200 女神の日 囚人編 その1
〔祝☆200話〕
皆さまのおかげで、200話目に成りました。
これからも、宜しくお願いします。
本日は『女神の日』。
この異世界の祝日であり、兵士も囚人もお休みである。
休みとは言っても、私たち囚人を監視する数人の兵士は本日もお仕事だ。さらに、この町には他国の使者が来ているとの事で、食事会の為に厨房の人たちも大忙しらしい。
その所為で、リディーは朝食を食べると食休みもせず、兵舎厨房へ行ってしまった。
私はというと、窓の外を見ながら久しぶりのミント茶を啜っている。昨日、買った物だ。
ただ、休みではあるが朝だけ集会があり、みんなで女神を祈るようである。その後は、完全にお休み。小屋に戻って寝るのも良し、囚人宿舎に行って顔見知りと話をしても良し、限られた場所に居れば、何をしても良いのだ。
今日の予定を考えていると広場に囚人たちが集まり始めてきた。
私はお茶を飲み干すと、竈の火を消して、荷物を持って小屋を出る。
天気は曇り。太陽が薄い雲で隠れていて肌寒い。
腕を擦りながら広場に向かい、適当な列に並ぶ。
続々と囚人たちが広場に集まってくる。
囚人は全員で百五十人程。
犯罪を犯した男たちが集まると異様な雰囲気になっていた。そんな中に私はいる。肩身の狭い居心地である。
そんな囚人を監視するように兵士たちも集まってきた。彼らも私たち囚人と一緒に女神にお祈りをするようである。
兵士たちに散々殴られてきた囚人だ。こんな日に精根注入をされたくないので、無駄口を叩かず、綺麗な列を作って待機をしている。
そして、しばらく山風に晒されているとトカゲ兵士であるリズボンが現れた。
「えー、皆さん、おはようございます。本日は女神さまのおかげで天候に恵まれました事を嬉しく思います」
スススッと壇上に上がったリズボンは、朝の挨拶を始めた。
「定例ならロシュマン様のご挨拶がありますが、残念ながら本日は所用があり、代わりに私が挨拶を致します」
他国の使者が来ているのだ。その相手をしなければいけないので、男爵も忙しいのだろう。いや、もしかしたら「面倒臭い」と言って、ただ眠っているだけかもしれない。どちらにしろ、あの醜い顔を朝から見なくて良かったと安堵する。
そんな男爵の代わりにリズボンがペラペラと話している。
女神を称える言葉から始まり、私たち囚人と部下である兵士たちに労いの言葉を述べていく。さらにはギルガー山脈の美しさへ続き、各種様々な魔物の生態について話が逸れていった。
山間に覆う雲が厚さを増し今にも雨が降りそうな寒空の下、リズボンの話に終わりがない。永遠に続きそうなリスボンの挨拶に、囚人だけでなく兵士たちからも「早く終われよー」と思っているに違いない。
全員がげんなりしながら、誰かが精根注入覚悟でツッコミを入れてくれるのを願っていたら、女神さま自らその願いを叶えてくれた。
正確に言えば、女神さまに祈る鐘の音が町の教会から流れたのである。
「おや、まだまだ話し足りませんが時間がきてしまったようです。皆さん、教会の方を向いてお祈りをしましょう」
リスボンの言葉に従うように、広場に集まった囚人と兵士たちが回れ右をして、町の方を向く。
教会から流れる鐘が鳴り続けている。
それを聞きながら各々お祈りを始めた。
立ったまま祈りを捧げる人。空に両手を上げる人。地面に片膝をついて胸に手を当てる人。土下座をするように地面に頭を付ける人と様々だ。
ただ、殆どの者が仁王立ちでぼーっと町の方を見ていた。この人たちは、信仰の薄い人たちなのだろう。
私は立ったまま目を瞑り、胸の前で手を合わせた。
名前を忘れてしまい申し訳ありません。
何とかの女神さま、祈りを捧げます。どうか、聞き入れて下さい。
早く囚人から解放されてエーリカたちのいる場所に帰らせて下さい。
いえ、それ以前にこの異世界から日本に帰らせて下さい。
日本が恋しいです。美味しい料理が恋しいです。米、お味噌汁、焼き魚が恋しいです。醤油が恋しいです。ソースが恋しいです。味噌が恋しいです。焼肉が食べたい。ハンバーガーが食べたい。ポテトチップスが食べたい。ケーキが食べたい。チョコレートが食べたい。炭酸飲料が飲みたい。……ああぁぁーーっ!
い、いかん、お祈りをしていたら涙が出てきた。
どんなに願っても、この世界では手に入らない物ばかり。それっぽいのを作ったからといって、満足出来る物は作れない。この世界にいる限り、思い出す度に悶え苦しむのだろう。
異世界転移……何たる苦行なのだ。私が何をしたというの。
はぁー、お祈りなんかするんじゃなかった。……祈っていないけどね。
「お前の信仰心は凄いな。泣くほど祈りを捧げる者は俺は知らない」
いつの間にか、私の横に移動してきたディルクが感心するように私を見ていた。
泣いている姿が恥ずかしくなり、私はゴシゴシと目元を拭う。
そんな私の姿に苦笑するディルクは、両膝を地面について熱心にお祈りを始めた。
信仰心なんかゼロに近いのだが、ここで否定するのもアレなので、再度目を閉じる。
今度は、何も考えず、お祈り時間が過ぎるのを待った。
「皆さん、まだまだ祈りを捧げたいと思いますが、この辺で終えましょう」
リスボンの言葉でお祈り時間が終わった。
そして、「本日は休日です。疲れを癒すのも良し、仲間と親交を深めるの良し、美味しい物を食べるも良し、羽目を外さなければ自由にして結構です。では皆さん、また明日に会いましょう。解散」とスススッと壇上から下りて、一部の兵士を残し、兵舎の方へ行ってしまった。
「お前たち、宿舎の方へ行け」と牧羊犬のように休日出勤の兵士たちが百五十人近い囚人を囚人宿舎の方へ移動させていく。
私はどうしようかな? 小屋に戻って、二度寝でもしようかな?
と考えながら辺りを見回すと、すぐ横にいたディルクの姿が消えている事に気が付いた。
何しに私の所に来たのだろうか? 不思議である。
「やぁ、囚人になって初めての『女神の日』だね。今日はゆっくりとしたいね」
「リンゴの人間、いつも大変。今日は楽しむ。これ、大事」
珍しい組み合わせの二人が私の元に来た。
一人は二十代中旬の気弱そうな同期のペーター。もう一人は、ベテラン囚人炭鉱夫でハーフオーク(たぶん)のオルガだ。
「ペーターとオルガは仲が良いの?」
「同じ宿舎だからね。新人の僕に色々と教えてくれた」
「新人、教えるの、先人の仕事」
オルガとは何度かトロッコを運んだ仲である。その時に労働の事や炭鉱の事で色々と聞いた。口足らずであるが、しっかりと簡潔に教えてくれる。
嬉しそうに教えてくれるオルガを見るに、人に頼られるのが好きなようだ。
「これから宿舎で肉を焼くんだよ。楽しみだな。スープに浮いている肉なのか布切れなのか分からないのじゃなくて本物の熊肉だって」
「オルガ、楽しみ。肉、貴重。カマドウマとは違う」
なぜか二人に挟まれながら私も熊肉を食べる為に囚人宿舎に行く事になってしまった。
なお、熊肉については事前に知っている。
昨日、労働から帰って来たらリディーがドヤ顔で、「熊を狩ってきた」と報告してきたのだ。その熊は三メートル以上ある大物で、さらに魔物である。
無論、魔物の熊なので料理長には「いらね」と突き返されたのだが、めでたい日なので囚人にあげる事になったと報告を聞いた。なお、毛皮と魔石はリディーが貰っている。
その報告を聞いた私は、内心、食べたくないと思ってしまった。
熊肉など癖が強すぎて、ジビエ肉が苦手な私では美味しいと感じないだろう。それもただの熊肉でなく、魔物の熊だ。臭みと苦味のダブルパンチだ。
それなのにペーターとオルガは、熊肉を想像して、楽しそうにしている。
余程、普段の食事が質素なのだろう。……ああ、罪悪感が湧いてくる。
兵士に押し込まれるように囚人宿舎に到着する。
炭鉱に行く時に横を通り過ぎるが、中に入った事は今までなかった。
宿舎を囲う木柵を越えると、木製の平屋が並んでいる。
扉が開け放たれているので、中の様子を見てみた。
縦に長い平屋は、中央が土間で、壁際左右が小上がりのような寝床になっている。壁に沿って長い丸太が固定されているのは枕の代わりらしい。
寝床の上に等間隔で折り畳まれたシーツと荷物が置かれているので、寝る場所は決まっているようだ。ただ、その間隔を見るに、一人の囚人が使える範囲は畳二畳ぐらいしかなさそうだ。
シーツはペラペラのボロボロ。奥に小さな竈があるだけ。夜になると非常に寒そうだ。
ますます罪悪感が……見るのは止そう。
平屋の横には立派な畑があった。しっかりと柵で囲み、カブみたいな野菜が沢山実っている。趣味で作っている感じには見えないので、囚人全員で管理しているのかもしれない。
「兵士から支給される食事では、全然足りないから自分たちで作っているんだ。大事な食糧だからみんなで大事に育てているよ」
「僕が育てている野菜もあるよ」と嬉しそうにペーターが教えてくれた。
「おで、野菜より果物育てたい」とオルガが言うので、革袋に忍ばせておいたリンゴを取り出し、オルガとペーターにあげた。
「リンゴ、うま、うま」とオルガの声を聞きつつ、三人でリンゴを齧りながら宿舎の中央に向かうと、すでにお祭り騒ぎになっていた。
ドワーフたちが、自家製のお酒を売っている。グラスショット分のお酒を銅貨一枚で売っており、囚人たちが次々と飲んでは咽ていた。安酒を飲んで吐きだめの悪魔にならなければいいのだが……。
小人族であるホビット、またはハーフリングたちは、鍋や樽を使って音を奏でながら楽しそうに踊っている。歌を歌っている者もおり、それに合わせて二足歩行の狼たちが遠吠えのコーラスをしては、「邪魔するな!」とツッコまれていた。
奥の方では、囚人の輪でリングを作り拳闘をしている。良いパンチが入る度、賭け事をしている囚人たちが歓声と怒声が飛び交っていた。ここには近寄らない事にする。
各々、休日を楽しんでいる。
囚人という脛に傷を持っている連中が集まっているのに殺伐とした雰囲気はない。小規模のグループは存在しているのだが、大きな派閥はなく、お互いに手を取り合って協力をしているように感じとれた。
炭鉱という過酷な労働環境だ。お互いに手を取り合って、助け合わなければいけない。ここには、種別を越えた仲間意識があるのだろう。
もしリディーの小屋で寝泊りせず、この囚人宿舎で生活してもそれなりに楽しかったかもしれない。そう思える光景だ。まぁ、ルドガーみたいな体目的で襲ってくる輩もいるのだが……。
「おお、良い匂い。凄く、良い匂い。早く、行く。匂い、嗅ぎに行く」
「オルガ、早く行ってもすぐに肉は焼けないよ」
匂いに釣られてオルガが駆け出すのをペーターが引き留める。
一大イベントである熊肉は、囚人宿舎のちょうど真ん中で行われていた。
魔物熊は四等分に切られ、四つの焚き火で焼かれている。
ゲームや漫画で良くある肉を棒で刺して、火の上でグルグルと回転させて焼く料理法だ。……正式な方法なのか?
それにしても大きい。
四等分された肉でも私の体ぐらいある。元の姿を想像すると恐ろしく大きい熊だろう。リディーは、よく狩れたものだと感心してしまう。
熊肉のグルグル焼きの近くには、スープとパンも作られていた。
スープの材料には、畑で作られている赤カブが入っている為、赤くなっている。
パンは専用の窯が無い為、フライパンで焼いていた。
そんなグルグル焼きを囲むように囚人たちが行儀良く地面に座って、焼き上がるのを待っている。
私たちも座り、学生時代に行われた林間学校のキャンプファイヤーを思い出しながら焼かれる肉を眺める事しばし、「出来たぞー」と調理していた囚人から声が上がった。
待ちに待った肉が焼けて一斉に群がると思っていたが、囚人たちは行儀よく列を作り、肉を受け取っている。
「肉を焼いている人が、囚人のまとめ役みたいな人だから、嫌がれないようにしていんだよ」
「嫌われると、肉、くれない。それ、駄目」
私の疑問にペーターとオルガが教えてくれた。そして、「僕たちも貰いに行こう」と立ち上がった。
「私はいらないから二人で並んできて」
熊肉を食べたくないので辞退したのだが、「遠慮、駄目」「住む場所が違うけど、同じ囚人だから気にしなくていい」と二人に無理矢理立たされ列に並ばされてしまった。
うーむ……別の場所で生活しているから遠慮していると思われてしまった。単純に食べたくないのだが……。
調理した囚人たちが、巨大な熊肉の表面を薄く削り、フライパンで焼いたパンの上に乗せて渡していく。もっと大きく切っても良いのではと思ったが、囚人の数が百五十人近くいるので、全員に行き渡らせるにはこうするしかないようだ。
そして、私も熊肉とパンとスープを貰って、元の場所に戻ってきた。
見た目だけなら美味しそう。
地面に座るなりオルガは、「肉、うま、うま」とガツガツと食べ始める。細身のペーターも幸せな顔で熊肉をパクパクと口に運んでいる。
こんがり焼かれた熊肉を睨んでいた私は、意を決して口に入れる。
……あれ? 臭くない。
雨の日の犬小屋を想像していた私は、拍子向けしてしまった。
独特の臭みはあるが、魔力による苦味が少ないので、食べられない程ではない。
牛や豚でも解体処理が上手く出来ていないと不味いと聞いた事がある。もしかしたら、血抜きや解体がしっかりしているのだろう。
熊を狩ってきたリディーは、解体も一流の凄腕狩人だったようだ。さすが森で暮らすエルフである。炭鉱に住んでいるけど……。
みんなが美味い美味いと嬉しそうに肉を食べている姿を見ると、リディーが褒められているようで、内心誇らしくなってくる。
ただ、美味いかと問われれば、美味しくないと答えてしまう。
これは仕方が無い事で、味付けが一切していない、ただ焼いただけの肉だ。それも非常に硬いときた。
直火でジワジワと焼いて表面を削った肉。ビーフジャーキーみたいである。そんなベアジャーキーをカミカミしていたら、徐々に野性味溢れる獣臭の暴力が口の中に広がっていった。
やはり、私では無理みたいである。
「顎が痛くなってきた。……肉、あげる」
ギブアップした私が、ペーターとオルガに食べかけの肉をあげると、とても喜んで受け取ってくれた。
肉が無くなったパンは比較的美味しかった。ボソボソとしたパンであるが、硬くないのでフォカッチャみたいだ。
ちなみにスープは、カブの入ったお湯である。
囚人宿舎には、塩胡椒がないんだね。
やはり、囚人宿舎では楽しく生活出来ないなと思った。




