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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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211 懲罰房

 フワフワと浮かぶ。

 上へ、下へ、右へ、左へ。

 何も無い真っ黒な空間を、何も考えずに浮かんでいる。

 痛い事も、辛い事も、不安な事も、怖い事も、何も無く、自我を無くしたように漂う。

 生きるという苦痛から解放されたみたいだった。

 

 この夢、久しぶりだな。

 いや、夢に久しぶりと言うのはおかしい。同じ夢を何度も見る事はない。

 つまり、これは夢でなく……


 ……死後の世界!?


 そうかぁー、私、死んじゃったのかー。

 死んだら無なんだね。

 何も無い空間でクラゲのようにプカプカと浮かぶだけの存在。

 脳みそが無いから暇で苦しむ事もない……と言いたいが、実際は暇。結構、暇。滅茶苦茶、暇。

 これが死後の世界なら暇で狂い死になる。

 死んでいるのに狂い死になるなら、やはり、ここは死後でなく、ただの夢なのだろうか?

 まぁ、どちらでも良いけどね。


 前に来た時は、お星様が輝いたり、モザイク画の様に乱れていたりしていたから完全なる無という事はなさそうだ。

 今回もほら……遠くの方で地面らしき物が見える。


 ……ん?

 ……地面?


 こんな場所に地面があるの?

 それも黄色く発光している。

 

 お……おお……地面が凄い速さで近づいてきた!?


 いや、私自身が近づいているのか。

 どういう体をしているのだ、私の体?


 特に行きたいと思った訳ではないのに、地面を視認しただけで、凄い速さで私は飛んで行く。

 米粒ほどに見えた地面も気が付いたら目の前にまで来てしまった。

 暗闇に浮かぶ地面。

 長さは二十メートル程で、所々、穴が空いている。土が剝き出しでボロボロだ。

 私は、淡く光る地面に降り立つ。

 体が無いのに降り立つというのは変な感じだが、感覚的にそう感じるので仕方がない。

 地面に立つと、地面の周りを取り囲むように霧のような雨が降ってきた。

 どこから降っているのか分からず、首を傾げる。

 首、無いけど……。

  

「――――」


 何か聞こえる。


「――を……」


 地面の奥から声らしき音が聞こえる。

 これもいつも通り。

 少し違うのは、チカチカと点滅するお星さまからの声では無い事。

 私はもっと聞こえるように、無い足を動かして近づいていく。

 すると……


「祈りを……魔力を……」


 ……と聞こえた。

 男性でも女性でもない声。

 無機質で感情のない声。

 この声色には覚えがった。

 私が危険になったり、迷ったりした時に聞こえる声。

 そう、『啓示』さんの声に似ていた。



 ………………

 …………

 ……



「起きろ!」


 バシャッと顔に水を掛けられた私は、ゲハゲハと咳き込みながら目を覚ました。

 鼻に水が入ってツーンとする。頭も痛い。体中も痛い。それよりも寒い。

 濡れた顔に冷たい風が当たり、ブルリと震える。

 上を見上げると真っ暗な空に幾多の星が見えた。

 先程の夢の中ではなく、異世界の外である。

 水の流れる音が聞こえる。

 ザァーザァーと凄い音から察するに、渓谷を流れる川の音かもしれない。

 暗くて分からないが、もしかして、ここは水を汲んだ沢の近くだろうか?

 なぜ私がここに居るのか分からないが、一つ言える事は、生きて炭鉱から脱出できたと言う事。キルガーアントの餌にならなくて良かった良かった。

 ……と思いたいが、目の前に私を見下ろすように数人の兵士が怖い顔をして立っているので、安心して良いのか分からない。


「立て!」


 有無を言わせぬ威圧感で私に命令する。

 命令されたので素直に従う。数十日間とはいえ、私も囚人の習慣が身に付いてしまったようだ。

 地面に手を付いて立ち上がろうとした時、両手に手枷が嵌められているのに気が付いた。

 魔力で作った束縛魔術の手枷でなく、木で作った本物の手枷である。

 長方形の板に両手首を固定されている。足首にも鎖の輪が嵌めてあり、手枷と足枷を繋ぐように鎖で繋がれていた。

 こんな状態では、上手く立ち上がる事が出来ない。

 ウネウネと芋虫のように蠢いている私を冷たい目で見ていた兵士の一人が、私の顔を蹴り飛ばした。


「……ぐっ!?」


 受け身も取れない私は、顔を地面に擦りつけて倒れる。


「手を貸してやれ!」


 二人の兵士が倒れた私を無理矢理立たせる。

 わざわざ蹴らなくて良いじゃないの? 元からそうしてよ! ……などと言える身分ではない私は黙って兵士の前に立たされた。

 今どういう状況なのか、さっぱり分からない私は、成り行きを見守るように兵士たちを見つめた。


「中に入れ!」


 簡潔に命令する兵士は、顎で私の後ろを指す。

 後ろを振り返ると、電話ボックスサイズの木造の建物が崖を背に建っていた。

 扉は開かれ、中には木製のおまるが一つだけ置かれている。

 もしかして、簡易トイレかな?

 これから何をされるのか分からないが、先に用を済ませる心使いが兵士にあるようだ。

 いや逆に、先に用を済ませるという事は、それだけ時間が掛かる事をさせるつもりなのかもしれない。……嫌だな。

 それにしても狭くない?

 手枷足枷がある状態で、用を足せるだろうか?

 色々と飛び散りそうだけど、それでまた殴られるのは嫌だ。


「早く、入れ!」


 背後から兵士が怒鳴るので、渋々狭いトイレに入る。

 湧水作業の休憩中に済ませてあるので、今の所、用を足したい状態ではない。だが、これからの事を考えると、無理矢理にでも捻り出した方が良いだろう。

 手枷で思うように動かない手でズボンの紐を緩めていると、バタンと扉を閉められた。

 見られながら用を足すのに抵抗を感じていた私は、ほっと胸を撫ぜ下ろす。

 ただトイレの中は、明かりが一切ない真っ暗な状況だ。

 壁は勿論、自分の手すら見えない。

 これで用を足せと? おまるすら見えないんだけど……。兵士は汚れても良いと考えているのだろうか?

 そんな呑気な事を考えていたら、ガチャガチャと扉を弄る音が聞こえた。

 私は、根本的な部分を勘違いをしていた事に気が付き、血の気が引いていく。

 急いで体の位置を変える。

 肩が壁に引っ掛かり、思うように向きを変える事が出来ない。

 ズリズリと服を擦りながら向きを変えると、手枷の付いた手で扉を押した。


 あ、開かない!?


 何度も何度も押したり、叩いたりするがビクともしない。


「扉を叩くな! 大人しく、そこにいろ!」


 バンッと外から壁を叩かれ、兵士に怒鳴られた。

 驚いた私は、ゆっくりと扉から遠ざかるが、すぐに壁に当たる。


「一人を残し、俺たちは班長を探すぞ」

「本当、どこに行ったんですかね、班長は?」

「知らん。だから、探すんだ!」


 兵士たちが遠ざかっていくのが分かった。

 


 トイレに閉じ込められた。

 いや、そもそも、ここはトイレじゃない。

 以前、女性兵士のフリーデから話を聞いた懲罰房……所謂、独房だ。

 何で私が懲罰房に入れられなければいけないの?


 今日あった事を思い出す。

 まず坑道内に新しい洞窟が見つかり、そこの湧水作業をした。その後、巨大キルガーアントが襲ってきて、囚人たちと共に退治した。だが、すぐに大量のキルガーアントが襲ってきて逃げたのだ。

 何とか出入り口である坑口まで辿り着いたが、そこで兵士たちに足止めしろと命令され、坑道内に閉じ込められた。

 もしかして命令無視して、脱出したのがまずかったのか?

 いや、もしかしたら魔石の事かもしれない。

 ブラッカスたちと別れた私は、『啓示』の指示で炭鉱の奥まで行き、謎の通路にある部屋に辿り着いた。

 そこは祭壇のようになっており、そこに置かれていた魔石に魔力を流してしまった。

 あの時、鉢合わせした兵士の顔が険しかったのを思い出す。

 入ってはいけない場所、やってはいけない事をした所為で、私は懲罰房に閉じ込められたのかもしれない。

 思い当たる事があって、逆に納得してしまった。


 『啓示』さん、私はどうすれば良いですか? このまま素直に閉じ込められていればいいですか? 他にやる事はありますか?



 ―――― ………… ――――



 返事はない。

 大した状況でないと判断されたのか、または打開策がないだけか、『啓示』からの助言はなかった。

 うーん、寂しい……。



 はぁー、それにしても酷い一日だった。

 沢山の知り合いが目の前で死に、私自身も何度も死に掛けた。

 そして、今は懲罰房である。

 改めて、懲罰房の様子を見る。

 頭上から僅かに空気の流れを感じるので完全な密室ではない。

 明かりは一切ない完全な暗闇で、闇が体をグイグイと押し潰されるような圧迫感を感じる。

 匂いも酷く、何とも言い難い匂いが懲罰房内に染み付いていた。

 川辺の沢に建っているのか、渓谷に流れる川の音が懲罰房を震わせ、他の音が一切聞こえない程の雑音になっている。

 何も見えず、空気の通りが悪く、雑音しか聞こえない箱の中。

 それだけでも辛いのに、それ以上に辛いのが気温だ。

 ここはとてつもなく寒い。

 今日は何度も水に浸かり、先程も顔に水を掛けられて濡れている。

 さらに夜という事もあり、山脈から下りてくる寒風がもろに懲罰房に降り注ぎ、どんどん気温が下がっていく。

 体の筋肉が縮こまり、思うように動かなくなる。ブルブルと震えが起きる。

 体を擦って体温を温めたかったが、手枷が邪魔で体を覆って丸くなる事すら出来ない。

 体操座りで丸まろうと腰を落とすが、膝を少し曲げただけで壁に引っ掛かり、座る事も出来なかった。

 斜めに体をずらしたり、位置を変えたりとするが、やはり座る事は出来ない。

 つまり、立ちっぱなし。

 寒いし、疲れているし、体中ズキズキと痛いのに、休む事すら出来ない。


「寒い、寒い、開けて! ちょっとで良いから開けて!」


 我慢が出来なくなった私は、扉をドンドンと叩きながら叫ぶ。

 立ち去っていく兵士の会話から見張りの兵士がいるはずである。

 うるさい! と殴られても良いから、外に出たかった。

 圧迫感と寒さから解放されたい。少しの間だけで良いから外に出たい。

 ただ、それだけの為に、壁をドンドンと叩いたり、ガリガリと擦ったりしながら、川の雑音に負けないように叫び続けた。

 だが、どんなに訴えても扉が開く事はない。さらに見張りの兵士からの返事も一切なかった。

 もしかしたら見張りなんか居ないのかもしれない。それか、単純に無視されているだけか。

 叫び疲れた私は両手を壁につき、顔を腕に乗せて、項垂れる。

 ハァハァと息が腕に掛かり、少しだけ寒気が遠ざかる。

 この体勢、ちょっとだけ楽かも……。

 そう思いながら目を瞑っていると、意識が遠退いていった。



 ………………

 …………

 ……



 ブルリと体が震えた事で目が覚めた。

 気絶するように眠ってしまった。

 数分なのか、数時間なのか、周りが真っ暗なので、どのくらい時間が経ったのか分からない。

 立ったまま眠れるのだから余程疲れていたのだろう。

 少し眠ったおかげか、体中の痛みは和らぎ、魔力不足で起きていた頭痛と怠さは消えていた。

 少しだけ体調が戻ったのは良い事なのだが、体調が良くなった事で寒さがより一層感じるようになっている。

 ブルブルと震えていた体が、今ではガクガクと震える。

 歯がガチガチと重なり合い、川の音が掻き消えるほどに煩く鳴っている。

 衣服から露わになっている肌が、痛みを通り越して感覚が無くなりつつあった。

 骨の髄まで冷えていて立っているのが辛い。

 以前、ブラッカスが懲罰房でも筋肉トレーニングを行っていたとディルクから聞いた。それを聞いた当時の私は「馬鹿だな」と失笑していたのだが、寒さの限界を超えている今の私には命を繋げる行為に思えた。

 私は体温を上げる為、狭い懲罰房で体を動かす事にする。

 踵を上げたり下げたりを繰り返したり、壁を力一杯押したり、僅かにしか曲がらない膝でスクワットする。

 寒さで思うように動かないが、しつこく動かしていると、徐々に体が暖かくなってきた。

 このまま続けていれば朝まで乗り越えられるかもしれない、と思っていたら、すぐに問題が発覚する。


 ……私、体力が無いんだった。


 レベルが一般人程度まで上がった私であるが、所詮一般人レベル。

 体が暖かくなるにつれ、筋肉が悲鳴を上げ、ゼイゼイと息が上がる。

 ああ、このままでは朝を迎える前に凍死してしまう。

 呼吸を整えながら、壁にもたれかかり膝を曲げる。

 床に座る事も出来ず、壁に引っ掛かった状態で目を瞑る。

 ああ、この体勢も楽かも……と思いながら休憩していると、また意識が遠退いていった。



 ………………

 …………

 ……



 「……痛ッ!?」

 

 痛みで目が覚めた。

 寒さでガクガクブルブルと震える中、首筋に痛みが走る。

 変な恰好で寝てしまった事で寝違えた……と言う訳ではない。

 何かに噛まれた痛みだ。


「あわわぁぁーー!?」


 モサモサとした物が首から肩へと移動し、つい変な声が出てしまった。

 暗くて分からないが、足元に何かが動いているのが分かる。

 正体が分からない分、非常に怖い。

 謎の生き物が、床から足元へ這い上がってくるのを感じ、足をバタバタとさせて振り払う。そして、片足を下ろした時、柔らかいモチモチとした物を踏み付けてしまった。

 キューと鳴く生き物が、バタバタと暴れるのを靴底から伝わる。

 このまま潰してしまおうかと悩む。

 気味の悪い魔物ならまだ心は痛まないが、もし可愛い生き物なら罪悪感で後悔してしまう。


 この生き物の正体を確かめてから生かすか殺すかを決めよう。


 そう考えた私は、手枷の嵌った手に魔力を集め、粘着魔力弾を壁に貼り付けた。

 真っ黒な闇を追い払うように、狭い懲罰房が一瞬で明るくなる。

 光が灯った事で、圧迫感が薄らぎ気分が少しだけ和らいだ。さらに心なしか暖かい。

 これなら早く使っておけばよかったと、先程まで思いつかなかった自分を責める。

 そして、肝心の謎の生き物を見ると、丸々と太った灰色の毛にミミズのような尻尾を持った生き物だった。


「げっ、ネズミ!」


 げっ歯類のネズミが六匹ほど懲罰房に入り込んでいた。

 ネズミは、急に明るくなった事で暴れ出す。

 狭い空間を駆け回り、私の体を這い上がっていく。

 そして、ズボンの裾や上着の袖から服の中に入り、体を齧り始めた。


「痛い、痛い、痛いっ!」


 まるで火から逃げる為に人間の体を食い破るネズミ拷問である。

 私は腕や足をバタバタと動かしてネズミを追い払うが、枷が付いているので上手くいかない。

 そこで私はドンドンと体を壁にぶつけて、ネズミを押し潰していく。

 服の隙間からネズミが床に落ちる。

 尻尾さえなければ、可愛い顔をしているネズミであるが、やはり殺してしまおう。

 噛まれるのは嫌だが、それ以上に雑菌が怖い。

 医学が発達していないこの異世界で、取り返しの付かない病気になったら終わりだ。魔法や魔術で何とかなるかもしれないけど……。

 覚悟を決めた私は、足を上げて床を這うネズミに向けて落とす。

 だが、ネズミは素早く移動し、私の踏み付けを躱す。

 何度も何度も足で踏み潰そうと試みるが、その都度、逃げられてしまう。

 ハァハァと息が上がる。

 先程まで寒くて死にそうだったのに、今では体が熱く、汗まで掻いてきた。


 ピタリとネズミたちの動きが止まる。

 上を向いて鼻をヒクヒクとさせているネズミを見た私は、チャンスと思い足を上げるが、ネズミたちはすぐに壁を伝い、天井の隅に空いている空気穴から逃げてしまった。


 急にどうしたんだろう?


 私が怖くて逃げた訳ではない筈。

 不思議に思いながら天井の空気穴を見ていると、見慣れた生き物がゾロゾロと入ってきた。


 今度は蟻か!


 私の魔力に引き寄せられたのか、親指サイズのキルガーアントが空気穴から入ってきた。

 こんな場所でキルガーアントに囲まれたら、為す術もなく生きたまま餌にされてしまう。

 顔面蒼白になった私は、壁を這うキルガーアントに触れないように中央に立つ。そして、キルガーアントが床に付いた瞬間に靴底で潰していった。


「助けてー! キルガーアントが入ってきた!」


 外に居るだろう兵士に向けて、懲罰房の中から叫ぶ。

 ブチュブチュとキルガーアントを潰し続けながら、外の様子を伺うが変化なし。

 空気穴から別の虫も入ってくるのが見えた。

 沢山の脚や細長い脚が生えている虫。鮮やかな殻に覆われた虫。羽の生えた虫。それ以外にも形容しがたい気味の悪い虫がワラワラと入ってくる。


 もう無理! 本当に無理!

 

「お願い! 誰か助けて! 今すぐに助けて! 一生のお願い!」


 今にも気絶しそうな私は、泣き叫ぶように懇願する。

 空気穴からボトボトと虫たちが床に落ちてくる。

 醜く泣き出した私は、なるべく虫たちから距離を取る為、扉に背を付ける。

 体中にキルガーアントが纏わり付くが、振り払う気力はない。


「お、お願い……た、助けて……」


 弱々しく助けを乞うと、背中越しにガチャガチャとさせる音が聞こえた。

 バッと振り返り、扉を見ると、「今、開ける!」と返事がきた。

 やはり、外に見張りの兵士がいた。

 これで助かったと思った瞬間……


「ギャアァァーーッ!」


 ……と外から叫び声が聞こえた。

 

 なに!?


 ギョッと扉から後退る。

 叫び声が聞こえた後から扉の鍵を開ける音は聞こえない。

 その代わり、外からドタバタと暴れている音が川の音に混じって聞こえた。


 外で何が起きているの? 


 不安と恐怖で限界に近い私は、虫に囲まれているにも関わらず、呆然と立ち尽くす。

 これ以上、私を追い詰めないでほしい。本当に頭が変になる。


「きゃぁ!」


 急に懲罰房が左右に揺れ始めた。

 狭い懲罰房にいる私は、ガツンガツンと虫たちを潰しながら壁にぶつかる。

 前へ後ろへ左右へと無作為に揺らされ、目が回り出す。

 そして、懲罰房が大きく傾くと、そのままドスンと地面に倒れた。

 無論、中にいる私は虫を下敷きにしながら壁に倒れる。ボタボタと私の体に虫たちが落ちてきて、一瞬、意識が飛んだ。


「……もう、嫌……」


 私の呟きも空しく、目の前の壁がバリバリと剥がされていく。

 壊される壁の隙間から獣の腕が見えた。

 毛に覆われた太く大きな手。肉厚の肉球。赤い血が付いた鋭い爪。

 バリバリと隙間が広がると、目を真っ赤に染めた獣と目が合った。


 く、熊!?


 懲罰房を倒して、壁を破壊した正体は、黒毛に覆われた身の丈二メートルほどの熊だった。

 外に出たくて堪らなかった私であるが、こんな形で出たいとは思っていない。

 散々酷い目にあった一日だというのに、最後の最後で虫に囲まれて、熊に食われるなんて酷過ぎる結末である。この懲罰房は、私の棺桶だったようだ。

 熊の分厚い腕が持ち上がり、爪の伸びた手が私に向けて襲う。

 私は手枷の付いた腕を顔に持っていき、目を瞑った。


「ぐふっ!」


 お腹に衝撃が走る。

 内臓がせり上がるような痛みが走り、呼吸が出来ない。

 お腹を殴られた感じで、とても痛い。

 だが、死ぬような痛みではなかった。

 どういう事だろうと瞳を開けると、私のお腹の上に熊の手だけが乗っていた。

 当の熊は、グォグォと鳴きながら、血の滴る右手を見ている。そして、すぐに熊の頭がガツンガツンと二回ほど揺れると、ドスンと地面に倒れてしまった。

 何が起きたのか分からないが、熊の頭に二本の矢が突き刺さって死んだ事だけは分かった。


「おっさん、無事か?」

「ギリギリだったな」


 崖の上から聞き覚えのある声が聞こえる。

 私の同居人であるエルフのリディーだ。

 その隣には女性兵士のフリーデの姿も見える。

 二人の姿を見て、私を助けてくれたのがリディーとフリーデだと悟った。


 た、助かった……。


 ザザザッと滑るように崖を降りてきたリディーとフリーデは、沢に降り立つと私が入っている懲罰房へと近づいた。

 そして、虫だらけの懲罰房を見て、「うぎゃー!」「うわー!」と逃げていった。


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