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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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212/347

212 合間

 地面から掘り起こした棺桶のように、虫だらけの懲罰房から空を見上げる。

 空は赤み掛かっており、新しい一日の始まりを告げていた。

 

 空って、こんなにも綺麗だったんだね。


 感慨深く眺めていると虫たちが私の体を噛み付いてくるので起き上がる事にした。

 上体を起こすと、体に付いていた虫たちがボタボタと落ちる。まるでフルチおじさんのゾンビのようだ。

 山脈から流れる冷たい風が痛む体を冷ましてくれる。

 壊れた壁から這い上がるように外に出ると、足枷が突起に引っ掛かり、ドテッと地面に倒れた。

 

「お、おっさん……大丈夫か?」


 間抜けな感じでこけた私を心配そうにリディーが声を掛けてくれる。だが、私との距離は空いたままだ。

 無理もない。

 体中、虫の体液と残骸で汚れているのだ。

 それだけでなく、今の私は生き延びた喜びで泣いている。

 突然、懲罰房に入れられた私は、寒さで凍死しかけたり、ネズミに齧られたり、虫たちの餌にされそうになったり、熊に殺されそうになったのだ。

 酷過ぎる夜から助けてくれたリディーとフリーデには感謝しかない。

 今すぐに二人を抱き締めて、感謝の気持ちを伝えたいぐらいだった。


「ありがとう……ありがとう……」


 距離を空けている二人に感謝の言葉を呟きながら、フラフラと近づいていく。


「お、おっさん! 分かったからこっちに来るな! 体を洗ってからにしてくれ!」


 リディーから拒絶を受けるが、私は気にせず両腕を広げて歩き続ける。


「リディー、攻撃しろ! あいつ、正気を失っている。私が許可する!」


 フリーデが叫ぶと、リディーが「分かった」と背中の矢筒から矢を一本取り出す。そして、矢尻を外して、ゾンビのような私に向けて矢を放った。

 流石、エルフである。

 矢尻の無い矢は、一直線に私の眉間を撃ち、意識を飛ばした。



 ………………

 …………

 ……



「おっさん、起きろ」


 リディーの声が聞こえたと思ったら、バシャと水を掛けられた。


「冷たっ!?」


 昨日、今日と何度目かの水責めである。私に水難の相でも出ているのだろうか?


「おっさん、正気に戻っているか? まだなら……」


 そう言うなり、リディーは弓矢を構えて、私の顔色を窺っている。

 言われなくても、元々私は正気だ。

 生き延びた嬉しさと助けてくれた感謝で、気持ちが高まっていただけである。

 まぁ、改めて考えると、ハゲで筋肉で強面顔のおっさんが、虫の体液塗れのまま泣きながら抱き締めようと近づいたら誰でも嫌だろう。だから、もうしないよ。


「正気、正気! 頭の中、スッキリ! 滅茶苦茶、寒いけど……」

「すぐに太陽が昇る。僕も寒いんだから我慢しろ」


 頭が濡れた所為でブルブルと震える私に、リディーは塩対応で答える。


「改めて、助けてくれてありがとう。でも、どうして助けに来たの?」


 私が懲罰房に入っている事は兵士のフリーデなら知っている事だ。だが、私が虫や熊に襲われている事など知らないはずである。


「つい先程、広場に魔物が現れた。今、兵士と囚人が共に戦っている」

「キルガーアントが外に出てきたって事?」

「キルガーアントだけじゃない。他の魔物も炭鉱から出てきた」


 私が懲罰房で閉じ込められている間の出来事をフリーデが説明してくれる。


 坑道内にキルガーアントの一報を聞いた兵士たちは、すぐさま坑道内を封鎖する事に決めた。

 普通なら一人でも多く避難させてから坑道を封鎖するのだが、リズボン班長の一言で、私たちは足止めという形で見捨てられる事になった。


「リズボン班長って……あのトカゲ兵士だっけ?」

「トカゲって……絶対に本人の前で言うなよ。教育と名の処刑を食らうぞ」

「き、肝に銘じておきます」

「お前たちを閉じ込める事について反対する兵士もいたのだが、リズボン班長が一方的に命令を下してしまったのだ」


 こうしてキルガーアントについては、炭鉱の入り口を封鎖した事で落ち着いた。

 だが、見捨てられた私たちが、第一炭鉱から脱出した事で、兵士たちは困ってしまったそうだ。

 リズボンが命令を下したとはいえ、大半の兵士たちは私たちが脱出した事に対して、(とが)はないと判断している。ただ、囚人が立ち入ってはいけない第一炭鉱に入った事で判断が揺らいでしまった。

 状況が状況の為、罰なしと考える兵士がいる一方、罰ありと考える兵士もいる。

 結局、最終判断を兵士のトップであるリズボンの判断に任せる事になったのだが、そのリズボンがどこかへ行ってしまった為、私たちの処罰は保留となった。


「えっ、トカゲ……んん、班長が行方不明なの?」

「ああ、炭鉱封鎖の指示を出した後、姿が見えない。男爵から執拗に問い合わせが来ているので男爵の所でもない」

「それにしても、処罰待ちで懲罰房入りって……酷くない?」

「それについては同情する。……そうそう、なぜかお前だけは他の連中と違い、危険人物と認定されていたぞ」

「どういう事?」

 

 どうして私が危険人物扱いされるんだろうか? 見た目だけなら、他の囚人もどっこいどっこいなのに……。

 意味が分からず、私はフリーデに聞き返す。


「私が聞きたい。お前を捕まえた兵士……上級兵士が直接私にお前の事を聞きにきたぞ。囚人になる前は何をしていたのか、どうして囚人になったのか、色々と聞かれた。まぁ、私が答えられる事など大した事ないから報告書を見てくれとしか言えなかった」


 うーむ、思い当たる事と言えば、変な場所で変な魔石に魔力を注いだ事だろう。

 その事は、フリーデに素直に報告した方が良いのか、判断に苦しむ。


「そう言う事で、お前たちは懲罰房へ入れられた」

「お前たちって事は、ブラッカスたちも懲罰房に入っているんだよね?」


 私はキョロキョロと辺りを見回すが、私が入っていた懲罰房以外、それらしい物は建っていなかった。


「ああ、少し離れた場所にも懲罰房があり、そこに入れられている。今は別の兵士と囚人に助け出されている事だろう」


 その後、状況が落ち着いたフリーデは、私が懲罰房送りで戻って来ない事をリディーに伝えに行った。

 私が捕まった事など知らないリディーは、二人分の夕食を用意しており、私の分が勿体ないとなり、二人で夕食を食べた。その時、ガブガブとお酒を飲んだ事で、虫の襲来が起きるまで酔い潰れていたそうだ。

 私が寒さで震え、ネズミと虫に食べられそうになっていた時、リディーとフリーデは気持ち良く寝ていたらしい……別に良いんだけどね。

 そして、異変が起きたのは夜明け前。

 炭鉱に生息している昆虫の魔物が現れたのだ。

 

「封鎖した場所から出てきたの?」

「いや、廃石を捨てるガレ山があるだろ。あそこが崩れて、魔物がどんどん出てきた。どうもガレ山の裏が魔物の巣と隣接していたようだ」

「それで大丈夫なの? わざわざ懲罰房から私たちを逃がそうとするほどだよね。危険なの?」

「いや、大丈夫だろう。殆どが小型から中型の魔物だけだ。炭鉱内と違い、兵士の数は多いし、囚人たちもいる。ただ、魔物の数が多いからお前たちを助ける(てい)で、色々と働いてもらうつもりだ」


 うわー、助けられたんじゃなくて、働かせに来ただけみたいだ。どれだけ労働させれば気が済むの?

 「おかげで命拾いしただろ」とフリーデが言う通り、実際に懲罰房にまで魔物が集まってきた。労働力確保の為とはいえ、助けに来てくれた事には感謝しか言えない。

 ……いや、もしかしたら労働力が建前で、単純に私たちを助けたかっただけかもしれない。

 それだけ私たちの処罰に疑問視する兵士がいるのだろう。


「ちなみにリディーは、純粋にお前を助けに向かったぞ」

「ば、馬鹿! そんな事まで知らせなくていい!」


 私とフリーデの会話を黙って聞いていたリディーは、長い耳を真っ赤にしながらフリーデの口を塞ごうとする。

 そんなリディーをニヤニヤしながらフリーデは言葉を重ねていく。


「すぐにおっさんを助けねば! と懲罰房の場所も分からずに飛び出そうとしていたぞ。リディーに感謝するんだな」

「ううぅ……リディー」


 囚人になってから人権無視の扱いをされていたので、リディーの行為が私を感動させた。

 やはり、囚人相手でも思いやる気持ちは大事だよね。


「お、おっさん……また、泣きそうな顔をしているぞ。……気味が悪い」


 先程みたいにハグをする気はないから、ジリジリと私から距離を取らないでほしいな。

 おじさん、別の意味で泣いちゃいそう。


「そう言う事で、急いでお前を助けに向かったら、ちょうどキルガーベアに襲われていた所だった。ちなみにキルガーベアを倒したのはリディーだ」

「魔力の刃で腕を切り落として、頭に矢を撃ってやった。また囚人たちの食料が出来たな」

「本当、助かったよ。完全に駄目だと思っていたから……」

「それにしても昆虫の魔物だけでなく、キルガーベアまで出てくるとはな……一体、どうなっているんだ?」


 そう言うなりフリーデは、地面に倒れているキルガーベアに視線を向けた。

 そのすぐ近くに兵士の死体が転がっている。凄い力で殴られたのだろう、首が明後日の方向にねじ曲がり、半壊していた。

 フリーデにとっては同僚の死体だ。

 色々と思う事もあるだろうに、フリーデは何も語らず、眉を寄せて険しい顔をしているだけだった。


「兵士の死体は運ぶか?」


 リディーがフリーデの顔色を窺いながら尋ねると、フリーデは頭を横に振る。


「魔物をどうにかするのが先だ。新人、手を出せ」

 

 私は、言われるままに腕を伸ばす。「変な事を考えるなよ」と念を押したフリーデは、ナイフを取り出すと、手枷の鍵穴に突き刺した。そして、右へ左へとグリグリさせると、パカッと手枷が外れた。


 そんなんで取れるの!? 鍵の意味って……。


 同じように足枷も外してもらい、数十日ぶりの枷のない状態になった。


 

 「広場に行くぞ」とフリーデが歩きだしたので、私とリディーも後を追うように動き出す。

 崖を沿うように川下に進むと、すぐに電話ボックスのような懲罰房が並んでいた。

 今は扉が開かれ、誰も入っていない。

 キルガーベアや虫に襲われた形跡はなく、少し汚物で汚れているだけだった。

 

 もしかしたら、粘着魔力弾を使わなければ、魔物に襲われなかったかもしれないな……。


 それにしても、どうして、こんな場所に懲罰房を設置したのだろうか?

 兵舎から離れているので、見張りの兵士は大変だろう。

 その事をフリーデに尋ねたら、囚人たちの目に届かず、川が近くにあるから掃除も楽という事らしい。さらに寒くて煩いので、罰には良いらしい。

 この場所にしようと決めた兵士は、絶対に嫌な性格をしている事だろう。

 それはそうと、何で私だけ離れた懲罰房だったの? もしかして、危険人物認定されたからかな? こんな特別扱いは、まったく嬉しくない。


 そんな懲罰房を眺めていると、近くに二人の人物がいる事に気が付いた。

 一人は見知らぬ兵士で、もう一人はディルクだった。


 私たちが近づくとディルクたちも近づいてきた。


「何でディルクがいるの?」

「以前、懲罰房送りを経験した事から場所を知っている俺が先導して、ルドガーたちを助けに向かった」

「みんなは無事だった?」

「ああ、特別、変わった事はない。助けた連中は、すでに広場に向かっている。ブラッカスなんか寒くて縮こまった筋肉をほぐすのにちょうど良いと嬉しそうに魔物を狩りに行ったぞ。お前の方は……色々とあったみたいだな」


 昆虫の体液や残骸で汚れている私を見たディルクは、同情めいた顔をしてくれる。

 傷だらけで一見怖そうなディルクであるが、何かと私を気遣ってくれる。人は見た目じゃないんだよ。ハゲで筋肉で胸毛だらけのおっさんでも、中身は現役女子高生の場合だってあるんだからね。


「ん? エルフ?」


 私から視線を逸らしたディルクは、少し後ろにいるリディーに視線を向ける。

 接点のない囚人たちにはリディーの事は知られていないようで、ディルクは珍しそうにジロジロとリディーを見ていた。

 そんなリディーは、フードを被って、スススッと私の背後に隠れてしまう。


「えーと、紹介しようか……私の同居人の……」


 リディーについて教えようとしたら、「僕の事は説明しなくていい」と背後から呟かれる。

 以前、フリーデからリディーは人見知りすると言っていたけど、本当だったみたいだ。

 いや、単純にディルクの顔が怖いだけかもしれないけど……。


「お前たち、呑気に話している暇はなさそうだ。大型のキルガーアントが現れたらしい。すぐに広場に向かうぞ。しっかり、働け!」


 ディルクと一緒にいた兵士と会話をしていたフリーデは、私たちに指示を出すと駆け出した。

 私たちもフリーデの後を追うように走り出す。

 それにしても大型のキルガーアントって、私たちが洞窟で遭遇した大きいキルガーアントの事だろう。また、あれと戦うの? 嫌だな……。

 

 さらに川下に向けて進むと、坑口浴槽の水を汲んだ川辺に出た。そこから坂道を登り、炭鉱の出入り口である坑口に辿り着く。


「えっ!?」


 突然、先頭を走っていたフリーデの足が止まる。

 フリーデの視線を追うと、先程、話題に挙がっていた人物がいた。


「リズボン班長! ここに居たんですか!」


 私たちの後ろを走っていた兵士から驚きの声が飛ぶ。

 昨日から姿を消していたトカゲ兵士のリズボンが目の前にいた。

 そんなリズボンを見て、私は(いぶか)しげに眉を寄せる。

 リズボンは、一人ではなかった。

 彼の後ろには、漆黒のローブを羽織り、フードを目深に被った人物が二人いた。


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