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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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20 昇級試験

 いつも通りの朝を迎える。

 夜明け前の起床、エーリカの添い寝、朝食までの運動、代わり映えのない食事。

 まだ、ここに来て一週間も経っていないのに、いつも通りの日常が作られてきた。

 そして、今日も冒険者ギルドに行って依頼を受ける。

 本日の依頼は、草むしり。

 貴族地区と貧民地区以外の街路樹に生えている雑草を刈ってくるとの事。

 特に問題も起きず、丸一日かけて草を刈り続けた。

 そして、安い賃金を貰い、宿に戻り、一日が終わった。



 次の日は、馬糞回収二回目。

 街中を練り歩き、馬糞を回収して、安い賃金を貰う。

 半日で終わったので、夕方の鐘までエーリカ式トレーニングに費やす。

 そして、ヘロヘロに疲れた体で宿に戻った。


 『カボチャの馬車亭』のパン屋の前に二列縦隊で並んでいるお客が目に入る。

 三日目ともなれば、お客を捌くのも慣れて、どんどんとお客の波が減っていく。

 以前よりも美味しくなっているかもしれないので、今度、買ってみようかな?


 夕食の為、食堂に入ると空いている席に顔見知りが食事をしていた。


「あれ、レナさん? ここで食事ですか?」


 冒険者ギルドの受付であるレナが、赤ワインを飲みながらピザを食べていた。


「叔母さんの所の新しいパンが行列が出来るほど美味しいと小耳に挟みまして、親族特権で夕飯をご馳走して貰っているんです」


 そう言えば、カルラとレナは叔母と姪の関係だった事を思い出す。

 私がこの『カボチャの馬車亭』に泊まる切っ掛けは、親族のレナの紹介だった。


「美味しいですか?」

「はい、とっても……実はこれ二枚目なんです」


 そう言って、レナが照れ隠しにピザをパクリと食べる。

 ああ、私もピザを食べたくなってきた。

 給仕に来たカリーナに夕飯とは別にピザを注文した。

 エーリカが居るから食べ残す事はないだろう。


「そうだ、アケミさん」


 ピザを一切れ食べ終えたレナが、ワインを一口飲んでから私たちの方を向いた。


「ここで話す事ではないのですが、アケミさん達の昇級試験が決まりました」

「早いですね。もう少し後だと思いました」


 今までの依頼は、馬糞回収二回、水路の掃除、街中の草むしりの四回である。一週間も経っていないので少し驚きだ。

 まぁ、借金があるので、早いに越した事はないが……。


「ええ、早いです。普段はもっと時間が掛かります」

「もしかして、この前の恐喝犯を捕まえたからですか?」


 恐喝犯は指名手配されている程の犯罪者だった。街の奉仕活動のような依頼を受ける私たちにとって、良い貢献度だったのだろう。

 私は野菜屑スープ塩胡椒風味を飲みながらレナの話を聞く。

 ちなみにエーリカは私たちの話に入らず、黙々と夕飯に集中している。


「それもあります。後は先日の化けネズミの討伐。それと冒険者の窃盗犯を捕らえた事件も評価させてもらいました」


 冒険者の窃盗犯の件は、私がこの異世界に来た二日目の出来事だ。

 まだ、一週間も経っていないけど、昔の事のような気がする。


「あれはまだ私が冒険者に成っていない時の事件ですよ。良いんですか?」

「冒険者が犯罪を犯した事件です。ギルド内では重大な事件に成っており、それを解決したアケミさんは評価しています」


 評価していると言われたが、たぶん、被害者の私に対してギルド側の謝罪が含まれているのだろう。まぁ、あえて言わないけど。

 ちなみに犯罪を犯した冒険者二人は、身分証を剥奪された。そして現在は炭鉱へ勤務中との事。


「依頼の姿勢や依頼の完成度も含め、冒険者ギルドはアケミさん達を昇級しても良いと判断しました」


 カリーナが焼きたてのピザを持ってきてくれた。

 私は熱々のピザを一切れ取り、口へと入れる。

 トロトロのチーズがトマトソースに混ざり、濃厚な乳の香りとトマトの酸味が、口の中で一瞬に素敵空間に代わった。

 ピザ生地が少し厚みが増えて、食べ応えがある。

 夕飯のメインディッシュである豚のステーキ、トマトソース和えに手を出していないのに、満腹な気分になってしまった。


「昇級試験はいつですか? 明日ですか?」


 カリーナにワインのお代わりをしたレナに尋ねてみた。


「二日後です。明日は普通に依頼を受けてもらいます」

「ちなみに試験の内容は、今教えてくれるんですか?」

「構いません。昇級試験の内容は、リンゴ園のお手伝いです」


 私は山盛りのパンの前に置いてあるリンゴジュースを眺める。

 何かの冗談だろうか?

 正規の冒険者になる昇級試験だ。

 危険度の低い魔物の討伐でも受けると思っていた。

 私の表情を読み取ったレナが詳しく説明をしてくれた。


「今回の試験の目的は、街外れの依頼を受ける事です。リンゴ園を営んでいる村がありまして、リンゴの収穫がちょうど二日後なんです」


 冒険者ギルドの依頼には、他の街や村からの依頼もある。

 ギルドが間に入っているとはいえ、依頼を達成するには冒険者と依頼主で話し合わなければいけない。それが上手くいくかどうかを試す試験だそうだ。


「依頼内容や値段は、依頼主とギルドで既に済ましております。勝手に依頼内容の変更をしたり、値段を釣り上げたりはしないでください。どうしても変更が必要な場合はギルドに必ず報告、相談です」

「もし、緊急な変更が生じた場合……例えば、急に魔物が襲ってきたらどうします? ギルドの契約が無いから出来ませんと断れば良いんですか?」

「受ける受けないかは、冒険者の判断で構いません。ただ、緊急の依頼を受けた場合、値段交渉だけは止めてください。適正価格がありますので、後日、ギルドの方で行います」


 緊急を理由にして高い金額を取ったりすると裁判事になるケースがあるそうだ。逆に安すぎてぼったくられる事もある。値段を管理するのはギルドのマージンが減るのが心配なのではなく、依頼主や冒険者を守る為でもある。


「昇級試験の話に戻りますね。場所は、この街から馬車で一時間ほど行ったリーゲン村です。そこでリンゴの収穫を手伝ってください。収穫の方法は村長の指示に従ってください」

「時間帯はどうなってます? 収穫だから早朝からですか?」


 早朝からだったら、明日にも村に前乗りしなければいけない。


「手伝いですから、朝一の馬車で向かってくれれば良いそうです。ただ、丸一日かかりますので、村に一泊しなければいけません。お泊りの用意だけはしてください」


 一泊二日の旅行みたいで楽しくなってきた。


「今回の昇級試験を受けるかどうかは、明日伺いますので、考えておいてください」


 そう言って、話を締めくくったレナは、ピザとワインを完食して帰っていった。


 昇級試験の内容は、街外れの村でリンゴの収穫を手伝う事。一泊二日の旅行気分の依頼だ。

 私はぜひ受けようと決意し、冷めてしまった料理に手を伸ばす。


「あれ……?」


 別で頼んだピザが無い。

 前の席に座っているエーリカが満足顔で、食後のリンゴジュースを飲んでいた。


 私、一切れしか食べてないんだけど……。



 翌日、冒険者ギルドで本日の依頼を受けた。

 内容は、街を囲む外壁の調査。

 北門からスタートして、内側の外壁に沿って、ひびや破損が無いかを調べて報告する。

 もう奉仕活動でなく、役所の小間使いだ。もしかして、昇級試験が早まったのは、見習い冒険者に与える仕事が無いからだろうかと勘ぐってしまう。


 私たちは北門に出向き、右回りで調査を開始した。

 やる事は単純。石造りの外壁を見ながら歩くだけ。

 ヒビや破損個所があれば、木札に描かれた地図で印をつけていく。

 視力の良いエーリカが瞬時に、あそこが駄目、ここが駄目と指摘してくれる。

 私はそれを聞きながら木札に印をしていく書記の担当になっていた。


 南門の近くで外壁にへばり付いた灰色のスライムを四匹ほど見かけた。

 外壁に影響があるかもしれないので、エーリカの魔力弾でスライムを撃ち落としてもらい、動けなくなったスライムに私が止めをさした。

 同じように西地区の方で、拳サイズの大きなカタツムリが壁を舐めていた。

 魔物かもしれないとエーリカに聞くと、ただの虫ですと断言したので放置した。

 そのぐらいしか報告がなく、二時間ほどで外壁を一周してしまった。


 ギルドへ戻る前に馬車屋に行き、明日のリーゲン村行きについて聞いてみたら、朝食を食べてから向かえば、間に合うとの事。生まれて初めての馬車。楽しみである。


 ギルドに戻った私たちは、レナに「細かく調べましたね」と感心されてしまった。

 安い依頼料をもらい、明日の昇級試験の授受を済ませ、ギルドを後にする。

 明日は一泊二日の昇級試験。

 ゆっくりしようかと思ったが、さすがに昼前なので、西地区の川辺へ行き、昼食を摂ったり、洗濯したり、体を鍛えたりしてから宿へ戻り、ゆっくりと過ごした。



 そして、翌日。

 私たちは朝食を済ませると、早々に北門へ向う。

 北門の馬車屋へ行けば、「門の外で待機しているのでそちらへ行け」と言われる。

 左右に見張り塔が付いた大きな門へ向かうと、既に街を出る人や荷車を()く商人の列が出来ていた。

 私たちは列の後ろへ回り、順番を待つ。


「時間掛かるかな? 馬車が行ってしまうオチじゃないよね」

「入る時は入門税を取るので時間が掛かりますが、出る時は身分証を提示するだけですので早く順番がくるでしょう」


 エーリカの言う通り、あっという間に私たちの番になった。

 身分証にもなる冒険者証を門兵に見せれば、何も言わずに顎で行けと指示される。


 初めて街から出た。

 街の外は、青々とした草木が茂った平野が広がっている。

 門の前の広場に六台の馬車が待機しており、御者やお客の姿が見える。

 手近の馬車に近づいて初老の御者に、リーゲン村行きの馬車を聞くと、「自分の馬車がそうだ」と答えたので、彼に二人分の料金を支払う。

 大人六人が乗れる幌馬車は、まだ誰も乗車していない。

 左右側面に長椅子が設置してあり、私たちは一番奥へ横並びに座り、出発まで待機する。


「馬車に乗るのは初めてで、わくわくしてきた。エーリカは馬車に乗った事ある?」

「わたしも初めてです」

「馬車の旅って憧れていたんだよね。西部劇を見るたびに乗りたい衝動に駆られていたよ」

「憧れを壊すようで申し訳ありませんが、あまり馬車に期待をしないでください。構造を考えると快適な旅ではないです」

「そう?」

「出発すれば分かります」


 エーリカと会話をしていると、他の乗客が乗り始めた。

 ギュウギュウに詰められて、八人の老若男女がキツキツの状況で座っている。

 一番後ろの客の間に剣を携えた冒険者風の男性が外に足を投げ出して座っている。運転席の御者の横にも弓矢を持った男性が座っている。彼らは馬車の護衛をする冒険者なのだろう。

 私たちもその内、馬車を護衛する仕事をするかもしれない。今後の参考に観察しておこう。


 馬車は動き出す。


 ガタゴト、ガタゴト……。

 ガタゴト、ガタゴト……。


 つ、つらい……。


 馬車の速度はゆっくり。大人の徒歩ぐらいだ。

 馬車のタイヤは木製で、サスペンションもないので凄く揺れる。

 ギュウギュウに詰められた馬車の中で、(わだち)を踏むたびに体が跳ね上がり、硬い椅子でお尻を痛める。

 唯一の救いは、日差しを遮る幌の隙間から風が入ってくる事ぐらいだ。


「エ、エーリカの言う通り、一瞬で馬車の期待と憧れは粉々になった。わ、私、村まで辿りつけないかも……」

「ご主人さま、水でも飲んで前の景色を見ましょう」


 エーリカから水の入った皮袋を受け取り、一口飲む。そして、前方を眺める。

 うーむ、高さの関係で、御者と冒険者の背中ぐらいしか見えない。


「あんた、顔色が悪いね。馬車酔いに効く葉をあげるよ」


 馬車内で吐かれても困るだろうと、前方に座っている老婆から酔い止めの葉っぱを貰った。

 お礼を言って、受け取った葉っぱを口に入れ、ガシガシと噛み続ける。ミントに似た爽やかな香りが口の中に広がり、頭が冴えてきた。

 リーゲン村まで一時間。

 老婆に二枚ほど追加で貰い、何とか吐かずに耐えた。

 魔物が現れたり、車輪が溝にはまったりといったトラブルもなく、馬車はリーゲン村に続く二股の道で停車した。


 ふらつく足で地面に立つと、生き返った気がする。

 帰りも馬車に乗る事を考えると、既に気持ちが落ち込む。


「ご主人さま、気を取り直して、リーゲン村へ行きますよ」


 エーリカは元気である。

 人形だから酔わないのだろう。

 (うらや)ましい。


「美味しいリンゴが私たちを待っています」


 エーリカが私の手を握って歩き出した。


昇級試験です。

初の外出と外泊。

村に着く前からボロボロです。

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