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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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204/347

204 蟻の襲来 その1

「蟻だ! キルガーアントだ! すぐに来るぞ!」


 蟻?

 あの地面を這う昆虫だよね。

 黒ごまのような虫を恐れるという事は、ただの蟻でなく魔物の蟻なのだろう。それも魔物と言う事で、親指サイズぐらいの大きな蟻の可能性が高い。

 私は、大量の蟻に全身を覆われ、蟻が去ると骨だけになってしまうシーンを想像し、鳥肌が立った。

 嫌な想像をしたのは私だけでなく、この場にいる全員が息を飲んで、通路の奥を見ていた。

 

「この洞窟って自然に出来たものでなく、キルガーアントの通り道なんじゃないのか?」

「こんな場所で襲われたら一溜りもないぞ」

「どうすれば良いんだ?」


 囚人と言うのは悲しい習慣があり、現場作業中は自分勝手な行動が出来ないのだ。

 何をするにも兵士の指示を仰ぎ、兵士の指示に従うように教育されている。

 今現在、危険が迫っている状況でも我先にと逃げ出す囚人は居らず、ただ兵士の判断を待っているだけだった。


「お、お前たち、今すぐに……」


 状況を察した兵士の一人が私たちに指示を出そうとした瞬間、通路の奥から不気味な音が凄い勢いで迫ってきた。そして、すぐにドゴンッと洞穴を震わせる程の衝撃が走った。

 

「げっ!?」


 丸みのある赤茶色の物体が通路を塞ぐ。

 よくよく見ると、その球体には(はさみ)のような鋭い顎と長い触角が付いていた。


 で、でか過ぎだろー!


 狭い通路とはいえ、頭だけで道を塞いでしまっている。親指サイズぐらいの大蟻だと思っていたら、想像を遥かに超える巨大蟻であった。

 ミミズや魚も異常な大きさをしていたし、どう進化すればこんなに大きくなるんだ?

 もう、異世界、嫌ッ!


 そんなキルガーアントは、「ギイギイ」と鳴きながら蟹の鋏のような顎で、天井や壁の突起を壊すと体を擦るようにズルズルと近づいてきた。


「お前たち、早く、逃げろ! 急いで外に出て、応援を呼べ!」


 兵士の一人が叫ぶ。

 それを合図に囚人たちが出口の隙間へと殺到した。

 キルガーアントの大きさに圧倒されていた私も急いで駆け出す。

 前方を走る数人の囚人が、足を滑らせて倒れるが助けている余裕はない。

 隙間付近の広場に向かうと、囚人たちで溢れていた。数十人もいるのだ。出口である隙間は、人が一人入れのがやっとの空間しかないので、全員が第二横坑に戻るには時間がかかる。

 その所為で、「早くしろ!」「俺が先だ!」「割り込むな!」と罵声が飛び交っている。

 ある囚人は、人混みを無理矢理掻き分けて隙間に入ろうとして、別の囚人に殴られ、輪の外へ追い出されていた。

 ある囚人は、後ろから囚人たちを押しながら「早く行け!」と急かし、余計な混乱を招いていた。

 私はというと、後方で立ち止まり、呆然としているだけだった。

 早く逃げなければいけないのは分かるが、逃げる事も出来ない。

 恐怖と焦りで、何をすれば良いのか判断できないでいた。


「蟻が来やがった!」


 囚人の声に反応して後ろを振り向くと、狭い通路を抜けだしたキルガーアントが長い触角をビクビクと動かしているのが見えた。


 お、大きい!


 全身が露わになったキルガーアントは、頭部と胸部と腹部を合わせると三メートル近くあった。

 そんな化け物みたいなキルガーアントは、真っ黒な目と触角を私たちに向けると、六本の脚を動かして、向かってきた。

  私は「ひぃっ!?」と情けない声を発しながら急いで柱の影に隠れる。


「お前たち、早く、行け!」


 三人の兵士が囚人たちの前に飛び出ると、片腕を前に出して、詠唱を唱え始めた。


「炎よ、万物を焼き払え……『炎弾』!」


 三人の兵士は、手の平から炎の塊が現れると、突進してくるキルガーアント目掛けて飛ばす。

 三つの炎の塊は、一直線にキルガーアントの頭にぶつかるとチリチリに消えて無くなった。


「クソッ、耐性がある!」

「泣き言、言うな! 別の魔術だ!」

「そんな時間はない。逃げろっ!」


 炎の魔術を食らったキルガーアントは、一瞬だけ動きを止めたが、すぐに動き出した。

 そんなキルガーアントを避けるように兵士たちが横へ飛ぶ。

 キルガーアントは、そのまま駆け出し、密集する囚人目掛けて突進した。

 

「散れ、散れ、散れ!」


 叫び声と共に囚人たちが逃げ出すが、数人の囚人がキルガーアントの体にぶつかり弾け飛ばされる。そして、二人の囚人を巻き込みながらキルガーアントは壁にぶつかって止まった。

 弾き飛ばされた囚人たちは、突起の激しい地面や壁にぶつかり、血を流して苦痛の表情を浮かべるが、命に別状はない。だが、キルガーアントと壁に挟まれた二人の囚人は、鋭い突起に体を突き刺さり、体も変な形に折れ曲がり、(むご)い状態で絶命していた。


「……うっ!?」


 心臓が大きく跳ね上がり、頭と視界が真っ白に暗転する。

 先程まで一緒に作業をしていた仲間が目の前で殺され、吐き気が込み上がってきた。


「風を集え、刃へ変われ……『空刃!』


 一人の兵士がキルガーアントに風の刃を放つが、体を傷つける事が出来ずに粉々に砕けてしまう。

 その後も土の塊や氷の塊を放つが、同様にキルガーアントの硬い殻に傷をつける事は出来ないでいた。


「頭と胸は硬い! 腹を狙え!」


 囚人の一人が叫ぶ。


「お前たちも手を貸せ! 適当な物を持って戦え! こいつを退かさないと逃げれないぞ!」


 叫ぶ兵士の言う通り、キルガーアントは第二横坑に繋がる隙間の前に陣取っている。キルガーアントを退かさないと、隙間から逃げる事も出来ない。

 囚人たちは近くに落ちている岩や木材を持ってキルガーアントに立ち向かう。

 石や岩を投げつける者。近距離まで近づき攻撃する者。直接、拳や蹴りを放つ者もいた。

 たが、どんなに囚人たちが攻撃しても硬い殻に覆われたキルガーアントにはダメージが通らなかった。

 キルガーアントもされるがままではなく、密集している囚人たちに向けて巨大な頭を振り、吹き飛ばしていく。


「オラ、オラ、オラッ!」


 なぜか上半身裸になっているブラッカスが、キルガーアントの長い脚をすり抜けて、柔らかそうな腹部に拳を叩き付けている。

 だが、硬い頭部や胸部と違い、弾力のある腹部を殴っても威力が吸収されてしまい、こちらもダメージが通っていなかった。

 

「これならどうだ!」


 角材を持ったルドガーがブラッカスの横に並ぶと、角材の先端をキルガーアントの腹部に突き刺した。

 だが、それも弾力で弾き返されてしまう。


「お前たち、このまま引き付けろ!」

「魔術を腹にぶちかましてやる!」


 ブラッカスとルドガーの後ろに陣取った二人の兵士がキルガーアントの腹部に狙いを定め、詠唱を始める。

 

「……『炎弾』!」

「……『土槍』!」


 炎の塊と土の槍がキルガーアントの腹部目掛けて飛ぶ。

 触角がピクリと動くとキルガーアントは、囚人たちを巻き込みながら凄い速さで体を動かし、兵士たちの魔術を躱した。

 そして、体の位置を戻す勢いで、大きな腹部でブラッカスとルドガーを吹き飛ばした。

 ブラッカスは、ゴルフボールが転がるように地面をコロコロと転がり、地面に空いている窪みに落ちる。ルドガーは、壁にぶつかり、突起で額を切り、流血してしまった。

 二人の兵士は、魔力の壁を展開したおかげで吹き飛ばされる事はなかったが、衝撃を吸収する事が出来ず、地面に倒れた。

 そんな二人の兵士にキルガーアントの顎が襲う。

 蟹の鋏のような顎で二人の兵士を同時に挟むと頭を持ち上げた。

 「ぐぉぉ……」と兵士の苦悶する声が洞窟内に響く。そして、私たち人間に見せつけるように顎を締めると、二人の兵士の体を引き千切った。

 ボトボトと上半身と下半身に別れた兵士の体が地面に落ちる。


「貴様ぁぁーーっ!」


 一人だけになった兵士は、鞘から剣を引き抜くと、青い顔に染まった囚人たちを縫うようにキルガーアントの正面に突進する。

 キルガーアントは動かない。

 剣を上段に構えた兵士は、勢いのままキルガーアントに剣を振り落とした。

 ガキンッと剣がキルガーアントの脚にぶつかるが、殻を破る事が出来ず、逆に弾き返される。

 後退った兵士を見て笑うかのようにキルガーアントは「ギギギィ」と鳴く。

 体勢を直した兵士は、再度、剣を構え攻撃をしようとするが、それよりも早くキルガーアントが動き、顎に捕らわれてしまった。


「助け、行く。お前ら、来い!」


 距離を空けて岩を投げていたオルガは、数人の囚人を伴い、キルガーアントに捕らわれた兵士を助けに向かう。

 触角を動かしたキルガーアントは、オルガたちに向けて腹部を持ち上げると、小さな針のついたお尻から液体を飛ばした。


「グアアァァーーッ!」


 無色透明の液体を浴びたオルガと数人の囚人が顔を覆いながら苦痛の叫びを上げる。

 それに同調するように、顎に捕らわれた兵士の断末魔の叫びが上がり、体を引き千切られた。

 兵士の体が地面に落ちるのを見ながら、数人の囚人はオルガたちを湧水個所まで引き摺って、キルガーアントの液体を洗い流していく。


「正面は危険だ。やはり腹を狙うしかない」

「尻の近くだぞ。変な汁を飛ばしてきたらどうする?」

「避ければ良いだけだろ」

「簡単に言うな!」

「ガタガタ言ってないで、二手に分かれろ! 一方は、正面で注意を引け! その隙に周り込んで、腹を攻撃して、中身をぶちまけてやる!」


 兵士や囚人たちの血の匂いに交じり、鼻をつんざく匂いが洞窟内に充満する。そんな中、囚人たちはまだやる気である。

 ただ、相手は魔物の蟻だ。

 大きく、硬く、岩も砕く顎を持ち、動きも素早い。さらに尻の先から酸を吐く蟻酸持ちのキルガーアントである。

 魔力を封じられ、その辺に転がっている岩や木材、工具などを持った囚人たちでは、相手にならなかった。

 正面から注意を逸らしていた囚人たちは、逆に大きな顎に捕らわれ体を真っ二つにされていく。

 横から回り込み腹を攻撃する囚人たちは、蟻酸を掛けられ、焼け爛れてしまう。

 ドワーフの一人がキルガーアントの体にしがみ付き、体の付け根にノミを当ててハンマーを振っていたが、ノミの方が壊れてしまった。他の囚人もキルガーアントの体にしがみ付き、死角となる場所を攻撃するが硬い殻を破る事は出来ない。そして、その場で暴れ回るキルガーアントの勢いに飛ばされて壁や地面に叩き付けられて動けなくなった。

 囚人の中には、キルガーアントに気付かれないように地面を這いながら隙間を抜ける者もいた。成功する者もいれば失敗する者もいて、隙間に入る瞬間にキルガーアントに気付かれてしまい、長い脚に地面と体を押し付けられた。そして、最後は体を貫かれ、脚から抜ける事も出来ず、苦しみ続けていた。


 どんどん死んでいく。

 先程まで一緒に労働作業をしていた仲間が為す術もなく死んでいく。

 顔も名前も知らない者。一緒の現場で作業をした者。言葉を交わした事のある者。新人の私に作業の仕方を教えてくれた者。

 そんな彼らは、たった一匹の巨大な蟻に殺されていった。

 まさに阿鼻叫喚の光景が私の目の前で起こっている。

 そんな光景の前に、私は何も出来ないでいた。

 戦う事も逃げる事も怪我をした囚人を助ける事もしない。

 ただ、柱の影に隠れて(うずくま)り、仲間が死んでいく様をただ眺めていた。

 

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