今日だけで、蟻と虫とネズミと熊に心を傷付けられてしまっている。
私にとってこの世界は、トラウマ製造機である。
「私としては、新人のお前がリズボン班長に焼き殺されても、報告書を作成する手間が掛かるだけで、特に思う所はない。だが、お前の事を気に入っているリディーが悲しむから守ってやる」
本心なのか照れ隠しなのか分からないが、フリーデは私を守る為に側から離れないと言う。
結局、自分の身すら守れない私は、誰かに守られるひ弱な存在だった。
「……とは言え、リズボン班長が本気でお前を殺しにきたら、私では守り切れる保証はない。覚悟を決めておけ」
何の覚悟? と尋ねたかったが、怖くて聞き返せい。
戦う覚悟なのか、逃げる覚悟なのか、それとも死ぬ覚悟なのか……結局の所、最悪の事態に備えておけと言う訳だ。
「ま、まずい! 言っているそばからこれか!」
リズボンから視線を逸らさないフリーデから舌打ちが聞こえた。
私はすぐにフリーデからリズボンに視線を向けると、リズボンは、曲剣を下げて明るくなった空を見上げていた。
「傷だらけのおっさん、距離を取れ! 様子がおかしいぞ!」
異変に気が付いたリディーは、隙だらけのリズボンを注意しながら距離を空けていく。
「我が祖先にして偉大なる精霊の王よ。それに連なる眷属たちよ。私の言葉を聞き届け、力を与えたまえ。万物を焼き払う炎を与えたまえ。灰燼に帰す炎を与えたまえ」
リズボンが目に見えない不思議な存在に呼びかけると、赤茶色だった鱗が徐々に赤く染めていく。
「距離をもっと開けろ! 精霊魔法がくる……って何やっているんだ、馬鹿!?」
ディルクはリディーの忠告を無視して、精霊に呼びかけているリズボンの元へ駆け出した。
確かに、今のリズボンは隙だらけだ。だが、すぐにも魔法が発動しそうな雰囲気でもある。私だったら怖くて動けなかっただろう。
「シッ!」
短く息を吐いたディルクは、ショートショードをリズボンの胴体に向けて突く。
リズボンは、上空を眺めたままクルリと回転し、ディルクの攻撃を躱す。
「……がぁ!?」
回転の勢いがついたリズボンの尻尾が、ディルクの顔を直撃し、吹き飛ばした。
土煙をあげて転がったディルクは、そのまま地面に倒れて動かなくなる。
半回転したリズボンと目が合う。
赤茶色の鱗が完全に赤色に染まっていた。大きな目も赤色。赤く無いのは、ズボンと曲剣ぐらいで、リズボン自体が炎のように見えた。
目の前で私を守っているフリーデの体が強張るのが分かる。
私も恐怖で震え始めた。
「精霊の力を見せてあげましょう。生きたまま燃やしてあげます……ね」
「ね」と言うのと同時に、リズボンは左手を私たちに向けると一瞬で膨れ上がった火球を飛ばした。
速度は決して速くない。精々、大人が走る程度だ。だが、その大きさは直径一メートルほどもあり、炎の姿をした生き物が迫ってくる錯覚を覚えた。
「……『石壁』!」
フリーデが地面に剣を突き付けると、前方の土がズズズッと盛り上がり柱のような壁になった。
バカンッと土壁と火球がぶつかると、火球は四散し、私たちの周りに火の粉をまき散らす。火の粉は、濡れた地面に落ち、ジュウジュウと水分を蒸発させながら燃え続けている。
フリーデが攻めるよりも守りが得意と言うだけあり、詠唱もなく、一瞬で作った壁で防いだ。だが、リズボンの火球の一発で土壁も崩れ、壊れてしまった。
熱量も破壊力も半端ない。こんなのをまともに受けたら、一瞬で焼死してしまうだろう。
「はっ!」
後ろを向いているリズボンの背中にリディーは風の刃を飛ばす。
クルリと体の向きを変えて風の刃を躱したリズボンは、リディーの方に左手を突き出すと、火球を放った。
真っ直ぐに飛んだ火球をリディーは横へ走って避ける。
壁にぶつかった火球は、辺りに火の粉をまき散らしながら壁や地面を燃やす。
「ほら、ほら、ほら……」
リディーが走る方向へリズボンは、連続で火球を飛ばし続ける。
右へ、左へと避けるリディーは、攻撃の隙を付いて矢を放った。
「あなたたちエルフは腕が良すぎます。だからこそ軌道が読みやすい。そんな矢を何度も撃っても脅威にはなりません」
未だに上官が抜けきらないリズボンは、リディーに忠告をしながら飛んでくる矢を曲剣で軽々と弾いていった。
「ご忠告、どうも」と軽口を言うリディーは、再度、弓を構える。
「だから、何度やっても意味はないと……」
一直線に矢が飛ぶと、リズボンは軌道に合わせて曲剣を振る。だが、曲剣に矢が当たる瞬間、矢は青く光ってグンッと加速した。
「……っ!?」
曲剣を通り過ぎた矢は、リズボンの胸に突き刺さった。
「ここに来て、魔術ですか……面倒ですね」
胸に刺さった矢を引き抜いたリズボン。まったく痛がっている様子はない。
再度、リディーは二本の矢を筒から引き抜くと弓を構える。矢は既に青く光っているのを見るに、加速する魔術を隠す気はなさそうだ。
「無駄です」
飛んでくる二本の矢に向けて、リズボンは左手を突き出し、火球を放った。
一メートル近い火球は、加速する二本の矢を容易く燃やして、リディーに迫る。
「ちっ!」と舌打ちしたリディーは、横へと走って逃げる。
「逃がしません」
リズボンの喉が膨れ上がると、小さな口から炎を吹き出した。
火炎放射器のように伸びた炎の線がリディーに迫る。
リディーは横へと走り続ける。それを追うようにリズボンは頭を動かして、リディーの後を追うように炎を吐き続けた。
「シッ!」
地面に倒れていたディルクが、炎を吐き続けるリズボンの首にショートソードを振り下ろした。
ガツンッと鈍い音を発すると、リズボンの口から出ていた炎が止まる。
「機会を狙っていたようですが残念ですね。私はずっとあなたを見ていましたよ」
ショートショードは、曲剣で受け止められ首筋ギリギリの所で止まっていた。
苦々しい顔をするディルクの首にリズボンの左手が伸びる。
「……くっ!?」
首元を掴まれたディルクは、首を絞められながら地面から足が浮く。
ディルクは、苦しそうに踠きながらも左手に握っている短剣でリズボンの腕を斬りつける。だが、何度も短剣を走らせるが、赤い鱗に傷をつける事は出来なかった。
「中途半端に魔力を流した武器では、私の体に傷をつける事は出来ません……よ」
「よ」と言うと同時に、リズボンの左手が爆発した。
首を掴まれていたディルクは、顔中に炎を纏って、吹き飛んでいった。
「ディルク!?」
私の叫びを聞いたリズボンは、振り向きざま火球を飛ばしてきた。
急いでフリーデが土壁を作り、火球を防ぐ。
土壁の破片と共に火球が飛び散り、私たちの周りを火の粉が覆う。
「……ん?」
赤い大きな目をギョロリとさせたリズボンは、再度体の向きを変えて、地面に倒れているディルクに視線を向けた。
「傷だらけのおっさん、大丈夫か!?」
リディーが駆け付けると、ディルクはゆっくりと立ち上がる。
「おっさんじゃない。ディルクだ」
首元を擦るディルクは、リディーが名乗った時の仕返しとばかりに訂正させた。
「大した傷を負っていませんね。もしかして、火属性持ちですか?」
大きな目でジロジロと観察するリズボンに対して、ディルクは無言で答える。
「私と同じ火属性とはいえ、今までの戦い方を見るに、攻撃よりも耐性の方に回している感じですね。まぁ、どちらでも良いのですが……」
勝手に分析し、勝手に結論を付けたリズボンは、曲剣を縦に構えると口から火を吹きかける。
リズボンの口から出た火は、曲剣の刀身に纏わり付き、炎の剣へと変わった。
刃先から炎が吹き出しており、一メートル以上あった曲剣は、今では二メートル近くまで伸びている。
「リズボン班長の炎剣だ。ますます近寄れなくなるぞ」
先程、フリーデが言っていた言葉が蘇る。
魔法と剣を合わせた攻撃がリズボンの得意な剣術だと。
その意味をリズボンは炎剣を一振りした事で理解できた。
「ヒヒィー!」
謎の雄叫びを上げたリズボンは、距離を取り始めたリディーとディルクに向けて、炎を纏った曲剣を横に振る。すると、炎剣の刃先から炎が伸びて、数メートルも離れた二人の元へ届いた。
リディーとディルクは、地面を転がるように炎の刃を避ける。
炎の刃は地面に当たると、火の粉を撒き散らし、辺り一面を焼き尽くしていった。
「ヒヒィー、まだまだ!」
二度、三度とリズボンは連続で炎剣を振り回す。その都度、吹き上がる炎の刃が、リディーとディルクに襲い掛かる。
右へ左へと避けながら、リディーとディルクはリズボンからどんどん後退していった。
しなやかに伸びる炎の刃はまるで鞭のようで、それを躱し続けるリディーとディルクも凄いとしか言えない。
ただ、リズボンの攻撃を回避する度に、火の粉が地面を覆い、どんどん逃げ場がなくなっていった。
これではリズボンに近づく事は勿論、避け続ける事も出来なくなってきた。
「な、何だ、この状況は!?」
私たちの騒ぎを聞きつけたのだろう、選炭場の方から三人の兵士が駆けつけてきた。
「魔物か!?」
「違う! 班長だ!」
炎の原因がリズボンだと知った兵士たちは、リズボンの元まで向かう。
「お前たち、逃げろ!」
フリーデが叫ぶ。
だが、フリーデの言葉を聞くよりもリズボンの方が速かった。
「ヒヒヒィ!」
一人の兵士に向けて、炎剣を突き付けると炎の刃が一直線に伸び、兵士の腹を突き刺す。そして、すぐさま全身に火が回り、地面に倒れた。
「は、班長、何を……ッ!?」
驚愕する別の兵士に向けてリズボンが炎剣を横に払い、体を真っ二つに斬り裂く。体と両腕を斬られた兵士は、ボトボトと地面に落ち、すぐに火に覆われた。
「ひぃー……!?」
「残り一匹!」
リズボンは炎剣を上段に構える。
「……『石弾』!」
フリーデが石の塊を飛ばして、リズボンの頭に当てる。
そのおかげで振り下ろした炎の刃は、兵士のすぐ横を掠めて地面に当たった。
「う、うわぁー……」
生き残った兵士は、へっぴり腰のまま選炭場の方へと逃げていった。
これでリズボンが乱心している事が他の兵士たちに知れ渡るだろう。そうすれば、沢山の兵士がリズボン退治に駆けつけてくれる筈。ただ、良くも悪くも平気で部下を殺すリズボンだ。沢山の死人が出るのは間違いない。
「邪魔をするなッ!」
兵士を仕留められなかった事に怒ったリズボンは、私たちに向けて炎剣を振る。
「間に合わん! 『石盾』!」
フリーデは叫ぶように魔術を唱えると、石で出来た無骨で小さい円盾が左腕に現れ、火球よりも速い炎の刃を受け止めた。
「きゃっ!?」
「ぐぇっ!?」
炎の刃を受け止めた瞬間、石の円盾は炎の爆発と共に粉々に砕け散り、フリーデの後ろにいた私諸共、吹き飛ばされてしまった。
「……フ、フリーデ、大丈夫?」
ゴロゴロと泥濘んだ地面を転がった私は、すぐに起き上がり、まともに爆発を受けたフリーデを探す。
炎の刃の爆発で出来た火の粉が辺りを埋め尽くし、地面を燃やしている。そんな中、壁にもたれ掛かるようにフリーデが気絶していた。
フリーデの衣服に火の粉が落ちて燃え始めていたので、フリーデの体をバンバンと叩きながら火を消していく。
「熱っ、熱っ!」と言いながらフリーデの体を叩くが目覚める様子はない。
炎の刃を受けたフリーデの左腕は、青く腫れあがり、火傷で皮膚が捲れている。骨折と火傷だ。目を覚ました所で痛みでまともに動けないだろう。
「おっさん、フリーデを頼む!」
私たちに二撃目を放とうとしていたリズボンに向けて、リディーが短い髪を靡かせながら駆け出す。
身を低くして走るリディーの手には、ディルクに貸していた短剣が握られていた。
炎剣を構えていたリズボンは、体の向きを変えて、リディーに炎剣を振る。
刃先から伸びた炎の刃をリディーは前方に回転して躱す。
「ヒヒヒィ、まだまだ!」
リズボンは、細かく炎剣を振り、近づいてくるリディーに攻撃をする。
リディーは、二度、三度と迫る炎の刃を右へ左へと跳躍しながら躱け続け、リズボンの懐に潜り込んだ。
予想していたように「ヒヒィ」と笑ったリズボンは、上段から炎剣を振り下ろす。
真上に迫った炎剣をリディーは左腕を持ち上げて受け止めると、パンッと炎剣を弾いた。
「なに!?」
驚愕の声を出すリズボン。
リディーの左腕には、竜巻のような風の塊が巻き付いていた。
炎剣を弾かれてがら空きになった脇腹にリディーは短剣を突き刺す。
「なっ!?」
今度は、リディーが驚愕の声を出す。
短剣はリズボンの横腹を貫通する事が出来ず、鱗で止まっていた。
「何度も言うように、大して魔力を流していない武器では、私の体を傷ける事は出来ませんよ」
「ヒヒヒィ」と笑うリズボンからリディーはすぐに後方へ飛んで避難をする。だが、リズボンの左腕の方が速かった。
殴るようにリディーの頭を掴んだリズボンは、そのまま持ち上げる。
体を浮かしたリディーの口から苦痛の声が漏れ、足をバタつかせながらリズボンの腹を蹴る。
「リディー、すぐに離れて! 爆発が……」
私が叫ぶと同時にリズボンの左手が炎を撒き上げながら爆発した。
もろに爆発を受けたリディーは、炎を纏わせながら私の近くまで吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
私はすぐにでもリディーを助けに向かいたがったが、リズボンが私たちの方に左手を突き付けていたので、動けなくなってしまった。
「このまま三人まとめて、灰にしてあげましょう」
リズボンの左手に火の塊が膨れ上がっていく。
すぐにでも一メートル近い強力な火球が飛んでくる。
私の後ろには気絶したフリーデが、前方には怪我を負ったリディーが倒れている。
私は周りを見回して、フリーデが使っていた剣を探す。
武器があれば、魔力の壁が作れる。
剣はすぐに見つかった。
数メートル先で土に埋もれている。
近くて、遠い。
火球がいつ飛んできてもおかしくはない。
剣を取って、リディーの前に移動して、光の壁を作り出す。
……そんな時間はないだろう。
結局、私では二人を助ける事は出来なかった。
「おい、トカゲ野郎!」
今にも火球を放とうとするリズボンの動きが止まる。そして、パチパチと舜膜で瞬きをすると、ゆっくりと体の向きを変えた。
リズボンの視線の先には、距離を空けたディルクがショートショードを握りながら立っていた。
「あなた、今、私の事をトカゲと呼びましたか? あの地面を這い、コソコソと逃げる惨めなトカゲと呼びましたか?」
風船の空気が萎むように膨れ上がった火球を小さくさせると、リズボンは落ち着いた口調でディルクに問いかける。その声は、とても冷たく、無感情だった。
「ああ、俺はお前の名前を憶えていないからな。姿形がトカゲそっくりだから、気を悪くしたなら悪かった。まぁ、二足歩行のトカゲなんていないから別者なんだろう」
「そうです。私は、偉大な精霊の末裔で、リズボンという立派な名前があるのです。トカゲと呼ばれるのは最大の侮辱ですよ」
こんな時に何の話をしているんだ?
「そうか……実は前々から聞きたかった事があったんだ?」
「なんでしょう?」
元々、おしゃべり好きのリズボンだ。戦いを中断して、ディルクの会話に乗っている。
「お前の尻尾を切ったら、やはり後で生えてくるのか? トカゲみたいに?」
「…………」
なぜ、こんな時にリズボンを挑発する言葉を言うのだろうか?
私にはディルクの考えが分からない。
「あと、戦っていて気になった事がある」
「……ほう、それは?」
「お前が本気で俺たちを殺しに来ていたら、すぐにでも俺たちは死んでいただろう。それだけ俺たちとお前の間に実力差がある」
「まぁ、そうですね」
「だが、俺たちはまだ死んでいない。つまり手加減をされていた」
私もそれを感じていた。
相手の動向を探り、時間を掛けて戦いを楽しんでいる節があった。
もしかしたらリズボンは、元々私たちを殺すつもりはなかったのか?
つい、そんな楽天的な考えをしてしまったが、それは違うだろう。
部下の兵士を何の躊躇いもせず殺している。
リズボンは、私たちを虐めて苦しませて楽しんでいる、ただのサディストトカゲだ。
「お前は、幼少の時の失敗を糧に今の地位があると言っていたな。その間、人間の我が儘を素直に聞いていたようだが、何をされたんだ? 容姿について誹謗されたか? それとも殴られたか? 蹴られたか? 糞でも食わされたか?」
「…………」
「お前と剣を交えて何となく分かった。お前の加虐性欲は、劣等感から来ている」
「……劣……等……」
「兵士の班長になって、ようやく人間に指示を出せる立場になったんだ。お前を虐めていた人間が下になって楽しいだろう。俺たちを虫けらのように扱うのは楽しいだろう」
「…………」
「お前の心は、劣等感で埋め尽くされている。弱い者を虐げる人間と同じ。劣等感を植え付けた人間と同じだ。惨めで情けない姿に偉大な祖先は、さぞや嘆いている事だろう」
ディルクは最後に「そう思うだろ、トカゲ野郎」と吐き捨てる。
リズボンは無言のまま左腕を伸ばすと、ディルクに火球を飛ばした。
来るのを予想していたディルクは、素早く横へ移動して火球を避ける。
「キェェーーッ!」
奇声を発するリズボンは、炎剣を右へ左へ振り回し、鞭を振るようにディルクを斬り殺しに掛かった。
今までよりも鋭く速い炎の刃をディルクはギリギリで躱す。決して前には出ず、リズボンの攻撃を避け続ける。
ようやく私は、ディルクの意図に気が付いた。
殺されかけた私たちを助ける為にわざとリズボンを挑発して、注意を自分に向けさせたのだ。
私は、地面に倒れているリディーの元まで急いで駆け付ける。
「リディー、無事?」
私が声を掛けると、「何とか……」と呟くように返ってきた。。
リディーの顔を見ると、髪の毛が少し焦げていたり、煤が付いているだけで、火傷などの怪我は負っていなかった。
リズボンの爆発をまともに受けたのになぜ?
「か、風の膜を張って防いだんだ」
私の疑問に気が付いたリディーは、顔を顰めながら教えてくれた。
風の魔術で防いだと言うが、今も尚、地面に倒れたまま動けないのを見るに、ダメージは深刻そうだ。
リディーを後ろから抱かえ、気絶しているフリーデの元まで引き摺っていく。
「痛い、痛い! もっと、ゆっくり!」
「我慢して。今、ディルクが時間を稼いでくれている。体勢を立て直して、対策を考えなければ」
フリーデの元まで辿り着いた私は、改めてリディーの様子を伺うと、言葉を失ってしまった。
リディーの服装は、一般人が着ている地味で面白味のない物だ。
防御力など皆無で、今までのリズボンの攻撃で焼けたり、破れたりしている。
無論、胸元も大きくはだけていた。
「リディー、君は……」
肩口まで垂れ下がった服の奥には、小さな谷間が見える。
その少し上、鎖骨の中央には黒い魔石が埋め込まれていた。




